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anjelier(後

mblg.tv の続き

◆◇

ーー昨年、母は私の前から忽然と姿を消してしまいました。

隣町の歌自慢大会に出場させてもらい、優勝は出来なかったんですが、歌を聴いた芸能事務所のときがらさんという方が声をかけてくださったんです。

アイドルグループ『ぷらんたん』の事務所と聞き私は信じられませんでした。一緒に話を聞いた母は「挑戦してみたら?」と後押ししてくれました。

それでも私はやっぱり勇気が出ませんでした。憧れはあったけど、アイドルになる為には家を出て母と離れないといけなくて……

焦らずに考えてみて欲しいというときがらさんの言葉に甘えてしまい、なかなか決断出来ませんでした。

ある日学校から帰ると、家の前にときがらさんが来ていました。私の旅行カバンを持って。

「それ、なんで……」
「君のお母さんに、連れて行って欲しいと頼まれたんだ」

私は玄関に駆け寄り家の中に飛び込みました……家は、もぬけのカラでした。家具も家電も何もかも無くなっており、小さな平家が恐ろしく広く感じました。母の姿も、気配も、すっかり消え失せていました。

お母さんは私を置いて出て行った?どうして?私が邪魔になったの?

座り込んで動けない私に、ときがらさんが母から預かったという手紙を渡してくれました。中には私名義の通帳とカードと数枚の手紙。

手紙の母は、普段よりずっと沢山の言葉を紡いでいました。 

『心音へ

勝手にいなくなってごめんね。きっと心音は、私に気を使って話を断ってしまう。そう思ったの。

心音の歌は人を元気付ける優しい歌。だから心音はきっと素晴らしいアイドルになれる。そしてそのためには、私は心音とさよならしなきゃいけないと思った。

心音と会うまで、私は人を傷付ける仕事をして生きてきた。詳しく話せないくらいひどい事をしてきた。そんな私がいたら、きっと心音を苦しめる。迷惑になる。それは絶対嫌だった。

私は心音のおかげでまともに生きてこられた。大変な事も沢山あったけど、でもとても楽しくて、幸せだった。

私はもう心音に会えない。でもずっと見守っている。ずっと心音の事を応援している。

同封した通帳一式は、本当のお母さんから預かったあなたのお金です。大切に使いなさい。

家族になってくれて、一緒にいてくれて、有難う』

さよならとしめくくられた字は滲んでいました。手紙がそれ以上滲まないよう私はそっと手紙を胸元に抱きしめました。
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anjelier(前

心音(ラブカス♀)過去話
◆◇

私の名前は心音です。お母さんと二人で暮らしてます。好きなものはお歌を歌うことと、玉子焼きと、お母さんです。大きくなったら、お母さんみたいなママンボウになりたいです。

ーー物心ついた頃から父はおらず、母と二人だけの家族でした。ですが周りは優しい人達に恵まれて、寂しく思う事はありませんでした。

母が働く間、色んな人達に面倒を見てもらいました。だから母は『心音は皆に育ててもらったのよ』と私に言い聞かせていました。

母は朝から晩まで働いていましたが、私に疲れた顔を決して見せませんでした。私が駆け寄ると優しく抱きしめて、その日あった出来事を話す拙い言葉を、頷きながら静かに聞いてくれました。

冷え性の母は、私に触れる時息で自分の手を温めて、そっと撫でてくれました。けれど私は、熱を出すとおでこに乗せてくれるひんやりとした手も、心地良くて好きでした。

強く、美しく、優しい母は私の自慢でした。大きくなったら私は、母のようなママンボウに進化したい。ずっとそう思ってきたのです。だからあの時、友達と将来の夢の話になった時もそう言いました。
 
「そうなんだ!」「素敵な夢だね」

友達は口々にそう言ってくれました。でも……

「バカじゃねえの」

一人の男の子がそう言ってきました。ちょっと意地悪で苦手な子でした。

「バカって何よ!」
「だってそうだろ。心音はラブカスじゃん!ラブカスはママンボウになれないんだぞ」
「え?」

……自分がラブカスなのは知っていて、だから私は大きくなって進化したら、当然母と同じママンボウになるんだと、そう思っていました。

ラブカスはママンボウになれない。それは

「じゃあ、心音と、お母さんは……」
「心音ちゃん!」

たまらなく胸が苦しくなって、私は思わず逃げ出しました。

けれど勇気のない私はとぼとぼと家に帰り、部屋の片隅で膝を抱えて泣きました。嘘なら良いのに、夢なら良いのに、そう思いながら。

「……心音?」
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