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無題/ジリア

失敗だとは思わなかったがもう少し手の打ちようがあったかもしれないと感じてしまう節はあった。敵傭兵勢力に捕縛され、折角立てた作戦もぱあだ。彼らは――桐仁と夜鷹は無事だろうか。せめて彼らの無事だけは祈りたい。祈ったところで神は何もしてくれないことは理解していたけれども、それでも窮地に陥った人間は無駄な行動をしてしまう。…無駄なことを考える暇があれば脱出して自部隊と合流したらいいのだが、足が折れていては身動きが取れなかった。
下卑た視線を受け、唾を吐かれ、凌辱される。尊厳など戦場でないことは分かっていたが、あまりにも残酷な仕打ちだった。理解した上でこの世界に飛び込んだんだろう、銃を持ち敵を殺す為に血飛沫を浴びてきたんだろう、と頭で反芻するが、もう意識も飛び飛びになってきていた。丸裸にされて引きずり回され、死が間近に迫ってきているようだった。
まだ夜鷹と新婚旅行行ってないなぁ。一緒にご飯も沢山食べたかった。いやまだ大丈夫だ。戻れる。桐仁と馬鹿騒ぎしながら映画観たかった。まだ観たいと言ったあのラブロマンス、観ていないし。足動け。痛い。大丈夫だ私は走れる。腕も折れていない。繋がれたワイヤを引きちぎれる。腕を切ったら良いのだろうか。夜鷹が好きだと言ってくれた指をへし折ったら、この束縛から逃げられるのだろうか。
ふと開けた視界に映り込んできた。見慣れた銃身が、太陽光に反射して煌めく。青黒い髪が風に揺れていた。
うん、その距離ならきみは外さないね。大丈夫だ。もう、大丈夫。
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雪降る夜に/桐仁+夜鷹

処理ミスした書類の束を燃やしたら暖を取れそうだ。ふと漏らした言葉と静寂に気付き、顔を上げる。書類整理と年末にかけた報告書のチェックに追われていたヨダカは、物騒なことを言いやがる、と眉を寄せていた。疲れているのかもしれない。そんなことを口に出すのは、らしくなかったと自分でも思った。
確かに燃やしたら物理的に暖かいだろうが、財布の中身とボーナスは寒々しいことになりそうだった。なったところで大した痛手じゃないのは知っていたが、わざわざ少なくするよりかは多い給与に越したことない。そんなことをぼうっとした顔で思っていたのか、溜息をついたヨダカは、怒られるのはお前だけじゃないんだぞ、とぬるくなったコーヒーを啜りながら睨み付けてきた。
「ただでさえ、ケージ隊は書類不備で有名なんだからな。これ以上悪名を増やしたくない」
「そうだな、認定尋問官が二人いるのにも関わらずよく捕虜を死なせたりとかな」
「おい」
事実を言ったまでだったが、いよいよヨダカの威圧感が強くなってきたところで、肩を回して外の景色を眺めた。雪が降っていた。街灯に照らされてゴミのような結晶の粒が光を反射している。帰りはチェーンをつけねばなるまい。何時に帰宅出来るのかは知らないが。
「降ってきたな」
「さしずめホワイトクリスマスだ」
そうヨダカに笑うと、奴からは疲れたような苦笑が零れた。
「俺達はブラック企業で迎えるホワイトクリスマスだけどな」
ブラック(黒んぼ)が言うと説得力もひとしおだ。奴がジョークをかけているわけではないのを理解していたが、くつくつと喉奥から笑い声が漏れそうだった。
定時をとうに越え、あと数時間もすれば世界中の至るところで人々がセックスをし始める特別な日は、何でもない日常とそう変わらず、ただただ過ぎていくだけだった。

水底の死人/ガルエラ+ルーヴァン

呆気なく死ねたら楽なのだろうか、と考えたことがあった。日々を戦場で過ごし、生きる気力も死ぬ気力も無く、ただひたすら照準眼鏡を覗き込んで相手を死に追いやる生活をしていると、生死の境界線が曖昧になっていく。もしも自分が頭を撃ち抜かれたら、それこそそれが最期になったときは、一体どんなものなのだろうか。死んでみなければ分からないと人は言うが、死んでしまったら感想を伝えることも出来ないし、何より「死んだ」という事実すら分からないのかもしれない。死は身近ながら、あまりに遠い存在なのだとしか思えなかった。
ガルエラはふとシャワーコックを捻り温かい湯から冷たい水へと切り替えた。バスタブになみなみと注がれた湯はすぐに温くなり、続けていけば冷水に変わるだろう。身体が温もった分、水の冷ややかな感触が肌に触れる度、生理的な鳥肌が立った。腰掛けて肩まで浸かり、そのまま仰向けの状態でぬるま湯の中へと潜り込む。
水の中は静かだった。時々風呂場の外から聞こえてくる生活音が邪魔するが、一番大きく聞こえるのは自分自身の鼓動だけだった。
入水自殺をする人間は、この音が聞きたくてやるのかもしれない、ガルエラはぼんやりと考えた。呼吸が保てなくなるにつれて息苦しくなり、鼓動が早まる響きが、焦燥感を抱かせる。穏やかな死と言うよりも、実際は苛烈なものだと思う。戦場で銃弾一発で死ねた方が何倍も楽なのではないか。痛みを覚えたが最期だ、次には自分の意識はすぐに遠のいているのだ。
ぶくぶくと浮かぶ泡ぶくを眺めていると、ガチャ、と浴室の扉が開く音がした。反射的にガルエラはバスタブから上半身を起こした。急に動いたせいか、びっくりしたような、どちらかと言えば困った顔をしたルーヴァンが片眉を上げて、扉から半分身体をせり出していた。
「入水自殺?」
「…こんな苦しい死に方は後免だ」
「冗談だよ。あんまり遅かったから心配したんだ。早く上がって来いよ」
ざぁ、とシャワーから出ている冷水に気付いたルーヴァンは、裸足になった後風呂場へ片足をつき、シャワーコックを閉じる。バスタブから上る湯気もなく、すっかり冷えてしまったガルエラを認め、肩を竦めた。
「何の為のバスタイムなんだか。プールじゃないんだぞガルエラ」
「身体は洗ったんだ」
「身体を冷やすなって話だ。ほら、バスタオル」
「すまない」
ふっくらとした白地のバスタオルを渡され、ガルエラは静かに浴槽から立ち上がり頭からタオルを被る。身体を伝い落ちる水滴を眺めてから、ルーヴァンへと視線を移した。溜息を吐きながらも、ルーヴァンの表情は明るい。
「飯の支度は出来てる、食おうぜ」
先にリビングへと向かうルーヴァンの背を見つめ、ガルエラはいよいよバスタオルでごしごしと身体を拭い始めた。ふと思い出したかのように振り返る。
浴槽の栓を抜く。ぬるま湯は排水溝の深みへと消えていった。

朝が来た/大尉×チビ

平凡な日常であると断定するのは自分自身の脳であるが、理解力を伴わなければ古びたVHSの映像を垂れ流しているようなものだ。確かに大尉はそう言っていたような気がする。チビにはVHSを扱った記憶はほんの僅かながら、彼が意図した言葉の意味は少しは分かったような気がした。理解する力がなければ、毎日の繰り返しは記憶に残っても記録として残らない。何故いつもより三十分早めに起床したのか、何故食堂で玉ねぎ多めのサラダを食べたのか、何故機体整備の時間が普段より押してしまったのか、そんな些細な日常の風景に、理由付けをすることが必要なのだと。
では何故、今白いベッドシーツに包まれているのだろうか。チビは平凡な朝を迎える筈だと思っていた。だが予想に反して、私室の見慣れた枕の代わりに、見慣れていない大尉の後頭部がシーツの中に埋もれている。短い青黒い髪の毛は、リネンの生地に突き刺さりそうなぐらい尖っているが、本人は静かに肩を上下させていた。眠っているのだとチビは直ぐに分かったが、分かったところでどうなるんだ、と考えを改めた。
昨晩の記憶、記録、と脳内の映像を引き摺り出す。曇ったすり硝子の向こうを覗き見ているような不鮮明なものを思い出して、ああ、酒をあれだけ飲めば訳も分からなくなるな、と一人納得した。大尉は普段と変わらず涼しい顔をして飲んでいたが、チビはと言うと、いつもとはかけ離れた言葉を口走ってしまったかもしれない。ズキン、と頭痛がする。言ったところで大尉は気にしないだろうが、いやだが。
そこまで考えたところで肌寒さを覚えた。白いシーツの中は人肌のぬくもりのおかげであたたかいのだが、素っ裸ではあまり意味がなかった。毛布を手繰り寄せて、腰の痛みと疼く熱さを無意識的に理解力の及ばない脳みその隅へやろうとするが、まあ無理な話だった。セックスをした事実は拭えず、証拠と証人をしっかり残している。…隣で安眠を貪る大尉は、前述した通り、全く気にしないのだろうが。
と、チビが人知れず溜息をつこうとした時に、隣の身体が動いた。しなやかなネコ科を思い出すような動きだが、本人は老いたオオカミのような静けさを湛えた瞳でこちらを見ていた。スレートグレーの虹彩を見つめ、チビは朝イチの挨拶を口にした。
「おはようございます、大尉」
「ああ」
「…あの、」
「酷い声だな」
起き抜けの獣のような緩慢さで、大尉は肩を回す。言われて声を意識したチビは咄嗟に喉元を押さえた。あれだけ盛大に喘げば声も枯れる。酒が入り、前後不覚のまま、大尉の胡座の上で腰を振ったのは、残念ながら記憶の中にイメージとして残っている。大尉の背中を引っ掻き、首に縋り、喘ぎ泣いたシーンが、眼前の男の顔を見ると「そういう行為をした」と改めて認めてしまう。
チビは顔が赤くなるのを感じた。思わず俯いた。俯くと同時に二日酔いの頭痛がリフレインするが、知ったことではなかった。
大尉はチビの様子を何でもないように眺めたあと、ぬくもりが残るベッドから降りた。チビは遮光カーテンから漏れ出した光の筋に照らされた、大尉の背中を垣間見て、呻き声を出したくなった。引っ掻き傷が見事に残っている。
「水は必要か」
首を鳴らして大尉はリビングキッチンへと足を向けた。最中にかけられた声に、チビは小さく頷く。待っていろ、と音も無く扉の向こうに消えた裸体を見送り、チビはシーツの波に包まる。
今日が非番で良かった。足腰がろくに使えない状態では、どうしようもなかった。パイロットである大尉には、完全休日らしい休日はないみたいだが、ただの整備士である自分は話が違った。どうにかして今日一日で立ち直らねばならない。
時刻は0530。カーテンの隙間から朝日が顔を出し、チビの浮き出た腕の血管を照らそうとしていた。
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