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腐食の王と女王蜂




その日は朝から雪が降っていた。
教会は雪化粧し、辺りには子供達が暖かそうな服装で遊んでいた。
「いろはー、これくっつけて!」
子供の一人が色葉のコートを掴んだ。
「いいよ、どれ?」
「あれー!」
子供がゆびさした先の巨大な雪玉を見て色葉は絶句した。
「あれは、ちょっとでかすぎて俺一人じゃ…
誰か呼んでこようか」
取り合えずノエルかローゼスあたりを探しにいこうとしたところで、懐かしい顔がこちらに歩いてくるのが見えた。
「エルス!」
ぱたぱたと子供達が駆け寄り、エルスがぎょっとするのを見て色葉が慌てて制止する。
「こら、皆エルスがビックリするだろ!」
色葉にぴしゃりと一喝されて子供たちは歩みを止めて色葉を振り返った。
その表情はエルスに抱き付きたくてうずうずしてる顔だ。
色葉が近寄ればしかたなしに子供達はエルスから離れて色葉にしがみつく。
「エルス、まだびょーきなおんないのか?」
「せんせいにおくすりもらってきてあげようか?」
子供たちにはエルスの体質は病気だと話していたためか、エルスは困ったように笑いながら頷いた。
「うん、お薬じゃ治らない病気なんだ。」
「治ったらだっこしてくれる約束、忘れたらダメだからね!」
「治ったら…ね。」
無邪気な子供達の無意識な刃がエルスの奥深くに突き刺さる。
「エル、教会に来るなんて珍しいね。
何かあったの?」
手慣れたように子供達をあやしながら色葉が尋ねた。
「隊長のお使い。
シアンが風邪で寝込んじゃって、代理で」
差し出されたかごの中に紙袋が二つ収まっていた。
一つはローゼス宛、もう一つは色葉宛。
「あぁ…頼んでいた奴か…」
色葉は袋を受けとり、中身を確認した。
まだ土がついたままの植物の根が大量に。
「ふーん…さすが、これは良質だな。」
「それ、なに?」
「いろは、ずるーい!」
まとわりつく子供達に嫌そうな顔ひとつせず、袋を高く持ち上げた。
「だーめ、これはお薬になるんだから。」
「おくすりのもと?」
「いろは、おくすりつくれるの?」
「そ、お薬作るの。危ないから皆は触っちゃダメ」
わらわらと子供達に群がられる色葉をぼんやりと眺めながら、エルスは篭を抱えたまま目線をそらした。
子供は苦手だった。
ここの教会に来てすぐの頃、監禁されないで自室を与えられたエルスは部屋で大人しくしていた。
好きにして良いと言われたが、したいことなど何もなかったし何をすれば良いか判らなかった。
一日中ベットに座ったまま、窓から外を眺めていた。
エルスの部屋からは中庭が見えて、そこで自分より年幼い少年が小さな子供達に文字通り纏わり付かれながら洗濯物を干していた。
それをぼんやり眺めていると、それに気が付いた少年がにこりと笑いかけてきた。
慌てて目線をそらしたエルスは、初めて自分が何かに興味を引かれていることに気が付いた。
少年の周りにはいつも子供達が一緒にいて、一人の姿を見る方が珍しい。
それでも、渦中にいる彼はいつも楽しそうにしているのに疑問を感じたのをよく覚えていた。
「エル、少し時間ある?」
「え、あ…うん…」
「じゃあちょっと一緒に来て、俺ちょっとエルと大事なお話してくるから、向こうで遊んでて」
色葉が声をかけると子供達はしぶしぶ散っていった。
「こっち」
色葉は先に歩き出してエルスを手招いた。
「どうぞ」
椅子を引いてエルスに座るように勧めるとキッチンに向かった。
お湯の入ったポットとティーセットをお盆にのせて。
「隊長さんにお礼の手紙書きたいからちょっと待っててくれる?」
そう言うと、色葉は綺麗な便箋に何かを書き始めた。
「色葉、何であんな嘘ついたの?」
エルスはお茶に口をつけながら呟いた。
「なんの事?」
「薬って、言ったよね。
あの根は鈴蘭の根でしょう?
鈴蘭は全体に毒性がある、特に根と花は…」
「そうだよ。ローゼスさんに隊長さんの所の温室の花が良質だって聞いて分けて貰えないかお願いしたんだ。
実物の花を見せて貰ったけど見事だったから根っこも質が良いと思ったんだ。」
「それ、どうするの…」
「言ったでしょ、薬を作るんだよ。」
色葉は顔をあげてじっとエルスを見た。
その表情は笑っているが、ひやりとしたものを感じさせる。
「薬って…毒薬じゃないの?」
「そうだよ。」
色葉は何の躊躇もなく答えた。
まるで当然とでも言うように。
「どうして…」
「世の中綺麗事だけじゃやっていけないこともあるんだ。
俺を軽蔑したいならしなよ、別にエルが俺を軽蔑した位で殺したりしないし…」
「じゃあなんで?」
今までにこにこしていた色葉の表情が色をなくした。
「守りたいんだ、ここはようやく見つけた俺が生きていける巣なんだ。
だから、この教会を、孤児院を、脅かすものは俺が許さない。」
色葉のこんな攻撃的な一面を知らないエルスは言葉を失っていた。
「愛してるんだ、家族として。
俺は家族に愛してもらえなかったから、愛し方とか判らないけど、皆が喜ぶなら何でもしてあげたい。」
「それが…人の命を奪うことでも…?」
色葉はその白銀の瞳をにんまりと細めた。
その表情は獲物を見つけたスズメバチに良く似ている。
一瞬で、毒の針で相手をじわじわと死に至らせる。
「構わないよ、俺の命でも何でも。」
色葉は狂った笑みでエルスを眺めた。
机に突っ伏し、視線だけ気だるげにエルスを見て

「裏切ったら、お前も許さない」

そう告げた。
「だけど、エルスは初めてできた友達だから、出来ればそうなりたくないな…」
小さく漏らしたのは本音なのか、色葉は完全に顔を伏してしまった。
「……俺も、色葉が友達だと思ってくれるなら…そうありたい。
だから、無理はしないと約束して。
色葉には、悲しんでくれる人がたくさんいるだろ?」
「エルにも、だよ!」
急に立ち上がって声をあげた色葉にエルスは驚いて目を丸くした。
「エル、騎兵隊言って雰囲気少し変わった。
エルを変えてくれた何かが、騎兵隊にあるんだろ?
だったら騎兵隊にエルを悲しんでくれる人がいるってことだろ。」
「……そう、かな…」
「少なくとも、ここにいる人達は悲しむよ。」
「色葉も…?」
「めっちゃ悲しむ!」
すると、エルスが急にクスクスと笑い始めた。
「笑うなよ!」
「違うんだ、そう言われたのは二度目なんだ」
そう言ってエルスはようやくにこりと笑った。
「ありがとう、色葉。」
「別に、エルが自分一人世界の不幸を背負ってるみたいな感じが嫌だっただけ。」
ふいっと背中を向けた色葉は、一通の封筒を投げて寄越した。
「隊長さんに。必ずお前が届けろよ」
それだけ言うと色葉はずかずかと歩いていってしまった。
エルスはそれをもって急いで隊長の執務部屋に向かった。
「ご苦労様だったね、お使いは大丈夫だった?」
「はい、これを色葉から預かりました。」
差し出された手紙をあけて中身を確認する。
時折、ふふっと小さな笑い声が漏れた。
「エルは色葉くんと仲いいのかな?」
「…少しは…」
「じゃあまた君にお願いすることになるかもしれないね。」
そう言ってレイリは柔らかく微笑みかけた。
「あの…隊長…ひとつ、聞いていいですか?」
「うん、なに?」
「えっと…その…もし俺が死んだら…悲しんでくれますか?」
レイリは目を丸くしてポカンとしてる。
エルスはおかしな事を聞いてしまったと、あわてて取り繕うとしたが、柔らかな声がそれを遮った。
「もちろん、とても悲しいよ。
言葉でなんか言い表せないくらい。
だけど、君の場合僕よりも大層落ち込む人がいると思うよ。
「ティアさんですか?」
「いや、君の近いけど、遠くにいる人だよ」
意味深に笑うレイリに、エルスは首をかしげることしかできなかった。
ただ、自分は一人じゃないと言うことに、初めて暖かな気持ちで満たされた。
自分は、ここにいてもいいんだと。



バレンタインのその後




「はぁ…」
大きな溜め息をついて、借りた本の入った袋をカムフラージュに、ちらちらと隙間から見える包装した可愛らしい箱に、自問自答する。
「あー…もう、俺らしくないよなぁ…」
こんなイベント事に胸を踊らせるなんて。
それもこれも、心を奪ってやまない同室者のせいだと心のなかで半ば八つ当たりしてから寮にむかうみちを歩いた。
さすがにバレンタインともなれば周囲はカップルだらけだったり、恋にこがれる乙女達が楽しそうにしていて王立学校ともあれこの時期は華やかなものだ。
用意したチョコは何故パティシエにならなかったのかと思う程お菓子作りに関してはプロ並みのレイリに習ったもので、味見も見た目もお墨付きを貰った一品なわけで、味に関しては全く気にしていない。
ただ、問題はシチュエーションというか、その場の雰囲気。
どうやって話を切り出して渡せば良いのか、経験のないロゼットは一人頭を悩ませた。
「はぁ…」
溜め息しか出ないロゼットは、自室の扉の前で固まってしまった。
もし、先にフィオルが帰ってきていたらどうしようか。
何を話せば良いだろう、バレンタインだから?いつも世話になってるから?
頭の中が?で一杯になって、いつもは冷静なロゼットらしくなく、珍しくてパニックになり、頭はショート寸前だった。
「えぇい、ままよ!」
あとはその場のノリで何とかなるだろうと意を決して扉を開くと、中はがらんとしていた。
「あれ…まだ帰ってなかったのか。
でも良かった」
「何が良かったんだい?」
急に背後からふわりと抱きしめられて、ビクッと怯える猫みたいに逃げ出そうとして、それは失敗に終わって両腕でぎゅっと抱き締められた。
「い、居たの?」
「君が扉の前で何やら考えているみたいだったから、声をかけない方が良かったかなと」
「っ…そうゆう時は、声かけろよ!」
「それはすまなかったね」
フィオルは笑いながらロゼットを解放した。
ようやく自由の身になったロゼットは自分の机に本を置いた。
「遅かったんだね、忙しかったの?」
さすがに隊のトップがお菓子作りをしていたので気にならなかったが、確かにレイリがた時間を作ってくれただけなのかと思って急に不安になると、フィオルは困ったようにわらって首をふった。
「いや、今日はバレンタインだからご婦人方にあちこちで掴まってしまってね…」
「そう…それは、良かったね」
思わぬタイミングでぶちこまれた念願の話題に、ロゼットは冷や汗をかきながら震える手で箱に手を伸ばした。
「チョコ、一杯貰ったの?」
背後を振り返る勇気がなくて、そのままぶっきらぼうに告げると、くすくすと笑い声がしてからふわりと何かが首に巻かれた。
「えっ…?」
慌てて振り返るとそのままぎゅっと抱きしめられて胸に顔を押し付けられる。
「なに…?」
「バレンタイン。
メグ達がちょうど教会に編み物を習いに来ていてね。
見よう見まねで編んでみたんだ」
「これ、フィオルが編んだの?」
「君ならもっと上手に編めるんだろうが…
初めてだったのでこれくらいで許してもらえないかな」
「本当に何でもできるんだな。
編み目も綺麗だし、初めてとか思えないよ。」
まじまじとマフラーを眺めるロゼットの頬にそっと手を添える。
「それは頑張ったかいがあったな」
にっこりと殺人的スマイルを浮かべたフィオルに、ロゼットは渡すなら今しかないとおもい、タルトの入った箱を取り出した。
「これっ…あげるよ」
フィオルは相変わらずにこにこしながら背それを受け取り、箱を開けた。
「これは、美味しそうだな…」
「レイリさんに習ってつくったんだ。
味は…大丈夫だとおもう」
フィオルはすこし考えてからタルトを切り分けもせずにかぶり付いた。
それほど大きなものではないが、上品なフィオルの奇行にロゼットが目を丸くすると、急に抱き寄せられて口付けされる。
「んっ、ふ…ぁ」
チョコムースの甘い香りがむせかえるようで、くらくらと目眩がする。
オレンジリキュールのせいだろうか?
レイリはアルコールはきちんと飛ばしたといっていたが、この様子だとそうではないらしい。
「酔ってるのか?」
「よく判らないな…ただすごく君が魅力的に見えるよ」
あやしい、全力であやしい。
「それに体が少し熱いな…風邪でも引いたのだろうか?」
「……そういえば、レイリさんがオレンジリキュールを少しいれてたから…
もしかして、そのせいか?」
恐らくあれはオレンジリキュールに見せかけた何が妖しい薬だったのかもしれない。
口移しで貰ったロゼットも、体の芯が熱くて堪らない。
ただ、それをフィオルに悟られないようにロゼットは必死に取り繕った。
「待って…」
離れようとするロゼットを抱き締めて、ふにゃりと緩みきった笑みを見せたフィオルは残りのタルトに手をかけた。
「食べさせて欲しいな…」
「自分で…やれっ」
「ダメかな?」
耳許で甘く切なげに囁けば、びくっと体を震わせる。
「判った…から…放して」
ロゼットはフィオルからタルトを受けとると、ぱくりと口に含んだ。
それをみたフィオルがキョトンとすると、おずおずと唇を重ねてきて、舌先で咥内に押し込まれる。
「ん…ぅ…」
真っ赤に頬を染めながら恥ずかしそうに顔を背けるロゼットの細い腰を抱き寄せて頬にひとつ、キスを落とせばロゼットはビクッと判りやすく体を震わせた。
「ふぁ…あま、い…」
「トロトロだね、チョコみたいだ」
ぼんやりとする思考のなか、フィオルが優しく包み込むように抱き締めて額や目蓋にキスを落としてくる。
「ん、ふぁ…やぁっ」
「今日はやけに素直だね、お酒の力というものは凄いな」
内心、絶対酒だけじゃないとロゼットは思ったが、頭がぼんやりしていて何も考えられない。
事情が判らないフィオルは香り付けに入れた酒に酔ったと思って、大人しく甘えてくるロゼットを堪能していた。
「お前は、平気なのか?」
もごもごとはっきりしない口調で呟くロゼットに、フィオルは笑って首を振った。
「まさか、ふわふわしていい気分だ」
「そうは、見えな…ふぁぁ…ねむい…」
大きなあくびをひとつして、急にコテンとフィオルの胸に体を預けた。
「夕餉までまだ時間はあるから少し休むと良い。
時間になったら起こしてあげよう」
「……うん」
うとうとしていたロゼットはフィオルの胸に体を預けたまま、目を閉じた。
「……これを生殺し、と言うのかな」
頭を撫でながら、気持ち良さそうに眠るロゼットを抱き抱えてベットに寝かせた。
「さて、私も少し横になろうかな」
そういってベットに潜り込み、満たされた幸福な感覚のまま目を閉じ、そのまま二人は朝までぐっすり眠ってしまった。



「フィオルは喜んでくれた?」
次の日、にこにこしながら悪戯を思い付いたような子供見たいに笑うレイリを無言で見上げた。
「ええ…まぁ。」
「で、どうだったのかな?
甘い一夜を過ごせた?」
「それはレイリさん達の方でしょう」
ちらちらと見え隠れするキスマークに、ロゼットはため息をついた。
「まぁね。シュノには近々また遠征に行って貰わないといけないから、今のうちにね」
そう言って書類を整えて、提出する為のケースにまとめた。
「でもまさか、君達がまだプラトニックな関係だとは驚きだね。
君達位の年頃だと盛んな時期じゃない?」
「全員がそうとは限りませんよ…」
もはやげんなりしたロゼットが書類の束を行き先別に選別していく。
それを見ながら、レイリは頬杖をつきながらロゼットを楽しそうに眺めた。
「そうかなぁ、僕が君くらいの時はもうシュノとしてたよ?」
「いや、レイリさん達と一緒にしないでくださいよ」
「でもね、あーゆうのは最初が肝心だからね。
ちゃんと話し合って後悔しないように決めないとダメだよ?
勢いで流されると後悔するからね。
あと初めては痛いだけだから覚悟さしないとダメ…って!」
話の途中でばこっとレイリの頭を誰かが叩いた。
誰かが…と言うのは語弊がある。
こんなことをレイリにできる人物は騎兵隊にはたった一人しか居ないからだ。
「いったぁ!バカになったらどうするの!」
「これ以上はバカにならないから安心しろ。
それより無駄口叩いてないで仕事しろ仕事!」
「何で僕ばっかり!ロゼットだって話してたのに!」
「アイツはきちんと手も動かしてた。
ガキみたいに駄々こねるな」
そう言ってシュノはレイリに一通の手紙を差し出した。
宛名をみた途端にレイリは先程までの緩みきった表情を一変させ、隊長の顔を見せた。
レイリは真新しい便箋に何かを書き綴ると、封筒にいれて蝋を垂らした。
クライン家の家紋が入った指環を捺して固めるとそれをシュノに差し出した。
シュノは無言でそれを受け取った。届け先は判っているようだ。
この二人のこう言った関係には憧れを強く抱いてしまう。
「ロゼット、君は騎兵隊希望だったよね」
不意に静寂を破ったレイリは、いつものようににこにこ笑っていた。
「は、はい」
「なら尚の事、後悔しないようにね。
僕達の仕事は身の安全は保証されないし、感謝されることばかりじゃない。
時には誤解されたり、恨まれたりもする。」
溜め息を吐きながら、レイリはどこか憂鬱そうに笑った。
「だからね、その気持ちを大事にしてほしいなって思ったんだ。
君達はまだ若いんだから」
そう言うレイリも、隊長職に就くには十分に若いと思った。
にっこり笑ったレイリは小さな小瓶をロゼットに投げて寄越した。
「これは…?」
「昨日使ったオレンジリキュールだよ。
アルコールは抜けてないから、気を付けてね?」
「レイリさん、あれっ!」
「ふふ、ごめんごめん。アルコール、ちょっと残ってたみたい」
いつもの様にふにゃりと笑ってごまかすレイリに、ロゼットは何も言えずに黙り込んだ。
「素直になりたいなら、お酒のせいにしちゃえばいいんだよ」
「俺、未成年ですけど!」
「だから、お菓子用のをあげてるの。
後に残るようなものじゃないから、一服盛って押し倒しちゃいなよ!」
完全に他人事に首を突っ込みたがる愉快犯の恩人を目の前に、ロゼットは小瓶を握り締めながら顔を真っ赤にした。

どうやら、彼らが一線を越える事はまだだいぶ先のよう。


血濡れの珊瑚礁



目の前が、真っ赤に染まる。
その光景は今となっては日常的なもので特にこれといった感情がざわめいたりはしない。
わたしは所詮道具なのだから。
あの人のお役に立てればそれでいい、それでなければ壊れるだけ。
「ふう…。」
魔物の急所に奥深くまで突き刺さった、短刀をゆっくり引き抜いた。
ぴしゃっと、肉と血が地面に打ち付けられる。
一見しただけでもかなりの業物とわかるその繊細な作りと美しい刃は、柄まで魔物の血で汚れていて、幼い娘の手を血濡れにしていた。
黒い装束を纏った幼い娘はため息一つ吐いて夜の闇に姿を消した。


「副隊長、おわったわ。」
「そう、ご苦労だったね。」
騎兵隊の駐屯地に戻ると、顔を覆っていた頭巾とマフラーを外して素顔を晒した娘は、赤と銀の長い髪をふわり風になびかせた。
「偵察に行くほどでもなかったわ、二、三匹気づかれた分は処理しておいた。
あと、人の匂いがしたわ…そうね…まるで狸か狐のよう。」
その娘の容姿からは想像もできないような大人びた口調に、目の前の男は驚きもしない。
彼女はそういう人種なのだから。
「ありがとう、コーラル。
その狸か狐はどうした?」
「もちろん、監視をつけておいたわ。
処理するにも別に後でもいいでしょう?」
「ああ、そうだな。どうせ黒幕がいるだろうし。」
「疲れたからもう寝るわ、貴方も早く休むことね。
年寄りの言うことは聞いておくものよ」
「年寄り扱いされたら怒るくせによく言うな」
「あら、レディーに対して年齢の話をするのはタブーじゃない。
そんなこともわからないなんてまだまだ青いわね。
隊長ばかり愛でるのもいいけど、そういう気遣いを学んだほうがいいと思うわ」
コーラルは物怖じもせず、表情も変えずにシュノに言い放った。
「…大きなお世話だババア」
「浅学がにじみ出ているわよクソガキ。
とにかく、偵察に放った子達が戻るまでババアは休ませてもらうわ」
そういうとコーラルは張ってあるテントの奥に消えた。
「ゼクス、あのババアを黙らせる薬ってないか?」
「無理ですね。」
「…だよなぁ」
珍しくシュノの心が折れているのを目の当たりにしたゼクスは目をまるくした。
この手の人種は苦手なのか、深い溜息を吐くシュノを物珍しげに観察していた。
「クソ…レイリがたりねぇ。」
ぽつりと無意識に呟いた独り言に、ゼクスは何も言わないでだまってその場を去った。
コーラルは幼い身なりをしているが、魔族で実際の年齢はシュノ達よりもはるかに上だ。


コーラルはこの世界に突然現れて帰り道が判らなくて困り果てていた時に偶然騎兵隊に拾われた。
元の世界ではこの長寿の種族の出らしく、幼女の様な外見をしているが実質年齢は3桁になる。
そんな彼女の知識は豊富であり、また物事を客観的に見れる冷静な所も有って隊長からの信頼もあつい幹部の一人だ。
隠密活動を非常に得意とし、暗殺や諜報に特化している。
なので、レイリの命を狙う連中やレイリを貶めようとする連中に牽制としてシュノがコーラルに手をくださせることが多い。
幼い彼女では相手も油断しやすいのか、簡単に懐に潜り込み本人も気がつかないうちに殺してしまい、その痕跡を一切残さない相当の手練だ。
それ故に、彼女はいつでも黒い衣装をまとっていることが多い。
闇に紛れて相手の気がつかないうちに息を止める。
それが彼女の戦法だった。


「偵察隊が戻ってきたわ。」
次の日の夕刻、魔物の残党を狩りから戻ったシュノに、コーラルが知らせた。
「黒よ」
「そうか。」
今回の魔物の襲撃を受けた村から周囲をざっと調べたが、討伐対象となっていた魔物の生息区域を遥かに北上し、この村の近くに巣を作っていたことがわかっていた。
そして、その魔物が生息区域を出てまでこの村にきたのは、何者かが故意に魔物の嫌う臭いや植物を植えて追いやったからだ。
つまり、その場所に何か魔物がいられたら都合の悪いことがあるのだろう。
そして、最近貴族間で実しやかに囁かれている不老不死の薬があるという噂。
おそらくそれが関係しているのだろうと思っていたが、コーラルが調べさせて黒だというなら間違いないのだろう。
「この件に関しては、わたしたち騎兵隊が出ることじゃないわ。
大人しく騎士団に引き渡したほうがいいと思うけど」
「…そうだな、だがちょうどいいことに俺はその顔に見覚えが有る。」
コーラルが書かせた今回の事件の元凶の人物の肖像画をみて、シュノが美しい顔を歪ませた。
「こいつは前にレイリに散々言い寄った挙句に脈なしと判った途端にありもない噂話をでっち上げてレイリを貶めようとした奴だ。」
「…感情的ね、あなたの頭の中にはレイリしかないわけ?」
「どうとでも言え、俺はどんな方法だろうがレイリを傷つける奴が許せないだけだ。」
細く小さな肩を震わせながら、声を殺して啜り泣くあの後ろ姿を、その時のシュノは抱きしめてやることもできなかった。
「まぁ、わたしのボスを馬鹿にされるのはわたしも馬鹿にされているようで癪に障るわ。」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。」
「わたしだって一応は人の形をしているんですもの、感情くらいあるわ。
たとえおつむが果てしなく緩くて一年中お花が咲いているような砂糖の塊でも、わたしには従うべきボスなのよ。
いやいやしたがっている訳じゃないんだから、その編は言わなくても察しなさいよ。
ほんと、これだから青いボウヤは…」
「御託はいいからさっさと行ってこい」
コーラルは無表情のまま、それでもどこか楽しそうな様子で頭巾をかぶった。

「ひっ、ひぃぃぃ!」
汚らしく悲鳴をあげながら逃げ回る肉の塊に、コーラルは冷たい瞳でそれを見つめていた。
もはや屠殺する豚と変わらない。狸や狐などと侮りすぎたか。
「だめね、こんなんじゃパパに叱られてしまうわ。」
お仕置きも、嫌いじゃないけどやっぱり褒められる方がいい。
コーラルは男の喉元を切り裂き、声を失わせるとそのでっぷりと膨れ上がった腹に何度も何度も躊躇なく短刀を突き刺した。
その度、びくびくと汚らしく泡を吹きながら震える身体がやがて動きを鈍らせて、完全に停止した。
「汚らしい豚。」
コーラルは冷たく無慈悲な瞳で肉塊を見下ろすと、そっと闇の中に姿を消した。
暗殺者なのに、一撃で殺さなかったのは彼が相当な恨みをかっているということ。
物取りの犯行に見せかけるよりは、恨みをもった誰かの犯行を見せかける方がいい。
そのほうが士気が上がる。恨みを持つ人間たちの復讐心を煽り、それは次第に別の憎しみを生み出す。
そのとめどない負の連鎖にコーラルはゾクゾクとしながら恍惚の表情を浮かべた。
「人間は愚かね、だから…面白いのだけれども」
そう言って血に濡れた黒い珊瑚礁は静かに笑った。

黄昏の森メモ



黄昏の森

現世界とは異なる時間軸・次元に存在する別世界。
そこは魂と記憶で作られた世界。

レイアの時代、何らかの理由でシュリが瀕死の重傷を負う。
その時代のありとあらゆる治療法を試しても効果がなく、シュリの命を救うためにレイアが探し出した方法が異世界に渡るという禁術だった。

レイアはそれを解明して異世界へ繋がる門を開いた。
そして、黄昏の森に渡った。
黄昏の森には、その時代に居るべきではない異端者達も連れて行かれ、その選別は全てロワが行った。
レイアたちが黄昏の森に渡ると、門は閉じて異世界と現世は断絶。
行き来は不可能となり、レイア達は謎の失踪を遂げる。

黄昏の森は常に黄昏時を映す世界で、夜明けはない。
黄昏の森にも生物やモンスター・ダンジョンといった場所は存在している。
初代組はそこに拠点を作って自給自足の生活をしながら、危険な魔物を討伐したりと悠々自適な暮らしをしている。
そんな折、レイアとシュリとおなじ魂を持つレイリとシュノが何らかの拍子に狭間から黄昏の森に落っこちてきた。
二人はすぐに現実世界に戻されたが、黄昏の森の存在を知り、最終的にそこを目指すことを目標にする。
その目標のためには、まず失踪しているウィッカを探し出し、大地の記憶からレイアが禁術を使った記憶を見つけ出さなければいけない。
それとおなじ方法で黄昏の森の門を呼び出せれば騎兵隊組の勝ちとなる。
ただし、黄昏の森の門は閉じられていたわけではなく、レイアが開いた時のままとなっていて、一度開いてしまった扉を完全に閉じることは難しく、その方法をレイア達は黄昏の森で探している。

黄昏の森には死の概念がなく、年を取ることもない。
例え魔物に瀕死の重傷を負わされても、身体をバラバラにされても魂と記憶のチカラで再び元の体に戻ることは可能。
ただし、痛覚や苦しみなど全ては人間だった頃と何も変わらない。
記憶と魂で構成されている世界ゆえ、外見を自在に変えることは可能だが、慣れ親しんだ自分自身を特に変えようという人は今のところいない。
レイリとシュノは誰にも邪魔されない世界で、二度と離れ離れにならない様になる為に黄昏の森の情報を密かに集めている。

籠の中の鳥は翡翠の夢を見るか



鳥のさえずりさえ聞こえない薄暗い地下の部屋で、エルスは目を覚ました。
あてがわれた部屋は地下のため窓もなく、明け方でもランプを灯さないとあたりが見えない。
枕元に置いたランプに火を灯して、はぁっと手に息を吹きかける。
手先がだいぶ冷えてしまっているようだ。
ギシッとベットがちいさく鳴り、薄い寝巻きにストールを羽織ると水差しと明かりの灯ったランプを持って部屋の外に出た。
「おはよ〜…はやいんだねぇ」
部屋からでてすぐに、眠たそうに目を擦るオルティシアと目があった。
「ティアさん、おはようございます。
また徹夜ですか?」
「うん、まぁね。
昨日読んだ本に面白い記述があってつい。あとで試してみたいから起きたら声かけるよ。
今日は一日ここにいるのかい?」
「そうですね…特に用事は言いつかってませんが…。」
「そう、じゃあ悪いけどぼくはちょっと仮眠を取るよ、おやすみー」
大きなあくびをしたオルティシアを、背後から白玉が押して自分の部屋まであるかせる。
この二人はいつも一緒で羨ましいと思っていた。
エルスは物心付いた時から一人ぼっちで、それが当たり前だと思っていたからさみしいと思ったことはなかった。
自分は他人と違う、すぐ壊れてしまう脆い存在。
だから、エルスは監禁されて閉鎖的な空間で閉鎖的な知識しか得られずに育った。
騎兵隊に来て、初めて人と触れ合うということを知ってよくやく一人がさみしい事なんだと理解したほどだ。
「…そうだ、今日はきみにいい知らせがあるよ。」
オルティシアは、唐突に何かを思い出したようににやりと笑ってこちらを振り返った。
エルスはきょとんとして首をかしげてオルティシアをじっと見つめた。
「今日は天氣雨が来るらしいよ」
「ヒスイさんが?」
それがなぜ、自分にとっていい知らせなのかわからず首をかしげていると、オルティシアは楽しそうに笑った。
「おやおや、気がついていなかったのか。」
そう言うと白玉を引き連れてさっさと自室に引き返してしまい、残されたエルスは訳も分からずただ首をかしげるしかできなかった。
それでも、ヒスイはこんな厄介な体質のエルスと物怖じせずに対等に接してくれる数少ない知人で、エルスは自分でも知らないうちに自然に笑みがこぼれているのにすら気がつかないほど浮かれていた。
それだけ、エルスの中でヒスイの存在は大きく心を占めた。
浮かれたように水差しに冷たい水を汲むと、コップで一杯飲み干してから自室のベットに戻った。
まだぬくもりの失われていないベットに潜りながら、今日はどんな外の世界の話をしてくれるのか、楽しみにしながら再び微睡みの中に意識を落としていった。



「エルス、今日の実験だけど中止にするから天氣雨のところにでも行ってきなよ。」
昼食がおわり、後片付けをしていると、急にオルティシアが声をかけてきた。
「え…いいんですか?」
「ちょっとねー…王立研究所の方に急に呼び出しがかかって。
ぼくじゃなくてもいいんだけど、どうしてもって聞かなくて」
オルティシアはどこかげんなりしな様に見受けられ、気だるそうに肩を落としてエルスに手を振った。
「じゃあ、よろしく言っておいてよ」
「あ、はい…お疲れ様です。」
そのまま小さくなる背中を見送り、通りかかったゼクスに薬品の整理を頼まれてリスト通りに薬品を棚に戻していく。
「よぉ」
ふと、最後の瓶を棚に戻した時に背後から声がかけられた。
「こんにちわ」
にこっと笑いながら振り返ると、そこには無意識に待ち焦がれていた人物が壁に寄りかかって立っていた。
「ここだって聞いて、今日は非番か?」
「急に非番になりました。」
「そっか」
立ち話もなんですから、どうぞと奥にある椅子を持ってきて勧めるとティーセットを取り出してお湯を沸かす。
その後ろ姿をヒスイはじっと眺めていた。
ヒスイとのこの何とも言えない距離感は気に入っていた。
向こうはどう思っているかは分からないが、人と接することを苦手とするエルスにとってはこの独特の間合いや距離のとり方は安心できるものだった。
踏み込ませず、踏み込まない。
自由奔放に生きている様でしっかりとした自分を確立している彼の生き様のようで、エルスはちいさく微笑んだ。
カチャ…と静かな部屋にティーセットの音だけが響いてヒスイの前に暖かな紅茶が差し出される。
「外は寒かったでしょう?」
「まぁな、今朝は雪が降ってたしな」
「そうですか、雪、降ってたんですね。」
通りで寒いと思ったとエルスが笑えば、ヒスイは可笑しそうに聞き返した。
「外、出なかったのか?」
「…特に用事もなかったので。
必要以外あまり外出するなと言われてますし」
「ふぅん、大変だな」
出された紅茶に口をつけながら、ヒスイは思い出したようにごそごそとカバンを漁った。
「これ、土産だ」
「みやげ?」
ポンと何かをエルスに向かって投げる。
エルスはそれを反射的に受け取り、まじまじと手の中の包を見つめた。
「みやげ、って…なに?」
首をかしげるエルスに、ヒスイは目をぱちくりさせた。
「土産もしらねぇの?まぁ、要するにプレゼントの一種だな。お前にやるよって事」
「プレゼント…」
手の中の包をぎゅっと抱きしめ、微かに頬を紅く染めた。
「あ、ありがとう。その、すごく嬉しい。
俺、贈り物なんてされたの初めてだから…」
小さな包み一つでこんなに歓喜されると思っていなかったヒスイは、逆に驚いてから満足そうに笑った。
「そうか、お前軟禁されてたんだっけ?」
「俺の力は身に余るものですから。
誰かを傷つけてしまわないなら、それに越したことはないでしょう?」
「そうかもな、でもお前はそれでいいのか?
俺が見る限りではそうは思えないんだけど…」
「…そう…かもしれない。
前は何も考えなかった、ただ与えられた部屋でおとなしくしているだけで、生きている…というよりただそこにあるというだけだった気がする。」
ヒスイは黙ってエルスを見つめながら聞いていた。
「でも俺は、ここに来て少しは変われたんじゃないかと思ってる。
ここの皆は俺を腫れ物みたいに扱わないし、ここにいていいんだって思えるし。」
小さい頃から、どうしてお前は生きているんだと何度も何度も問いただされてきた。
生きているだけで禍をもたらしているというのに殺すこともできないエルスは、生きる意味も見いだせずにただ死を待つだけだった。
どうして自分は生きてはならないのか、なぜ自分はそんなにも疎まれなければならないのか…
そう考えはしたものの、誰かを恨むという選択はエルスの中には最初からなかった。
だからこそ、ただ毎日を死ぬためだけに生きるという日々から抜け出せた彼は、以前をよりも人間らしく生き生きとしている。
残念なことに、それを比較できる人間が居ない為か、エルスはまだまだ内向的で常識が欠落している部類には入る。
「だからこうして、ヒスイさんにあえて外の世界の話を聞けてるだけで楽しいんです」
なんて無欲な奴…と、ヒスイは心の中で呟いた。
いや、無欲だからこそその魂は純真無垢であり、呪いの最も好む依代になってしまったんだと納得した。
エルスはただ、無垢で穢れない魂を持って生まれただけなのに。
「まぁ、俺でよけりゃ話し相手くらいにはなってやるよ。」
「本当に?嬉しいなぁ」
ぶっきらぼうに返事をして、旅の話を始め、エルスは子供のように目を輝かせながらその話をおとなしく聞き入ってた。
エルスにせがまれて話を聞かせているうちに、すっかり長居してしまったヒスイはそろそろ帰ろうかと立ち上がった。
「今日はお話聞けて楽しかったです。」
「大した話じゃないが、まぁ楽しんでもらえたら良かったよ」
ヒスイの背中を見送りながら、エルスは急に胸が締め付けられるような感覚に陥り、息ができなかった。
その症状の名前を知らないエルスは、こらえるように胸をぎゅっと抑えた。
「エルス…どうかしたか?」
「…いや、なんでも…ないです…」
ヒスイは首をかしげながら、エルスの身体を支えるように肩を貸した。
「ひっ!!」
その突然の行動に驚いたエルスは思わずヒスイを突き飛ばしたが、それをうまく避けたヒスイはエルスに付き添ってエルスの部屋まで運んでベットに座らせた。
「触らないで…俺、あなたを壊してしまいたくない…」
「…はぁ、ひとつ言わせてもらうけど。」
怯えるようにヒスイを見上げるエルスに、ため息を吐きながらそう断りを入れた。
「お前の目に映る俺は、どこか溶けて腐っているか?」
「いや…」
「だったらいちいちビクビクすんな。」
「無理っ、お願いだから…俺に触れないで…」
すすり泣くような小さな声に、正直反応に困ったヒスイはため息を吐いた。
「じゃあお守り」
そう言ってエルスの首に綺麗な宝石のついた皮のチョーカーをつけた。
「声には力が宿る、言霊ってやつだ。
その声を発する場所には特別な力がある。」
ヒスイの言いたいことが今ひとつ理解できないエルスは首をかしげた。
「自分の気持ちを、思っていることを声にだすって事は結構重要なことなんだよ。
呪いは解けない、呪いは人を傷つける、そんな言葉ばかりを口にすればそういう風に傾く。」
「それは…前に言ってたまじゅつの事?」
「まぁ、魔術にも多少なりとも関係はあるが…
これは本来人が持っている先天的な能力だ、誰もが皆同じように持っている特別で平等な力だな」
「ことだま…特別で平等な力…」
「そう、病は気からってよく言うだろ?
呪いだって同じだ、そいつの解釈次第でうまく付き合っていくことだできるケースだってある。
まぁ、お前の場合は特殊だからこんなんで呪いが溶けるなんて無責任なことは言わないが…」
そう言って、見下ろす綺麗な双眼にエルスは目を奪われた。
「そんなに卑下に考えることもないと思うぞ」
「…こんな俺でも…願うことくらいなら…許されるの…?」
「言うだけタダって言葉があるくらいだし、いいんじゃないか?」
エルスはそのヒスイの言葉に嬉しそうにうなづいた。
「外の…世界を見てみたい…。
できれば、ヒスイさんと一緒にお宝探しに行ったり、露店をしたり…
誰にも怯えないで、拒まないで…」
ぽつりと、消え入りそうな声で吐露したそれはエルスの心からの願いなのだろう。
ヒスイは何か特別なことをしたわけでもない。
エルスにつけされた装飾品ですら、呪いの効果をほんの少し抑制してくれるだけど補助装飾でしかない。
それでも、自分自身に何も望まないエルスがほんの少し、ちいさな希望の欠片を口にしたのは大きな一歩だと思った。
「いつか、お前が本当にそれを叶えたいと思ったなら、連れてってやってもいいけど。
ただし、足手纏はごめんだからな。それまでに強くなっておけよ」
ヒスイはようやくエルスに背を向けて、部屋の扉から颯爽と出て行ってしまった。
「…俺、望んでもいいのかな…?
貴方の隣で、外の世界に触れることを…」
自分の手のひらを見つめながら、エルスは嬉しそうに微笑んでベットに横になった。

今日はきっと、幸せな夢が見られるはずだから。


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