「……」
待てと言われたから止まる。殺意も無いので振り向くこともせずに止まって待った。
「…」潮の香りに混ざって死神の匂いが届いた。
嫌いでは無い
そう感じて
やだった。
背中を向けたままの彼女に、ボクは花びらを見る。
「怒ってるの?その、仲間を…送ったこと」
退治したと言っては角が立つと思った。
「仲間なんかじゃない」
花びらの彼女はそう呟くと
漸く振り向いてくれた。
背が高いと言うのだろう。
顔を見るのに見上げる形になった。
「あたしの仲間はお前の仲間が殺したし、あたしの主君はお前らのせいであたしを置いていったからね
今のはただの知らない奴
だからあたしその行為について怒ることも許すことも無い」
死神は間を置いてすまなそうな表情をみせた。
「ごめんよ」
ずいぶん前の、おそらくこいつがやったこでは無いことを謝られた
「別にあたしは謝罪が欲しいつもりは無いけど」
あたしにとってあの日は昔では無いし死神にもあの日の傷はまだ残っているだろう。
彼女とただの虚との力の差はわかっていた。
そして、恐らく仲間だったとしても悲しむことはないだろうとも。
でもボク達が惣右介クンに天の座を明け渡さなかったことで、このコは居場所を失ってしまったのかもしれない。
だからボクは謝ったんだ。
居場所がないっていうことが、どれくらい寂しいことが、ボクは知っていたから。
「…で?」
「うん?」
「あたしが歩くの止めたのに用が無いの?
それともこんにちはとか、さようならとか、おやすみとか言えばいいの?」
たたずむ姿は花の形そのもので。
ああ、きっとこのコは悲しみから虚に堕ちたんじゃないかな。
そう思ったんだ。
整と虚は紙一重なもので、それは生と死に酷く似てるよね。
似てると言うよりも、同じ理なんだよね。
「…こんにちは、ボクは京楽。京楽春水。よろしくね」
「………何、それ?」
彼女は顎を引いて益々口許を隠し、怪訝な顔をした。
「何って、挨拶だよ?それと自己紹介」
ボクは七緒ちゃんに見せるのと変わらない表情で、彼女を見ているつもりだ。
「…」名前を名乗ったのはわかった。よろしくと言ったのだからおそらく名だ
が
「…」顎に手を当てて海だか空だかみて思案して
「…楽太郎?」
『待った違う全然違うような惜しいようなとりあえず違う』
「…よろしくしなきゃだめ?」
『スッゴい真剣な顔してそこを聞き直すの』
…「漢字だよね」
『うん』
「……ファーストネームは」
『春水だよ、【春】の【水】って書くんだ』
…「あっそぅ」
『今聞いたのに「別にどうでも良い」って顔しないでよー!!!』
おどける様に泣く真似をしている
「…ハリベルだ」
とりあえず名乗って、今しがた名乗られた【音】で呼びやすそうなのを選ぶ
「ハル…か」
海をもう一度横目に眺めて呟いた
『春』は漢字の説明をしただけのつもりだったが、彼女…ハリベルにはその音しか受け入れられなかったらしい。
…まぁ…………
ボクの名前なんかどうでもいい。
君が
微笑んでくれたら。
まだ、遠くを眺めているけれど
微笑んでくれたら、いいな。
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