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セーフハウスにて・前編(桐仁×スルーギ)

人間の脳の殆どは、日常的に使用されない部分が多いと聞く。音を聞く、物を見る、匂いを嗅ぐ、食物を口に入れる、そう言った恒常的な仕草は脳が理解して指示を出す前に反射として反応する仕組みが既に出来てしまっている。では逆に、慣れない仕草はどのように反応しているのだろうか。この身が握把を握り引き金を引くのが息をするのと同義としている一方、日常のルーティンとして組み込まれていない一般人は、容易に引き金を引けるのであろうか。答えは恐らく、否である。
誘ったのは何故だったのかと、隣に部下を乗せたままハンドルを切り反芻した。居酒屋での席で正直に言葉を吐き出したスルーギは、はっきりと俺に抱かれたいと言った。今まで彼の視線の意味を知ってはいたが口には出さなかった。何故抱かれたいと思ったのか。普段から一端の部下としか扱って来なかったのに、何が発端となりこのような事態となったのか。単に好みだったから、と言われてしまえば返す言葉はなくした。言葉をなくし、こちらへのデメリットがない以上スルーギを抱かない理由はなかった。それが「今夜は空けておけ」という、普段ならあまり口にしない言葉を言った経緯だった。部下の望みを叶えてやるという、理想の上司像とは程遠い、選択の幅を狭めた結果論でしかなかったのだ。
24Hのリカーショップでしこたま酒を買い占めたあと、自前のセーフハウスへの車を走らせた。車内は無言が多かった。元来口数は多い方ではないスルーギと俺では仕方のない話なのかもしれなかった。スルーギに荷物を持ってもらい、車のロックをかけると、エヴァンジェイルコーポレーションが持つセーフハウスを開けて中に入った。使う頻度はそう多くはないが、利用目的は大抵同じだった。いつだったかレオネッサに「やり部屋だ」と揶揄されるぐらい、ここはセックスをするしか用がなかった。
スルーギは手際良く酒類とつまみを簡易冷蔵庫にぶち込んでいく。ウィスキーはそのままでいい、と言って購入したロックアイスをウィスキーグラスへと放り込み、純度の高い琥珀色の液体を注ぐ。
「お前は何を飲むんだ」
「缶ビールで」
500mlの缶を掴んだスルーギは、「今日は強いのやめときます」と肩を竦めた。自分の程度を知っているのは賢い選択だ。酒に関しては滅法強いこちらに合わせて飲むのは愚者のやることだった。乾杯、と何かを祝うこともなく静かにアルコールを嚥下する。冷たい液体だがきついアルコールが身体の中を熱くさせる。胃に収まれば水も酒も同じだった。スルーギは立ったまま、俺は座り心地の良い革張りのソファに身を埋めていた。座れ、と顎で指示を出す。スルーギは缶ビールを片手に、少し距離を離して俺の右隣へと腰掛けた。沈黙は多かった。相手の様子を鑑みるに、緊張しているようだった。まあそれもそうか。これからセックスに及ぼうというのに、先程たんまりと飲みまくった挙句また晩酌を始め、まず二人きりになるような相手ではない人間と共にいるのだ。居心地はそう良くないのかもしれない。だが、それをフォローしてやれるような言葉を俺は持ち合わせていなかった。
空になったロックグラスを手持ち無沙汰にしているように、軽く揺らした。
「先にシャワー浴びるか」
「…桐仁さん先に入ってもらっていいですよ」
「湯冷め防止に、老いてる方を後にしてくれ」
俺の冗談にスルーギは小さく笑ったようだ。喉を潤しつつ、そんな年齢でもないでしょう、と付け加えてきた。プライマリースクール生のでかいガキがいる時点で親父扱いだと言うのに、スルーギは意外と心配りが出来る部下だった。ついでに言うと、厳つい容貌ながらガキ相手も不得手ではない。アザワクと共に、桐哉にストリートバスケの手ほどきをしていたのを覚えている。事故により片足が義足となった息子のハンディキャップを考えながら、リハビリがてらに運動の相手をしていたのだ。子供の相手が出来るのであれば、ユニットとして動く特殊作戦群で班を任せられる。ここぞと言うときの判断力は、おいおい成長していくだろう。伸び代を考えればなかなか興味深い男だった。
俺は胸ポケットから煙草を取り出した。ジッポで葉先を灯し、白煙を吐き出す。甘ったるい慣れ親しんだチェリーの香りが広がる。煙草を目の前のローテーブルに置くと、倣うようにしてスルーギも煙草を吸い始めた。
「…葉巻っすよね」
それ、と視線がローテーブルに置かれた赤いパッケージに移る。
「そうだ。だが葉巻感覚で吸うより肺まで煙を入れた方が格段にうまい」
通常葉巻は口腔内に煙を溜めて味わうものだ、気管を通じて肺まで入れられるよう設計されていない。だが、ここまでフレーバーが強ければ葉巻特有の苦味をそう感じなかったため、俺は煙草のように深く吸っていた。身体に良くないのは理解していたが、それはどんな煙草でも一緒だった。スルーギは俺の言葉に驚いたような表情をしていたが、ふと思い立ち、吸い途中だった一本を彼の方へ差し出した。
「騙されたと思って吸ってみるか」
俺の吸いかけで良かったら。ふわふわと浮かぶ紫煙が烟る中、スルーギは一旦固まり、逡巡し、小さく頷くと差し出した煙草を受け取った。柔く食み、すぅっと息を吸い込んだ瞬間、吐き出す前に噎せた。
「、…重てぇ、」
「普段何ミリ吸ってるんだ」
「五ミリです」
「それではまるで話にならんな」
げほげほとスルーギが咳き込むのを笑いつつ、返された煙草を咥え、ウィスキーを空のグラスに注ぐ。時刻は日付をとうに超え、深夜二時に差し掛かろうとしていた。頃合いだろう、風呂に行け、と笑うと、スルーギは胸を押さえながら席を立った。
「脱衣所と風呂の中のものは好きに使え。場所が分からなかったら言えよ」
去る背中にそう付け加えた。スルーギから小さく返事が返ってきたのに対して片手をひらりと挙げて、グラスを傾かせた。酔えたらより面白かっただろうに。いくら飲んでも正体を無くさないこの身を少しだけ疎ましく思いながら、高濃度のウィスキーを一気に飲み干した。

シャワールームにて(後編)/桐仁とマスティフ

シャワールームにはいくつも個別になったブースが並んでいる。下半身だけ隠せるような小さな戸がついていてプライバシーもへったくれもないが、備え付けのアメニティがあるだけ幸せなことである。全裸になり身一つで狭い通路を歩み、自分の部隊の隊員らがシャワーを浴びているのを横目に、空いているブースへ入る。左隣はヨダカ、右隣はマスティフだった。終始無言を貫いている。俺はその隙間のブースにてシャワーコックを捻り、熱い湯を浴びた。泥やら固まった血やらが白いタイルに流れ、排水溝に消えていく。しんなりと落ちてきた髪の毛をかきあげ、シャンプーを手に取る。そのまま髪になすりつけて泡立てていると、右から視線を感じた。視線をやると、マスティフと目が合った。何だ、と視線を再度眼前の鏡に向けて聞くと、マスティフは無言でそっぽを向いたらしく、がしがしと身体を擦る音と水音だけが響いた。
「さっきのいざこざは不問にしてやるよ」
随分と上から目線なことだ。マスティフの言葉を聞いて微かに笑うと好きにしろ、とだけ呟いて頭の泡を湯で流す。久々の風呂だった。最前線で持久戦に持ち込まれ、長期任務となった。無事目標を狙撃することが出来、隊員も無傷で帰還。もう少し早く終わらせられていたら、より給与は上がったかもしれないが、何にせよ五体満足で帰れたことで充分だった。身体があったら次の任務へと入れるのだ。足が無くても仕事をしている奴はいるが、死んでしまえばもう何も出来ないのだ。煙草を吸うことも、酒を飲むことも、セックスをすることも、対物狙撃銃を握ることも出来ないのだ。あの握把の重みや引き金を引いたときの衝撃は、一度経験すれば忘れることなど無理だった。その経験を、忘れることなど出来ないのを承知で、何度となく身体に刻みたい故に、もしかすると俺は戦場に赴くのかもしれない。疲れた頭がぼんやりとしながらそんなことを思っていると、ふと再び右隣から「そういやさぁ」と誰に話しかけるまでもないような取り留めのない言葉が聞こえてきた。
「一人足りねぇと思ったらあいつ女か」
何のことだ、と返事を返す前に眉間に皺が寄る。マスティフは怪訝そうな顔をしていた。脳裏に今このシャワールームにいない隊員が過ぎる。山花千寿のことか、そう言葉少なく返すと、マスティフは名前は知らねえけどよ、と相槌を打った。
「うちのより小せぇのによく取ったなお前」
マスティフが指すうちの、とは、デザート隊の猛者であるレオネッサのことだろう。特殊作戦群の中でも選りすぐりのエリート隊員であり、そして初の奇襲隊での女性隊員だ。メスゴリラと呼ばれているため彼女が女性であるということを理解していたとしても、やや戸惑うほどの優秀な兵士だった。確かに、彼女と比較すると千寿は小さい。ついでに言うと公職の人間をヘッドハンティングして採用した、というあまり前例のない人物で、おまけに言うと年齢も相当若い。特殊作戦群に入れるには経験不足なのではないかという意見も多かったが、前職での経歴、実務経験、そして優秀な「観測手」としての目を持った人材ということで、特例措置で入れたのだ。無論ケージ隊が深刻な人手不足に陥っていたのも関係していたが。
俺は首回りと胸板を洗いつつ、俺は使えるものは何でも良いからな、と欠伸を堪えながら答えた。
「どこも人手不足だ、人殺しの経験が少なくても銃の取り扱いが出来て賢く聡く従順な者だったら犯罪者でも入れてやるさ」
「そんで自分好みの駒に育てるんだろ?」
「それが上の仕事だ。お前だってそう違わないだろう」
「まさか、そんな独裁するかよ」
うちは好き勝手やってるからな、と下卑た笑い声でマスティフは言葉を放つ。俺にとって、部下は部下であり皆が優秀な駒だ。チェスの盤面で担われる役割と一緒で、一人一人に割り当てられた仕事はそれぞれ独立してはいるが、最終目標は同じだ。それらを取りまとめ、上手いこと回して任務をこなす役目は俺が担っている。一人で戦うときに比べると勿論効率的ではないこともあるが、それ以上に背負うリスクが極端に少なくなるのだ。俺一人に集まるヘイトが、分散すると考えれば分かりやすいか。それを体現しているのが部隊という一つの塊なのである。
好き勝手やらせているというマスティフの部隊は、個々の力があまりにも強い。独立させた方が動きやすい兵士もいるだろう。それ故に不平不満が溜まり、いつか不穏分子に成り得る駒さえ考え得る。…だが、今までそんな話が一つも浮かばなかったのは、この男がーーマスティフが、思っている以上にヘッドとして優秀な役目をこなしているということの裏付けにもなる。羨ましい、という羨望の感情はないが、ただ単純に感心はする。ここまで薄っぺらい笑みを浮かべる薄情な男ながら、部下を上手く「扱う」ことには長けているのだと。
俺は全身を洗い終えると、再び垂れ下がってきた前髪を後頭部に撫でつけながらブースをあとにしようとした。マスティフはおい、と声をかけてきた。
「競争しようぜ」
戸から出てきたマスティフは意地の悪い笑みを浮かべている。俺は奴の言葉を反芻しつつ、何をだ、と返事をした。
「俺の部隊とお前の部隊、どっちが長く生き残るかよ」
「答えはもう出ているだろう」
「さあ?戦場に出ている以上あり得ない話じゃねえと思うけどなぁ」
お前の部隊は「いい子」があんまりにも多いから、見てて面白いんだよ。そう言ったマスティフはにまりと口角をあげ、俺の胸板を右拳で叩いた。そのままひらりと手を振り、タオルを引っ提げて脱衣所へと向かって行った。誰も競争など求めていない。それにする必要性も感じない。だが、駒同士がぶつかること自体を、どこか求めている自分がいるような、そんな感覚があった。闘争。その一言に尽きる。同じ部署に勤めているのにも関わらず、どこかで別の欲求を満たそうとしている暗い感覚が。人間の本能として正しいそれは、微かに俺のどこかで芽生えている。いや、初めから、萌芽していたのかもしれなかった。
気付けば隊員たちは皆先に出ていた。俺も倣って足早にシャワールームを去る。白いタイルは所々汚い泥や血が見え、まるで清い心に墨を散らしたようだった。

うっかり事後(桐仁×アザワク)

生温い朝の気怠さは嫌いではなかった。昨夜の疲れを残したままの身体の重さや、自分とは違う呼吸音を聞きながら頭を覚醒させるのは、人間らしい生活を送っていると錯覚させるからだ。戦場でならばこうはいかない、いくら疲れ果てていようが起きれば腕の中には女ではなく愛銃があり、敵兵の気配を察すればすぐさま飛び起き照準を合わせねばならない。今改めて思えばクソな境遇だった。内勤続きの今、束の間の安息を貪るのは特権と言うより労働者にとっての当然の権利でしかなかったのだ。
柔らかいリネンに包まれ、清潔感溢れるシーツに身体を横たえ、カーテンから差し込む陽の光に身じろいだ。あたたかい。自然光もそうだが、剥き出しの皮膚に体温を感じた。そう言えば、昨晩は誰とベッドを共にしたのだったか。いつもの口煩いヨダカか、相性の良いレオネッサか、どこぞの娼館にでも立ち寄ったのだったか。薄目を開けた。飛び込んできた見事なブロンドは、どこか目新しいものだ。だが初めて見るものではないのを理解していた。自分の肌よりも色濃い小麦色のそれと、ブロンド。合致するように記憶が蘇る。少しだけ身体を離すようにして身を起こすと、男と視線がかち合った。先に起きていたらしいアザワクは、何を言ったら良いのか分からない、と言いたそうな目線を右へ左へと忙しそうに移す。早いな、と掠れた声で言葉を放ち、欠伸をする。
「…起きていたのなら起こせ」
苦笑いをするしかない。垣間見た腕時計の時刻では、内勤の時間にはギリギリ遅刻になりそうだった。アザワクはやや吃り「すんません、寝てたんで」と俺の方を見やった。成程、無理矢理叩き起してくるヨダカとは違うなと一人思いつつ、シーツの中から這い出した。無論全裸だ。何をしたのかは馬鹿でも分かるだろう。ベッドの端に腰掛けて、アザワクへは背中を向ける。
「腰が立たないのなら遅刻で構わん。半休を使っていいからな」
今日は幸いにも、部隊員全員が内勤だ。この体力馬鹿なら意地でも来るだろう。背後で「う、うっす」と普段通りの中途半端な返事が返ってくる。酒に溺れたわけではないが、空の酒瓶やとっちらかった服の残骸を眺めながら、昨夜の記憶を思い返す。随分見かけに寄らないセックスをするものだと思った。まるで処女を相手にしているような、そんな情事を経験したのは久々だった。喉の奥で笑いが溢れそうだったが、これ以上アザワクを虐めても時間は戻って来ない。
「また今度、機会があったらな」
何のことかなど言わんでも理解するだろう。後ろから返事は聞こえず、微かな衣擦れが聞こえるだけだった。

(桐仁×アザワク/スケベ後の朝)

酒を選ぶ(桐仁)

人間には選択という手段が元来兼ね備えられている。取捨選択と言われるように、必要と不必要を頭で判断して選び取ることが出来るのだ。人間以外の動物とは比べ物にならないぐらい、高度で緻密な判断と選択基準を持ち得る我々の脳は、それでも迷うという選択を取る場合もある。何故迷うのか。それは何かを必要とする際、比べる物体の優劣を決めるのが難しいからだ。そして比べる物の種類が多ければ多いほど、我々が「迷う」機会は増え、選択はより一層複雑化していくのである。
眼前に並んだ酒瓶は優に五十種類はくだらないと仮定していた。自販機に並ぶ酒類など可愛いものだ、専門店に赴けば地方独特の酒から名産品まで数多く並ぶ。それは要するに消費されるのを期待して、ということを意味している。酒については桐仁が一番詳しいだろうから、というヨダカの提案だったが、宅飲みをするにあたり部隊全員分の酒を選ぶとなるとこれほど面倒臭いことはそうそうない。第一、部隊長をパシリに行かせるあたりおかしい話だ。荷物持ちで筋肉馬鹿二人はついてきているが、相談に乗ってもらったところで酒の味など分かるとは思えない。恐らくアザワクはチューハイしか飲まんだろうし、スルーギはビールばかりだ。お遊戯会ではないのだ。こちらとしては経費で落ちるのであれば上手い酒を飲みたいのだ、こういうときに意外と味の分かるマスティフがいたら楽なのだろうが。
そんなことを思いながら、カートにひとつひとつ酒瓶を入れていく。年代物のウィスキー、バーボン、ラム、ジン、ウォッカなどなど。とりあえずこれだけ選んでおけば、何か言われても「選択肢が広すぎた」と言い訳が出来る。口うるさいヨダカも黙るだろう。カラカラと瓶が擦れて甲高い音が鳴る。大量の出来立てピザとオードブルを抱えた筋肉馬鹿二人に合流し、とっとと酒が飲みたかった。

ロリータ服(桐仁と夜鷹)

まるで見分けがつかないようなものを見て何が面白いのだろうかと考えたことがあった。西洋史美術という正直興味もへったくれもないものを見に行った際だ。インテリやマニア、それから知識として扱うことで優越感に浸りたいだけの一般人に紛れてクソ溜めのように混雑している館内を巡った時、それこそ早く帰りたいが為に早足で歩いたのは記憶に新しい。あれも見たいこれも見たいというミーハーの同僚は歴史や意味は分かっているのか、絵画や石像を見て「へえ綺麗〜!」としか言っていなかったし、戦場で何度も後ろを任せた相棒(という名称が一番当てはまるだろう)はそのミーハーな彼女に釣られて連れ回され、もう帰りたいという感情を殺しながら群衆の中を歩いていた。周りは石像、絵画、石像、絵画、どれも名作というが何が名作足る理由なのか、正直分からなかった。興味がないということは、それだけで何かしらのものの意味を殺すというのに直結していた。あまりにも残酷なことだが、一般人が銃器を見た際に使っている弾丸の種類が分からないのと同じ原理であろう。欠伸をかみ殺しながら、人々の視線の先にいる裸婦像を眺めた。結局この裸婦像は、隣の石像とは同じ石灰を使っている、という肖似性しか、桐仁には理解出来なかった。
そんな記憶をふと思い起こしながら、通り過ぎていった少女たちの後ろ姿を見送っていた。同じ髪型、髪色、背丈、小物、服装、と挙げればきりがないのだが、同時間軸に同一存在が二人いるということは不可能であるため、彼女らは全くの別人である。だがその姿はあまりにも酷似していて見分けることは判断として下せない。肩に乗っけた幼い子供に髪を引っ張られながら、桐仁は前へと頭を振る。隣にいるヨダカが怪訝そうな顔をしていた。
「…あんまり不躾に見るなよ」
そう珍しいものじゃないとヨダカは言った。別に珍しいから彼女らを凝視してしまったわけではないのだが。そう言ったところでヨダカの視線は変わらないだろう。ゴシックな、大昔の貴族を思わせるようなファッションだ。機能性ではなく服飾の意味を重視した服装である。しかもそれをまるで姉妹のように着ているのだ、もしも彼女らが実の姉妹でなくても見た人間には「そう思わせる」仕組みがある。そういう意味では、軍人の制服である軍服と同じカテゴリーだ。同じ組織、同じ枠組みの中で同一化するために着用するもの。違う存在が同じ存在にしか思えなくなるような、よく出来た「迷彩」である。普段から着慣れた己の野戦服を思い出しつつ、桐仁は微かに笑った。
「お前、黙ったまま何考えてるんだ?」
「あのロリータファッションの二人組は、我々と同類だぞヨダカ」
その言葉を言って、昼寝を始めそうな息子を抱え直す。ヨダカが眉間に皺を寄せて背後へ振り向くのを笑った。まるで言葉が足りない説明に対して、後々小言を言われそうだった。

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