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沈黙の歌を、夜に響かせることができるなら…
(喫煙話です)
夕暮れ時の雲に、紫煙が重なる。春になって暖かくなったからと、いつものようにひとりベランダで喫煙していると、またいつものように彼が現れた。
「…また煙草吸ってる」
洗濯物を取り込みに来た、と呟いた青は俺の顔とくわえていた煙草を睨む。彼は煙草が大の苦手で、特に他人が喫煙するのを見るのが嫌いらしい。いや、もっと正確に言うなら、俺の喫煙を見ること、なのかもしれないが…
「喉にも肺にも悪いからいい加減禁煙しろよ。お前にとってどっちも重要なんだから。あと洗濯物が煙草臭くのだけは本当に嫌だからな」
「はいはい」
青にしてみれば、かなり真剣に注意しているつもりなのだろうが、俺にとってはただの小言でしかなく、そういった小言は耳にたこができるくらい聞かされていたので、半分聞き流す。くわえていた煙草の火を持っていた灰皿で消し、もう一本出そうとしたところで―声が上がった。
「だから、なんで吸うなって言ってまた吸おうとするの?」
「だって吸いたいんだもん」
「吸いたいって…あーもう」
青が呆れた声でため息をついた。文句を言う一方で、俺はさっさと出した煙草に火をつけたのだ。少しずつ煙が上がり、いざ喫煙しようとして、ふと思いついた。
「なぁ、青」
「何?」
「青がこれ、吸ってくれるなら今日は吸わなくていいよ。あ、もちろん吸わなきゃやめないからな」
ひらひらと煙草を振る。もちろん、嫌がらせである。承諾するにしろ断るにしろ、俺が得をするのは間違いない(前者は青の喫煙姿が見たいからだ)。
青は苦虫を噛み潰したような顔をして、俺の顔と煙草を見比べる。途中視線が泳いで、迷っていることがばっちりわかった。どう出るか気になったところで彼の手は、俺の持つ煙草へと伸びた。思わず青の顔を見る。俺の目線は気にすることもなく、彼は煙を吸った。が、案の定直後に盛大に噎せた。あまりにひどい咳だったので、思わず背中をさすってやる。
「……ごほ、っ…こんなの吸ってんの…?」
青は涙目になりながら俺に問う。よっぽど苦しかったらしい。
「無理に吸おうとするからだよ、吸わなきゃよかったのに」
「だって吸わなきゃお前やめないって言うし…」
「…あー、あれは…確かにそうだけど」
そういえば青は他人が煙草を吸うのを見るのが嫌いなんだということを思い出した。多分、自分が吸って止めれるものなら身体を張って止めるのだろう。
「…とりあえず、今日はもう吸うなよ」
もう注意する気さえ起きないのか、それだけ言い残して、青は洗濯物と共に部屋へと消えていった。俺はというと、青がうっかり消し忘れたままの煙草をくわえて、紫煙を浮かべていた。
「凍夜にキスでもされた?」
部屋に戻った直後、桃がぽつりと呟いた言葉に、青は再び咳き込んだ。
「…っ、なんでそんな風に考えるんだよ」
「口元押さえて慌てて戻ってくるからてっきりそういうもんかと」
特に興味もなさげな顔で青の質問に答える桃に、煙草強要された、と半分くらいしかあっていない答えで弁明してみると、ふーん、そうなのか、とさらに興味のなさそうな反応でもって返された。
「なら、喉痛いだろ?そっち俺に任せて、青は喉整えてこいよ」
青の右腕にかかっている数枚の洗濯物を指さすと同時に奪い取ると、青の背中をぽんと叩く。有無を言わさぬ速さはなかなかのものだ。青は感心したのち、じゃあ頼むと呟いて、その場を後にした。冷やしておいたミネラルウォーターがあったなと思い出して、冷蔵庫の前まで足を進める。
(…キス、か)
勘違いの発端になった、先ほどの行為を思い出してみる。キスされた方がどれだけましだったか。わずかに痛む喉を抱えながら、青は水を飲み下した。先ほどの煙とは違って、妙に冷たかった。
「リヒトの名前って、どういう意味なんだ?」
相変わらずこっちでは通常運転してますよ。あくまで閉鎖するのはブログだけ。何の話かわからないかもというのはご愛嬌。
「キラー、何をしているんだ?何か書くのか?」
リヒトの、風呂から上がってきてからの第一声がこれだった。風呂から上がってきたといっても、夜にまた出かけるために、すでに髪の毛も乾燥しきっていて、服装もいつものままと、ちっとも風呂上りらしくはないのだが。当のキラーは、テーブルの上に紙を載せて、ペンを持ちながら何かを考えているようだった。
「ああ、これか?短冊。七夕だからな」
「短冊…タナバタ?」
「知らないのか?織姫と彦星…ベガとアルタイル、の方がリヒトにはわかりやすいか。彼らが一年に一度逢うことができる日、という伝説があって、それにあやかって自分たちの願いを短冊に書くという風習だよ」
「なるほど、星の話か。お前の世界にそんな風習があるとはな」
「リヒトも、何か願うか?」
「私は…、私の願いなんて、どうせお前も知っているだろう?だから今更書かなくていい」
リヒトは言い切ると、キラーの書いていた短冊を寄越すように言った。残念ながらまだ書いていないんだと、キラーはリヒトにあっさり短冊を手渡す。
「そうか、ならリヒトは短冊に願いを書く必要はないな…あ、知ってるか?短冊と、笹の葉を燃やして、空に願いを届けるんだ」
そういえばこんな風習もあったんだ、とキラーは呟いた。途端、リヒトの表情が変化する。一瞬、キラーは何事かと息を飲んだ。
「空に?…ばかばかしい。煙が願いと一緒になるわけないだろう。一緒になって、空に届いたところで、願いを叶えるものなどいない」
リヒトが嘲笑して、キラーはようやく気づく。彼こそが、空の住人だということを。皆が願うその場所のすぐ近くに、いる。彼は途方もない年月を生きているのだ。嫌でも現実主義になる。
「…まぁ、もちろん、この世界にはそれがわかるものなどいないだろうし、あくまで願掛けなのだから、そう喧しく言うことでもないな」
リヒトは突然立ち上がると、キラーに白紙を返して、一眠りすると告げて奥の部屋に消えていった。キラーは、返ってきた短冊をじっと眺める。
「……」
キラーは、短冊に願いを書こうか、しばし悩む。もし、短冊を書いたとして、リヒトが『キラー』に告げた願いを、思い出すことはできるのだろうか。願いを叶えるものなどいない。リヒトの言葉が頭の中を駆け巡るが、手からペンを離すことはできなかった。
キラーは、リヒトの願いを覚えていなかった。
君の幸せを願う
私の幸せを願う
君の夢を願う
いつかの終末を願うことは許されるかもしれない
いつかの終末がもう一回始まりに戻ることも、後悔などしない
君を失ってなお、終末を願うことは容易い
しかし君を失うことはより酷で
君が見つけてくれた世界を、もう一度なくしてしまうことになる
君が見つけてくれた救いを、すべて投げ捨てることになる
君の願いが叶えば、君は君のままでいられるから
だから、君の願いが叶ったときには
私の願いも叶えられるとき
君の幸せを願う
私の幸せを願う
あなたの、幸せを願う
性 別 | 女性 |
誕生日 | 7月22日 |
血液型 | A型 |