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AM07:00/サルバドール(+グァルティエロ)

肌触りの良いリネンは、人肌の温度が移り生温かかった。微睡みから目覚めるきっかけとしてはありきたりだ、隣にあった温もりが消えれば体感温度は下がるものだ。随分前にグァルティエロがベッドから抜け出たことを、頭のどこかで認識していた。昨晩盛大に致した割に芯はしっかりしているらしく、空気が揺れ動く気配、葉巻を吸う男の匂いがしたかと思えば、シャワールームから水の音が聞こえ、最後にはコーヒーと朝食の香りが鼻先に届いた。目覚めるには最適のタイミングだろうと思った。薄目を開ける。天鵞絨のカーテンの向こうは薄明かりになっている。端末の時刻は0645を指していた。身体を起こし、見渡す。何の代わり映えもないグァルティエロの寝室は、間接照明もなく静かなものだった。ふと扉が開け閉めされる音が耳に届き、次の瞬間には寝室の戸が開き、いつもの黒ジャケットを羽織ったグァルティエロが顔を見せた。
「鍵は閉めろ」
それだけ言い残すと、扉は閉まり足音が遠のいた。防音仕様になった豪邸では、それ以上の音の手がかりはなかった。強いて言うならば、窓の向こう側でグァルティエロのポルシェが唸りを上げてスロットルを全開にするくらいだ。あそこまで急な姿は珍しい。違和感を感じる腰を無視しつつ立ち上がると、裸の身体にガウンを羽織った。携帯端末を手に寝室から出ると、だだっ広いリビングキッチンへと向かった。大家族用とも言えそうなテーブルの上に並んだ二人分の朝食は手付かずのまま、美味そうなベーコンエッグが湯気を出していた。そしてふと付けっ放しの大型液晶TVの画面へと視線を向けると、BREAKING NEWSの文字が流れていた。
『西岸区画イェガロ区における立て篭り事件についての続報です。犯人の身元が判明し、現在DDイェガロ区支部刑事課、特捜課、合同で交渉に及んでいるとのこと。犯人についてですが、反体制派ディンゴである可能性が高い、という情報がリークしておりますが、DDイェガロ区支部は沈黙を保ったままです。さてこの件について、社会部のミズ・アンダーソン、ケイジー中央大学国際学部教授ミスター・ウィルソンにお話をお伺いしたいと思います』
成程、慌ただしく奴が出ていった理由が分かるというものだ。朝早く不運なことだ。美味そうな飯まで用意したというのに、コーヒーを嗜む時間もなく件の為にポルシェを走らせたらしい。ここまで素晴らしい秋晴れの日に、と哀れみを覚えながら、白木のダイニングチェアに腰掛けた。湯気を立てるベーコンエッグ、新鮮なバナナとリンゴ、焼き立てだっただろうクロワッサンに罪はない。グァルティエロが用意したそれらを眺めながら、きちんと揃えられていたナイフとフォークを手に取った。

※It's just a copulation/グァルティエロ×サルバドール

ヒトと表すより知性のある獣と言われれば納得しそうだった。背丈はヒトの平均を遥かに超え、でかい図体と見合った重量、筋肉と骨は、野生に生きる熊にも似ていた。熊と違う点を挙げよと言われ、さて幾つ出てくるかと思案してしまう程度には、この男は大きかった。分厚い筋肉に覆われた肩を押しやっても、重力差のせいでどうにも出来ない。下半身にぶち込まれた陰茎が脈打つのを頭が理解しながらも、寄せてくる快感の波に目の前が白く明滅する。ピストン運動が続くせいか、頭皮から流れてきた大量の汗が目に染みた。サルバドール、と名前を呼んでくる毛むくじゃらは、さっきから耳を食んでは遊んでいる。とっとといけ、と喘いで掠れた情けない声を出し、どうにか抵抗を続けていた腕を力無くシーツに下ろした。時に、流れに身を任せる方が得策だと言う。敷かれたレールを沿うようにして歩むのは、自分の気質とは合わないのだが、臨機応変に対応すべき場合もあるということだろう。柔らかな綿のシーツが波打ち、身体に張り付く。覆う巨体は、丸々とした筋肉と年若く思える皮膚を持ち、激しい運動で以て湿度を帯びていた。滑る皮膚が擦れ、肛門の奥を突かれる度に息が漏れた。
いつだったかに衛星放送で見た、野生の動物の交尾を思い出す。彼らは生存本能のまま、種を残す為に性交をする。今眼前で享楽に耽る男は、本能でセックスをしているわけではない。自分で選択した快感を貪る為に、意図を持っているのだろう。ただ単にセックスをして種を残すのならば、何も男を選ばなくてもいい。同性を選んだのは、つまりは本来の"性行為"の意味から外れている。それをこちらも、知っていた。嫌悪も忌避もしない、快楽としての同性同士のセックスが、如何に心地良いのかを、身を以て理解していたのだ。
激しい出し入れがぴたりと止まった。前立腺を穿っていた肉棒は、未だに射精を迎えない。視界を覆う前髪の隙間から見上げると、白人種らしい肌理細やかな上腕の上、彫像じみた顔が笑みを浮かべていた。何だ、と言葉をかける前に異変に気付いた。挿入ったままの熱を持った奴のペニスが、より奥へと進入しつつある。ある程度の長さを持ったペニスは、困ったことに前立腺とはまた違う快楽を産むことがある。男の――グァルティエロのペニスを経験していた分、頭は直ぐに理解した。
収まりきらない筈の陰茎は、すっぽりと中へと留まり、S字結腸を刺激した。動かずとも脳の芯まで揺さぶるような、熱い快感が腹の中で暴れる。声を出すとより酷くなりそうだった。分厚い肩に歯を立てる。猫に引っかかれる方が痛い、と豪傑らしい言葉を吐くだろうことを予測したが、グァルティエロは黙ったまま押さえ込み、尻を揉んでいる。時折少しだけ揺さぶられ、喉の奥で掠れて声にならない声が漏れた。
「暫くこのままが良いだろう?」
そんなものは誰も望んでない、と言えば嘘になる。グァルティエロの言葉に返すものもなく、大きな肩に噛み付いたまま目を閉じた。顎が外れたら治療費は西岸へ請求してやる。

For the majority, For the minority/サルバドール

大多数が望んだ結果を得られ、その他が望まない結果に不満を漏らしている。勿論逆も有り得る。大多数が望まない結果のため苦虫を噛み潰したような顔になり、その他が望んだ結果によって勝利の美酒を味わうことが出来る。何らかの結末に至るまで、人は過程を選択し、ときに強制的に、ときに自発的に、最後に行き着くための時間を過ごす。その中で充実したものだったか、もしくは不満に満ち溢れたものだったか、自分自身で感じるためには己でその行動を起こさねばならない。レールに従うか、レールから逸れるか、レールの行き先を変えるか、その方法は様々だ。問題はそのアクションを、実際にするかどうか。それだけの話だった。
アラームが鳴る前に目が覚める。習慣ではなく老いだと知っていた。昔に較べたら夜はすぐに眠たくなり、朝はやけに早起きをする。誰かに合わせて朝食を摂るわけでもないのだが、そうなってしまった身体を不自然なリズムにさせる意味もなかった。実家ならばバトラー長が新聞とコーヒーを持ってくるが、ハウスキーパーだけで充分な広さのマンションでは、そうはいかない。冷蔵庫に備わった作り置きの新鮮な料理を消化し、コーヒーを飲み、電子版のニューズウィークを流し見なければならない。生憎腹は減っていなかった。ベッドから出て、やけに冷え込んだフローリングへと素足をつけた。土足厳禁のフロアは、夏場は良いが秋冬にかけてはやや手厳しく思える。そうしたのは他でもない自分なのだが。寝室からリビングへ赴き、ドリップマシンをセットして充電していたタブレットを手に、窓際へと足を向かわせた。閉じたままの遮光カーテンを開く。東岸区画の雑多な街並みが遠く眼下に広がり、ヒトとディンゴの縮図が垣間見えたような気がした。
思っている以上に、この国が様々な火種を抱えていることを、皆知っている。知っていても尚直視しない者、抵抗する者、耳を塞ぐ者、付き従う者、多くの意見が同居している。それが国を形作るものなのだと言われたら、確かに頷かざるを得ないのは理解している。だがそれが何だという話だ。その国、とは誰のものか。ヒトか。ディンゴか。誰でもない神のものか。答えが出ないのであれば、出るようになるまで考え闘い続ける意義はあるだろう。目を閉じ耳を塞いで国が変わるのであれば、戦いなど生まれないのだから。
ドリップマシンから抽出が終わったらしい音がした。コーヒーの香りが鼻先に届く。黙ったままだったタブレットを起動させ、AIの名前を呼んだ。

オークランドにて/NZに住む男達

緩やかな陽の光で目が覚め、クロウタドリの囀りが庭先から聞こえてくる。冷暖房を顧みない薄い窓辺は、あくまで雨風を凌ぐ作りをしているらしい。この国らしいと入居した当時は思ったものだった。その分朝には小鳥たちの歌声が聞けるわけだ、多少の冷えや暑さぐらいどうということはなかった。
シーツの中はあたたかく、ひんやりとした部屋の温度は丁度良い。身体をゆっくりと起こして伸びをした。南半球の八月は、言わば真冬だ。裸で眠れば少しは肌寒いが、質の良い寝具に包まれていると居心地が良い。腕に着いている時計のデジタル盤は、0740を指している。休日の朝に起きるには少し早いが、普段のライフスタイルが習慣となった身体は勝手に起きるようになっていた。同居人曰く、老いとはこういうものらしいが、さして年齢も変わらない男には言われたくない台詞だった。
ベッド横にあるルームシューズを履くと、立ち上がってカーテンを開けた。囀っていたクロウタドリたちは驚いたように飛び立つ。小さな庭先に植わった樹々が揺れ、冷えているであろう朝露が落ちる。芝の目は青々とし、朝を出迎えるようにして光を乱反射させている。ニュージーランドの冬は、祖国日本と違ってとても静かだ。夢物語とも言える、穏やかでシンプルな日々は、想像以上に身に染みた。喧騒、諍いから離れ、異国で暮らすことは、合う人にとってはより豊かなものになるのかもしれない。
そんなことを思いながら、踵を返す。隣の部屋で眠っている同居人を叩き起さねばならないからだ。小さな夢のマイハウスは、子供もいない独身男二人には充分な広さがある。同居人はトーテムポールのようにでかいので、曰く「ジャンプしたら天井に穴開けちゃうかも」とか何とか言っていたのを思い出す。もしも奴が穴を開けたら、日曜大工で頑張ってもらえばいい話だ。
部屋から出て、数歩で辿り着く隣室をノックもせずに入った。書斎じみた造りと無数の本に囲まれ、紙の匂いがする同居人の部屋には、隅っこに追いやられた大きなベッドがあった。丸く山になっている毛虫にも似た毛布の塊を視界に入れ、床に散らばった本を足で避けつつ、ベッドへと辿り着く。毛布の端を掴み、引っ張ると中から見慣れた同居人が出てきた。ぼさぼさの髪の毛は、いつだったか日本の繁華街で見た野良犬にも似ていた。呻き蠢く様を優しく起こしてやるような間柄でもなく、ベッドの向こう側にある遮光100パーセントのカーテンと窓を開け放つ。直に部屋へと差す太陽光に、同居人はいよいよ起き出す他なくなったようで、もぞもぞとシーツを掴んで呻いてはいるが、眠そうな目元を擦りながら瞳を開けた。マオリと白人、両方の血を受け継ぐ彼の目は、異国の香りを運んでくる。この瞳が好きだった。意志を持ち、意見することを臆さず、誇り高い目だ。おはよう、と掠れた声で呟いた同居人は、カーテンを開けたことを恨めしく思っていそうな顔で小さく微笑んだ。
「随分早いね?」
「習慣とは怖いものだ。勝手に起きるようになった」
「今日は休みだよ、日本人は時間に厳し過ぎるきらいがあるね」
「惰眠を貪り時間を無駄にするよりかはマシだ」
そう遠回しに小言を言ってやると、同居人は肩を竦めた。起きたからには活動しないと、と身体を起こし、生まれたままの姿の肉体が朝日に晒される。長い腕が伸びてきて、窓辺に立ったままのこちらの片腕を掴む。
「寒いから、少しあたためて欲しいんだ」
仲睦まじげに肌を寄せ合い、慰めの言葉を吐く間柄でないのは知っていた。だが、申し出を断る程の距離感でもなかった。休日の今日、セイリングに行く、と昨晩はしゃいでいた同居人の笑顔を覚えているが、そこまで時間もかからないだろう。セックスはしないぞ、と一言付け加えてから、ルームシューズを脱いで広いベッドへと上がった。ぬくもりが残る柔らかい布の感触と、張った筋肉の厚みに包み込まれた。
目を閉じれば、クロウタドリの囀りが聞こえる。冬の日のオークランドは、どこまでも長閑で、静穏さに満ちていた。

Found the shop/キェル+アナベル

街外れの、と言ったら語弊があるのだろうが、閑静な住宅街にぽつんとあったその商店に立ち寄ったのは、偶然の産物に過ぎなかった。丁度外回りの休憩に寄った公園で一服したいと思っただけで、その商店の存在も、愛用している煙草がちゃんとあったのならば寄らなかった筈だった。ジャケットの小銭と一緒に収まっている、と予測していた煙草の中身は空っぽで、近くにめぼしいコンビニもなく、溜息をつきたくなった矢先に視線に入っただけなのだが、丁度良いと思って"OPEN"と書かれた看板がついた小さな扉を開けたのだ。もしも煙草が無ければバイクのエンジンをまたつけて、どこかしらで煙草を探しに行かなければならない。それはそれで面倒だと思う故に、ここに煙草があって欲しいと願ったものだった。
内装は黄色を基調とした暖色で統一されたもので、店の外観を裏切らない作りをしていた。奥行がある、そこまで大きくはない店舗面積ながら、そこら中に商品が立ち並んでいた。視界の隅から、あ、と女性の声がした。視線を向けると、まだ若々しい女性の店主がいた。
「いらっしゃいませ」
小さくお辞儀をされ、こちらも軽く会釈をすると、店内を見渡す。どこに何があるか正直分からない。レジカウンターに積み上げられたトマト缶が「大セール!特価!」と主張をし、店主がいるカウンターの向こう側に並んだ煙草の列を見つけた。何番、と言えばすぐに理解してもらえるチェーン系列のコンビニとは違い、ずらりと並んだ煙草の箱は消費者には分かりにくいかもしれなかった。
ポケットを漁り、小銭を取り出す。掌の上で数える。足りそうだった。
「アメリカンスピリット、12ミリ」
「あ、はい!」
店主はすぐに煙草の棚を指で確認し始めた。アメリカンスピリットの12ミリは、棚の右端に置かれていた。店主は左側から探していた。丁度ぴったりの小銭をカウンターに置く。
「右端のブルーの…」
「あ、これですね」
「そうだ」
ターコイズブルーのハードパッケージを一つ、カウンターに置かれる。丁度だ、と数えた硬貨を渡すと、店主はレジを打つ。がしゃ、とレシートが出るが、必要無い、と断るとカウンター上の煙草をポケットに捩じ込んだ。
「またお待ちしてます!」
「ああ」
にこりと微笑んだ店主は、まだ年若いように見えた。悪気のない笑顔に対して、嫌悪感を抱く者は少ないだろう。どうも、と言って踵を返した。ちょうどその時、あの、と店主から再び声をかけられた。視線だけを寄越すと、店主はあたふたと出てきたライターを差し出していた。
「サービスですけど、どうぞ」
「…良いのか?」
「大丈夫です!」
使い捨てのライターを見つめ、消耗品であると認識しているそのものの価値としては、無料で貰えるのは良いことだ。煙草一個しか買っていないが、有難いサービスを無闇矢鱈に断る理由は無かった。店主の掌に乗せられたライターを手に取る。
「ありがとう。また来る」
そう言って、今度こそ踵を返した先の扉に手を掛けた。ありがとうございました、と店主の声を背中に受けながら、外に出ると早速真新しい煙草を開け、貰ったライターで火をつけた。
人通りも少ない商店の名前は結局覚えることが出来なかったが、まあ別に構わないだろう、もしかするとまた来る機会があるかもしれない。慣れた煙草の味に舌鼓を打ち、晴れた空の下白煙を吐き出した。
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