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1991, at the place where no man's land/モブ


嫌なことは見たくない、そんな誰もが思う普遍的な感情は在り来り故に厄介だった。本当に見たくないものでも直面しなければならないときはあり、例え"嫌だ"と拒絶したところで社会の常識という見えない有刺鉄線に引っ掛かってしまう訳だ。それが早かれ遅かれ、いずれ全ての人に、様々な形で降り掛かってくる。やりたくもないものを強いられてやり遂げ、見たくもない聞きたくもないものを目や耳に入れ、我慢しなければならないのだ。お父様はとてもご立派で、名誉除隊されたときには多くの兵士がその門出を祝い、中には憂う者も、だとか、D中隊の誉れとして、優秀な軍人一家の一員を迎え入れます、だとか、出てくる言葉口上全てがこれに値した。誰も時代遅れの優秀遺伝の話をしていないのは分かっていたが、理解も出来ない褒め言葉を壊れたビデオテープのように繰り返されては流石に堪えた。声高に煩い黙れ好きで軍人になった訳じゃないと叫んでやったら、いよいよ奴らも理解するだろうか。…そんなことを思ったところで、実行に移さなければ何の意味もないのだろうが。
喧騒から離れられる戦場は、社会の常識が通用しないからまだ楽だと思えた。人を殺し殺されるのが"合法"だとされる場所に初めて来て震え上がる新兵、どれだけ殺すか考えるのが楽しいと下卑た笑みを浮かべるウォーモンガー、任務を忠実にこなす冷静な機械じみたベテラン、多種多様な顔が揃っている。誰もが目的を持っているのは知っていた。その目的の根底には、生への渇望があるのも知っていた。だからこそ様々なラベリングが剥かれ、飽くなき欲望が見え、"優秀だから""そういう血筋だから"と口を揃える者がいないここが好きだった。丸裸にされるのを嫌がる人は多いだろうが、自分にとってはそれが心地良かった。ヘイトやバイアスが直接降り掛かってくる、その方が丁度良かったのだ。
迫撃砲が地面を揺らしている。崩れた瓦礫がいくつも散乱し、何が何だったのかが分からなくなるぐらい辺りは騒乱の最中にあった。日差しは午後の傾き加減だが、閉じた目にはやけに暗く感じる。瞼をゆっくり開けると、眩しい太陽光が突き刺してくる。音を拾わなくなっている耳が、段々戻ってくる。こちらの機甲小隊の主戦力であるM1エイブラムスが、踏み場のなさそうな瓦礫を乗り越えている。履帯が擦れ、銃声や罵声が溢れる中東の空に金属音が紛れていく。
身体を動かそうとしてまずは頭を振ってみる。ろくな力が入らない。瞬きを繰り返す内に時間は過ぎゆき、M1エイブラムスが砂埃を立てて目の前を通過していく。誰か助けてくれないものか。ここにいる、と手を上げようとしたが、さっぱりだった。呼吸が浅い。焼け付く熱さだと言うのに、やけに寒く感じる。
見慣れた米軍海兵隊のデザートブーツが近付いてきた。眼球を動かし、男を見上げる。日差しの影になって見えないが、LWHに書かれた階級にはLCplと殴り書きされているように見えた。
「――えますか、――曹」
名も知らない上等兵は、水筒を出そうと跪いた。いや、もういいんだと言えたら良かった。水を飲んだところでこの身体が動きそうにないのは、他でもない自分が知っている。丸裸にされ、街の中を引きずり回される前に友軍に見つけてもらえたのが不幸中の幸いだったのだろう。胸元で遊ぶタグを送り届けてくれそうな、ひとつの可能性に出会えて良かった。
力を振り絞った。さっきから見えていた腰から下の光景を現実と捉えながら、腕を振り上げた。立派な殉死だったと、せめて伝えて欲しい。
最期に見えた光景は呆気なく、手を伸ばしても空を掴むだけだった。自分らしいと笑った。笑えたかどうか、上等兵の返事を聞くことも無く、煩かった履帯が擦れる音が遠のいた。
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オークランドにて/NZに住む男達

緩やかな陽の光で目が覚め、クロウタドリの囀りが庭先から聞こえてくる。冷暖房を顧みない薄い窓辺は、あくまで雨風を凌ぐ作りをしているらしい。この国らしいと入居した当時は思ったものだった。その分朝には小鳥たちの歌声が聞けるわけだ、多少の冷えや暑さぐらいどうということはなかった。
シーツの中はあたたかく、ひんやりとした部屋の温度は丁度良い。身体をゆっくりと起こして伸びをした。南半球の八月は、言わば真冬だ。裸で眠れば少しは肌寒いが、質の良い寝具に包まれていると居心地が良い。腕に着いている時計のデジタル盤は、0740を指している。休日の朝に起きるには少し早いが、普段のライフスタイルが習慣となった身体は勝手に起きるようになっていた。同居人曰く、老いとはこういうものらしいが、さして年齢も変わらない男には言われたくない台詞だった。
ベッド横にあるルームシューズを履くと、立ち上がってカーテンを開けた。囀っていたクロウタドリたちは驚いたように飛び立つ。小さな庭先に植わった樹々が揺れ、冷えているであろう朝露が落ちる。芝の目は青々とし、朝を出迎えるようにして光を乱反射させている。ニュージーランドの冬は、祖国日本と違ってとても静かだ。夢物語とも言える、穏やかでシンプルな日々は、想像以上に身に染みた。喧騒、諍いから離れ、異国で暮らすことは、合う人にとってはより豊かなものになるのかもしれない。
そんなことを思いながら、踵を返す。隣の部屋で眠っている同居人を叩き起さねばならないからだ。小さな夢のマイハウスは、子供もいない独身男二人には充分な広さがある。同居人はトーテムポールのようにでかいので、曰く「ジャンプしたら天井に穴開けちゃうかも」とか何とか言っていたのを思い出す。もしも奴が穴を開けたら、日曜大工で頑張ってもらえばいい話だ。
部屋から出て、数歩で辿り着く隣室をノックもせずに入った。書斎じみた造りと無数の本に囲まれ、紙の匂いがする同居人の部屋には、隅っこに追いやられた大きなベッドがあった。丸く山になっている毛虫にも似た毛布の塊を視界に入れ、床に散らばった本を足で避けつつ、ベッドへと辿り着く。毛布の端を掴み、引っ張ると中から見慣れた同居人が出てきた。ぼさぼさの髪の毛は、いつだったか日本の繁華街で見た野良犬にも似ていた。呻き蠢く様を優しく起こしてやるような間柄でもなく、ベッドの向こう側にある遮光100パーセントのカーテンと窓を開け放つ。直に部屋へと差す太陽光に、同居人はいよいよ起き出す他なくなったようで、もぞもぞとシーツを掴んで呻いてはいるが、眠そうな目元を擦りながら瞳を開けた。マオリと白人、両方の血を受け継ぐ彼の目は、異国の香りを運んでくる。この瞳が好きだった。意志を持ち、意見することを臆さず、誇り高い目だ。おはよう、と掠れた声で呟いた同居人は、カーテンを開けたことを恨めしく思っていそうな顔で小さく微笑んだ。
「随分早いね?」
「習慣とは怖いものだ。勝手に起きるようになった」
「今日は休みだよ、日本人は時間に厳し過ぎるきらいがあるね」
「惰眠を貪り時間を無駄にするよりかはマシだ」
そう遠回しに小言を言ってやると、同居人は肩を竦めた。起きたからには活動しないと、と身体を起こし、生まれたままの姿の肉体が朝日に晒される。長い腕が伸びてきて、窓辺に立ったままのこちらの片腕を掴む。
「寒いから、少しあたためて欲しいんだ」
仲睦まじげに肌を寄せ合い、慰めの言葉を吐く間柄でないのは知っていた。だが、申し出を断る程の距離感でもなかった。休日の今日、セイリングに行く、と昨晩はしゃいでいた同居人の笑顔を覚えているが、そこまで時間もかからないだろう。セックスはしないぞ、と一言付け加えてから、ルームシューズを脱いで広いベッドへと上がった。ぬくもりが残る柔らかい布の感触と、張った筋肉の厚みに包み込まれた。
目を閉じれば、クロウタドリの囀りが聞こえる。冬の日のオークランドは、どこまでも長閑で、静穏さに満ちていた。

無題/同書き出し即興(withカイさん)

日が落ちるのを見ていた。変わらず迎える一日の終焉は案外呆気ない。時間帯、または季節によっては同じ日を眺められるとは限らないと知っている、それでも習慣と化した日没の観察はずっと続いている。勿論雨が降ればそれもおじゃんだ、任務が長引いた日には見れないだろうし、様々な要因が観察の邪魔をする。だがそれでも飽くこともなく続けているのだ。この行為に対して好意的であるかどうかを問われると正直なところ答えに迷うのだが、続けている事実が根拠として裏付けになっているところを考えると、少なくとも嫌いではないのだろうと思う。
そこまで考えて、欄干に預けていた腕を離してツナギのポケットへと掌を突っ込んだ。NO SMOKINGとでかでかと書かれた甲板上のカタパルト付近から遠く離れ、巨大空母の動力源の真上に位置するケツの部分は、司令塔である艦橋からは遠く豆粒のようにしか見えないだろう。今は日も傾き、オレンジ色に染まった太陽の反射光で艦橋のクルーはサングラスを身に付けずにはいられない筈だった。
少しぐらい構いやしないよな。そう思ってポケットから取り出した煙草を咥える。
昔は紙巻きだった。馬鹿だと思えるぐらいニコチンとタールを摂取して、やれハッパだ、やれラブアンドピースだ、とベトナム戦争からヒッピーの時代を受け継いできた時代をもろかぶりしている両親の元で生まれ育つと、煙草を吸うことに対して嫌悪感はなくなる。ハイスクールのときから学校をさぼって、西海岸のくだけた雰囲気の中アイスクリームを買って、両親からくすねた煙草を吸ってきたものだ。今や時代は紙巻きから電子に変わり、非健康と非戦争を謳っていた人々は、管理された健康意識と対外政策に金を投資している。これが自由を約束された我が祖国の在り方かどうかはさておき、変わるものは大きな流れの中に身を置かざるを得ないのだろう。
電子煙草のチャージが済むと、一口だけ吸い込む。吸い慣れた独特の甘みと共に息を吐き出すと、薄い煙が夕日の光に照らされる。甲板から見た水平線はあまりにも穏やかで、ここがアフリカ大陸東岸の太平洋沖とは考えられなくなる。この水平線の向こう、アフリカ大陸の内地では、今日も明日も略奪が続いていると言うのに、世界にもたらされる日の光はあまりに変化がない。見た目はあたたかい癖に、その中身はつめたいのだろうと他人事のように思う。人が生まれても死んでも、太陽には関係のないことだと知っていても尚、余計なことを考えてしまう。習慣なのだから仕方ないか。もう一息吸ったあたりで、日が本格的に沈み始めた。ゆらゆらと陽炎のように揺れている。波間を縫って落とされた赤い光が、空母の鉄筋を染め上げていく。
電子煙草を仕舞うと欄干に背を向けた。明日もこの景色を見ることが出来ればいい。それが自分自身が生きている何よりの証になる。軍靴が固い一歩を踏み締めた。

ある男/持たざる者(→持つ者)

人々が寝静まった夜は日中の喧騒から逃れられるいい機会だった。朝起きて仕事に行き、仕事が終わるとなけなしの金で煙草とコンビニ弁当を買って、帰宅するととりとめのない全国放送のニュースを見て飯を食い、風呂に入って明日に備えて眠る。例えば既婚者だったり、子供がいたり、と言ったようなごくごく普通の一般男性が送りそうな物語性はなくて、独身貴族、とは言えない給与しか貰っていない自分には、安アパートのベランダで肩身が狭くなってきた蛍族をするしかないわけだ。それで満足しているのか、と聞かれればきっと本音はNOなんだろうが、口先だけはプライドが高い、充分満足している、と苦笑して答えるのだろう。車もない、預金もない、一般論的に言われている「心の拠り所」となる相手もいない、不満だらけなのだろうが、虫の鳴き声と遠く響く救急車のサイレンぐらいしか聞こえてこない夜半の空は、意外と好きだった。
短くなってきた煙草を、吸殻で溢れてきている灰皿に押し付けた。烟るような最後の煙がじゅっと音を出す。風呂から上がったばかりの髪の毛に匂いが残るだろうが、もう気にも留めていなかった。どうせそんな些細なことを気にする輩はいないだろうし、自分のことで精一杯の人間ばかりが生きている世の中だ、今更考えたりしたところで無駄だった。
最後の一本にしよう、と空箱になりかけているパッケージから取り出して咥えた。火をつける。ちょうどその時、携帯の端末が震えた。画面をタップして通知を眺めた。SNSを通じて、昔からの付き合いの友人から、メッセージが届いていた。
『結婚式、招待状送っていいか?』
簡潔な文章を何度か読んで、通知を消した。まあそのぐらいの歳にはなるよな、と小さく苦笑した。デキ婚だと理解してはいたし、子供も少し大きくなって、安定した頃合を見計らって式を挙げると聞いていた。他人行儀よろしく、絶対呼んでくれよと笑って電話をしたのはいつのことだっただろうか。あいつの式に行くことを、面倒臭がっている自分がいて笑う他なかった。

g ミ●タードーナツ

記憶として刷り込まれたものがたとえば幸福の象徴だったとして、それが他人によって全く違う解釈をされたときに人間はすぐさま反応を返すことが出来ないという。感性の問題ではなくただ単純に反射の問題だけであり、繰り返し頭の中に「嬉しい」出来事としての事象があれば、それを「悲しい」出来事として認識するだけの回路が備わっていないのだ。物でも同じことは言え、犬として認識していた動物を猫だと言われ、それがさも正しく自分の認識を問われるような論理を突きつけられたときには軽く混乱してしまうものだ。そして無意識下で自身の記憶が問われているという事実は、意外と日常生活において頻繁に起こっていることなのだ。
亜熱帯特有の蒸した空気が鼻につく。どぶ色をした下流から、小型ボートで密林地帯を抜けていく。曇り空から降り注ぐ湿った水滴がアンチマテリアルライフルが詰まったドラッグバッグを濡らす。ここ何時間も飯を食っていない空きっ腹には刺激が強いだろうが、禁煙は逆に身体には毒だと思って吸っていた煙草の火種が消えかかる中、「あと十分もしたら到着なんで!」と船頭の男から声がかかった。拠点としている都市から空路を使い、偽造パスポートで忍び込んだ紛争地のここは、今回の任地であった。傭兵として金払いさえ良ければどこにだって飛んでいく、そんな職に就いている俺を呼んだのはとある反政府ゲリラのグループであり、今回の任務は「アンチゲリラグループリーダーの暗殺」というものだった。狙撃を最も得意としている俺にはもってこいの任務ではあったのだが、如何せんあまり慣れていない亜熱帯の地域性もあってか正直今回の任務はあまり乗り気ではなかった。上司に行けと命じられては飛んでいくしかないのだが、ここまでの激戦区は久方ぶりだった。同僚どもに冷やかされたのはいいとして、今回の依頼主はこの界隈でも有名人だ。反政府主義を掲げてゲリラ戦をし、大きなテロリストグループを生成したのが約十年ほど前。それから組織をじわじわと拡大し、初めは国際連合を主体とする連合軍により早々に掃討されると予想されていたのだが、思っていたよりも息が長く、この国での泥沼戦となってしまったのだ。国の大統領も大統領で独裁を敷き、対抗する声明を発表しているため、どちらも広げてしまった風呂敷を片付けることも出来ず紛争状態が続いているのだ。…戦の火が立つところには、無論俺のような雇われ傭兵という戦争屋も存在するわけで、金を貰えるならばどんな仕事でも引き受けるスタンスでやってきたというわけだ。仕事内容がどれほど残虐なものだったとしても、血濡れの札束で食う飯は美味いというのを、身体が覚えているからだ。

「あんたも物好きだよなあ、こんな僻地まで来て人殺しだなんて」
「それが仕事だ」
「生計立てるんなら他にもいい仕事あるだろ?」
「割のいい仕事だから人を殺しているんだよ」
「知ってるか、そういうのキチガイって言うんだぜ」
「ああそうだな。あんたたちと一緒だ」

「まあここではなかなか面白いパーティが見れるから、楽しみにしてろって」
「あんたさ、本国はドーナッツが有名だろ?甘い物の消費大国出身って聞いたぜ」
「そのドーナッツをな、なんとこんな密林で食えちまうんだ」
「ここのドーナッツは作り方少し違うから、よーく見とけな?あーそうそう、吐いたらてめえで処理してくれよ、うちもそんなに人員足りているわけじゃねーんだ」
「ボースー?来ましたよ、傭兵のおにーさん!」

(人間タイヤ燃焼拷問)
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