例えば買い物をしたときに、割引になっていて少しだけ得をしたと感じる人はかなりポジティブに物事を見るだろうと思う。割引になっている商品は何かしらの理由があるという事実を見なかったことにして、或いは気付かない振りをして購入している可能性が高い。よりネガティブに、ペシミズムに沿った考え方であれば、割引されている理由を第一に考えるだろう。"この商品は傷んでいるのかもしれない"、"今日中に食べなければならない"といった予測可能な事実と義務的な考えからだ。勿論どちらが正しくてどちらが誤りなのかは見方に寄るだろうし、どちらも正解だと言い切ることも可能だ。
もしも自分がその立場に立ったとしたら、間違いなく後者を考えた上で前者の行動を取るのだろうが。…少し賞味期限が切れていたとしても、食えるものは食えるように出来ている、それが小売業者の鉄の掟であり経済社会を生きる上での法則だからだ。
「どんだけ惣菜の唐揚げ食うつもりなんだ、お前はよォ」
ノイン区の大手ウォールマーケットの一画、ずらりと並んだ油物の塊をカートに入れ始めたキェルに対して、ザカリアは思わず声をかけてしまった。
仕事上がりに夜の花見でもしようじゃないか、とザカリアが呼び掛けたのが切っ掛けで、いつもつるんでいるナヴィド、それから中央でライブ帰りのカディス、四人の知り合いが何人か集まっての大型パーティの予定を組み、当日の食料調達を任された爆処理班の二人はマーケットでの買い出しをしている最中だった。食料品は任せたぜ、とアルコールやソフトドリンクをカートに積んだザカリアは、揚げ物コーナーでぼうっと突っ立っている相棒の姿を認め、現在に至るわけだ。
酒を任した方が良かったのだろうか、とザカリアは今更後悔し始めた。この男のぶっ飛んだ味覚は、ひたすら同じものを食べることに特化している。味付けが濃い、油っこい、そして噛みごたえがあるものしか基本的に食べようとはしない素っ頓狂だった。パーティにやって来るメンバーを考えれば、肉だけではなく野菜や果物、他の惣菜類も必要だろう。キェル、とザカリアは溜息を吐きつつ相棒を呼び、唐揚げのパックをカートに放り込み続ける上背をぽんと叩いた。
「いくら唐揚げがパーティメニュー御用達だからってそりゃねェだろ、な?」
「鶏肉は美味いぞ」
「俺の言い方が悪かったか…ナヴィドにひたすら唐揚げ食わせたら流石に悪いと思わねェか?」
話のだしにした本人は、きっと内心唐揚げに対して大きな魅力を感じるのだろうが、太りやすいと言っていた事実を考慮すればザカリアの発言は正しいに違いなかった。キェルは一瞬唐揚げをカートに入れる手を止めたが、再び割引シールが貼られたパックに手を伸ばす。
「ナヴィドは自己管理が出来る男だ」
「論点がズレてるっての!」
信頼、そして既知の仲だからこそ、キェルの言葉はある意味的を得ているのかもしれない。ザカリアは無言で唐揚げを入れ続けているキェルに呆れながらも、パックの数を目算した。優に20は超えている。マーケットの惣菜担当は万々歳だろう。
「四人以上集まるのなら妥当な量だろう」
「このあとフライドポテトとヤキトリ買うんだろ?」
「食べ盛りの子供がいる」
「カディスか?あのなァ、胃袋はち切れるからな普通に…」
集まるメンバーでもダントツの若人であるカディスは、飲み食いするのが好きな方だ。にしてもこの油っこさはどうなのだろうか、とザカリアは眉を寄せるしかなかった。普段からある程度食べるもののカロリーや栄養バランスを考えているザカリアにとっては異様な光景である。
「勿論野菜は買うんだろうな?」
「ああ」
「…もう少ししたら俺もドリンク大体揃うから、手伝ってやる。ちょっと待っとけよ」
「ああ」
腹が減っているのか、至っていつもと変わらないのか、表情筋が死んだままのキェルの生返事を聞きながらザカリアはドリンク類が積まれたカートを方向転換させた。揺れるビール缶が高い音を立てる中、キェルはザカリア、と丸まった背中に呼び掛けた。
「んァ?何だ、やっぱり唐揚げやめとくってか?」
半身を振り返らせたザカリアは、唐揚げを見つめているキェルに肩を竦ませる。その方が良いだろう、という意味を含ませた言い方だったが、キェルはそんな考えを微塵も理解しない顔でそっと呟いた。
「幸せの在り方は、こういう些細なものにもあるんだろうな」
「俺にも理解出来る言葉選びをしてくれ、頼むからよォ…」
唐突に考えを顕にしてくる困った唐変木に、ザカリアは何度目になるか分からない溜息を吐く他なかった。