黒鶴はその日、一つの決意を胸に携帯を触っていた。
白月と幼いながら貫き通してきた想いを通じ合い、恋人となったのはつい最近のこと。
触れ合う事に嬉しさを感じ、白月もまたそれを喜んでくれていた。
二人が揃う時は黒鶴の定位置は白月の膝の上。
それが嬉しくて安心して、頭を撫でられるとうっとりする程気持ちが良い。
昔はしていたけれど今は怖くて出来なくなっていた食べ物を分け合うという事も、怖く無いのだと教えてくれた。
夜には店を閉め、二人でくっついてちゅうをしてからベッドにつく。
至福の一時を過ごしていた。
けれど、そんな日々を過ごしていて気付いたことがある。
白月の顔色が日増しに悪くなっていく気がするのだ。
食欲は変わらず、ベッドでは黒鶴の方が先に眠り後に起きてしまうので分からないが、恐らく睡眠も十分に取っている。
にも関わらず、時折ぼんやりと遠くを見て微かにため息を吐く時があった。
仕事が忙しいらしく、黒鶴が店を閉めた後も暫く仕事部屋に篭もっている事も。
恋人が疲れている時、普通の人はどうやって労るのだろう。
他人に興味がない黒鶴にはその普通は分からず、けれどどうでも良い他人に聞く気にもなれず。
幼馴染みに相談するのも気恥ずかしく、となれば黒鶴に頼れるのは一人だけ。
白月の兄代わりであり、家族と言って可愛がってくれる三条宗近。
ちか兄と呼び慕っている人ならば、きっと上手い手段を知っているに違いないと一縷の望みを託すのだった。
『ちか兄、ちょっと相談したい事があるんだけど。良いかい?』
『おお、おはよう。相談か? あい分かった、俺で分かる事なら良いぞ。話してみると良い』
ラインを送り、和やかな笑顔が思い出せるような柔らかい物言いでその人はすぐに答えてくれる。
それに安心をし、更に文章を打ち込んでいった。
『最近、白月が疲れてるみたいなんだ。その、出来れば……こいびとらしい労り方、とか、知らないかなって』
『ほう、恋人らしい、とな?』
『ん……あの、白月に喜んで欲しくて。おかしい?』
『いいや、おかしくないぞ。たずは少々遠慮がちな所があるからな、あれも喜ぶだろう。ふむ、恋人らしい労り方か……』
遠慮がち、と言われて首を傾げて考える。
むしろ自分はいつもワガママ放題に好きなことを皆にさせて貰いながら育ってきた。
それこそ末っ子"らしい"育ち方だと思う。
両親は幼馴染みが兄弟のように黒鶴の面倒を見てくれるから助かると言っていた程、自分たちは一緒に居た。
嫌な事はしたくない、出来ない事はしなくて良い、そうやって甘やかされている。
今もそう、気付かないうちに幼馴染み達が気を回してくれるのだ。
だから、という訳でも無いが。
白月の恋人、彼の唯一のお姫さまだと言ってくれた事が嬉しかった。
その気持ちが嬉しくて、大切にしたいと思った。
何より、恋人やお姫さまという特別な事が嬉しくて、特別な事がしたくなったのだ。
黒鶴のそんな気持ちが見透かされたような、実際見透かしているのだろう言い回しに恥ずかしさを覚え、携帯を両手で握り締めて顔を赤くする。
無意味にあわあわと手を動かし、熱くなった顔を手で仰いだ。
そんな黒鶴の恥じらいなど知らない宗近からはピロリ、と更に返信があり、
『良い方法があるぞ。まずは、お前達の寝室へ行ってだな……』
携帯を覗き、更に続く文章を見た黒鶴は目を見張った。
最近の白月はフリーランスのプログラマーとして、今は企業向けのアプリ開発に苦心していた。
自室とは別に用意した仕事部屋で一日パソコンと向き合い、プログラミングに勤しんでいる。
そもそもは愛らしく愛おしい幼馴染みを魔の手から守る為。
自身の欲望の赴くまま、常に様子を知ることが出来たならと彼の周囲を見る目や耳を求めた。
結果、黒鶴の腕時計にはGPSが、彼のテリトリーには監視カメラと盗聴器が充実する事となる。
仕事の合間に別の専用モニターでその様子を見、片耳に引っ掛けるタイプのイヤホンで音を拾った。
勿論そんな事は黒鶴の知らない事なのだが、幼馴染みや馴染みの友人には周知の事実と化している。
そんなこんなで今日も今日とて黒鶴の様子を見ながらの作業。
『……お、いらっしゃい』
カランカラン、と涼やかな開店のベルが鳴り、大人しめに控えられた黒鶴の声が響く。
恋人となり白月だけのお姫さまとなった黒鶴は、元来の無邪気さも相まって可愛らしい笑顔を振りまくことが増えた。
幼い頃の彼の世界はとても狭く、時が過ぎる毎に色々なジレンマを抱えながらも成長した黒鶴はどこか人を引きつける魅力がある。
他人に開かれる事の無い鉄壁の城塞のような心。
その心中は幼さを含み、菓子のような甘さとふわふわと柔らかく可愛らしいものを抱えている。
一時期は白月が倒れた事を自分のせいと責任感を感じ、彼の無邪気さと甘さは拒絶と癇癪へと形を変えてしまった。
けれどようやくその長年のシコリを解消することが出来て喜びを感じている。
のだが、
『注文は……ああ、じゃあ空いている席に座ってくれ』
『はい、分かりました!』
『楽しみにしてます』
集音性の高いそれから聞こえてくるのは見知らぬ男達の声。
声変わりにより低さを増し甘やかな響きとなった声を弾ませ、黒鶴が頷いた。
蜜色の瞳を柔らかく和ませて口端を上げ、調理の最中に響く鼻歌が機嫌の良さを表してる。
そんな黒鶴の背をじっと眺めている客の様子に、白月は眉根を潜めた。
黒く艶やかな襟足だけを伸ばした髪、蜜色の瞳は大きく母親似の愛らしい顔立ち。
身長は平均的ながら、全体的に細い体付きをしなやかに動かす様は猫のよう。
彼らがどんな意図を含んで黒鶴を見詰めているかなど、白月には想像も容易い。
今すぐに黒鶴をその目から隠すか、彼らの目を潰してしまいたい衝動に駆られる。
だが、本来は客商売をしているのだから愛想は良い方が良いのだろう。
例え道楽だと任されているとはいえ、顧客が増えるのは好ましいはずだ。
何度目かのため息と共に、そう自分に言い聞かせる。
「たずよ……俺はお前の笑顔を、守れているだろうか?」
モニターに映る最愛の姿に指を這わせ、ひっそりと心中の吐露をした。
触れたいのに、触れる事をためらってしまうのはその先を望んでしまうからだ。
幾度となく黒鶴と繋がり、その身体を味わったが故に溺れてしまう。
けれど幼い頃から身体の成長に恵まれていない彼は、その細さも相まって体力に乏しい。
白月が望むままに貪れば、きっと彼を抱き潰してしまうに違いない。
時折、他人が無遠慮な眼差しを黒鶴に向ける度、隠して誰の目にも触れぬよう仕舞い込んでしまいたくなる事があった。
どろどろに甘やかし、自分だけを見詰めるよう飼い殺してしまいたい。
彼のいとけなさ、弱さを知っているが故に、凶暴な衝動を向けると同時に抑え込む事が出来るようになり。
何より、黒鶴から外への探究心を奪うことを許さなかった幼馴染み達の庇護が影響している。
そうやって自分の中で消化するうち、過保護とも過干渉とも言える方法に手を出す事で落ち着いてしまった。
『……やっぱりあの人、良いよなぁ……』
『付き合ってる奴居るのかな?』
黒鶴の鼻歌とBGMに隠しきれない、悪辣な言葉が聞こえる。
眉間の皺が険しくなる度に奥歯を噛みしめ、頭痛が酷くなるのを感じながら息を吐いて耐えた。
ギシリ、と椅子の肘置きが悲鳴を上げる。
いつの間にか握り締めていた、否、握り潰そうとしていたそれを、縫い付けられたように固まる指を引き剥がしていった。
目を閉じて瞑想する合間、彼らの顔を思い出してデータを引き摺り出す。
一度目は黒鶴の柔らかな微笑みに釣られて不用意に話しかけ、手痛い拒絶を食らっていた。
二度目はやはり顔すら覚えておらず、まずは常連として通う事を心がけたようだった。
三度、四度と通いながらも下心をあけすけに黒鶴に話しかけ。
これ以上は見過ごせない、と深く腰を落ち着けていたデスクチェアから立ち上がる。
向かった先は一階の喫茶店、カウンターキッチンで調理をしている黒鶴の背に被さるように立った。
不意な体温に驚いた黒鶴が振り返るのと同時に、自分の中で極上の笑みを浮かべながらその小さな唇に口付ける。
「――なっ!? し、白月、急に何を……」
「いやなに、小腹が空いて降りてきたらお前が居たのでな。随分と機嫌が良いようだが、何かあったのか?」
「ん……その、嬉しいけど……驚いた……。機嫌? ……まあ、良いかもな」
ふふ、と頬を赤らめてはにかみ笑いを浮かべる黒鶴に、作ったものではない笑みが浮かぶ。
ほわほわと柔らかな雰囲気で仰ぎ見る蜜色の瞳を、もっと喜ばせたいと心底願う。
「あ、けれど……人前でちゅうは……ちょっと、は、恥ずかしいから……」
調理の手を止め、コンロで隠れる位置で服の裾を遠慮がちに握り締めて上目遣いに見詰めてきた。
それはむしろ逆効果だと言い聞かせたいような、もっと愛らしいおねだりを聞いていたいような。
このままここで押し倒せたならばどれだけ良いだろう。
だがいとけなく無邪気さを振りまく姿も、愛らしく恥じ入る姿も等しく大事にしていきたい。
我慢のしどころだと自分に言い聞かせ、黒鶴の頭を緩く撫でた。
「すまぬ、たずが愛らしいので、ついな。続きは店が終わってから、だな?」
「店が……う、うん! あの……今日は、仕事……早く終わるかい?」
「ん? ああ……そうだな、今手掛けているものは終わらせておこう」
「そうか! ふふ、じゃあ今日は長く一緒に居れるな?」
ふにゃふにゃと嬉しくて仕方ないと言わんばかりの甘い笑顔に、再びキスを落とそうとして固まる。
つい先程の恥じらう姿も愛らしかったが、せっかくの機嫌に水を差してしまうのは申し訳無い。
何より、これだけ甘い雰囲気と意味深な言葉を交わしていればよからぬ虫も悪さを出来まい。
顔を近付けはしても唇を合わせることはせず、こつん、と額を付き合わせて鼻先を擦り合わせた。
嬉しそうに目を和ませながらも、どこか物足りないと言いたげに突き出された唇を交わす。
耳元で小さく、
「待っているぞ」
と、囁けば夢見るようなうっとりとした表情で見上げてきた。
名残惜しい気持ちはあれど、これ以上傍に居れば間違いなく収まりがつかなくなるだろう欲に蓋をする。
ふと、部屋へ戻る為に階段を上がっている最中に思い出した。
あれを手酷く抱いてしまわぬよう、触れ合いも最小限にキスをする事すら最近はしていなかったと。
店は不定休でやっている為、次の日の負担などを考えるとどうにも手を出しづらくなっている所があった。
何よりも抱いた後に残る色気と澄ました顔というのは扇情的に見えてしまう。
そんな姿を他人の目に晒す事を良しとは出来ず、物理的に距離を空けてしまっていた。
しかし気付いた所でやはりどうにも良い案が浮かばぬ限り、やはり自分が堪え忍ぶしかない。
戻った部屋のモニターから、先程の客が落ち込んだ様子で話し合っているのを確認して自分の考えに間違いはないのだと確信を得たのだった。
はてさて、二人がすれ違いの疲労を溜めている中で夜となった。
白月は言葉通りに早い時間から黒鶴の手作り料理を腹に収め、今はリビングのソファでリラックスしている。
黒鶴は宗近の教え通り、まずは密着して労うことを決めた。
おずおずと白月の隣に立ち、顔を上げて微笑んでくれるのを受けて膝の上へと腰を下ろす。
「白月、今日もお疲れ様! 最近、前にもまして集中してるみたいだけど……難しい内容なのか?」
「いや、ああ……そうだな。少々複雑でな。……寂しい思いをさせたか?」
微笑みを苦いものに変え、黒鶴の頬に手を添え顔を覗き込んできた。
その秀麗な顔立ちは昔から見慣れているとはいえ、恋人となってから意識をするようになった黒鶴は頬を赤らめて目を伏せる。
震える小動物のような反応に、そのまま押し倒してしまいたい欲と大切にしたい庇護欲がせめぎ合う。
この瞬間、堪えねばならないと自身に言い聞かせて精一杯の自制心を働かせる消耗は計り知れない。
困ったように笑い、近付けていた顔を遠ざけて頬からも手を離してしまった白月に、黒鶴はショックを受けた。
と同時に、やはり現状を打破するには宗近の教え通りに動かざるを得まいと覚悟を決める。
白月の手を取って腰に回させ、するりと滑らかな動きになるよう意識しながら胸に頭を預けて寄り添う。
実際はおずおずと恥ずかしげに手を取られ、しかしぎゅうっと目を瞑りながら抱き着かれと慣れていない事がよく分かる。
だがその精一杯のアピールは白月の胸を打つには十分なものであり、
「た、たずよ、何を!?」
普段は冷静沈着、もっと言うなら黒鶴や幼馴染みの事以外には冷徹とすら言える表情を焦りのものに替え、黒鶴の細い両肩に手を添えた。
うっすらと潤む大きな蜜色の瞳で白月の姿を写し、ゆっくりと目を瞑る。
これは所謂キス待ちの姿勢と気付いた白月は驚愕に身を震わせた。
真っ直ぐに育った黒鶴の情操教育上、こんな真似を出来るとは思えない。
となれば原因は限られ、宗近への苛立ちを深くした。
自分が堪えねばならない局面である事を知っていて教えたであろう底意地の悪さが分かる。
数秒間、目の前で目を閉じる黒鶴の桜色に艶めく唇を見詰め、生唾を呑み込む。
目を開けた黒鶴は酷く傷付いた顔をして顔を伏せてしまった。
「たず……今のは誰に教わった?」
「……白月のばか! もう、良いッ!」
くっついて来た時と同じ、それ以上の性急さで身体を離して寝室へと駆けだしてしまう。
咄嗟に追おうとしたが、下手にベッドのある場所で二人っきりになると堪えきれる自信も無く。
ソファに深く腰を掛けて項垂れるしか無かった。
せっかく黒鶴が恥ずかしさを偲んで近付いてくれてきたものの、欲に流されまいと無碍にしてしまった。
大切にしたいと思うからこそのジレンマにため息を落とし、黒鶴の煎れてくれたコーヒーを飲んで頭を冷やす。
もう少し落ち着いてから話しをしに行こうと決め、それよりも先に開いたドアの音に後ろを振り返った。
「たず、さっきはすまなかっ……――」
呆気にとられた。
寝室から出てきた黒鶴は白いレースのニーソックスにガーターベルト、白いパンツは左右で紐を結ぶTバックタイプの中でも面積の狭いもの。
白いコルセットは陶器のような白い肌によく映える。
淡いピンク色のベビードールから身体の全てが透けて見える姿はまさに寝室の天使。
全て自分でコーディネートしたものだったが、ここまで似合うとはやはり黒鶴の全てを理解していると言っても過言ではない。
ないのだが、何故理想の姿を目前に晒しているのか。
目を見開いたまま、白月は理解を超える状況に完全に固まった。
「あの……に、にあう……?」
「あ、ああ……想像以上だ……」
「えっと……ね? ちか兄に、聞いたんだ。白月が、疲れた顔をしてるから……」
「むねちか、に……そうか……。いや、だがそれは……」
「ん……。あの……寝室、棚の、紙袋……これ着て、労ったら……喜んでくれるって」
今この瞬間も恥ずかしいのだろう、耳や首元まで真っ赤に肌を染めながら、ベビードールの裾を両手で掴んでもじもじと身体を震わせている。
少し動いてしまうだけで前や後孔が見えてしまうのを躊躇っているようだ。
見れば見るほど艶やかな姿に生唾を呑み込む。
だが、黒鶴の愛らしさを天使という形で昇華するならばむしろ淡い桃色のネグリジェの方が良かったかも知れない。
今の姿も愛らしいのだが、それ以上に男の欲を具現化したようなアンバランスさも感じる。
襟足の黒髪が肩から胸へと垂れているのを見、思わず手を伸ばして掬い取った。
びくり、と身体を強く跳ねさせて蜜色の瞳が上目遣いに覗き込んでくる。
「あの、あのな? その……白月に、喜んで欲しくて…………こ、こいびと、と、して……」
顔を真っ赤に染め上げ、胸に両手を握り締めて一生懸命に告げられた内容に、白月の鉄条網じみた理性はブチりと勢いよくはじけ飛んだ。
慣れていない羞恥に身をよじりながら誘惑してくれる恋人に、愛おしい人に、これ以上耐えろという方が無理だろう。
耐えるならそれは去勢されているか不能に違いない。
「ふふ、そうか……恋人として、な?」
「あの……つかれてる? 元気になる?」
心配する気持ちで一心に気遣ってくれる姿はいとけない幼子のよう。
そんな彼が自分の手管でとろとろに蕩け熟れた果実の様に甘く解れていく様を想像すると、腹にクるものがある。
腰回りに、頬に手を当てながら密着して顔を近付けた。
先程拒絶されたにも関わらず、柔く微笑みながらすりすりと頬を擦り寄せてくる。
その姿が愛らしく、控えめに存在する小さな唇に口付けた。
ちゅ、ちゅ、とリップ音を鳴らしながら緩く、唇に舌を這わせて縫い付けるように深く。
都度与える刺激を変えていきながら顔色を窺えば、鼻でする呼吸に慣れずに合間に口を開いて小さく息を吐いた。
その隙を狙い、口内へと舌を這わせて逃げる舌の根、裏、歯列を割って上顎を舌先で擽る。
閉じていた目を、黒く長い睫を震わせて白月を映し出す。
目が合うと、花が開くようにふわりと甘い微笑みを浮かべた。
「んぅ、しろ……? あ、やっとわらったぁ」
「うん?」
「さいき、つかれて……こわいのかお、してたから。ふふ、うれしぃ」
喜色一面に華やぐ顔に、そこまで心配を掛けていたのかと申し訳無くなる。
だが、そもそも疲れの原因となったモノは黒鶴の考えとは別にあった。
少なくとも今はもう止めてやる気にはなれないが、確認だけはと頭を撫でながら口を離す。
「んぅ……しろぉ?」
既に快感で蕩け始めている為か、舌っ足らずに黒鶴が口を開いた。
心配はいらないと伝えるためににこりと微笑み、
「たずよ、すまん……今宵は抱き潰してしまうやも知れん。店の方は……」
「え?あ、えっと……ちかにぃが、おやすみするといい、って」
どうしたの?と言葉の代わりに小首を傾げて見上げてくるいとけない様子に、苦笑を漏らす。
やはり全てを知っていて助言をしたに違いない。
彼の手を借りるのは癪だが、黒鶴に心配を掛けている事に気付けなかったのは白月の堕ち度だ。
お陰で今日はじっくりと二人の時間を楽しむ事が出来るのだから、後でお礼参りにでも行くとしよう。
となれば優先順位は目の前の愛らしい恋人の事。
「そうか、では問題ないな。ふふ、似合って居るぞ?一度着て貰いたいと思っておったのだが……恥ずかしがり屋ゆえ、叶わぬとばかり」
「ん……えっと……えっちぃ服、だよな……。恥ずかしいけど、しろが用意してくれたから」
うっとりと至福に微笑み、言葉通り羞恥は煽られているのだろう赤い頬は愛らしく食べられるのを待つ果実の様。
耐えに耐えた末のご褒美に白月も喜色満面、極上の笑顔で黒鶴を横抱きに寝室へと歩き出した。