『おはよう、』

寝癖がついたままの頭でそう言ってきた。
午前七時。
毎日支店からかかってくる部下たちからの電話対応に追われて、座ってるだけなのに疲労困憊だったのもたたったらしい。
起きれなかったようだ。

改めてチャンミンの部屋を見渡した。
ダンボールがいくつもあった。
散らかってはないけど、片付いてもいない部屋だった。

ベッドが一番散らかっていた。
乱れて、汚れて、散らかっている。

チャンミンはペットボトルの水を渡してきた。
常温だった。
冷たすぎず、温かいわけでもない、一番飲みやすい温度。

ベッドに少しだけ弾むようにして座ってきた。
キャップを開けて水を流し込む。
体が求めるままに喉を通した。
その間にチャンミンは寄りかかって寝癖頭を預けてきた。

『遅刻しちゃうね、』

声が少し枯れていた。
俺のせいだろう。
昨夜のせい。
再会の夜に盛り上がりすぎて、野生に帰りそうだった。

『いい、すこし遅れるって連絡しておくから、』
『うん、』

やっぱり声は掠れていた。
それがまた色っぽくて、ちょっと押したら簡単にベッドに倒れやがった。
上に乗ってやったら、腕を回してきた。
俺の首に。
真下から見上げてくる。
それから何かを確かめるように、俺の頬に触れてきた。

『だめだよ、僕は大人の事情で有給使いまくるんだから、』

笑ってるのに、皮肉を言っているのに、泣きそうな顔をしてるのはなんでだろう。

『少し遅れるどころじゃ、なくなるよ、』

だったらまだ少し遅れるって、連絡するだけだ。

『今度は僕が、離せなくなっちゃうよ、』

それならそれで構わない。
こいつを連れて事務所に行くだけだ。

しかし、こんなヤツだったっけな。

どちらかと言うと、俺の方がベタベタしたがってたんじゃないかな。

結果、こいつが可愛ければなんでもいいけど。

『ねえ、お腹空かない?』

そういえば昨日の昼から何も食べていない。
それはこいつも同じだろう。

でも、とりあえずこいつを食べたい。

『めっちゃ空いてる、けど、』

見下ろす唇を食べる。
絶対にされるって、解ってた唇だ。
キスされる、食われる、朝からやられるって、解ってる唇。

『こっちが、先、』

食ってやると、わかってるって顔で笑ったのを俺は見逃さなかった。
しっかりと上に乗って、着ているシャツのなかに手を入れる。
指先につんと当たる胸。
感度がいいんだろうなと思う。
比較とかしようがないからわからないが。

『は、んぅ、』

キスをしながら胸を潰してやると、肩が大きく跳ね上がる。
膝が震える。
そして喉も。

『ふんぅっ、』

指先に力を入れて、胸を引っ掻いてやった。
顎が揺れて唇が外れる。

『ね、ゆん、んんふ、』

制止する手をまたベッドに縛り付けて、首筋から鎖骨まで吸ってやった。
上昇した体温。
耳元で喘ぐ声。
そこに朝の生理現象が加わる。

そうなると、もう、止まらないわけで。

昨夜脱がしてやった下着。
朝になったらいつの間にか履いていて、ちょっと悔しくて脱がしてやった。
抵抗もしないで、脱がすのを手伝うみたいに腰を動かしたぐらいだ。

女相手にこんな動きしないだろ。
じゃあ、いつの間にそんなこと覚えたんだよって、言いたくなった。

けれど、チャンミンは男相手っていうのは、俺しか知らない。
それなら、俺で学んだことなんだろう。

本能で、俺に従うべきことを体が察知した。

愉快だ。

会えなかった時間ていうのは、こんなにも男を従順にさせるものなのだろうか。

愉快だ。
実に、愉快だ。

『はは、お前、立ってんじゃん、』
『んむ、やめ、』

俺だって立ってるけど。
いいんだ、こういう時は棚上げで。
いいんだよ。
どうせ従順だから。

『もう止めるつもりなんてねえだろ、』
『っ、だって、』

愉快だ。
こいつが「だって」だとか「でも」だと使うと、あの頃の俺と真逆だなって感じるから。

やっぱり俺がこいつより勝るものは、これなんだ。

こういうところで男を見せるってのは、人間の本質を見せるようなもんだとも思っていたりする。
惚れた相手を従えるってのは軸になるだろう。
誰も知らなくていい顔だ。
お互いにネ。
ふたりきりになった時に、この関係が確立していればもっと胸張ってこいつを引っ張ってやれる。

自分がこんなに俺様な奴だったってのも、こいつを通して知ったことでもあるけどサ。

『どうされたい?』

内股になって隠す。
でかくしてるくせに。
昨日だって散々オープンにしてたくせに。
細くて長い足が内側に寄るところを改めて見ると、やっぱり変な気分になるもんだ。

『どうって、だって、もう、』

いつもなら言いたいことはガツンと言うくせに。
俺にはね。
欲求は隠すのか。
隠しきれてねえけど。

『入れられてえの?遊ばなくていいわけ?』

ぐっちゃぐちゃに遊んでやってもいいけど、涙目になって睨んでくるあたり、あまり余裕はないようだ。

愉快だネ。

『あそぶって、やだ、もう、ねえっ、』

俺の肩を掴んで、足と足を擦り付けるように下半身を堪えている。
見上げてくる顔は目の周りが赤くなって泣きそうで。
全身が濡れてるみたいにして、俺にどうにかしろって訴えてくる。

閉じた足をこじ開けて、膨らませたチャンミンのそれを掴んでやった。

『あん、』

膨らませてくるくせに、女みたいに鳴きやがって。

そして力を入れてやる。

『や、やっ、痛っ、』

嘘だ。
痛いんじゃない。
その顔はネ。
気持ちいいの一歩手前。
そういう刺激。

期待の声だろう。

『なんだヨ、お前、会わないうちにほんとエロくなったじゃん、』

『それ、はっ、ユンホくんが悪いんじゃないっ、』

大人らしからぬ発言だ。

『なんで、』

『だって、』

また、「だって」だってサ。

『そうなっちゃうんだもん、』

そうなる?
こんなふうにエロい顔になるってことか?

『ユンホくんだから、ユンホくんがいるから、勝手に、こうなっちゃうんだよ、』

そう言って、「バカ」って付け加えてきた。

へえ。
いいこと聞いたナ。

俺が相手だと、エロくなって、従順になるわけか。

へえ。
こんなに愉快なことがあるだろうか。

『入れられてえんだろ、』

『...ふんん、』

どっちとも言えない返事をするけど、濡れた睫毛を伏せて唇を引く。
頷いて見えなくもないな。

『じゃあ、口でして、』

今度は唇を半開きにして、見上げてくる。
数秒間、黙った。
それからまた唇を引いて結んで、深く頷く。

言ってみるものだ。

ベッドの上で立ち膝になる。
チャンミンも背中を起こして、前屈みになった。
片手を足の間について、片手を俺に添えてくる。
それから下から見上げるようにうっとり眺め、赤い舌を覗かせて口に含んでいった。

スローモーションに見えた。

動きひとつひとつが、エロい。
あの頃よりも、三割も四割も増してるんじゃないのかな。

尻が濡れるのは最初に抱いた時から解ってた。
男ってこと忘れるぐらいに。
それも増してるんじゃないかと思う。
会えなかった分、全身で色んなものを分泌しちまってるとしか思えない。

首を前後に動かすようにして、口の中で俺を行き来させる。
ちゃんと歯を閉まって、唇と舌でな撫でてくる。

『んむ、』

時々苦しそうに眉を寄せる。
息づきするような呼吸は、咥えられている俺に暖かい息を吹きかけた。

ちらり、ちらりと見上げてくる。
目が合う。
けれどすぐにその睫毛を伏せるようにして逸らす。
頬は赤い。
耳まで。

本当に可愛いやつだなって思う。
健気だなって。
そうさせているのは俺なんだけど。

『ね、』

声を掛けてきた。

『きもちいい?』

大きな目を潤ませて、見上げてくる。

『ウン、でも、もっと、』

十分に満足なんだけど、それだけで終わりにさせてやらないって意地悪いことをしたくなる。
それはチャンミンが悪いんだ。
チャンミンが俺にそうさせる。
エロいチャンミンが悪い。

喉の奥まで突き刺してやる。

さすがに来るしいようで、目をぎゅっと閉じて呼吸をするために舌の動きを止めたようだった。

『止めんな、』

う、と小さく呻いた声が聞こえた。
そして喉を開くようにして、また口内で行き来させる。
そして吸うことを加えてきた。
溢れる唾液を飲み込むついでだろう。
吸い込むと同時に、舌が動く。
舌で込み上げるものを煽るように動かすんだ。
血管をなぞられるのが気持ちいい。

生理的な涙だろう。
俺をしゃぶりながら、チャンミンは目尻を濡らしていた。
それでも伺う為に覗く目は恥じらって、喜んでいる。
赤くさせて、喜んでいる。

『んぷ、』

顎から多分俺から出ちゃってるものが垂れていた。
透明のね。
俺はまだ出してない。
出すならやっぱり、こいつの中だろう。

ようやく抜いてやると、チャンミンの頭がふらりと揺らいだ。

だいぶ顎を酷使させたようだ。
ベタベタに濡れた顎と唇を手で拭っている。そんな様子もまた、いちいち卑猥に見えるのだった。


『で?』

これで終わりなはずもなく。

『え?』

入れる為に何をするか。

『どうされたいって?』

お願いの声のひとつも、聞いてみたいものだ。

『それは、だからっ、』

また赤くなって、俺を睨む。
これが俺の快感になる。

『言えよ、』

『っ、』

追い詰めたくなるっていうのは、こういう事なのかって、思ってしまう。
味をしめてしまう。

観念しなヨ。

どうせお前は、一生俺から逃げられねえんだから。

『...、』

『じゃあ、俺仕事行くけど?』

『や、』

『なんだよ、』

『やだ、』

ダメだ。
これが可愛いんだ。
恥じらって、壊れてしまいそうになるこの瞬間が。
たまらなく可愛いんだ。

十も歳上の男なのに。

『入れてよ、ユンホくん、』

ほらネ。

『入れて、ユンホくん、おねがい、』

眉を寄せて、まだ濡れてる唇を下げ気味にして。

『これ、欲しいよ、終われないよ、』

俺の腿に手を添えて、さっきまでしゃぶっていた俺には頬を寄せてくる。
そういう女優みてえな顔をして。

『おねがい、おねがいだから、』

舐めながら、懇願する。
どこでそんな芸を磨いたんだか。
まあ、どこでもないことぐらい知ってるけどサ。

怖い男だネ、お前は。

思わず唇が、高く釣り上がってしまう自分に気付く。

気づいた瞬間、またチャンミンの体をベッドに落としている。

『ケツ、上げろよ、』

朝から犬になる。
昨夜も散々後ろから征服してやったんだ。
それで喜ぶから。
何度も何度も、後ろから俺に支配されて、操縦されて、よがって喜んでいやがった。

とんだ性癖を持ったって思うヨ、互いにネ。

素直に突き上げてくる薄い尻。
開いてよく見せてくる。
怖い、怖い。

『はは、』

俺、勝手に笑っちゃってたもんネ。

すでにぬるぬるしてるそこに当ててやると、喜んで俺に食いついてきた。
ぬるっと飲み込む。
昨日一晩でどれだけ拡がったんだって思ってしまうぐらいに。

それでも吸引力はハンパなくて、口で吸われるよりも何倍もヤバイ。

『あああああ、』

すぐに全部が入っていった。
俺の腿が、チャンミンの尻に重なる。

背中が震えてた。
膝が震えてた。

歓喜の震えだって、射し込んだものから伝わってきた。

シーツを握る手だって、震えてた。



後はもう、射精するために腰を振るだけだ。

『んやぁっ、』

エロい音が部屋中に響く。
なんだか水っぽい音だとか、肌がぶつかる音だとか、チャンミンが喘ぐ声だとか、ネ。

『きもちぃい、』

『ケツで感じてんのか、』

『だって、だって、あぁ、』

尻じゃなかったらどこで感じるんだって話だが。


チャンミンの長い腕を上から見下ろす。

快楽から逃れる為なのか、

快楽を更に得ようとする為なのか。

シーツを握りしめ、しなやかに筋肉を動かすのだった。


『はっ、あっ、っ、ん、』

打ち付ける度に短い声を出した。
顔は見えない。
けれどやはり、耳は赤いままだった。

『やらぁあ、らめええ、』

だらしの無い声が続く。

『いっちゃ、いっちゃう、』

締りがきつくなる。

『やらぁあ、いくぅうう、』

まあ、ネ、俺だってヤバイんだ。
最初から気を抜くとすぐにイッちまえた。
けど、それじゃ男じゃねえだろ。
こいつを楽しませてやれねえなんて、男じゃねえ。

そんなんじゃ、俺が俺を許せねえ。

こんだけ頑張れば、いいかな。
俺ももう、イッていいかな。

なあ、

『センセー、』

マジ、サイコーだ。

『愛してる。』



朝から中に出してやったんだ。

これでもかってぐらい、叩きつけてやったんだ。

まあネ、こいつも、喜んでたし。

それがすべてだろ。
相手が喜ばねえなら、しない。
それが俺のセックスの定義だ。
相手に求める定義でもある。
イヤならするな。

だから、

欲しいなら、強請れ。

自分の口で、強請ってみろ。

それが、俺を相手にする定義。


そして結果的に幸せに喘げればそれでよし。

それが、俺のセックスの意義になる。



完全なる遅刻。

シャワーを浴びて、着替えてからだって、何をするにもどうしてもこいつに触れることで時間を食う。

『ごめんね、何にもなくて、』

チャンミンの部屋には、本当に食うものが何も無かった。

『今度からちゃんと生活するから、』

今度から、ネ。
つまり、それって俺と恋人としての朝がある生活をするってことだろう。

『今日だけ、今日だけ外で、』

別にいつだって外でもいい。
チャンミンとなにかを一緒にするってことが、まだ新鮮だから。

遅いモーニングをカフェでして。
タバコ吸ったらちょっと驚かれて。
本当はした後にも吸いたかったんだけど、なんとなくまだ、吸っちゃ悪い気もして。

それって、大人になってからの恋人としての生活に慣れてないってことだ。
そういうものをひとつひとつ、お互いの当たり前にしていけばいいなって思ったりもした。

吸うなって言われたら、こいつの部屋では吸わないことにする。
それを当たり前のことにするさ。
吸ってもいいなら、気持ちよく済ませたあとに一本吸って余韻を楽しませてもらいたい。
そういう当たり前にする。

飯を食うとか、寝るとか、そういう恋人として一緒にいるときの当たり前のことがまだ不慣れすぎる。

それが今後の楽しみでもあるけど。


厚切りトーストとコーヒーを前にして、
チャンミンは両手で頬杖をついて、
俺を楽しそうに眺めてくる。


存外ぶりっこなところがあるようだ。
恋人に対してアピールが強くなるタイプ。

いいけどネ。

俺だって独占欲と支配欲が超強いことが解ったくらいだし。

そんなもんなのかな。

恋人を前にするって。

恋人を前にして、変わることって。


そしてそれが当たり前になって、
こいつを目の前にした時の自分の変化がわからなくなってくるんだ。

チャンミン仕様の俺になる。

俺仕様のチャンミンになる。

イイじゃん。

マジで付き合ってるっぽくて。

マジで付き合ってるんだけどサ。




『なあ、』


二本目のタバコに手を伸ばす。

チャンミンは止めようとはしなかった。


『なあに、 』


上機嫌な声だった。


『俺、実家出ようかな、』


一口目の煙を深く吸い込む。


『会社の近くに住もうかなって、』


それぐらいだったら、じいちゃんだって何も言わねえだろう。
俺だって、成人したんだ。
したばっかだけど。

まあ、そうなるとチャンミンは三十路なわけで。


『そしたらお前と、』


ふうと、煙を別なほうに吐き出す。


『毎朝一緒ってのも、いいかなって、』


顔を戻すと、頬杖をついていたぶりっこの目がもっと大きくなっていた。


『ちゃんと生活するんだろ、』


その生活を、一緒にしてもいいんじゃねえのかなって、思うわけ。


『してみせろよ、俺に、』


昼的な意味も、夜的な意味も、含めて。


『返事は?』


もう一口、煙を吸い込む。




今度は天井に向けて吐き出す。




ふう。





そしてまた、顔を戻す。





『はい。』





恥じらい赤くなる従順な彼氏が、目の前にいた。
























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