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レイリ隊長のお悩み相談室




「やぁ、ロゼット。
元気にしてたかい?
何でも最近悩み事で眠れてないそうじゃないか、まぁ座ってよ。」
矢継ぎ早に笑顔でソファーに勧められる。
ロゼットは黙って従い、用意された紅茶に口を付けた。
「君は大変優秀な生徒だと聞いてるよ、何か問題があるようには思えないんだけどね。」
「…はぁ。」
なんと返していいか判らない気まずい雰囲気の中、ロゼットはにこにこ笑うレイリの背後が気になって仕方なかった。
「ああ、後ろのこれが気になるのかな?
彼は土偶とでも思ってくれてかまわないよ?
空気みたいなものだから気にしないで。」
「土偶って、随分な言いようだなオイ…」
耳元でレイリを膝の上に抱きしめていたシュノが不満げに声を上げた。
しかし、二人とも今の体勢を変えるつもりも、出て行くつもりも無いらしい。
互いに離れようともせずに、当然のように密着している。
それがひどく二人らしかった。
「しーっ、ロゼットが話せないじゃないか。」
かなり話ずらい雰囲気の中、ロゼットは半ば泣きそうだった。
シュノは遠征帰りでまっすぐ執務室に来たところ、ちょうどロゼットが執務室に入っていくのを見かけ、二人の時間が減ったので若干不機嫌だ。
しかし、この少年はレイリのお気に入りとなれば、シュノも迂闊に手出しは出来ない。
お気に入りと言っても、あくまでシュノの次、という意味でだ。
「何か悩みがあるなら遠慮なく話しなよ。
僕も隊長も誰かに言いふらしたりしないから。」
シュノが若干トーンを弱めて促すと、ロゼットが俯いたまま話し出した。


「最近…とにかく集中が途切れてうまくいかないって言うか…
ある人の事で頭が一杯で…」
話を始めると、レイリもシュノも真剣に話を聞いてくれた。
「側にいると心臓がドキドキして、胸が苦しくて…息が詰まるみたいな…」
「それは、恋じゃないかな?
君たちの年頃なら盛んな時期じゃないか。」
レイリが、子供を見る親のような目でロゼットを見た。
「……いえ…恋なんかじゃ、ありません。
その人は同じ男で、しかも貴族様だ…平民で貧しい俺なんて…」
これが女の子相手なら、ロゼットかここまで悩まなかったかもしれない。
しかし、それがあと一歩後込みしてしまう理由だった。
その感情が恋だと認める事に。
「それは君の問題だろ?
相手に気持ちを確かめたのかい?」
「確かめられる訳ないじゃないですか…
俺は平民だし、男だし…
……拒絶されるのが怖いんです…拒絶されたら、俺…」
体を震わせながら涙をこらえる姿はいっそ哀れだった。
「でも、君は逃げてるだけだ。
男同士だから、平民だからと理由付けて逃げていることすら自覚しているじゃないか。
ならやることは一つ、勇気を出して告白すること。」
「…それがっ…できないんです…彼を目の前にすると頭が真っ白になって…
今の関係を壊したくなくて…」
もう、今にも泣き出しそうなロゼットに、投げかける言葉を選んでいたとき、シュノがレイリの腰をぎゅっと抱きしめた。
腰に回された手に、レイリは愛しそうに自分の手を重ねた。
「ロゼット…僕らだってね、最初からこうだったわけじゃない。
第一印象はむしろ最悪に近かったよ。」
レイリが愛しそうにシュノの髪に触れた。
「え…」
心底驚いた顔のロゼットに、レイリはゆっくりと語り出した。
「僕らは出会うべくして出会った。
最初はこんな奴って思った時期もあったけど、一緒にいてだんだんいいところが見えてきて、気が付いたら好きになってた。」
「僕は最初からレイリが好きだったけどね。」
シュノがレイリの頬に手を当てて、優しくなでた。
「だからね、君だってその彼と出会うべくして出会ったなら結ばれるはずだ。
そうじゃないなら、何をしてもいつかは離れる。」
レイリの話を真剣に聞いていたロゼットは、急に目の前の光景が羨ましくて仕方なかった。
「それでも、初恋は実らないものです。」
切なそうに笑うロゼットが、以前のレイリによく似ていた。
ロゼットは気が強い分、レイリより脆くて厄介だろうとシュノは思った。
「でも、気が楽になりました…
ありがとうございます。」
「たいして力にはなれなかったけど、またいつでもおいで。
僕はたいていここにいるから。」
ロゼットは、一礼して部屋から出ていった。


「うーん…心配だなぁ。」
「初恋は実らない…か。
確かに実らないのかもな。」
珍しくシュノがぽつりと呟いた。
「そんな事ないよ。
少なくても今のレイリの初恋は実ったよ。」
前世という過去から数えれば、何度恋に破れただろう。
その度に生まれ変わって、また失恋して…
それを繰り返している事を考えたら、ようやく一緒になれただけの事。
「今までも、これからも、ずっと俺が叶えてやるよ。」
こつんと額を合わせて笑う。
「そうだね、一緒に幸せになろうね。」
そう言って影はやがて解け合うように重なった。



「ロゼー、隊長に呼ばれてたんだって?」
トラヴィスが元気に廊下の向こうから走ってきた。
「ああ、うん…」
「ロゼ、最近元気ないね?」
シルフィスが心配そうに顔をのぞき込んだ。
「うん…平気。」
明らかに元気のないロゼットに、シルフィスは心配そうに姉をみた。
トラヴィスもさすがにふざける気にはならなかった。
「ね、ロゼ。
ロゼはちょっとストイックすぎると思う。
だからもう少し幸せになってもいいんじゃない?」
「うん、僕もそう思う。
ロゼはいつも家族のため、とか他人のため、とかそんなのばっかだよ?」
二人の気持ちは痛いほどうれしかった。
しかし、それは今のロゼットには苦痛でしかなかった。
「ありがとう…二人とも。
でも、いいんだ…もう、いいんだよ。」
ロゼットはそういうと、自室へと掛けていった。
ルームメイトは幸いどこかに行っているらしく不在だったので、ベットのカーテンを締めて、声を殺して泣いた。
そのまま、泣き疲れたロゼットは眠りに落ちていった。


奇しくもそれが、三日振りの睡眠だった。


無垢と純真




ぜんぜん、判らないよ。
この胸の痛みが何なのか。
この息苦しさは何なのか。


だれか、教えて…。



朝、目が覚めるとボンヤリした頭で寝返りを打つ。
壁側を向いて寝る癖がある俺の向きは自然に部屋の方を向く。
そして、意識一瞬にして覚醒したのは、目に飛び込む鮮やかな金髪。
俺より早く起きていたノーツが、私服で本を読んでいた。
そういえば、今日は休日だったなと思いだし、二度寝を決め込もうとしていた。
「ルージュ、起きたなら早く食堂に行こう。」
苦笑しながら、ノーツがこちらを見ていた。
「うん…今、何時…」
「もう8時を過ぎたところだよ。」
一瞬思考が止まって、がばっと起きあがった。
「…先に行って良かったのに。」
慌てて服を引っ張り出してカーテンを閉めた。
「だって、一人で食べるのは味気ないだろ?」
カーテン越しにノーツが笑うのが判る。
「だったら起こしてくれれば良かったのに。」
「あまりにも気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのは忍びなくてね。」
気を遣ってくれたのだろうが、それが嬉しくて、カーテンで向こうから見えないのをいいことに、ぎゅっと枕を抱きしめて、小さく微笑んだ。
あまり待たせるのも悪いから、手早く着替えて、カーテンを開ける。
「それじゃあ行こうか。」
そう言ってノーツが手にしていた本を閉じた。
「ああ、うん。」
その動作の流麗な仕草一つ一つに目を自然と奪われる。
本を閉じる細い指先や、立ち上がるときに揺れる黄金色の髪や、まつげが意外に長いとか。
完全に自分とは別次元。
私服も、品があり、それでいて派手すぎてない。
背だって高いし、何もかもが愛されるべくして生まれたんだなぁと思って眺めていた。
同じ男としても、人としても、彼の隣に立つべき人物は自分のような生まれの貧しい平民では釣り合わないというものだ。
「はぁ…」
思わずため息をつくと、ノーツが首を傾げた。
「何か悩み事か?」
ため息を吐いたのを聞かれていて、ドキッとした。
「…あ、いや…なんでもない。」
不意に目線を反らしてしまい、余計気まずくなる。
「ロゼー!」
どうしようかと思ってるうちに、向こうからトラヴィス達が手を振っている。
「お兄さま!」
ノーツの姿を発見した妹が、とたんにひまわりが咲いたような笑顔になって駆け寄ってきた。
「やぁ、お嬢さん方。
皆そろって外出かい?」
「そう、リアンが街を見たいって言うからさ。」
「リアン、人が一杯楽しみです!」
楽しそうに笑う二人をマーガレットがチラッと見ながら、ノーツの服の裾を握った。
「私は、お兄さまと一緒にいたかったんですが、どうしてもと言われて。」
「何事も経験だよ、お嬢様。」
トラヴィスが笑いながらマーガレットに手招きをした。
そろそろ行くよという意味だろう。
「行っておいで、これも勉強の一貫だと思って、ね。」
そういって、頭を優しくなでると、マーガレットの顔が一気に赤くなった。
「はい、それでは失礼します。」
スカートの端を摘まんでぺこりと頭を下げるあたり、やっぱり貴族なんだなぁと思うと、チラッとこちらを睨んだ。
特に何を言う訳じゃないけど、俺とこのお嬢様はとにかく相性が悪い。
ふいっと顔を背けて、俺は食堂の方に歩いていく。
「はぁ…」
なんだか気が滅入ってしまい、食欲も失せてしまった。
「今朝は随分ため息が多いな?」
優雅に紅茶に口を付けながら、どこか困ったように笑った。
今日は、こんな顔しか見ていないな…。
そう思ってコーヒーに口を付けた。
「トラヴィス達が何か問題を起こさないかと思っただけだよ。」
本心ではないけど、当たり障りの無いことを言うと、

「君らしいね…」

と、ノーツが笑った。
顔が、かぁっと赤くなるのが判って、また胸が苦しくなる。
「別に…あいつが問題起こしたら後始末するのは俺だし…。」
サンドイッチに手を伸ばして口に含む。

どきどきどきどき

ああ、心臓が煩い。
味のしないサンドイッチを無理矢理胃に押し込んだ。
「ルージュは今日は何か予定はあるのかい?」
「…今日は、書庫に行こうかな。
借りた本はあらかた読み終わったから。」
静かな書庫でゆっくり本でも読めば、このもやもやした気持ちの正体に気付かなくて済む。
「なら、私も一緒に行ってもいいかな?」
「えっ…?」
まさかの申し出に、心臓が跳ね上がりそうだった。
「迷惑か…?」
何故、そんな困ったように笑うんだろう…
その表情(かお)は、いったいどういう意味なんだ…?


「好きにすればいいよ。」
そう告げると、ようやく微笑んでくれる。
これは…どんな意味を持つ感情なんだろう。
「では、そうさせてもらうよ。」
この縮まない距離感が苦しい。



「ルージュはどんな本を読んでるんだ?
いつも分厚い本を抱えているが。」
「哲学書とか、文学書とか、そんなんだよ。」
圧倒的に足りない知識を補うには本が一番手っ取り早い。
そういって厚めの本に手をかけ、手前に引く。
「痛っ…」
どうやら、紙で指を切ってしまったようだ。
アカデミーの本は価値が高いものばかりだから、血で汚さないように本から手を離した。
「…指を切ったのか…診せて。」
ノーツの手が、俺の指を取り、そして次の瞬間唇に含んだ。
「Σ!!!!!?」
余りに驚きすぎて声を失っていると、ポケットティッシュで器用に傷口を覆った。

ああ、判ってしまった。
俺は彼が好きなんだ。
恋愛感情としての意味で。
そして、向こうはあくまで友人として。
自覚した瞬間、それは儚く散ってしまった。
「これで応急処置は大丈夫だとおもうが、後で保険医に見て貰った方が……ルージュ、どうした?」
呆然としていた俺を不思議に思ったのか、ノーツが顔をのぞき込んだ。

やめろ、これ以上、苦しいのはいやなんだ…
叶わないなら、優しくしないで。


ぽつりと頬を伝う涙を、拭うことは出来なかった。



kiss

騎兵隊には度々遠征がある。
それは騎兵隊の存在意義や行動理念に、種族や国境を越えた魔物討伐が出来るというのが大きい。
強いて言うなら自由に動ける遊撃部隊。
そんな一隊ならば隊長や副隊長の職務にもかなりの重責があり、シュノ・ヴィラスは国境際の魔物討伐という遠征からようやく帰って来たのだ。
遠征から遠征にと渡り歩いていたので、実に半月ぶりの帰省だった。
ようやく一息付ける機会だと言うのに、表情に浮かぶのは不機嫌なそれで。
通りすがる隊員達が挨拶も忘れてぎょっとする程だった。
普段の彼は、上辺で取り繕ったそれだとしてもかなりの好青年だ。


「ふ……く隊長、おかえ――」

「隊長はどこかな」


勇気を出して声を掛けた隊員の出鼻を挫くように、言葉を被せる。
かなり機嫌を損ねているという証拠だ。
だがまだ冷静な部分はあるらしく、語調は単調だとしてもきつくはない。
視線は既に隊員に興味を無くしたように逸らされていて、彼は内心安堵した。


「隊長でしたら先程まで執務室に」

「そう」

「夕方に王様との謁見が入っている以外はフリーです!」


歩き始めて既に小さくなり始めた背中へと、声が掛けられた。
それにひらりと手を振って応え、更に歩く速度を上げる。
端から見れば優雅に歩いているだけだろうが、速度は既に競歩に近い。
そこから更に速度を上げれば、目で追える者も居なくなるだろう。
一息の間に執務室前へと駆けてきたシュノに足音はなく。
ただ空気の揺れを感じた風が緩く流れただけだった。
滑り込むように室内へと潜り込めば、執務机に腰掛けたレイリが難しそうな顔で書類に集中している。


「イタズラし甲斐のある奴」


ペロリ、と唇を舌で湿らせて口の中だけで呟く。
まるで得物を狙う肉食獣。
気付かないレイリはそのままに、気配を消したまま背後へと立ち回り、片手でそっと目を塞ぐ。


「だーれだ?」


熱に掠れた声を再現しながら、耳元を湿らせるように囁きかける。
唇を離す瞬間に、耳朶を挟み込みながら。
それだけで素直な体はびくりと肩を竦ませ、腰を跳ねさせる。
視界を塞がれるのは相当嫌ではあるだろうが、相手が誰だかを知ってしまえば熱しか残らない。
だから、


「シュ――」


震えながら囁かれる声を待つよりも性急に、目を塞ぐ手元を引いて顔を上げさせた。
椅子に座ったまま見上げる顔を、顎を掴んで固定しながら噛みつくようにキスをする。
開かれたままだった口に舌を差し入れ、レイリの舌を舐めるように絡みつかせた。
そのまま奥歯に触るように深く差し入れ、歯列をなぞり、下唇をついばむように浅いものへと変えていく。
キスする度にびくびくと揺れる体と、熱を帯びて浅く、忙しなくなっていく呼吸に口の端が上がった。
リップ音を響かせて小鳥のようなキスを降らせていくと、それだけでは足りなくなってきたレイリがおずおずと舌を出してくる。
差し出された舌を軽く噛んでやると、喉の奥から声を漏らした。
何もかもが可愛らしい恋人が口の端から飲み下しきれなくなった唾液を垂らしたところで、顔を離す。
すっかり逆上せてしまったレイリは、真っ赤な顔で潤みきった目で、肩で息を整えながら椅子に深く沈み込んだ。


「可愛いな、レイリ」

「シュノ……」


ふわふわと緩みきった雰囲気ととろけきった目で見返してくるレイリの目尻に、額に頬にとキスの雨を降らせる。
会えなかった半月分を取り戻すように、イタズラ心と甘やかしたい心境のままに体を支えきれなくなったレイリを引き寄せ、抱き上げた。


「シュノ」

「ん?」

「おかえり」


ふわりと花が咲き誇るような満面の笑みを見せるレイリ。
不意を突かれて思わず頬を赤く染めながら、シュノは心のままに笑顔を浮かべた。


「ああ、ただいま」


その後の彼らの様子は、言わなくてもご存知だろう。

The Beast

とおいとおい昔のお話。
その獣は気高く、美しく、何よりも孤高の存在だった。

光によって色合いを変える銀の毛並み。
深いのに澄み渡っている紅玉の瞳。
今の姿は人形に近いものだったが、頭から突き出る4本の角と背を覆い尽くさんとする紫銀の十六翼。
他者を切り裂く鋼の爪が異質さを際立たせていた。
魔の中の魔、王の中の王。
絶対的な強者として君臨する獣を、魔王と呼ぶ者も居る。
だが、獣は一人であった。
温もりや他人といった己以外を必要としない獣は、全てを排除していく。
他と情を交わす事は無いために己しか知らず。
己しか無いために言葉は要らず。

『久方ぶりじゃな、銀の』

魔の守護者であるミオドが時折現れるのみだった。
それにも反応をせず、ただ誰も居ない白亜の城の玉座に座り、眠っている。

『汝の周りに侍ろうとする魔物が邪魔なのは分かるが、些か殺しすぎじゃ』

ふわふわと浮かび、紫色の光の膜に包まれる不明瞭な少女。
ミオドの苦言にも耳を貸さず、獣は羽を震わせた。
それだけで光の膜が剥がされ、ミオドの姿が露になる。

『魔殺しの魔など、いずれ運命の歪みを呼ぼうぞ』

諫言は届く者、理解する者が居てこそ真価を発揮する。
霞行くミオドの姿を気にする者等、どこにも居なかった。
獣は大概何をするでもなく、そこに在る。
時に人であり、獣であり、鳥であり、竜で在った。
不定の姿でも唯一、銀の毛並みと紫銀の翼だけは変わらない。
そんな獣の元に一人の女神が降り立ったのは、ある意味必然と言えた。
煩わしい魔物を排除する為に城を空けていた獣が戻ると、それは居た。

「…………誰?」

怯え、憔悴しきった女神は虚ろな視線で獣を見る。
倒れている場所まで這いずった跡だろう、赤い川が続いていた。
銀狼の形になっていた獣はいつも通り侵入者を排除しようとして近付き、前肢が赤に触った所で焔が上がる。
それは純粋な魔力の拮抗から来る現象だった。
獣が魔物であると知った女神は真っ白な顔を更に青ざめさせて怯える。

「やっ……! 来ないで!」

ガタガタと震える体でなおも逃げようとする女神を見、獣は体を玉座の方へと向けた。
女神は驚愕に目を見開く。
獣にとっては煩くも無い、拮抗する魔力を持つ存在をすぐに消すよりは、眠る方が優先されただけ。
だが、女神は放っておかれた事に心底驚き、糸が切れた人形のようにくずおれた。
静かになった空間に、獣もまた玉座へ上がると体を丸めて眠りについた。

いたずらココロ


最悪だ。
今日は厄日か…



「レイリ隊長、おはようございます!」
「おはよう、いい天気だね。」

「あ、隊長!おはようございます。」
「うん、おはよう。」

「隊長!」
…以下エンドレス。


何だろう、今日は不自然なほど声をかけられる。
しかもすれ違う人たちはみんなどこか笑顔だ。
シュノは今朝からどこかに行っちゃうし、こっちはこっちでやたらと人に絡まれる。
「レイリ隊長…あの…」
振り向くと気まずそうな顔で少女が立っていた。
「どうかした?」
「言いにくいんですが…、隊長のお背中に…これが…」
少女が差し出したのは一枚の紙。
「なっ!!!?」
それをみて僕は絶句した。
そして、ソレを書いた張本人の愉快そうな顔を浮かべて、紙をぐしゃりと握りつぶした。
「あ、あのっ…」
おろおろする少女をに礼を言い、隊長室に戻った。


「ちょっとシュノ!これは何!?」
隊長室ではソファーに足を組んで爪の手入れをしていたシュノが、にやりと笑ってこちらを向いた。
「事実だろ?」
「にしても!何で背中に張るんだよ!
おかげで今朝からいい笑い物だよ!!
てゆか(笑)って何だよ(笑)って!!」
シュノの座っているソファーにたたきつけた紙には、大きく達筆な字で「俺の嫁(笑)」とだけかかれていた。
真っ赤になって怒る僕に、シュノは余程可笑しかったのか、本気で爆笑してる。
「笑いすぎだよ、バカ。」
「まぁまぁ、怒んないでこっち来いよ。」
シュノが両手を広げる。
まぁ、別に…そんなに怒ってるわけじゃないし…いいか。
案外僕は単純だ、シュノに関しては。
向かい合うようにシュノの膝に座ると、ぎゅっと抱きしめられる。
「おまえが悪いんだぞ。
最近抱きしめさせないから。」
「反省してって言ったのに、反省してないからでしょ。」
僕がなぜシュノにここまで反抗的な態度をとっていたかというと…
シュノは僕に内緒で危険な任務を密かにこなしていたからだ。
シュノが死んでしまえば輪廻は周り、僕は自分を保てなくなる。
「おかげでこっちはストレス溜まりまくりなんだよ。」
「…反抗的。」
そう言って、両腕でシュノの頭をぎゅっと抱きしめる。
さらさらと指から流れるようにこぼれていくシュノの髪がここちよくてくすぐったい。
「あのなぁ…おまえ…」
「はい、ダメー。いいわけは聞きません。」
そのまま、勢いに任せてキスをしようと体勢を変えると、バランスを崩してシュノごと床に倒れてしまった。
痛みがなかったのは、シュノが受け身をとりながら抱きしめていてくれたから。
ああ、愛されてるんだなぁ…
こんな小さな事で幸せになれるなんて、やっぱり僕は単純なんだ。

「ったく、狭い場所で暴れるなよ。」
そういって、ハイネックで隠れるうなじにキスを落とした。
そこはキスマークとは言い難い青紫色の痣がいくつも浮かんでいた。
それは噛み痕だ。
シュノが付けたものもあるが、大抵は見ず知らずの他人や魔物だ。
そして、生まれたときから既にある、僕がレイリだという証。
僕は噛まれやすい体質なのだと、誰かが言った。
「…また、浮き出てきたな。」
「そうだね。」
シュノは顔をしかめた。
「傷物はいや?」
「傷物がイヤなんじゃない、おまえが傷つくのがヤなんだよ。」
「…そう…僕は、イヤじゃないよ。
この痣がある限り僕は君のもので居られるじゃない。」
シュノが一瞬驚いた様な顔をした。
「こんなのがなくても、逃がしはしねぇよ。」
今更だとでも言うように、シュノは僕の頭をなでた。
「まぁ、それはいいとして。
シュノは暫くハグ禁止。」
「Σえ!?なんでだよ!!」
「あと明日から遠征行ってもらうから、当分帰ってこなくていいし!」
「はぁ!?聞いてねぇ!!」
「だって今決めたし。
だいたい、ちょっと流されるとこだったけど、今日一日僕は背中に張り紙したまま笑い物にされたんだよ!?」
「だからそれはおまえが…」
「ねぇ…シュノは僕の『お願い』断ったりしないよね…?」
シュノにぐいっと顔を近付けて、じっと見つめる。
「…っ」
「実際問題さ、僕たちが一緒にここをあけるのはマズいだろ?
大丈夫、僕ももう君に守られるだけの存在じゃないよ?」
綺麗なものも、汚いものも知って、シュノや仲間達を守るためなら僕はどんな手段も使う。
使えるものは何でも…
自分の身体だって。
「もう、子供じゃないんだ。
僕も、君もね。」
僕は立ち上がってシュノに手を差し出した。
シュノがその手をとって、ぎゅっと抱きしめる。
「ハグ禁止…って、言ったの…んっ…」
そのままキスされて、意識がぼんやりとする。
「どうせ明日から触れないんだ、今存分に触らせろよ。」
「うん…いいよ。
しょーがないから。」
そのままシュノが僕を抱き上げて自室のベットに横になった。


僕らは、今日もラブラブです!

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