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沈黙の歌を、夜に響かせることができるなら…
青は、何気なくリビングにやってくると、色とりどりの瓶をテーブルに転がした。そのうちのひとつ、深い青に染まっているものの蓋を開ければ、むせるような、独特の塗料の匂いが部屋に立ち込める。決していい匂いではない、いや、大半の人にしてみれば不快以外の何物でもないそれのせいで、当然、ずっと同室にいた桃が顔をしかめる。
「……なにやってんの?」
「マニキュア塗ろうと思って」
問われて、即座に蓋を閉めると瓶を軽く振る。桃は匂いがきついからその前に窓くらい開けろよ、とぼやくと、窓際まで行った。窓を開けると、すぐに先ほどまでの匂いは和らいだ。
「…なんでまたここで?」
ふと気になって、桃は聞いてみた。青は、少しだけ黙ると、なんとなく気まぐれで、と返してくる。
「桃も塗る?」
「めんどくさいから塗って」
桃は、足早に青の元へと寄り、ずいっと彼に向けて手を差し伸べた。青がその手を取ると、まるでエスコートされたかのように、ソファに座った。青は、その様子に苦笑すると、何色がいい?と瓶を指さすが、答えを待たずに、爪にやすりをかけ始める。丁寧なものだが、桃にしてみたら、そんな丁寧にやらなくていいのに、という心持ちだ。
「んー、…透明で」
「透明でいいの?」
「よく考えたら、今日練習するつもりだったからさ。初っ端から剥げたら寂しいし」
「それもそうか」
納得すると、そのまま爪を磨く。かなり手馴れていて、かなりの速さで進んでいく。
「しかしまあ、わざわざこっちまで来るの珍しいな」
「そう?」
「自室でやりゃよかったじゃんか」
「まあ、そうなんだけどさ、気まぐれで」
先ほどから、気まぐれ、気まぐれ、と繰り返す青に、なんとなく桃は違和感を覚えた。
(…ああ、こいつ、寂しかったのかもしれないな)
会話も絶え、手持無沙汰になったところで、ふとそんなことを考えた。今、この部屋には、青と桃しかいない。凍夜と黄は、それぞれ用事があって出かけているのだ。多分、桃が話しかけてくることは想定外だっただろうが、わざわざ桃の近くまで来たのは故意だろう。
そもそも、マニキュアなんて、メンバー全員が滅多に塗らない。撮影用だとか、爪の保護だとか、そういう理由がない限り使わないそれをわざわざ引っ張り出してくる時点で気づけばよかったのかもしれない。勝手に納得していると、いつの間にか作業が終了していた。
「はい、終わり」
「おー、ありがとな」
「そんな感じでいいかな?」
「うん。というか、青って器用だからこういう細かい作業任せると本当に助かる」
「そうでもないけどなあ」
さきほどまで使っていた瓶を仕舞うと、桃は首を傾げた。
「…青は塗らないの?」
「んー、最初は塗ろうと思っていたけど、桃のを塗ってたら面倒になってきちゃった」
青は、ひらひらと手を振る。青の爪を見て、桃は、思わずため息をついた。
「…あー、青って意外とどうしようもないやつだよな」
きれいに磨かれた爪を見ながら、あえて、わかりづらく言ってやる。当然、青は、真意を掴めずに、動揺していた。青も気まぐれなら、桃だって、それ以上に気まぐれなのだ。
連作〜、キラリヒ〜、Venus〜、と唸っていたところ、はっと閃くものがあったので、メモ程度に。
(※流血表現有)
「死にたがり?」
「そういうわけではない」
「ここから逃げ出したい?」
「そういうわけでもない」
「嘘つき」
「嘘でもない」
何度、こんなやりとりを続けたのだろうか。最初の方こそ、これで何回目だ、などと口答えしていたが、もうそんなことは飽きてしまった。目の前に、なぜ真っ赤な服に身を包んだ、よく見知った男に似ている彼がいるのかという疑問はとっくに捨てている。
その前に論ずるべきであったはずの、真っ青なこの空間にリヒトと彼がいるという理由も、考えないことにしていた。
「俺、誰が死にたいとか、死にたくないとかよくわかるんだ。目を見ると、死に怯えているのか、生に怯えているのか。リヒトは……死にたいのに殺されたくないの?」
突如目を見つめてきたジェノサイド―本当は、キラーなのだが、こちらの方が都合がいいから、と本人が申し出てきた―が、眉を顰めて呟いた。
「お前の瞳を見てると、否応に逃げたくなる」
不意に目線を逸らすが、ジェノサイドはリヒトの顔を掴んで、無理やり自分の方に向かせる。条件反射で閉じられた瞼を、手袋を嵌めたままの指で優しくなぞる。
「リヒトの瞳は真っ赤で…血の色みたいで好きだ。ひとつでいいから、欲しい」
その下にあるものを想ってぽつりと呟く。思わずリヒトは連想する。このまま、彼が力を籠めれば、指が押し込まれて、自分の視界は真っ赤になるんだろう。そして、痛みに苦悩する。それもいいかもしれない。
そう思うが、やはり本能は生に忠実で、気がつけばリヒトはジェノサイドの腕を掴んで、顔から引きはがしていた。
「…リヒトって、素直じゃないな」
離してよ、とジェノサイドが零した言葉に従って、掴んでいた腕を離す。
「欲しいとは思うけど、どうせ今は薬漬けにできる環境でもないから、せがまれたってもらったりしないよ」
なんという言い草だ、とリヒトは思うが、とりあえず命の保証はあることだけでも嬉しいと思った。
その瞬間、空間が歪み、真っ青だった空間に、わずかに黒い部分が生じる。飛び込めば、またどこか別の空間に飛ばされるのかとリヒトは考えた。
「タイムリミット?」
「そうみたいだな」
「そっか、じゃあ、さよなら」
リヒトは立ち上がって、歪みに入ろうとする。どうせ、この空間全体にいる限りは、ジェノサイドには何回も出会うことになるだろうから、挨拶なんて必要ないという思考らしく、その挨拶には答えないまま、歪みに消えて行った。
「…聞き忘れていたんだけど、死にたがりのくせに、リヒトってなんで生きてるの?」
その問いは、リヒトに届いたのか届かなかったのか。ジェノサイドはそのことは気に留めることもなく、笑いながら、今いる空間がすべて歪むのをじっと待っていた。
(なんで生きているんだか)
最後の問いは、リヒトにしっかりと聞こえていた。その答えは、恐らく問いとは正反対になるんだろうなと、やけに冷静に結論をはじき出す。
「キラー、誰かに呼ばれた気がしたんだ」
「誰に?」
「さあ?…いつだったかにルルススも誰かの声を聴いたとか言っていたな。ルルススが聴いた声も、私が聴いた声も、誰のものかはわからないが」
言いながら、赤髪の青年は笑う。中性的な彼だったが、笑い方には微塵も女性らしさは感じられなかった。
「きっとお前も呼ばれると思うぞ」
「…何の確証があってそんなことを」
「私の勘だ」
もう一度、赤髪の青年は笑う。それを見た、キラーと呼ばれた青年は、そうか、とだけ頷くと、空に目を向けた。
「…本当にわからないのか?誰か」
キラーは首を傾げた。誰のものかわからないという割には、青年がやたらと嬉しそうだったからだ。
「誰かはわからないが…恐らく、お前だろうな」
「…は?」
キラーは開いた口が塞がらない。何を馬鹿なことを言っているんだ、と言いたげに青年を訝しそうに見つめていると、青年が苦笑した。
「ああ、すまない。お前だが…お前ではなかったな」
さらに、青年はキラーにとってわけのわからないことを呟くと、先に行く、とだけ言い残してその場を去った。
(なんだったんだ…)
キラーは、ただ、首を傾げるしかなかった。
その声が誰のものか、何のために聞こえてくるのか。それを理解するのは、また先の、しかしそう遠くない未来だった。
性 別 | 女性 |
誕生日 | 7月22日 |
血液型 | A型 |