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悪童らしさ/ヴォルフ+ガルエラ

進化を遂げた人間の知性、それが生み出した功績と弊害は大きいものだと、眼前で繰返される行為を眺めながら、ガルエラは煙草の煙を吐き出し、そう感じていた。脳の容量が増えた人間は、考え、想像し、閃き、実行に移す過程を覚えた。この根底にあるのは「何故」「どのように」といった好奇心だ。好奇心があれば目標に向かって追求していく力が生まれる。何故か、どうしてか、と根本的な疑問を解決するために、人間は色々な方法を作り出し、実践していくわけだ。
堅い壁にぶつかった男が虫の息でないことを、いる訳もない神に祈りたくなるような音が耳に届いた。尋問という名前の拷問にかかっている敵兵は、殴ってきた相手を睨み付ける力もなく項垂れている。前述した「何故」「どのように」を訊き出し始めたヴォルフは、おい、と唸り声にも似た声で敵兵を揺さぶる。
「ねんねはまだだ、歯もあって舌も無事なら話せるだろうがよ」
索敵、前哨、斥候の部隊編成やその数。少数ユニットから形成された狙撃部隊にとって、前線へと投入される兵員への情報伝達は託された大事な仕事だった。聞き出すまで帰投はそう簡単に出来ない、それを理解しているガルエラはヴォルフのやり方に口を挟む理由がなかった。尤も、これが正しいかどうか判断するのは、個人の考えにも寄るのだろうが。
ヴォルフは敵兵の短い髪の毛を鷲掴みにし、左頬に拳を叩き込んだ。いよいよ歯が抜けるだろうな、と確信していたガルエラの予想は当たり、剥き出しのコンクリートの床へ、歯と血が飛散した。
「差し歯は高いぞ、とっとと吐け、吐いたら楽になるぞ」
まるで酒に酔った人間へ言うセリフを普段と変わらぬ様子で口にしているヴォルフは、どこか楽しげである。口調や表情は、笑っている気配はないのだが。敵兵は呻くこともなく、起きろ、と肩を揺さぶられるがそのまま横倒しになった。失神したようだ。
「…休憩だな」
ガルエラはそう言うと、一連の行為を見届けて煙草の灰を落とした。ヴォルフは肩を回しつつ、ガルエラに倣い煙草のパッケージを手に取り、火をつける。
「優しくしてやれば吐くと思うか」
まさかこの男からそんな言葉が出てくるとは思わず、ガルエラは口腔内で味わっていた葉巻の煙を、気管に入れてしまい少し噎せた。
「何だ」
「よりにもよって、優しくなんて、と思っただけだ」
「人を馬鹿にするんじゃねえよ」
「ガキ大将がそのまま大きくなったようなお前のことだ、仕方あるまい」
ヴォルフはふん、と鼻で笑い、煙草の煙をガルエラに吹き掛けた。好奇心旺盛な図体のでかい、人殺しが上手な悪童と言えば大体当たる、そんなことを思いながらガルエラは肩を竦めた。伸びた敵兵が起きるまでの僅かな休憩時間は、あともう一本吸えそうだった。

早く帰りたい/グロリオーサ♂×桐仁

今晩は暇か、暇だな、とこちらが返答するよりも早く断定し、折角の内勤早上がりだったというのにも関わらずグロリオーサと共によく分からない高級レストランで味のしないフルコースを胃袋に収め、今に至る。ずっと外勤(任務)だったからお前とゆっくり過ごす時間が取れなくて寂しかったよ、と根も葉もない言葉を吐かれ、面白くもない映画のラブシーンを眺めていた。煙草の煙を細く吐き出しながら、ソファに身体を預けて溜息をつく。
グロリオーサの誘いを断ることが出来る人間が、この世に存在するのだとしたら、是非ともそのやり方を教えてもらいたいものだ。あの手この手を使って退路を絶ってくる奴の魔手は、思っている以上に用意周到だ。この日は駄目だ、この日は仕事が、と言ったところで持ち前の要領の良さでこちらの雑務を全て潰しにかかってくる。今日だってそうだ、恐らく偶然残業が無くなったわけではないだろう。隣のD隊でも同じような轍を踏んだようだし、次は俺の番かと覚悟はしていた。今現にグロリオーサは意気揚々と機嫌良くシャワーを浴びている。この隙に逃げ出したら肩の関節を外してでも止められ、好き勝手犯されそうだった。とりあえず映画でも、と言われ見始めたラブロマンスの中身は、一向に頭の中へ入って来なかった。
ドアが開く音が聞こえ、大きな歩幅の足音が続いてこちらへと歩み寄ってきた。首筋に冷たい水滴が落ちて、太い腕が首に回る。
「面白いだろう?」
「映画の話か」
「そうだ、私のお気に入りなんだ」
「残念ながら共感出来んな。ラブロマンスはからっきし理解出来ない部類だ」
「お前らしい答えだ」
そういう言葉を平気で吐く、そんなお前は好ましいよ、と低い声が耳元を擽る。息を吹きかけられ、肌が粟立つ感覚がした。気持ち悪い。
「さて、シャワーを浴びておいで。綺麗に洗ってきなさい」
もしも分からないなら手伝ってあげようか、と年相応の骨張った手のひらが身体を触ってくるが、結構だ、と言って煙草を灰皿に押し付けてソファから身を起こした。出来ることならば早く、早く帰りたい。この男が満足するように務め、自分自身のベッドでシーツに包まれながら身体を休ませたかった。

※ベッドの中/グロリオーサ(♂)×桐仁

強情であるのが美徳だと、グロリオーサは思わなかった。素直であること、我が儘をありのまま言葉にすること、それは人間の本能的希求として当たり前のことだからだ。不満をため込み、自分の思うようにいかないまま人生を費やすのはあまりに愚かだ、思うままに生きるグロリオーサにしてみれば異常行動でしかない。我慢することも、追い詰めることも、いずれ解放されるという見込みもないのに自分自身を痛めつける行為は、自傷と変わりない。花に水を与え愛でるのが極々普通だと言われるように、グロリオーサが他者へ注ぐ愛情は、元来持つべき感情と感覚の一つでしかなかったのだ。
黙りを始めて早一時間か、そこらだろうか。シーツの中でぐったりと顔を伏せている桐仁は、汗で濡れた短髪を張り付かせて浅い呼吸を繰り返していた。アカネ科の天然樹皮を乾燥させて作った手製の催淫剤を、お茶に混ぜて淹れてやったところ、どうやらこの手の薬物免疫訓練を受けていなかったらしい桐仁は、大人しくベッドへ連行することが出来た。あまり過剰摂取させるとメディカルセンター送りになることは明白であったし、それこそ桐仁に警戒されればそれ以上手を出すことが出来なくなる、それだけが憂慮すべき点だった。可愛い桐仁の任務明けで疲れた身体を労ってやろう、と思いついたこの案だったが、案外拍子抜けするぐらいうまくことが進み、今やキングサイズのベッドで寝転がった一匹の狼の命運など、こちらが握ったようなものだった。が、流石に特殊作戦群の一角を担う隊長だ、抵抗されればどちらかの鼻の骨が折れる可能性があったため、無闇に暴れ出したりしないように後ろ手で拘束し、野戦服を中途半端に脱がせておいた。これだけやっておけば問題ないだろう。グロリオーサは、小さく呼吸を続けている桐仁の髪を梳いた。視線がふと定まる。薄青い目は、暗い室内の中ではいつも以上に光って見えたような気がした。
「気分はどうだ?」
効果は覿面だ、とグロリオーサはにこりと笑むが、桐仁からは言葉はなく、代わりに小さな舌打ちが聞こえてきただけだった。よかれと思ってやったことの評価が、最高(perfect)ではなく最低(ass hole)だと、流石に手厳しいなと苦笑してしまいたくなる。ひん剥いてやった上半身の背骨のラインを腰から指で辿りながら、項に到達する。筋肉で覆われた首筋、お飾りのようについている認識票を弄びながら、グロリオーサは鼻先を寄せた。任務帰りの桐仁はシャワーも浴びていない、泥と硝煙の臭いが全身から漂ってくる。恐らくまともに補給食も食えていない、疲弊困憊もいいところだった。眠りそうな横顔をぺしんと叩くと、薬と疲労感のせいで半勃ちしているペニスを、下着の上からまさぐった。
「気持ちが良いと、口がついているのならばしっかり答えなさい」
汗をだらだらと流している桐仁は、う、と漸く呻き声を上げた。全身に広がる熱とむず痒さで容量がいっぱいになっているのだろうか。この男に限って言えば、恐らくその可能性は低い。いつ逃げ出してやろうか、と画策しつつのこの表情である、という選択肢もあり得る。桐仁、とグロリオーサは再度名前を呼ぶ。は、は、と吐息が漏れ出す中、緩やかに愛撫を続けてやっていた桐仁の陰茎はしっかりと固さを保ち、グロリオーサの手の中で主張を続けていた。
「言葉はなくとも、こちらは随分と元気だ」
耳に唇を寄せ、当然のように舌を捻じ入れた。顔を振り、様子だけで嫌悪感を晒している桐仁は、グロリオーサへと睨みを利かした。目は笑っていないが、少し上がった口角を見つめ、グロリオーサは鼻を鳴らした。売られた喧嘩は余程面倒でなければ買う主義だ、どちらが先に参るか目に見えているというのに、この男は。顎先を掴み、青い目を真正面に捉えた。
「耐性がついたかは知らんが、少しは楽しめそうか?」
「…、…年寄りに心配されるのは心外だ、」
そう言って戦場で見た笑い顔を浮かべる桐仁を、グロリオーサは漸く押し倒した。薬で遊ばせること一時間、熱を持ち始めた陰茎を口にくわえる為、グロリオーサは桐仁の股ぐらへと顔を近づけた。
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息の根止めて/ヴォルフ×アザワク

何度となく弾丸が腹を貫通し病院にかかった。医者が助かるかどうか、と渋い顔をしてきたのも見届け、幾度も病室のベッドから這い上がり「唐揚げ食いたいっす」と笑う顔を見てきた。しぶとい男だ。地獄の淵を何遍も歩いてきたというのに、未だ死の恐怖を味わっていないのだろうか。いや、奴にも必ず死は訪れる。戦場に立つ傭兵である以上、それは奇跡が起こっても必ずやってくる逃れられない過程だ。遅かれ早かれ、必ず。
声が響いていた。カバー、後ろだ、手榴弾、注意しろと夜鷹の檄が飛ぶ。優秀な遊撃手一人が倒れれば、前を守り後ろを警戒するのは奴の仕事だ、任せていれば大丈夫だろう。繁る緑が溢れた森林戦の最中、泥濘と苔が荒れた大地に人間の血が流出している。致死量だと誰もが思った。何度でも二本足で立ち、敵兵を屠ってきた男の死を、皆が感じ取った瞬間だった。地面に仰向けになったまま虫の息で震えているアザワクを見下ろす。彼の横では、血を止めようとしているスルーギの姿がある。アザワクの下半身はなかった。敵対勢力による砲撃をもろに受け吹き飛んだのだ。周囲に視線をやるが、ブーツも肢体も見当たらない。くっつけようにも足がなければどうにもならないか、と、そんな不明瞭な考えを持ちながら泥濘に膝を着いた。頭が痛い。腹の辺りから自分自身も出血していた、考えがまとまらないのだ。アザワク、と声をかけた。スルーギはアザワクの腹を押さえつけているが、血が手のひらや服につくだけだった。
「、っ、は、は、ぅ、」
「アザワク」
「、…ぅ…」
名を呼んでもアザワクの視線が定まることは無かった。スルーギは恫喝にも似た怒号で、俺に倣うようにしてアザワクを呼んだ。もう無理だと、分かっている声だった。せめて安らかに死んでもらうのが、彼に対しての礼儀だろう。腰元に据えてあった大型自動拳銃を握ると撃鉄を起こした。アザワクの目は、何も見ていない。
「桐仁さん」
「スルーギ、モルヒネを仕舞え」
「桐仁さん!」
スルーギが銃身を押さえ込んできた。無駄遣いをやめろと言っただけだが、スルーギは必死の形相だった。泥だらけの顔で、頭を振る。
「スルーギ、」
「…もう…」
もう、いいんです。スルーギはそう行ったきり、力なく項垂れた。彼の視線の先では、猛火を駆け抜けた金色の獣が一匹、息絶えていた。

ある男/持たざる者(→持つ者)

人々が寝静まった夜は日中の喧騒から逃れられるいい機会だった。朝起きて仕事に行き、仕事が終わるとなけなしの金で煙草とコンビニ弁当を買って、帰宅するととりとめのない全国放送のニュースを見て飯を食い、風呂に入って明日に備えて眠る。例えば既婚者だったり、子供がいたり、と言ったようなごくごく普通の一般男性が送りそうな物語性はなくて、独身貴族、とは言えない給与しか貰っていない自分には、安アパートのベランダで肩身が狭くなってきた蛍族をするしかないわけだ。それで満足しているのか、と聞かれればきっと本音はNOなんだろうが、口先だけはプライドが高い、充分満足している、と苦笑して答えるのだろう。車もない、預金もない、一般論的に言われている「心の拠り所」となる相手もいない、不満だらけなのだろうが、虫の鳴き声と遠く響く救急車のサイレンぐらいしか聞こえてこない夜半の空は、意外と好きだった。
短くなってきた煙草を、吸殻で溢れてきている灰皿に押し付けた。烟るような最後の煙がじゅっと音を出す。風呂から上がったばかりの髪の毛に匂いが残るだろうが、もう気にも留めていなかった。どうせそんな些細なことを気にする輩はいないだろうし、自分のことで精一杯の人間ばかりが生きている世の中だ、今更考えたりしたところで無駄だった。
最後の一本にしよう、と空箱になりかけているパッケージから取り出して咥えた。火をつける。ちょうどその時、携帯の端末が震えた。画面をタップして通知を眺めた。SNSを通じて、昔からの付き合いの友人から、メッセージが届いていた。
『結婚式、招待状送っていいか?』
簡潔な文章を何度か読んで、通知を消した。まあそのぐらいの歳にはなるよな、と小さく苦笑した。デキ婚だと理解してはいたし、子供も少し大きくなって、安定した頃合を見計らって式を挙げると聞いていた。他人行儀よろしく、絶対呼んでくれよと笑って電話をしたのはいつのことだっただろうか。あいつの式に行くことを、面倒臭がっている自分がいて笑う他なかった。
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