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セイバー陣営召喚

閉め切った部屋の中には魔力の力が漂っている。誰もが寝静まった時間、動物だけが夜の目を光らせて得物を狙う時だった。ドナルドベルクは手にしたワインボトルの栓をオープナーで開けると、年代物のグランクリュワインを惜しみなく古びた床板へと撒き散らし始めた。これは儀式だ。彼の英霊を呼び出す為の、過程だった。葡萄色の蒸留酒は見る見るうちに魔法陣を描き出し、人一人が立つには充分な空間が出来上がる。魔法陣を踏まないようにして、ドナルドベルクは包から出した小さな鉄くずを取り出しつつそれを陣の中心に置く。見る人によってはただのがらくたに見えようそれは、銃弾の空薬莢だった。12.7mm弾の空薬莢――魔力で防御出来ないただの「人」にとっては、凶弾にしか成り得ない大型ライフルの実弾の、謂わば鞘のようなものだ。ドナルドベルクにとって、これは彼が待ち望んだ最高の聖遺物だった。とある人間が使っていた銃から発せられた銃弾の欠片と言えば、己が望む英霊を召喚するには事足りる代物である。ドナルドベルクは歓喜こそせず、ただその聖遺物を手に取るのが自分だと確信し、そして結果として引き当てる人物が誰なのかを予測していたのだ。詠唱を始める。抑止の輪から来る執行者は、ただ一人しかいない。満ち足りた魔力の渦が轟々と唸り、窓辺のカーテンを揺らし、電灯が瞬く。人ならざる力を持った、待ち望んだサーヴァント。轟音と共に白煙が舞う。まるで霧にも似た視界の中に、一つの影が浮かぶ。傾き、一歩を踏み出したそれは、霧の中からドナルドベルクの前へと躍り出た。右頬に大きな傷を持った、仏頂面の男。多くの人を殺めてきた孤高の狼だ。
「…召喚に応じ参上した。貴様が俺のマスターか」
ドナルドベルクは男に笑うと頷く。
「そうだ。歓迎しよう。…ヴォルフ」
男の名は知っていた。あの聖遺物で呼び出される者は、この名でなくてはならない。私が引き当てる人物は、ただ一人だと、ドナルドベルクには確信があったのだ。ふと、胸にちくりとした痛みが走る。纏ったシャツにじわりと血が滲んでいく。その様子に眼前のヴォルフは低く笑った。
「珍しいな。胸元に令呪が宿ったのか」
そう言ったヴォルフは大股でドナルドベルクに近付くと、彼の襟元を強く掴みシャツを引き上げる。胸元のボタンがいくつか飛び、顕になったドナルドベルクの胸元にはマスターたる証が浮き出ていた。ヴォルフはそれを見つめると満足気に目を細めた。
「確認は取れた。よろしく頼む、マスター」
まるで獣のようだ、とドナルドベルクは思いながら、頷くだけに留めた。万能の願望機。それを獲得する為の駒は、強くなくてはならない。人の形をしていても、獣のように牙を剥くこの男であれば、この望みは必ず叶う。暗く欲に満ちた契約が今、一つ交わされたばかりだった。

g 剣陣営vs狂/ヴォルフ・ヨルドvs千寿

弾かれた斬撃は物の見事に電信柱を一刀両断した。その瞬間を遠く離れた、それこそ2km以上離れた状態からでも見ることが出来るのは、他でもない魔術のおかげだった。視界をクリアにしたまま、魔術回路が繋がっている自分のサーヴァントへと呼びかける。わざとか、と。その言葉と被さるようにしてサーヴァント――セイバーは乾いた笑いを発した。
「はは、受け流されたぞ。マスター」
夜闇の中にゆらりゆらりと揺れる着物の裾を眺めながら、セイバーの応答に頷く。自分の目に映る敵方のサーヴァントは、真名は不明ながら、身を包み込む魔力は間違いなく狂化の呪いを付加したものであった。適正クラスとして現界したセイバーの一撃を、鞘に入ったままの長物でかわした身のこなし、そしてその膂力は賞賛に値する。ただしその見かけはただの少女に過ぎないのだが、見間違えることもなく、あれがバーサーカーのクラスであるのは理解していた。
「流石バーサーカークラスだな」
正直な感想を伝えると、魔術回路越しのセイバーは心底楽しそうに「可憐なバーサーカーなことだ」と、きっと笑っているのだろう、愉快げな声を出した。だが楽しんでいる暇がないのは分かっている、ただでさえ消費魔力がとんでもない量のセイバーの戦闘だ、時間が過ぎゆくに連れて「絶対的な勝利」から遠ざかるのが確定的になるのだ。とっととその場であのサーヴァントの首を刎ねねばならない。セイバー、と呼びかける。
「あと何分でケリをつけられそうかね?」
「茶々入れるな。…と言いたいところだが、そうだな、あと持って3分強ってところだな」
出来れば宝具の解放はこの戦いではさせたくない。切り札をすぐに見せびらかす戦法を取りたくないという自負よりも、無駄な魔力消費を抑えたかったからだ。
「ならば全力で潰せ。脅威はなるべく早く消しておきたい」
「おやおや。マスターはいつにもなく必死だな。少しは楽しめよ」
折角の聖杯戦争なんだからな、とけらけらと悪魔のように悦に入っているだろうセイバーに、ため息をつきたくなった。戦闘狂め。扱いづらさは随一ながら、火力で負け知らずの暴れ馬を律するのは、骨が折れるものだった。

g 人形の話/ウールフェードとエヴァンジェイル

高々一つの器に過ぎない。だがそれがどんな願いでも叶えることの出来る万能の願望機だったとしたら、高々という言葉を付け加えて呼ぶことが出来るだろうか。独裁者はより強大な力を、貧困者は生き延びてゆくための富や財産を、そして魔術師は己が追い求める「根源」を求める。器に蕩々と満たされた人智を超えた魔力を以てして、人が望む願いはそれぞれ異なるが、欲を満たすという根本的な部分は変わらない。醜く、汚く、血で血を洗う争いの先に見えるその願望のために、最後の瞬間まで獣であり続けるのだ。
そこら中に広げられた書物で足の踏み場がなくなっている。片付けると断言したのがいつだったか、記憶が薄れてきている。どうせまた使うものを一々書架に返すこと自体が煩わしく無駄なことだと思っていたせいでこうなっているのだろうが、特に誰かが使うこともないこの部屋は常々静寂に包まれていた。程々になさって下さいねと妻が時々言伝を言ってくる以外は訪問者もないのだ、散々荒れていたとしても家主である自分自身が、何がどこにあるのかを理解していたらそれで良かった。分厚い臙脂色の書物をめくり、嗜んでいる煙草の煙を細く吐き出す。陽の光を随分と浴びていない、小さな天窓からささやかに見える日中の明かりだけが、今の時刻を伝えている。正午を過ぎたぐらいだ。不思議なことに、読書と研究に没頭していると腹が減らない。魔力源を供給するためにも食事はした方がいいとは知っているのだが、キリのいいところで切り上げるというのがどうやら自分は苦手らしく、気がつけばこの工房に籠もりっぱなしになっている。天窓は何度明るくなっただろうか。さて、覚えていない。そろそろ食事を摂らないといよいよ倒れるかもしれない、とどこか他人事のように思っているところに、ドアのノックが響いた。本日最初の妻の催促だ。大体決まって昼時に来る。彼女も魔術師である、睡眠と食事が如何に大切かを考慮してのことだろう。ひょこりと覗いてきた妻は、いつもと同じ一言を放つと思っていたのだが、今日は違う言葉だった。来客です、と言ったのだ。煙草をくわえながら彼女へと視線を移す。
「手が離せないと伝えろ」
「…エヴァンジェイル卿ですが、よろしいですか?」
妻が小首を傾げている中、聞いた名前を小さく繰り返す。エヴァンジェイル。あの人形師がわざわざ訪ねてくるとは、どういった了見か。珍しいこともある、白く煙がたゆたうのを眺めながら、おもむろに灰皿へと押しつけた。余程の用がなければ自宅までやってくることはまずない。一つ心当たりがあるとすれば注文していた人形の件しかあり得ない。妻の視線が集中しているのを感じながら、応接室へ通せ、とだけ伝える。そのまま席を立ち、一つ伸びをした。強ばっていた身体の節々が痛い。妻がぱたぱたと戻っていく音を耳にしつつ、己も久方ぶりに「人間の生きる世界」へと戻っていった。
応接間は妻が小綺麗にしてくれているおかげか、前見たときと変わらない様相だった。ベルベットのカーテンは開け放たれ、初夏を思わせる青い風を取り込んでいる。庭先で揺れる金木犀の葉が陰を落とすのを見つめている、金色の頭へと視線を送った。一般的には愛らしいと表現出来るだろう白基調の淡い緋色のドレスを身に纏った少女の姿だ。またしても悪趣味な格好だ、と思っていると、少女がこちらを向く。人と魔の間のような、それこそ獣の目を向けられた。少女は端麗な顔をにこりと綻ばせた。
「久しいね。何ヶ月ぶりかな、ウールフェード」
「その人形の殻では半年と九日振りだと記憶している」
「そこまで覚えてもらって光栄だ、さてはこの姿、好みの容姿なのか?」
「無駄口を叩きに来たのならばお帰り願おうか」
客人はもてなしてもらわないと困るよ。エヴァンジェイルは困ったように笑う。キッチンから戻ってきた妻が冷たいコーヒーを置いて戻っていく。ありがとう、と可憐な声で感謝を表す奴は、こう見えても中身は男だ。選りすぐりの人形師である奴のお気に入りの「躯」が、今日の少女の姿であるだけだ。故にこの男への態度はこれで正しい。御三家と呼ばれる古き良家の魔術師の一人であり、屈指の人形使いであり、腐れ縁の「旧友」である。奴の対面に座り、長机の端に置かれたままの空っぽだった灰皿を引き寄せる。ポケットから取り出した煙草をくわえてジッポで火をつけつつ、それで、と本題に乗り出す。
「貴様がわざわざやってきたのならば用件があるのだろう」
人形のことか、と付け加えると、エヴァンジェイルはアイスコーヒーに口をつけつつ、「話が早い男は好みだよ」と要らない情報を付け加えて応酬に答えた。


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