「寒い…」
朝、眼が覚めて身の締まる寒気さを覚えたロゼットは、カーディガンを羽織り、ベットから起き上がった。
窓のカーテンを捲れば外は一面の銀世界。
家を出てから初めて迎える冬だった。
雪が降ると、毎年決まって妹と弟は元気に外に飛び出して雪合戦やかまくら作りと、近所の友達とはしゃいで雪まみれになって帰ってくる。
姉は根菜のスープを作り、ロゼットは祖父母達に暖かい毛布を持っていくのだが、今年は誰か毛布を出してくれているだろうか…。
家を出る前、一通りのことは姉に説明してきたが、何せおっとりした姉である。
ロゼットは一抹の不安を覚えながら、何となく外を見ていた。
雪がふわふわとわたあめを降らしたように、風に乗って踊るように漂っている。
ふわふわ、ふわふわと。
まだ薄暗い一面を舞う雪はまるで、白いドレスの妖精が楽しげにダンスをしてるようで
、幻想的でメルヘンチックな気分に、自分で苦笑いを浮かべた。
「何を笑っているんだい?」
眠そうな声に、反対側のベットに目をやると、閉じられたカーテンの隙間から、碧い瞳がこちらを覗いていた。
「ごめん、起こした?
雪が降ってたから、実家の事を思い出してて。」
ごそごそとなにかを引っ張るような音がしてから、カーテンが開いた。
シックなナイトガウンを羽織ったフィオルが、ロゼットの冷えた身体を背後からぎゅっと包み込むように抱き締めて、窓を覗いた。
「あぁ、本当だ。
成る程、通りで今朝は冷えるわけだね。」
「そうだな。少し、寒いな。」
寒いなら火を焚けば良いのだが、あと数時間もすれば登校時間になる。
だったらベットに戻って二度寝でもしたいところだ。
薄いカーディガンを羽織っただけのロゼットは自分の身体を抱き締めるようにして身を縮めた。
「そんな窓際にいては余計身体が冷えてしまうよ。」
「あぁ…うん。そうだな。」
曖昧に返事をしながらも、そこから離れようとせずに窓の外を見つめるロゼットを、ナイトガウンの中に収まるように抱き込むと、ロゼットがキョトンとしてフィオルを見上げた。
大きな翡翠色の瞳がじっとフィオルを見上げる。
「どうかしたのかい?」
「いや、別に…。こうしてると、暖かいな。」
しばらくそのまま大人しく外を見ていたロゼットは、急に何かを思い付いたように振り返った。
「ゆきだるま作ろう!!」
子供のように笑いかけるロゼットに、フィオルもつられて微笑んだ。
「随分と、唐突だね。」
「雪が降った日にはよく妹と弟と作ったんだ。
離れているけど、繋がれる気がして。」
「君らしいね。
じゃあ、講義が終わったら今日は雪遊びだね。」
「みんなも誘って、ね?」
普段、こう言ったことを提案するのは大概がトラヴィスで、ロゼットは子供っぽいと一蹴するのが定石だが、まさかロゼットが雪遊びをしたいと言い出すと思わず、フィオルは驚いたように笑った。
講義が全て終了する頃には外はすっかり雪が降り積もっていた。
しっかり防寒着を着込んだいつものメンバーは目を輝かせた。
「どうせなら二人一組になって誰が一番大きなやつ作れるか競争しない?」
また、トラヴィスがしょうもない提案をして来た。
珍しく普段はこう言った遊びに参加しないタウフェスが一番先に面白そうと言ったのを皮切りに、反対意見の出るまもなく決定してしまった。
トラヴィスはヴェリテと、シルフィスはリアンと、タウフェスはお使いの帰りにたまたま通りかかったエヴァンジルを捕まえて。
「残りはあんたたちだけだよ。」
トラヴィスがにやにやと笑う。
「じゃあ、僕はノーツと…」
「空気読みなよ、お前は俺と。」
フィオルと組もうとしたクレイハウンドの腕をロゼットが引いた。
フィオルはてっきりロゼットが自分とペアになると思っていたらしく、キョトンとしている。
「あの…お兄様…」
「メグは私とでもいいかい?」
「はい!!もちろんですわ!!」
マーガレットは嬉しそうににっこり笑った。
「お前、最初からこうなると判っていたのか?」
「まぁね。トラヴィスはこう言った遊びに順位をつけたがるのは昔からだし。
兄妹水入らずもたまには必要だと思ったをんだよ。
どうせ、貴族様は雪遊びなんてしたことないだろ?」
悪戯っ子みたく笑うロゼットに、クレイハウンドは顔を背けて、小さく微笑んだ。
たどたどしい手付きで雪玉を作るマーガレットとフィオルは、こうしてみれば仲のいい兄妹といえる。
普段が不仲と言うわけではないが、やはりどこか距離感のようなものを感じていたロゼットに取っては、まず満足な結果と言える。
ロゼットは足元の雪を集めて掬うと、ぼんやりしているクレイハウンドの背中めがけて投げつけた。
「なっ、何をする!!」
「ぼやぼやしてないでさっさと始めるよ!!」
ロゼットに急かされ、二人はいつも通り、喧嘩しながら互いにどちらが大きな雪玉を作れるか勝負していた。
「最初は体部分を作ってから、頭を作るんだ。
頭は後から乗せなきゃいけないから、体より小さく作るんだけど、あまり思いと乗せられないから注意して。」
「わかりましたわ、ありがとうございます。
シルフィスさん。」
にこりとタウフェスが笑いかけるのをエヴァンジルは後ろの方で眺めていた。
「タウ…私はやっぱり…」
お使いの帰り、寄宿舎へ戻る途中にタウフェスに会って、お願いがあると頼み込まれて来たら、何故かよく知りもしない学生たちと雪だるまなるものを作ると言われ、エヴァンジルは不機嫌そうに顔をしかめた。
「まぁまぁ、そう言わないでちょっとだけ付き合ってよ。」
にこりとタウフェスが笑うと、なにも言えずにしぶしぶ雪だるまを作るのを手伝う。
「ねぇ、エヴァ。」
不意にタウフェスがじっとエヴァンジルを見つめた。
「なんだ?」
「ううん、何でもない。」
「?」
タウフェスはにこにこ笑いながらエヴァンジルを尚も見ている。
不思議そうに首をかしげながらも雪玉を転がすエヴァンジルの口許が微かに緩んでいるのは、タウフェスだけが知っていた。
「シルフー!!体はこれくらいがいいですか!?」
リアンが向こう側から雪玉を転がしながら笑顔で駆け寄ってきた。
「うわ、リアン頑張ったね…。」
「雪玉を転がすが楽しかったです!!」
にこにこしながらリアンは大きくなった胴体部分をシルフィスのもとに持ってきた。
「じゃああとはこの頭を乗せておわりだよ。」
シルフィスの作ったんだ頭はリアンの作った体より大分小さく不格好だった。
「シルフ、なんだか頭は小さいです…。」
「…だね。このまま雪をつけて大きくしようか…」
「ですね。」
二人は小さな頭に雪をペタペタとつけ始めた。
「あー、ちょっとヴェリテ!!そんな強く握ったら雪たまが…」
すぐとなりから聞こえたら姉の声に、慌てて振り替えると、台座のような巨大な体はの上に乗ったヴェリテに、トラヴィスが下から雪玉を持ち上げて渡していたが、とても女子が持ち上げる大きさではなく、シルフィスとリアンは目を丸くした。
そして自分達の小さな雪だるまをじっと見つめた。
「…これはこれで可愛くて良いですよ。」
「そう…だね…。姉さんとヴェリテのがおかしいんだよね。」
二人はニコッと笑いながら楽しげに作業するトラヴィスと、ヴェリテを見ていた。
雪玉を作ったは良いが、重すぎて持ち上げることができず、マーガレットは困り果てていた。
「どうしたの、メグ?」
「お兄様…頭の部分がどうしても持ち上がらないんですの。」
「じゃあ、メグはそっちをもって、私はこちらがわをもつから。」
「えっ…は、はい!!」
しかし、重すぎてなかなか持ち上がらない頭に、フィオルは一旦頭を下ろし、何を思ったか頭を真っ二つにした。
「お、お兄様!!」
「これを別々に乗せて、くっつけよう。」
小さくなった頭は簡単に持ち上がり、砕いた部分を雪でかためて、固定する。
周りにも雪を当てて丸く形を整えていくと、なかなかにきれいな形の雪だるまができた。
絵本に出てきた雪だるまは木の枝で手や顔があったなと思い、フィオルは辺りを見回した。
フィオルが木の枝を探してる間、マーガレットは自分のマフラーを雪だるまに巻いた。
可愛いチェック柄のマフラーが、風に揺らぐ。
「レディーがあまり体を冷やすものじゃないよ。」
背後から、ふわりと暖かなマフラーがマーガレットを包んだ。
「えっ…?」
それは見覚えのある兄のマフラーだった。
兄の匂いと温もりに包まれて、マーガレットはにっこりと笑って兄の腕に抱きついた。
「ちょっと、どうすんのコレ!!」
「知らん。大体僕の方が完璧に綺麗な雪玉じゃないか、潰すならお前のにしろ。」
「はぁ?なにいってんの!!俺の方がでかいに決まってんじゃん!!」
「いいや、僕だ!!」
「俺だって!!」
暫く言い合っていたが、周りが雪だるまを着々と完成させてるのを見て、ロゼットはため息をついた。
「判った、じゃあクレイが下でいいよ。
雪削るからそっち側から丸くして。」
ロゼットが丸めた雪玉を削り、二人で雪玉を持ち上げるが、身長的にロゼットが背伸びをして雪玉をなんとか持ち上げた。
「何やってんだ、アイツ等。」
執務室の窓から偶然見えた景色に、シュノは呆れたように笑った。
「何が?」
「見てみろよ。」
レイリがシュノに寄り添うように窓を覗いた。
そこには雪遊びをする教え子たちがいた。
「楽しそうだね。」
「寒い日に外で遊ぶとか俺には理解できねぇ。」
「そう?シュノが寒がりなだけじゃない?」
「じゃあ暖めろよ、寒いから。」
「仕事があるからあとでね。」
シュノは残念そうに肩を竦めた。