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情事/高宮燈十郎×剣崎崇仁

抱く抱かれるの関係性が無ければより良かったのかもしれない。今になっては最早考えた所で意味を為さないのだが薄ぼんやりとした意識の中では何となくそう思うしかなかったのだ。洋風の間接照明が仄かな明かりを灯す。揺れる影は見慣れたもので、行われている行為も今や恒例行事となりつつある。
「呆けているのか」
ぎしぎしと寝台が揺れるのに合わせて訊かれた。いえ、と喉奥から絞り出すような声で返答する。行為自体は慣れたが、未だ異物を挿入されるのには抵抗感を感じた。正しい行為では無い事を理解している分、身体が拒否反応を起こしているのかもしれなかった。……それでも止められないが。ふと見上げた男は表情筋を動かす事も無く再び律動を始めた。彼は――幼馴染みの父だった。要は自分の父の無二の戦友だった人物だ。そんな人とこんな行為をするなど想像も出来なかったが、父もしていた、と聞けば案外容易に壁は崩れるものだった。失望ではなく、諦観だろう、そう決め付ければ良かった。父もこうして腰を振っていたのだろうか、そう考えれば思考の沼に嵌りそうだった。同性同士での性行為。今の御時世には考えられない事なのだろうが、女と軽はずみにして妊娠させるよりかはましなのかもしれない。腹を突き上げられる度に低く漏れる自分の呻き声に笑いそうになりながら、目を瞑った。早く終わればいいのだ。一時の情事などただの性の吐き出しに過ぎない。男の汗を頬に感じながらふとそう思った。何の為の身体か。そんな愚問への答えは、既に出てしまっているのだ。寝台に寝そべるよりも、この身は空に在りたかった。

g 飲み物/翔と崇仁/バンドA

昔から炭酸が好きだった。何故かは考えたことはなかったけれど、気が付けばコンビニでサイダーを買っていることが多かった。バンドマンでボーカルをしていると、本当はサイダーなどの炭酸は避けた方がいいんだろうけども、シュワシュワ弾けるあの飲み口を忘れることなど、出来るわけがなかった。
「翔、来週ある対バンの事なんだが」
借りたスタジオで一人スコアを眺めていると、崇仁の声がかかった。
「今時間貰っても構わないか」
「あ、はい、大丈夫です」
そう言ってスコアを閉じる。テーブルの上にあったサイダーを手に取ると、どうぞ、とテーブルを空けた。崇仁は無言で席に着くと、翔、と呼ぶ。名前を呼ばれたので返事の後首を傾げると、微かに微笑んだ崇仁が肩を竦める。
「ライヴの前は控えておけと言っただろう」
何がとは言わない彼だったがすぐに何の話か判明した。サイダーのことだ。すみません、と口から出た謝罪が先だったか、彼が何かをテーブル上に出したのが先だったか、定かではない。崇仁が出したものはココアだった。
「喉のケアもボーカルの仕事だからな。…サイダーは貰うぞ」
ひょいと摘まれていったサイダーに視線を移しながら、頭をかくしかなかった。一度口をつけたんですが、その一言を言えずに、崇仁と交換したココアの蓋を静かに開けた。

其処が嫌い(未完)/剣崎崇仁と高宮恭司郎

船酔いをした事が無いと言えば誰しもが驚くものだから、自身が酷く鈍感なのかはたまた自分の三半規管がおかしな作りをしているのか、定かではないが嘘をついている訳では無かった。空母に配属され艦戦乗りとして戦場に赴くと、先ず皆が船酔いという壁にぶつかるのだが、自分にはてんでそれが無かった。よく酔わないな剣崎、と欄干から海へと吐瀉物を吐き出す同期を眺めては何故酔うのかを問うた時もある。皆一様に経験した事が無いからだ、むしろ何故お前が平気なんだと不思議がられる事ばかりだった。幼馴染みの恭司郎も船酔いする事が無く、二人して奇異の目で見られるというのが多かった時もある。だが船での暮らしを暫く経験した後、恭司郎とは明らかな違いを感じる事があった。ある時内地に戻った際に、艦上ではないのに揺れている感覚に陥り思わずしゃがみこんでしまったのだ。陸酔いだ、と恭司郎は言っていた。

a:共通題:恐怖について/高宮恭司郎と剣崎崇仁

恐怖が度を過ぎると痛覚に変わるのだと知っていた。これに関して医学生物学に明るくない分科学的には誤認である可能性が高いことを念頭に置いて、人に嫌われるのが恐ろしいとか、幽霊が怖いとか、そういうのはつまり経験則上己が不利益や危険を被る可能性を忌避する為の処理であり、痛覚は経験や知識がなくとも己に及んだ危険を意思に関係なく体が感知するものである。上後方を振り向くと敵の機銃がこちらを捉えていた時、遥か上空から降下加速し敵艦昇降機に爆弾を叩き込む代わりに20mmの弾丸が風防に傷を付けて逸れた時、その後プロペラを巻き込む高波が迫った時。
万に一つ、死を免れないのではないかと頭ではなく体が危惧した瞬間に、頭頂から爪先まで張り巡らされ肉に包まれた穏やかな有刺鉄線が、星の瞬きよりも速く棘を引き起こすに似た鋭い痛みを齎すのだ。痛みは感情における恐怖を引き起こすものであり、その痛みは本能における警告である。よって、恐怖を恐怖であると理屈で理解できるうちは強者で、思考することすら忌避すべき行為と認識する者は虐げられ続ける枷で首を締めあげられることにも気づかずにいるのだ。
「ということなんだが崇ちゃんはどの辺りからマッチを探すことに専念していたんだ」
「聞いていないことにはどの辺りかはわからない」
「そうだな。どこまで記憶してるのか述べて貰えればそこからもう1度話すぞ」
「“誤認である可能性が高い”までは聞いた」
「なるほどつまり冒頭すら半ばで飽いたな崇ちゃん」
「ああ」
「なに、今日は夕食も済んだし消灯までの時間は余裕があるからな」

共通題:恐怖について/剣崎崇仁と娼婦

怖いと思わないのか、お前は。士官学校在籍時に名前を忘れたがとある同期に訊かれた事がある。何を怖いのか、恐怖への対象は何か。主語や目的語が明確ではなかったのと、予鈴が鳴ってしまいそのまま訊かずじまいでこの会話は終わってしまったのだが、結局あの男は何が聞きたかったのだろうか。
「怖くはないの?」
揺らいだ室内灯の影が布団に落ちている。久々に帰った内地で上官の付き合いがてらやって来た娼館は女の白粉の臭いで満ちていた。情事を終えた後にふとそんな言葉を吐いた娼婦を眺めて煙草の煙を吐き出した。
「何に対してだ」
「空の男に聞く事なんてひとつだけじゃない?」
女の言葉を反芻する。またこれか。訊きたい事があるならば婉曲するなと言いたかったが、女はあの昔訊いてきた同期とは違い言葉を続けた。
「空の事よ。もし墜ちたらとか敵が怖いとか、考えないの?」
「考える前に敵機は撃墜している」
「その言い方なら考えた事はあるんだ?」
微笑う女は背に手を当てる。
「恐らく考えてはいるが意識して恐怖を抱いた事は無い」「貴方、難しい言い方するわね」
「難問を出したのはお前の方だろう」
考え始めても答えが出ない感情や意識と言うのは非常に厄介だ。幾ら思考しても数式や論理のような解釈が出来ないからだ。女は黙りこくる俺の背に擦り寄り子供のように笑った。
「気難しい殿方は嫌いじゃないわ」
「軽率な質問をしてくる女は好みじゃない」
「あらそう?でも嫌いでもないんでしょ」
優しいのね、そう言って他人の温もりを背中に感じながら瞼を閉じた。理解し難い言葉の羅列ばかりだ。早く船に戻りたい、そんな意識の沼に嵌りながら白煙を再度吐き出すだけだった。
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