スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

【定期連載】最果ての塔【日曜更新】

 

 

第四話

 

 

これまで歩いてきた道のりはなんだったのだろうか、というくらいにあっという間にドラゴンは荒野を飛び越え、深い森の上を通過した。そこから先は田園風景が広がっており、さらに進むと民家も増えてくる。そして、聳え立つ山に抱かれる美しき都が見えてきた。

「…国王はちゃんと準備をしたみたいだな。」

猫だった少年が呟いた。見たところ王城に向かっているようだが、準備とは何のことだろうか。

そう思ってよく見ると、城のバルコニーに人影がずらっと並んでいることがわかった。その中にはどうやら国王もいるらしい。

「どこに下ろしましょうか。」

ドラゴンがまるで辻馬車の御者のように聞いてくる。

「あの、左端の塔に頼む。」

魔女がそう告げるとドラゴンは翼をはためかせ、いきおいを殺し、尖塔の屋根に着地した。

「ありがとう。我らは急いでいかねばならぬが、これは報酬だ。」

そう言って、魔女は袋を取り出し、ドラゴンの前足にかける。

「毎度ご利用いただき、ありがとうございます。」

ドラゴンは恭しく頭をたれ、優雅に去っていった。あの袋には何が入っているのだろう…。

「では、行こうか。」

そういうと魔女は屋根のふちからぶら下がり、窓から塔の中へと侵入した。それに少年も続く。

バルコニーにいる人々からは丸見えだが、全く気にしていないようだ。

「なにしてんの?早くきなよ。」

中から少年の声がしたので、意を決して入っていった。

塔の最上階は屋根裏部屋のようになっていて、床には何やら魔方陣らしき円形の図形が描かれていた。魔女はそれをしばらく眺めていたが、おもむろに置いてあったチョークを手に取ると、何かを書き足していった。

「よし、できた。…ルージュ、こっちに来てくれ。」

魔女は作業を終えるとこちらを振り向き、そう言った。一瞬、誰に向けて言ったのかわからなかったが、隣に立っていた少年が動いたことで、それが少年に向けられていたのだとわかった。

「時計は持っているな?…よし、では教えたとおりに頼むぞ。」

「はい。…主様、本当によろしいのですか?」

「ああ。私はそのために今日まで生きてきたのだ。」

「そう、ですよね。でも、俺は…。」

「ルージュ、全てが終わったら、お前がどうするべきかもわかる。」

強い決意を持った魔女の言葉に少年は、しぶしぶながらも頷いた。そして、懐中時計を見てそのときが近づいていることを確かめた。

「…来るぞ。」

魔女が呟いた次の瞬間、魔方陣から黒い影が湧き出し、徐々に形を定めていった。そいつは絵に描いたような悪魔だった。捻じ曲がった角を頭からはやし、とがった耳をしている。

「百年前の契約を遂行するときがきた。」

悪魔の声が雷鳴のように轟く。それだけで、強い恐怖を感じさせた。

「契約者はすでにこの世にはいないだろうが、契約書はここにある。」

そういうと、悪魔は懐から丸めた羊皮紙を取り出し、広げてみせる。すかさず、魔女がその契約書に何かをぶっかけた。それは塔を出るときに持ってきた小さい壜の中身だった。

「何をする!」

「契約書を書き換えさせていただく。」

そういうと、呪文を唱えながら、人差し指を契約書に突きつける。契約書の内容を消し、新たな内容を書き加えた。

「チッ、勝手なまねをしおって…。だが、私に魂を捧げないという契約にはできないぞ。」

「ああ。しかし、捧げるのは私の魂だ。」

「え?!」

魔女の言葉に思わず声を発した。まさか、自分を王家の身代わりにするというのか?

契約書の最後にあった署名を自分のものに書き換え、魔女は腕を下ろした。すると、契約書と魔方陣から赤い光が起こり、その眩しさに思わず目をつぶる。

「ふん。まぁ、良い。これだけの魔力を持った人間の魂なら、それなりに美味しく食べられるだろうからな。」

悪魔の声が響き、光が徐々に収まるのを感じた。

「では、この契約の通りに早速、その魂をもらおうか、魔女よ。」

「わかった。さぁ、取るが良い。」

堂々とした魔女の物言いにどこか満足そうに悪魔は微笑み、魔女に向けて手を伸ばす。魔女の胸から白く丸い光の玉がすうっと出てくる。その光の玉を掴み、悪魔は舌なめずりをする。

「ふむ。旨そうな魂だ。この光、一種の聖性すら感じさせるような上質の魂の証拠だ。」

魔女の魂を掴み、ご満悦の悪魔を少年が睨みつける。

「…もう、帰ってもらうぞ。」

これまでと違い、低い声で少年が呟く。そして、懐中時計を目の前にたらし、呪文を唱えだした。

「契約の履行は終了した。今後一切、この王国に現れるな。」

少年がそういうと、悪魔は黒い霧となり、魔方陣の中に消えていった。

「…去ったのか?」

時計を掲げたままの少年に声をかける。少年は静かに腕を下ろした。心なしかその背中が憂いに満ちているように見えた。

「ああ。去った。これで王家は守られたよ。」

「そうか…。彼女は、死んだのか?」

床に倒れたままの魔女は目を閉じて、静かに眠っているようにも見えた。

「…そうだ。主は、最初からそのつもりだった。」

「お前は、知っていたのか?」

「知っていたし、覚悟もできていたさ。」

「…葬儀をしなければな。」

そう言って、窓に近づき、バルコニーで一部始終を見ていた人々に向けて声をかける。

「見ただろう!悪魔は去った!王家は彼女によって救われた!」

大臣たちはお互いに顔を見合わせているようだったが、唯一国王だけはじっとこちらを見ていた。

「ならば、彼女に礼を尽くし、葬儀を行うべきだ!どうだろう、父上!」

「我が子、ブランよ。そなたの言う通りだ。」

国王からの返答は短くも力強く、同意を得ることができた。

「…あんた、国王の息子だったのか。」

少年が意外そうに言った。息子、という言葉に振り返る。

「息子ではなく、娘だ。こんななりだから、そうは見えないだろうが。」

「…え?娘?ってことは姫なのか?」

まだ信じられないような顔をいている少年の前で、マントを脱ぐ。下には体形がわかるようなシャツを着ていたので、少年も納得がいったようだ。

「少年、君はこれからどうするんだ?」

「少年じゃなくて、ルージュ、だよ。…行くあてなんて、どこにもないよ。俺は主に作られた使い魔だから。」

「…そうか。なら、しばらくこの城にいたらいい。葬儀にも出てくれ。」

「え?…いいの?」

「良いさ。彼女と、ちゃんとお別れしたいだろう?」

「…ありがとう。」

「ルージュ。君がきっと一番つらい役目になってしまったな。我が祖先が迷惑をかけた。すまない。」

「あんた、姫らしくないな。」

「この書状を届けると生まれたときから決まっていたゆえ、一人でも生きていけるように育てられたからだろうな。」

「そういう意味じゃ、あんたもつらい役目だったんだな。」

「…私は王家の血筋だからな。それをやる責任がある。」

「じゃあ、俺も責任はあるよ。俺は主の血によって魂を与えられたものだから。」

「君は…魂があるのか?」

「じゃなきゃ、主が死んだ後、悪魔を帰すことはできないよ。普通、魔法で作られたものは作り手が死ぬと壊れてしまうから。」

「そうか。君は…彼女の子、みたいなものなのか。」

「そうだよ。だから、主が死ぬことが悲しいんだ。でも、こんなときどうすればいいのか…。」

「…泣けばいいさ。悲しいときは涙を流すものだよ。」

「…っ!」

驚いたようにルージュはこちらを見た。そこに魔女の面影を見て、やはりこの少年は魔女の子なのだと感じた。

「人間なら、そうする。」

そう言って微笑み、ルージュのそばに行く。両腕を広げ、彼を抱きしめた。彼は最初、戸惑ったように身を堅くしていたが、そのうちに声を押し殺して泣き始めた。その背中をゆっくりとさする。

 

それから、魔女ノワールはその汚名を晴らし、国を救った聖女として厳かに葬儀が執り行われた。国王をはじめとした国民たちは、彼女の犠牲を知り、皆涙した。

ルージュはブラン姫の庇護を受け、城で暮らし始め、後に騎士として姫に忠誠を誓った。彼の赤い髪はまるで生きているかのように動き、敵の動きを阻害したという。

ちなみに、最果ての塔は魔女の魂が悪魔に抜き取られ、持ち去られると同時に崩れ去り、その中にあった魔導書などの貴重な書物も瓦礫の下へと埋もれてしまった。それを掘り起こそうとするものは、まだ現れていない。

 

終わり

【定期連載】最果ての塔【日曜更新】

 

 

第三話

 

 

塔の五階からさらに上へと続く階段を魔女は上っていく。そこはもう吹き抜けになった空間で、見上げればこれまで通ってきた階層と同じくらいの高さがありそうだった。歩く途中でも魔女はぶつぶつと何か言い、それはどうやら呪文であるようで、どこからともなく旅支度の荷物が現れ、次々と魔女に装備されていった。そして、気付けば猫の姿も変わっていた。

「主様、この塔からでるおつもりなのですか?」

少し意外そうに聞いたのは長く赤い髪を三つ編みにした少年だった。後ろから見ていたはずなのに、いつの間にやら猫は少年の姿へと変貌していたのである。

「ここから出なければならない用事ができたからな。」

魔女はそれだけ返すとまたぶつぶつと呪文を唱えだした。猫だった少年は黙ってその後ろにつきしたがってたが、その三つ編みが少し不安そうに揺れていた。

しばらくして、魔女は完全に旅装束となっていた。漆黒のマントはフード付きで、その下にはなめした革の上着とよく伸びる革のズボンを身につけている。ベルトには短剣が挟まれ、上着のポケットには何やら小さな袋や壜が入っていた。

「客人には一応話しておこうと思う。」

唐突に魔女は口を開いた。

「私がどうしてこのような荒野にいるか、もうわかっていると思うが、私とて閉じこもっているばかりで何もしていなかったわけではないのだ。この塔を作ったのは、時の流れからこの身を切り離すためであった。この地には他の人間は寄り付かぬゆえ、丁度良かったのだ。」

「時の流れから、切り離す?」

「ああ。そなたも知っての通り、我が妹は多くの人間をたぶらかし、私を追放した。だが、その過程で妹は禁忌に手を染めてしまったのだよ。人の心を操る悪魔を呼び出し、契約を結んでしまった。」

「契約…ってどんな?」

「百年の後、生まれる妹の子孫を残らず悪魔に捧げるというものだ。」

「な…!それじゃあ、王家は滅亡してしまうじゃないか!」

「そうだ。嫉妬に狂い、そのような契約をしてしまった妹だったが、私が城から離れた後、とんでもない間違いを犯したことに気が付き、すぐに私を訪ねてきた。だが、悪魔との契約は一度結んでしまうと解約することはできない。その悪魔は妹の願いを叶えるとすぐに姿を消したが、百年後にまた現れると言い残していったそうだ。」

「じゃあ、どうしたら良いんだ…。」

「妹の話を聞いてすぐに私はそれまで得た知識だけでは足りぬと思い、国中の魔術書を読み漁った。そうして、己を時の流れから切り離すという術を見つけ、そのためにこの塔を建てたのだ。」

「そして、塔に閉じこもった、ということか。」

「そうだ。ここに誰も近づかぬように裏切り者の魔女の話を作り、国中に広めさせた。今頃外では百年経っているのだろうが、私がこの塔の中にいる時間はせいぜい五年程度でしかない。その間にも私は悪魔を撃退し、王家を守るための研究を続けてきた。」

つまり、あの大量の本を五年の間に読みつくし、来るべき日に備えていたということなのか。

「そして、時の流れから切り離されたこの塔に使者を寄越すことで、悪魔との契約の時を知らせる手筈になっていたのだ。」

「では、俺がここに来たときからわかっていたのか?その日が近いことが。」

「ああ。だが、そなたが来てからでないと完成せぬ薬があったのでな。それができなければ、そなたから書状を受け取ることにも意味がなくなってしまうから、少し待ってもらったのだ。」

「薬?それはどのようなものだ?」

「今は言えぬ。だが、これが私が見つけた最後の切り札だ。」

魔女はそういうとあとは堅く口を閉ざしてしまった。

そのまま黙々と階段を上り続け、ついに塔の最上部まで来た。最上部はドーム状になっており、階段の終点には外へと続く扉が存在していた。魔女はおもむろに自らの胸元に手を突っ込み、首から下げていた紐を手繰り、鍵を取り出した。そして、その鍵を扉の鍵穴に差しこみ開錠した。

ギギギ…と錆付いた音を響かせて扉は開いた。開いた先は当然、外だ。地上から遠く離れた塔のてっぺんで何をしようというのか。

「え……。」

絶句せざるをえなかった。そこにいたのは伝説でしか聞いたことのない、空想上の生き物であるはずのものだったのだ。

「どちらへお連れしましょうか。」

「王都ヴェルデへ。」

「かしこまりました。」

優しい老人のような声で言ったのは、実に巨大なドラゴンであった。

魔女はひらりとドラゴンの首にまたがる。続いて、猫だった少年も塔の外壁を蹴って、その巨体の上へと身軽に飛び移った。こうなれば、一人塔に留まるというわけにも行くまい。覚悟を決め、伝説の生き物めがけジャンプする。

少しよろめいたが何とか鱗に覆われた背に着地した。強い風にこれまでの旅をともにしてきたマントがはためく。

「では、しっかりとおつかまりください。」

その見た目に似合わぬ穏やかな口調でドラゴンは言い、巨大な翼を羽ばたかせる。

かくして、魔女はドラゴンの背に乗り、王都を目指したのであった。



第四話へ続く

【定期連載】最果ての塔【日曜更新】

 

 

第二話

 

 

懐にしまった書状がちゃんとそこにあることを確認して、ふっと息を漏らす。ほぼ一月の間、荒野をさまよい歩いてきたので、久しぶりに椅子に座れるというだけでとても安らいだ気分になった。その椅子は木でできた簡素なものであったが、座面にはクッションが置かれていて、背もたれも身体を包むように楕円を描いていたため、座り心地は良かった。

魔女は相変わらず、機械のそばで立っている。大きな機械には硝子でできた球状のものが取り付けられていて、その中に得体の知れない色をした液体が入っていた。そこから細い管が伸びていて、管の先には小さな壜が置いてある。

「よし、これなら大丈夫だろう。」

魔女が独り言を呟く。それから、何か呪文のようなものを唱え始めた。その声は低く、囁くように耳朶を打つ。それが心地よくて、いつの間にやら眠ってしまった。

その間に夢をみた。遠い昔、とある小さな村で貧しい農民の少年が一人、飢えに苦しみながらも、世界の変革を望み、野望に燃えていた。少年の家の近くには両親を早くに亡くし、祖父母に育てられている姉妹が住んでいた。姉妹はともに少年の志に賛同し、やがて三人は世界変えるための計画を立て始める。姉は賢い娘であったので、具体的な作戦を立てた。一方の妹は人懐っこく明るい性格を活かし、同志を増やしていった。そうして姉妹は抜群のコンビネーションを発揮して少年を上手にサポートした。その結果、少年は一国の王となるのである。

だが、少年の野望が達成された後、三人の関係は少しずつおかしくなっていった。それまで、世界の変革を望んで力を合わせてきたが、いまや国民は一つにまとまり、他国との関係性もしっかりと築けたので、実質的に妹のほうは仕事がなくなったのだ。一方の姉はまだできたばかりの国を支えるために王とともに奔走していた。それが妹には羨ましくてしかたなかった。大好きな王と姉が自分から遠ざかったってしまったと感じていたのだ。そして、決定的な事件が起こる。

それは久しぶりに三人が集まり、王城で食事をしていたときのことだ。突然、王が苦しみだし、倒れてしまったのだ。王の食事を作ったコックが当然のように疑われ、拘束された。コックは姉の命令で王に毒を盛ったと証言した。姉には身に覚えのないことであったが、妹にたぶらかされた重臣たちは姉が犯人と決めつけ、城から追放してしまう。姉は妹の仕業と気付いたが、妹を愛していたし、自分が反論したところで無駄だということも分かっていたので、城から去り、荒野の果てに塔を建ててそこに閉じこもったのであった。

 

「客人よ、待たせたな。」

そう声をかけられて、目が覚めた。見れば、魔女は小さな壜に蓋をして、戸棚にしまっていた。

「で、私に何の用があって、こんな辺鄙な場所までわざわざ尋ねてきたのかな?」

振り返り、こちらを見た魔女は夢の中とほとんど変わらない見た目をしていた。今の夢が過去にあったことならば、もう百年は前のことであるはずなのだが。

「…書状をもってきた。」

眠ったせいか、またしても喉は掠れていた。どうにか唾を飲み込み、喉を潤す。それと同時に懐から王の署名入りの書状を取り出して差し出す。

「ふむ。それはご苦労なことだ。」

魔女はそう呟くと、コップをこちらに渡し、代わりに書状を受け取った。コップの中には水が入っていた。

「…なるほど。そうか。」

書状を開き、内容に目を通した魔女は納得したように頷いた。そして、魔女がパチンと指を鳴らすと書状はどこかへ消えてしまった。

「客人、悪いが少し付き合ってもらうぞ。」

言うなり、魔女は歩き出した。その後にはあの赤い猫が従者よろしくついていく。どうすれば良いのかわからずに呆然としていると、猫の尻尾がくいっと動き、ついてくるように示した。


第三話に続く

【定期連載】最果ての塔【日曜更新】


第一話


そこは世界の果てと呼ばれる場所。とても広い荒れ野を三十日ほど歩いてやっとたどり着いた先には、断崖に建つ塔がただ一つだけあった。
「ここ、だな。」
呟いた声は、乾燥した荒野を歩いてきたせいでひどく嗄れていた。皮袋には少しだけ水が残っていたが、それを飲んでしまうことに躊躇いを覚える。これから先、何が起こるかわからないからだ。
「…よし。いこう。」
もう足は疲れきっていて、前に進むごとに悲鳴をあげるようにして筋肉や関節が痛んだが、なんとかして歩き始める。

『最果ての塔』

それは誰も見たことがないが誰もが知っている場所。その昔、伝説の初代国王がこの国を建国した時にその手助けをして、後に王を裏切った魔女が罰として閉じ込められているという。
なぜ、そんな場所を訪ねるのかといえば、その魔女に用があるからだ。
門前に立ち、ノッカーを強く二回打ちつける。しかし、反応はない。若干の落胆を覚えるが簡単に諦めるわけにもいかない。
次は三回、強くノックする。やはり反応はない。
思い切って、五回連続で強くノックする。だが、またしても反応はない。
だんだん、イライラしてきた。ここまで苦労して訪ねてきたというのに、なぜこんなにも理不尽な扱いをされなければならないのか。
そのイライラを込めて、ノッカーを連打する。
…ダンダンダンダンダンダンダンッ!
「っるっせーな!」
バンッ!
勢いよく開いた扉の向こうにはしかし、誰もいなかった。キョロキョロと辺りを見渡すと足元に一匹の赤い猫がすました様子で座っている。
「お前か。うるさく扉を叩いてやがったのは。」
まだ声変わり前の少年のような声があからさまに不機嫌そうな調子で言った。同時に猫の口元も動いていたので、その言葉が猫の発したものだと認識する。
「…あぁ。」
掠れた喉から声を絞り出す。猫がしゃべるくらいのことはここでは普通なのだろうとなんとか頭に理解させる。ここはそういう場所なのだ。
「お前、人ん家を訪ねてきたら騒々しく呼び出せって教わったのか?だとしたら、お前の教育をした人間はとんだクソ野郎だな。」
フンッと鼻で笑う猫をただ呆然と見つめる。よくもまあこれだけ見下したような言い方ができるものだ。実際には見下しているのはこちらだが。
「で?なんの用があってお前はやかましく我が家の扉を叩いたんだ?」
猫はそう言って、首を傾げた。その言葉でやっとここに来た目的を思い出した。
「…魔女に、国王からの書状を持ってきた。」
そう、やっとのことで口にする。猫はほんの少しだけ驚いたような表情をしたが、何も言わずに腰をあげると振り返って歩き出した。赤いフサフサとした尻尾が、ついてこいと促す。
そうして、最果ての塔は久方ぶりの客人を受け入れたのであった。


コツコツと一人分の足音だけが響く。猫は少し前を物音一つさせずに静かに歩いている。優雅に歩くその姿はどこか堂々として見える。
「…暗いんだな。」
これまで歩いてきた強い日差しと違い塔の中はほんの少ししか灯りがなく、中々目が慣れなかった。
「本の保護のためだ。主はこの世で本が一番大切なんだ。」
猫がめんどくさそうに答える。先ほどから通ってきた廊下の壁を良く見れば、なるほど全て書架であった。可動式の書架をいくつも並べてある所為で、壁に見えていたのだ。
「…魔女は、ここに幽閉されているのではないのか?」
てっきり、そう思っていた。子どもの頃から聞かされた伝説では、確か罰として閉じ込められているという話だった。
「主は自らここに閉じこもっているんだ。外が怖いんだと。」
答える猫の声はどこか寂しそうというか残念そうだった。
「アイツが主を貶めたりしなければ、主もここまで人嫌いにはならなかっただろうな…。」
ボソッと呟いた猫の声はしかし、静かな塔の中でははっきりと聞こえてくる。魔女は人が嫌いだから閉じこもっている、ということらしい。
「…アイツ、って初代国王か?」
猫の呟きが気になって、つい聞いてしまう。本来ならば、ここでの会話など必要ないのだが、いかんせん無言でいた期間が長すぎた。久しぶりに誰かと話せるというだけで、なんとなく嬉しかったのだ。
「いや、国王は志の高い良い男だったよ。だが、女を見る目はなかったらしい。」
つまり、初代国王の王妃が魔女を貶めたということか。それなら、なんとなく納得できる。つまりは初代国王のそばに常にいて、しかも王の信頼を得ている魔女のことが妬ましかったとか、そんなところだろう。
「ふーん。それで、人間不信にねぇ。」
まぁ、女の嫉妬は見苦しいというし、相当嫌なことをされたのだろう。
「アイツは自分のためなら、姉でも裏切る女なのさ。おっと、足元気をつけな。」
丁度、目の前に階段が現れたところだった。猫は軽快な足取りで階段を駆け上がっていく。それを追いかけて階段を上る。荒野を旅した後で階段を上っていくのは結構つらいものがあったが、猫を見失うわけにはいかないので、頑張ってついていく。二階、三階、四階を通り過ぎて五階まで上ってきた。
五階はそれまでの階と違い、明るかった。書架は壁に沿って作られていて、その間に窓がある。丸い床の真ん中に大きな円卓が置かれていて、その上には良く分からない機械類が置かれていた。その向こうに一人の女性がいた。真っ黒な裾の長い服を着て、眼鏡をかけた黒髪の女性は真剣な目で機械を見つめている。
「主様、客人を連れてまいりました。」
猫が丁寧な口調でそういうのが聞こえた。どうやら、この女性が魔女であるらしい。
「客人…?」
ちらりとこちらを見た魔女は興味なさそうにすぐ目を機械へと戻してしまう。
「今、手が離せないんだ。すまないが、そこの椅子に座って待っていてくれ。」
そう言われてみれば、書架の前に一脚の椅子がおいてあった。急ぐわけでもないので、素直に腰を下ろして、待つことにする。



第二話に続く

前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2024年05月 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
取り扱い説明(?)
プロフィール
坂本蜜名さんのプロフィール
系 統 普通系
職 業 夢追人
血液型 O型