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As you see/EOD

運が良かったと思った。いくらポリカーボネイト製で出来ている防爆スーツのヘルメットで頭が守られていたとしても、吹き飛んだ瓦礫、石礫、プラスチック片その他諸々の鋭く尖った何かしらが直撃すれば、致命傷は避けられなかっただろう。
「おいクラブ1!」
死んだかもしれない、という何度となく考えた死への明確な道のりは、案外簡単に提示されるのだが、一度でもそのルート案内に従ってしまえば後戻りは出来なくなる。それでもどうもこの頭は、曖昧な境界線を常に凝視して思考し、何かの行動に移そうとする。
「クラ―――キェル!!」
爆処理は天職なのかもしれない、とふと思う。この一見すると予測可能に見えるような、事実不可能な爆弾魔との心理合戦、凝らした技術と技術の鬩ぎ合い、一発KOで地獄行き片道切符を否応なく渡されるこの仕事が。
「キェル!!しっかりしやがれ!!」
腹から声を出さなくてもザカリアの声はびっくりするぐらいでかい。猛獣でもそんな声は出さないぞと以前笑ってやったことがあったか、そんな突拍子もないことを思いながら目を定まらせた。夢を見ていたようだったが、爆風と衝撃波によって揺さぶられた脳みそは酷く混乱して目の前の事実と起きた事象、自分の記憶や記録に刻まれたものをごっちゃにしていたようだった。眼前のザカリアは必死の形相だった。
「すぐに医療班が来るから、」
「…、失敗…し…たか、」
「デコイに起爆装置が引っ付いていたんだ。喋んな、今は何も考えなくていい、いいから、」
かさついた喉の奥では言葉がガムのようにくっついていて、上手いこと出てこなかった。眼球を動かそうにも頭が重たい、四肢まで力が入らない。ザカリアに支えられた上半身は鉛のようでまともな状態じゃないのを察した。そして、熱く煮え切った湯の中に脚を入れているような感覚が右膝にあった。力を振り絞って視線を寄越すと、膝の部分は剥き出しの骨が見えていた。ぐっしょりと血で濡れ、泥と弾け飛んだ防爆スーツの生地が骨やら肉の間に埋もれていた。筋繊維で繋がり、まだ骨が膝から下にくっついていることを祈るしかなかった。キェルは静かに息をついた。
「…痛い、…」
「知ってる」
「…だが、…運が…」
「もう黙ってろ」
ザカリアはそれきり、キェルを抱き抱えたまま黙り続けた。相棒にしては珍しくかたかたと時折震える腕を薄らと眺めていたが、疲弊と自己保存の為か、キェルは静かに瞼を閉じた。
爆音に慣れた耳は、ザカリアの早い脈拍しか捉えてくれなかった。
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Sex like an ordinary meal/キェル×モブ♀(+エイミー)

サービス業としてのセックスに当たり外れがあるのは当たり前だった。全ての娼婦がフェラチオが上手い、締まりが良い、胸がでかい、なんて統一化されてしまえば選択する意味すら無くなる。フェラチオよりもパイズリが好きな男もいるだろうし、膣の締まりより肛門姦における窄まりを好む奴、貧乳や程良いサイズ感に目がいく者もいる。スーパーの食品コーナーに並んだ多種多様のメーカー商品と同じで、色々な女がいるのは至って普通の話だった。
久しぶりに女を買った。知り合いの受付嬢、いつだったかの不審物騒ぎの際に会話をしたぐらいだったが、エイミーというディンゴがいる店に寄ったのが事の発端だった。仕事柄人の顔を覚えるのが得意だったのか、ふらりと立ち寄った己の顔を見て彼女はすぐに通してくれた。「可愛い子が揃ってますよ」と人懐っこい笑みを浮かべたエイミーに紹介され、通された部屋で久々の異性とのセックスを楽しんだ。
女の身体は男のものとはまるで違う。人間とディンゴでももしかしたら違うのかもしれない。柔らかい肌に包まれる感触や、どことなく甘ったるい香り、体温の違い、そういったものに囲まれるといつもと考えが少し変わるような気がした。軋んだベッドの上で汗をかき、シーツの中を泳いでいる相手の顔はあまり思い描くことは出来ないが、感触は酷く後に残った。細い腕を掴んだときの肉の質感、乳房の柔らかさ、食んだ肌の瑞々しさ、どこかで覚えがあったと頭の中で理解していた。事が終わり、少し休憩、と笑った女がシャワールームに行っている間に気付いたが、あれは飯を食っているときの感覚に近かった。つい最近食ったステーキのような食感だ。人とのセックスを飯に喩えるな、と一々突っかかってくる相棒が聞いたら噛み付いてきそうな話だが、そうとしか思えなかったのだ。
そんなことを思いながら、ベッドサイドに腰掛けたまま煙草を一本咥えて火をつけた。燻る煙が換気扇に吸い込まれていくのをぼんやりと眺めていると、シャワーを終えたらしい女が出てきたようだった。背後から近付いてきた彼女がぺたりと背中に引っ付いた。冷たい長い髪の毛が裸の身体にくっつく。
「ねえ、延長する?」
女の聞き方は、問いの形式だったとしてもまるで有無を言わさぬ雰囲気をしていた。受付嬢の紹介で「とびっきりの」美女と定冠詞がついていた女としては、延長されねば見合う対価とは言えないのかもしれない。幸いにも時間と金はあったし、彼女は自分好みの身体をしていた。快諾と言うには些かぶっきらぼうな相槌を打って、そのまま再度細い腕を引っ張った。
「静かなのね」
「言葉が必要か」
「いいえ。ただそう思っただけ」
抱き抱えた女をベッドに組み敷くと、女は空いていた片手で咥えた煙草をひょいと掴んだ。そのまま艶やかな唇に咥えるとす、と息を一瞬吸い込む。しかし間を持たすこともなくすぐに吐き出して、吸い切れなかった白煙がふわふわと浮かぶ。
「不味いわ」
「そうか」
ヤニの香りもない彼女はきっと非喫煙者だろう。人の嗜好品に対してとやかく言われる筋合いはないが、はっきり物を言う姿勢は好印象だった。ただのステーキだと考えていた頭を少しだけ正そう、そんなことを思いつつ女が持っていた煙草を奪い取り、唇に咥え直した。
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Karaage/EOD(+ナヴィド+カディス)

例えば買い物をしたときに、割引になっていて少しだけ得をしたと感じる人はかなりポジティブに物事を見るだろうと思う。割引になっている商品は何かしらの理由があるという事実を見なかったことにして、或いは気付かない振りをして購入している可能性が高い。よりネガティブに、ペシミズムに沿った考え方であれば、割引されている理由を第一に考えるだろう。"この商品は傷んでいるのかもしれない"、"今日中に食べなければならない"といった予測可能な事実と義務的な考えからだ。勿論どちらが正しくてどちらが誤りなのかは見方に寄るだろうし、どちらも正解だと言い切ることも可能だ。
もしも自分がその立場に立ったとしたら、間違いなく後者を考えた上で前者の行動を取るのだろうが。…少し賞味期限が切れていたとしても、食えるものは食えるように出来ている、それが小売業者の鉄の掟であり経済社会を生きる上での法則だからだ。
「どんだけ惣菜の唐揚げ食うつもりなんだ、お前はよォ」
ノイン区の大手ウォールマーケットの一画、ずらりと並んだ油物の塊をカートに入れ始めたキェルに対して、ザカリアは思わず声をかけてしまった。
仕事上がりに夜の花見でもしようじゃないか、とザカリアが呼び掛けたのが切っ掛けで、いつもつるんでいるナヴィド、それから中央でライブ帰りのカディス、四人の知り合いが何人か集まっての大型パーティの予定を組み、当日の食料調達を任された爆処理班の二人はマーケットでの買い出しをしている最中だった。食料品は任せたぜ、とアルコールやソフトドリンクをカートに積んだザカリアは、揚げ物コーナーでぼうっと突っ立っている相棒の姿を認め、現在に至るわけだ。
酒を任した方が良かったのだろうか、とザカリアは今更後悔し始めた。この男のぶっ飛んだ味覚は、ひたすら同じものを食べることに特化している。味付けが濃い、油っこい、そして噛みごたえがあるものしか基本的に食べようとはしない素っ頓狂だった。パーティにやって来るメンバーを考えれば、肉だけではなく野菜や果物、他の惣菜類も必要だろう。キェル、とザカリアは溜息を吐きつつ相棒を呼び、唐揚げのパックをカートに放り込み続ける上背をぽんと叩いた。
「いくら唐揚げがパーティメニュー御用達だからってそりゃねェだろ、な?」
「鶏肉は美味いぞ」
「俺の言い方が悪かったか…ナヴィドにひたすら唐揚げ食わせたら流石に悪いと思わねェか?」
話のだしにした本人は、きっと内心唐揚げに対して大きな魅力を感じるのだろうが、太りやすいと言っていた事実を考慮すればザカリアの発言は正しいに違いなかった。キェルは一瞬唐揚げをカートに入れる手を止めたが、再び割引シールが貼られたパックに手を伸ばす。
「ナヴィドは自己管理が出来る男だ」
「論点がズレてるっての!」
信頼、そして既知の仲だからこそ、キェルの言葉はある意味的を得ているのかもしれない。ザカリアは無言で唐揚げを入れ続けているキェルに呆れながらも、パックの数を目算した。優に20は超えている。マーケットの惣菜担当は万々歳だろう。
「四人以上集まるのなら妥当な量だろう」
「このあとフライドポテトとヤキトリ買うんだろ?」
「食べ盛りの子供がいる」
「カディスか?あのなァ、胃袋はち切れるからな普通に…」
集まるメンバーでもダントツの若人であるカディスは、飲み食いするのが好きな方だ。にしてもこの油っこさはどうなのだろうか、とザカリアは眉を寄せるしかなかった。普段からある程度食べるもののカロリーや栄養バランスを考えているザカリアにとっては異様な光景である。
「勿論野菜は買うんだろうな?」
「ああ」
「…もう少ししたら俺もドリンク大体揃うから、手伝ってやる。ちょっと待っとけよ」
「ああ」
腹が減っているのか、至っていつもと変わらないのか、表情筋が死んだままのキェルの生返事を聞きながらザカリアはドリンク類が積まれたカートを方向転換させた。揺れるビール缶が高い音を立てる中、キェルはザカリア、と丸まった背中に呼び掛けた。
「んァ?何だ、やっぱり唐揚げやめとくってか?」
半身を振り返らせたザカリアは、唐揚げを見つめているキェルに肩を竦ませる。その方が良いだろう、という意味を含ませた言い方だったが、キェルはそんな考えを微塵も理解しない顔でそっと呟いた。
「幸せの在り方は、こういう些細なものにもあるんだろうな」
「俺にも理解出来る言葉選びをしてくれ、頼むからよォ…」
唐突に考えを顕にしてくる困った唐変木に、ザカリアは何度目になるか分からない溜息を吐く他なかった。
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0223 #songs for all of "people"/EOD+カディス

中央区画・サンタシルヴ区でのライブは唐突に始まる。将来大スターになることを夢見る若者達の、個性を出し合う戦いだ。奏でる音楽は時に人を恍惚にさせ、悲哀の感情を抱かせ、身体をリズムに乗らせる。ギターを掻き鳴らし、自分で書いた詩と共に叫びたい言葉を世界に伝える。それはきっと、どんな主張よりも率直で、ある意味一番伝わり易い手段なのかもしれない。
絶対来てよ、と笑ったカディスの誘いを、何も予定がない日に断る理由などザカリアには一切なかった。残業もなく、暇そうな相棒を足にして到着したサンタシルヴでは、仕事終わりの人々でいっぱいだった。駐禁区域が多い中、一つだけ空いていたコインパーキングへと大型二輪を止める。車体のリアシートから降りたザカリアは、ヘルメットを取り、サンタシルヴのメイン広場を見渡す。SNS通りであれば、カディスはいつものトレードマークである黄色いパーカーを着ている。あれだけ目立てばすぐに見つかるだろう。エンジンを止めてキーを抜く。バイクをロックしたキェルも、ザカリアに倣ってヘルメットを取る。ヘルメットを二つ分収納し、上着を直すとザカリアの隣に並ぶ。
「すげェ人通りだな」
「退勤ラッシュだろうな」
「んだなァ。東岸とは大違いだ」
ザカリアはそう言って目を細める。黄色いパーカー、黄色いパーカー。背丈はそう大きくないがすぐに分かるだろう。んん、と視線を巡らせる。石畳の向こう、広場の噴水近くにカディスの後ろ姿が見えた。
「見っけた見っけた!」
行こうぜ、とキェルと共にカディスのライブ場所へ早足で駆け付ける。いつもの立て看板、アコースティックギター、その周りには聴衆が集まっている。聴衆の群れを分け入り、ザカリアとキェルはカディスの後ろ姿のすぐ真ん前へと立つ。ザカリアは一歩だけ足を進めると、長い腕を伸ばす。
「カーディースッ!」
小さな背中をぽん、と叩くと、カディスは驚いたように振り向いた。子供らしさを残した丸い瞳はすぐに笑みを浮かべた。
「ザック!」
「言われた通り来たぜ。今日は相棒も一緒だ」
そう言ってザカリアは立てた親指で背後を指す。ザカリアより頭半分ほど大きなキェルは、片眉を上げて挨拶をした。
「キェル!」
来てくれてサンキュー、とカディスは笑いつつ、へへ、と鼻を掻く。
「今日は人が多いな?」
「金曜日だからね。週末前はいつもこんな感じだよ」
そう言ったカディスはギターを手に取ると、噴水手前、石造りの段差に腰掛けた。ザカリアは周りを見渡し、嫌に女性客が多いことに気付いた。隣のキェルに耳打ちをする。
「可愛い子ばっかじゃねェ?」
「カディス狙いだ、残念だが今日は失敗しかしないだろう」
「初めっからナンパの話すんじゃねェよ、しかも失敗とか付け加えんな」
相棒の辛辣な言葉に肘で攻撃し、ザカリアはいよいよ歌い出しそうなカディスへと意識を集中させる。普段の屈託の無い笑顔のままだが、歌い始める直前のカディスはどこか雰囲気が違った。戦いに赴く戦士と言えば些か物騒だが、自分の言葉をぶつけるのが音楽だとザカリアは知っている。カディスはこれから、沢山の人々に向けて聞いて欲しいメッセージを発信するのだ。
ギターのチューニングを済ませると、コードを幾つか奏でる。一人小さく頷いたカディスは、咳払いをする。
「えー、っと。お集まりの皆さん、今日は来てくれてありがとう。今日は今月最後の金曜日、週末楽しく過ごせるような歌を届けられたら、と思います!」
カディスはそう言って、足で石畳をたんたん、と叩く。ギターを掻き鳴らす。成長期特有のアンバランスな掠れた声がライブの開始を告げる。時刻は1700を20秒ほど過ぎた頃。ザカリアは知らず内に、カディスが奏でるリズムに身体を揺らしていた。
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