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負け犬に似ている/桐仁+千寿

例えばの話、そう切り出した千寿は燻る白煙を吐き出して空を見つめていた。イフから始まる仮定の空想を言葉にする部下とは思わなかったが、任務を完遂し今や迎えのヘリを待つだけとなった身だ、言論に自由性が出るのは仕方がなかった。
「何だ」
そう言って野戦服のポケットから取り出したぐしゃぐしゃの煙草をパッケージから一本咥えて火をつけた。夕闇に沈む太陽の西陽を浴びて、千寿を見やる。眩しそうに目を細めた彼女は、一息吸って言葉を連ねた。
「私が戦場で死んだら、亡骸はどうなるんでしょうか」
「規律に従い回収可能であれば前線から引き上げる。不可能であれば野ざらしにして、野犬の餌か、慰みになるか、まあそんなところだ」
初めの研修で話した内容だったが、賢いこの部下のことだ、忘れてなどいない筈である。確認という位置付けとしての訓戒だ。我々私兵に必要なものと言えば、残された認識票を手にして前線から五体満足で帰投することだけであり、死んでしまった仲間というのは肉塊になったものでしかない。例えその人間が近しい友人であったり、はたまた恋人であったとしても、この規律は例外がない。死んだ人間に用はないのであり、重要なのは生きた手足と人殺しが出来る脳味噌だけだ。もし仮に隣の部下が死んだとしても、それは変わりない。
千寿は、静かな顔で笑っていた。俺の言葉に対しての安堵ではなく、何かの答えを得たような風貌だ。
「…何を笑う」
「すみません。答えがあまりに、隊長らしくて」
千寿は抱えたドラッグバッグを肩に背負い、吸い切った煙草を地面に捨てた。ただ、と繋げる。
「もしも本当に死んだ時、野で朽ち果てるのは実際考えると少し嫌な感情になりますね」
吸殻も同然となった煙草が、残り香の煙を静かに霧散させていたが、硬い軍用ブーツがそれを踏み消した。
「決して負けてはいませんが、」
まるで負け犬にも似ている感じがして。千寿のその言葉が微かに耳に入ったとき、丁度ヘリのプロペラ音が聞こえてきた。ばらばらと空を裂く爆音に、視線を上げる。
「いつになくお喋りだな」
「仕事が終わると肩の荷が降りるので」
「報告書は忘れずにまとめろよ」
「今回は期日に間に合わせます」
鼻の頭を掻いている千寿の肩を軽く叩き、吸い切りそうな煙草を捨て、下ろしたままの愛銃がまとまったバッグを背負った。
死ぬことは負け犬ではないが、死ななければこちらのものである以上、死は忌避すべき悪徳だ。人が何の為に、何を思い銃を握るのかは自由ながら、倒すべき相手を見極めて殺すのは仕事の内だ。迷いは必要ない。それが私兵である役割の一つだからである。
ヘリから降ろされたラペリングロープを辿る。強烈な西陽が、千寿の影を暗く染め上げていた。

言い訳を考える(ルーヴァン)

言葉が上手く出ない。口を動かそうとしても頭が働かないので出来ないのだとすぐに察した。薄ぼんやりとした視界の中、段々周りが見えてくる。傍から見たらきっと酸欠の魚のようにぱくぱくと口の開閉をしているだけなのだろう。幸いにも、周囲には部隊の皆はおらず、自分ひとりだった。煤けた空気に霧散した埃でまみれ、横になったまま身体はぴくりともしない。きんと痛む耳が、ゆっくりクリアに音声を拾い始めた。声がする。抱き起こされる感覚に頭が揺れ動き、水平線を眺めていた視野に新たな像が映し出される。名前を呼ばれているらしい。必死な目をしたアザワクだ。大丈夫だ、と言いたいがやはり声は出ない。すまない、声が出なくて。言いたい事も伝える事が出来ないんだ。下半身と腹回りが燃えるように熱く、まるで焼け切られたような痛みがじんじんと忘れた頃にぶり返す。ルーヴァン、と何度となく揺すぶられる。アザワクの顔は今にも泣き出しそうだった。ああそうか。これが、死なのか。何となく状況を察したのも束の間、見上げていたアザワクの後ろからヴォルフが顔を出した。真剣な目がこちらに向いている。ヴォルフ、と口が形作る。アザワクをどかしたヴォルフが、救急キットを取り出した。無茶をしない男だ、それを出すのならば俺はまだ助かるのだろうか。痛い。痛い。溢れ出した血は俺から放たれ、身体を蝕む死のように纏わりついて離れようとしなかった。
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構造を知っている/ルーヴァン(+ヨダカ)

異質だと感じる事が出来るのは彼の近くで触れ合う人間だけで、尚且つその違和感に既視感を覚えた事がある者だろう、それはすぐに理解出来た。視線や口振り手振り、行動の一つに至るまであの人は「自然にこなすようにして」いる、というのを察した。勿論それが不自然に見えていたら、俺以外の誰か、それこそ鈍感な人間にも伝わる。そんなアンバランスな空気感もなく、ケージ隊の日々は何となしに過ぎているから、それが答えなんだろうと思う。それでも、一度「おかしい」と感じた解れは大きな穴になったまま、修正されずにそのままになっている。まさか俺がわざわざ口を出すような問題でもなく、言ったところで穴が染みになって取り返しのつかない事態になれば事が事だった。だから、何でもないような顔をして、毎日詰所に顔を出して俺は彼に笑いかけ、あたたかいコーヒーを出すのだ。
彼の隣に座った我らが隊長殿は、きっとこの感情や俺が感じている違和感を知っている。知っていて口を出さず何か行動を起こす事もせず、白煙を吐き出している訳はきっと何かしらあるのだ。そういう希望であり、期待である。
朝日の中、いつもと変わらず人数分のコーヒーを淹れる。見慣れたマグカップに注がれた黒い液体が渦を描く。どうぞ、と渡した。彼はルーティンのように微笑み、ありがとう、と言葉を返してきた。その顔の裏にあるであろう意味を、俺は理解している。
俺は貴方の構造を、知っているのだ。
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理想主義者/桐仁

夢を見ることは決して悪ではない。害悪と呼べるのであれば理想を語ること自体が逸していると見なされてしまう。悪として認識されるのは、自分の夢見た理想を押し付けて、個人の認識を変えて改悪してしまうことだ。
並べられた認識票を番号順に精査していく。アルファベットと数字の順番は正しく元あった場所へと戻されていく。会社の枠組みの中で順番は作られるが、戦場に出ればそれも消え失せる。ナンバーの通り、全く見知らぬ兵士同士が並ぶだけの作業だった。無論、この番号は最早欠番となるだけだ。死んだ兵士の肉体は既に無く、事後処理として回収された認識票を整合するだけだった。
特殊作戦群の入れ替わりは案外少ない。屈強な兵士が生き残る術を手にすれば、死ぬ確率は低くなる。逆に特殊作戦群以外の、所謂二軍兵になると話は違った。生き残る術を身に付けるのではなく、死なない努力をするしかなくなる。…まだ設立されて間もない特殊作戦群と比較すると雲泥の差であった。
例え話と未来の話は嫌いだったが、いつの日か、この認識票の整合が少なくならないものかとふと考えたこともあった。不死の肉体を作るのは無理難題だが、死人の数が少なくなるのは考えられる事象だった。その希望を叶えられる方法は、勿論現状では皆無なのだが。
理想を語るのは悪ではない。そしてその理想を現実にするのも、害とは言えない。理想が現実化された時に、それを害と呼ばれたらそこまでだが、死して戦場を去る兵士が少なくなるのを夢見るのは、決して間違いではないのだ。

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