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二人で創作・版権小説を書き綴ってます。
開幕ブザーと共に幕は上がった。
それは世界一幸福で不幸な物語。
フラッシュバックするのは、真っ赤な部屋と、空を劈く悲鳴と、獣の唸り声。
遠くに綺麗なお月さまが見えた。
「いや、いや、たすけて、かみさま…」
母親にかぶせられたマントを深くかぶりタンスの中で震えるしかできなかった自分を守るために犠牲になった両親。
両親を食い殺したアラガミが、どこかに居なくなるまで震えていた
「助かったのは子供一人か…」
「ああ、命がけで子供だけは守ったんだろうな。
立派だが、まだ小さいのに可哀想になぁ」
遠くでぼんやりと聞こえる声に耳を傾けながら、施設へ移動するために生存者を集めていた大人たちに保護された子供は抱きあげられてその場を後にするときに見てしまった。
真っ赤に染まった、母親と父親の無残な姿を。
ひゅっと息が詰まって声が出なかった。
がくがくと体を震わせる。声が上手く発せない。
指先から体温が零れ落ちて行くみたいに、体の芯が冷えていく。
「あ、うあ……ああ…あ」
大好きな両親はもういない。
アラガミに殺された。
アラガミが憎いという気持ちと、アラガミが怖いという気持ち。
それ以上に誰かが居なくなることへの恐怖が子供の心にいとも絶やすく亀裂を生みだした。
壊れるのは一瞬だった。
生存者を安全な場所に移送するためのトラックが到着するまでに集会所に集められた人たちの中には知り合いや家族に再会できた者達も居たが、子供にはそんなものはもういない。
「知り合いは居そうか?」
辺りを軽く見回ってくれた大人が声をかけてくれたが、子供は首を振ることもできず、静かに涙を零していた。
「おい、輸送のトラックが到着した、子供とけが人を先に輸送する事に……あれ、その子にそっくりの子をさっき診療所で見かけたぞ?兄弟じゃないのか?」
「兄弟?そうなのか?」
聞き返された子供は虚無の瞳で大人たちを見上げた。
「…この子、両親がアラガミに…タンスに隠れていて助かったんだ…。
もしかしたら、見ていたのかもしれない」
「そうか、なら尚更早く連れて行ってやるといい。
人違いでも一人でいるよりは年の近い子と一緒に居る方が安心だろ」
そういって連れていかれた診療所の奥の方で子供とそう変わらない少年が頭から血を流して横たわっていた。
「!!」
目の前に両親の血塗れた姿がフラッシュバックして、また息が詰まる。
上手く呼吸できなくて、何より、それが誰であるかも理解できなくて…
ただ、また誰かが居なくなってしまうんだと思うと思わず駆け寄っていた。
「おにぃ…ちゃ…」
恐る恐る声をかけると、ゆっくりと目が開いて、ぎゅっと手を握ると一筋の涙を流した。
この人も、きっと大切な人を無くしたんだろう…。
子供はなんとなくそう思った。
助けて欲しかった、助けたかった。
一人になるのは悲しくて怖くて寂しいから。
「ごめ、な…。なまえ、わか…な…」
「ん、うん……ちが、おれ……」
違うんだと、言いたかったのに。
否定してしまうとこの人はどこかに行ってしまうんだと思うと不安になった子供は知らずに涙を流していた。
もう、誰も居なくなってほしくない。
「だから……もう、いちど……。
はじめまして、を……しようか……おれ、たぶん……くになが。
きみの……にいちゃん、だ」
少年は血を沢山流して、辛そうなのに、それでも子供の為に微笑んでくれた。
「……いい、の?」
遠慮がちに聞き返すと少年はいいと言った。
かみさまは両親を助けてくれなかったけど、新しい家族を子供に与えた。
「おれ、つる……つるまる。
……おにぃちゃ、くににぃ……いたい?」
ぎゅっと手を握って、どこかに行かない様にきつく握ってつなぎとめる。
「かみさま、みつけた。
おれだけのあたらしいかぞく」
単純なのはつまらない?
ならもっと狂わせて
この狂った世界で生きてくために
「つーる」
施設に入って1週間。
鶴丸は両親を亡くしたトラウマから毎夜魘され、何かに怯えていた。
何をするにも国永の後を雛鳥の様について回り、それ以外は常に何かに怯えていた。
国永がおやつをもって2人が過ごしている部屋を訪れる。
小さな子供用のベットの中からもそもそと何かが動いて、ぎゅっと抱きしめると薄汚くなったマントを被った鶴丸がふにゃりと笑った。
「くににぃ…?」
舌足らずに自分を呼ぶ声に国永は微笑んでおやつを差し出した。
「これ、貰ったから一緒に食べよ?」
ベットにちょこんと座るとフードの中に隠れた鶴丸の額をこつんと頭を合わせる。
手に持ったのはクッキーだった。
薄い布に包まれたクッキーを差し出して鶴丸の口の前に持っていく。
一瞬戸惑ったような表情を浮かべてから鶴丸がぱくっとそれを口に含むと、一瞬にして花が咲き誇ったように微笑んだ。
「おいしい!」
「ははは、そうか。良かったな。もっとたべるかい?」
国永はにっこりと微笑んで鶴丸の口の前にクッキーを差し出した。
差し出せばぱくっと食べて嬉しそうに微笑む鶴丸の表情が変わるのが嬉しくて、持ってきたクッキーを全部鶴丸に食べさせてしまった。
「あれ、ごめん鶴、もうおやつなくなっちゃった」
「…え?くににぃぜんぜんたべてないのに、おれぜんぶたべちゃった…?」
「鶴の為に持ってきたからいいんだよ」
「…でも…」
「鶴は体もちっちゃいし、いっぱい食べてくれないと俺が心配だから、だからいいんだよ」
よしよしと国永が頭を撫でると頬をほんのり桜色に染めた鶴が照れたように微笑む。
「じゃあ、きょうのばんごはんのおかずいっこあげるね?」
「うん、ありがとう」
「くににぃだいすき。ずっといっしょにいてね…つるを、ひとりにしないでね…」
身体をぴとっと寄り添わせると伝わる体の震え。
最近はこうして国永の前でなら年相応の表情を見せるようになったが、それはあくまで国永の前でだけ。
幼い心に刻まれたトラウマはそう簡単に元には戻らない。
施設では他にも大勢子供は居るが、明るい国永はすぐに友達を作ってくるのに鶴丸は一向に部屋から出ることができずにいた。
まだ幼い鶴丸には大好きだった両親が突然いなくなったことも、アラガミに殺されたということも受け入れがたい事実で、でも現実逃避しようにも目に焼き付いた光景と耳に残る悲鳴が離れない。
壊れて狂っていく小さな弟の身体を抱きしめて、国永は今日も鶴丸に笑いかける。
「しないよ、ずっと一緒だ。
君が望むなら俺はずっと一緒に居る。
俺も鶴のそばを離れたくないしな?」
国永が笑うと安心する。
国永の言葉を信じているから、疑っていないから。
だってこの人はかみさまがくれた鶴丸の家族になってくれた人だから。
何も知らない兄弟は荒廃した世界で身を寄せ合う。
この先にどんな運命が待ち受けているのかも知らずに世界の歯車に飲み込まれていく。
それは心を失った子供と少年の、歯車が回りだす前のつかの間の幸せ。
そのエンドロールが褪せるまでの。