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沈黙の歌を、夜に響かせることができるなら…
「これ、桃の?」
青がぽつりと呟く。彼の手元には黒く光る一眼レフのカメラが握られている。
「そう」
「あれ、これデジタルじゃねえんだ?てっきりお前のことだからデジタルかと思ったけど」
黄が青の横からカメラを眺める。デジタルカメラではない、つまりフィルムカメラであるため、背面には流行の機種についているような画面なんてものはついているはずなく、代わりにフィルムを入れるための蓋が収まっている。決して新品とは言い難く、むしろかなり年季の入っているものだが、かといってそこまで使い込んでいる雰囲気がするわけでもないところを見るに、あくまで趣味の範囲として使っていたことが見て取れる。
「いや、ちゃんとデジタルカメラも持ってるんだけどさ。未使用のフィルムを発掘したから、せっかくだし久しぶりに使おうかなって思って」
「電池大丈夫なのか?」
「さっき新品のと交換してきたから平気。というわけで」
桃は青からカメラを受け取ると、さっそく黄にレンズを向けてシャッターを切る。
「えっ、ちょ、なんでいきなり撮るんだよ!?というか、今俺ひどい顔してなかった!?」
「現像してからのお楽しみってことで」
いたずらめいた顔で、桃はもう数回シャッターを切る。現像してからのお楽しみ、とは言うが、ファインダーを覗いている桃にその表情は把握されているので、黄は複雑だ。しばらくむくれながら、ちらちらとカメラを見る。
「…なあ、桃、それで記念写真撮ろうぜ?」
「記念写真?セルフタイマーか何かで?」
黄の提案が耳に入った瞬間、ようやく桃の手は止まり、ファインダーからも視線を外す。その目線は、心底不思議そうに黄を見つめていた。
「一人が三人を映すのを、計四枚。今の携帯みたいに自撮りするわけにもいかねえだろ」
「それまどろっこしいから却下。というか、記念写真じゃなくてもジャケット撮影で四人揃って撮れるだろ」
「それ日常的な写真じゃねーし」
「あー、はいはい。じゃ、しばらくお前に任せた!がんばれオフショット隊長!」
「えっ、意味わかんねえから。というか、お前のカメラだろ!?」
「いいのいいの。適当に撮っておいてよ」
桃は、無理やり黄の首にカメラのストラップをかけると、箱に入ったままのフィルムケースとともに、ストラップに繋がった、今日一日限りのあだ名の原因を手渡す。
「おー、似合うじゃん」
「そうか?」
「俺も似合うと思う」
しばらく傍観を決め込んでいた青が、ようやく発言した。
「そっか?…ならいいかなあ」
お世辞でも、褒められるのはやはり嬉しい。もちろん、単純だとは黄自身も思っているが、思わず笑いながら、カメラを構えてみる。
その後、せっかくだから凍夜も起こしにいってやろう、と桃が部屋を出て行った。残された青と黄で、しばしカメラと格闘する。
「これってどういう風に撮れてるかはわからないんだよな?」
「一応ファインダーを通せば、ある程度は把握できるよ?ブレとかはさすがに把握できないけれど」
「ふーん、よし、はいチーズ」
いきなりシャッターを切られて、青はただ目を見開くしかなかった。
「…さっきの意趣返し?」
「青は悪くないってわかってるんだけどなー。こういう風にいきなり撮るの面白いな…しっかしこれ」
黄は、手渡されたフィルムケースの外箱をつつく。箱には、よく見知った単語が印刷されていた。
「ネタかなんか?」
「偶然じゃない?俺の知り合いもよくこの種類のフィルムを愛用してたし、第一この単語、俺たちだけの特許というわけでもないしね」
「そりゃそうだけどさー」
もう一回つついた後、いきなり外箱を空ける。そんなに腹が立ったのか、と青は勘ぐったが、よく考えたらすでに数十回はシャッターを切っていたから、単純にフィルムを使い切りそうだったんだな、と変な認識を改めた。
「よし、せっかくだし自撮りしておこう」
「……さっき、自撮りはできないって、自分で言ってなかった?」
「四人なら無理だろうけれど、ふたりならどうにかなると思うんだよなー」
というわけで、と青に有無を言わせぬうちに首にかかっていたストラップを外すと、レンズを自分と青に向ける。黄のカウントダウンと、ドアの開閉音が、ちょうど重なる。そして、シャッター音が響いた。
「…お前、なんつー無茶な撮り方してるんだよ…」
凍夜を連れてきた桃は、部屋に戻ってくるなりあきれ返った顔で黄を見た。
「ちょうど最後の一枚だったから、いいかなとか思って。あっ、フィルム入れ替えて」
ちょうどフィルムが切れたようで、カメラからはそれを巻く音が聞こえていたが、黄が差し出すころにはすっかり音は消えていた。
「はいはい」
黄からカメラを手渡された桃は、手際よくフィルムを入れ替えると、さりげなく気に向かってシャッターを切ったのを、黄はともかくとして、凍夜も青も見逃さなかった。
「あっ、お前、また撮りやがったな!」
「ぼんやり見つめてるのが悪いんだよ」
「…桃、根に持ってるのかな」
「いや、単にからかっているだけだろ」
凍夜と青は、ふたりのじゃれあいを冷静に、というよりは割と冷めた目つきで見つめていた。
そのあと、カメラは凍夜にも青にも回され、あっという間にフィルムの残数は減っていった。もちろんそれらは、きちんと写真に変化して、ついさっき桃の手に渡ったところだった。それらを見つけた黄が、目を輝かせる。
「おっ、写真現像してきたんだ」
「うん、今からチェックするところ」
桃は、がさがさと袋から写真の束を取り出すと、真っ先に黄に渡した。ついでに、フォルダーも渡そうとして、黄はとあることに気づく。
「……俺に整理作業をやらせようって魂胆?」
「いやいや、そんなことねーよ?気が向いたらやってね、というだけであって」
「やっぱり俺にやらせようとしてたんじゃねーかよ!」
軽いノリだというのはわかっているのだが、思わず大げさにリアクションしてしまう。手を大きく振り下ろして…その瞬間、手に握っていた写真がバラバラと数枚零れ落ちてしまった。
「あーあ、なにやってんだよ」
「あっ、わりい」
「俺拾うよ」
青が、何事もなかったように写真を手際よく拾う。凍夜もその近くにいたので、無言で青と同じように写真を拾っていった。そこで、一枚の写真が目についたらしく、ぼんやりとそれを眺める。
「どうした?お前の変な顔でも映ってたか?」
からかい交じりに桃が笑ってみせると、そんなんだったら今頃隠してるけどな、と凍夜が逆に笑い飛ばす。
「……いや、これ」
桃だけでなく、他の二人にも見えるように裏返しにする。
「ん?俺と青で撮った写真?」
「真ん中に、俺と桃が映ってる」
「あっ、本当だ」
三人は、写真をまじまじと見つめ、それぞれ納得する。写真は、青と黄が手前に配置されていて、元々自撮りが目的のものだった。それにタイミングよく入り込んでいたらしく、小さいが凍夜と桃も見える。
「あんときのか。よくもまあ、こんなきれいに四人ぴったり入れたもんだな」
「二人がちょうど部屋に入ってきたのはわかってたけど、これはすごいな」
「あっ、こっちの写真、青が変な顔してる」
「えっ!?」
似非記念写真から他の写真に話題が移ったせいで、最終的に写真は再び凍夜の元へ戻ってきた。それを受け取ると、そっとフォルダーに収める。そういえば、前にもこんな配置の写真を撮ったよな、と凍夜は過去のことをぼんやりと思い出していた。
「キラー、誰かに呼ばれた気がしたんだ」
「誰に?」
「さあ?…いつだったかにルルススも誰かの声を聴いたとか言っていたな。ルルススが聴いた声も、私が聴いた声も、誰のものかはわからないが」
言いながら、赤髪の青年は笑う。中性的な彼だったが、笑い方には微塵も女性らしさは感じられなかった。
「きっとお前も呼ばれると思うぞ」
「…何の確証があってそんなことを」
「私の勘だ」
もう一度、赤髪の青年は笑う。それを見た、キラーと呼ばれた青年は、そうか、とだけ頷くと、空に目を向けた。
「…本当にわからないのか?誰か」
キラーは首を傾げた。誰のものかわからないという割には、青年がやたらと嬉しそうだったからだ。
「誰かはわからないが…恐らく、お前だろうな」
「…は?」
キラーは開いた口が塞がらない。何を馬鹿なことを言っているんだ、と言いたげに青年を訝しそうに見つめていると、青年が苦笑した。
「ああ、すまない。お前だが…お前ではなかったな」
さらに、青年はキラーにとってわけのわからないことを呟くと、先に行く、とだけ言い残してその場を去った。
(なんだったんだ…)
キラーは、ただ、首を傾げるしかなかった。
その声が誰のものか、何のために聞こえてくるのか。それを理解するのは、また先の、しかしそう遠くない未来だった。
Tatsh 1stアルバムおめでとうございます!
4日に2回、7日に2回それぞれいただきました。いつもありがとうございます。
凍夜が目を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。ここはどこだろう。しばらく思考を巡らせるが、起き抜けの鈍い思考回路だ。睡眠前に何をしていたかはすぐには思い出せそうにない。眠くなったなら睡眠しようとすればいいものを、面倒臭がってその場所から動こうとせず、知らず知らずのうちに意識を手放すのは、凍夜の悪い癖だ。しかも、比較的早い段階で記憶が曖昧になることが時々あるのが困りものである。そういえば、スタジオに来ていたんだったか。なら恐らくここは控室だな、と頼りにならない記憶を頼りにひとまず起き上がると―テーブルを挟んだ向かい側にあるソファに寝転がる青の背中が見えた。見慣れた背格好だ。見間違いはない。
「…は?」
状況が掴めずに、凍夜は思わず口を開く。自分が恐らく練習中に寝てしまったのはわかる。そのあと、きっと誰かが控室まで運んでくれた(肩を貸してくれたと言った方が正しいのだが、記憶がないから便宜上そうなる)のもわかる。しかし、その誰かさんと思わしき人が同室で仮眠を取っているということが、理解できない。ましてや、青である。練習中に仮眠する姿を見かけたことなんて一度もなかったから、凍夜にとってそれはずいぶんと物珍しく映った。多分残りのふたりも凍夜と同じ立場だったら、同様の思考を持つだろう。
「おい、なんで青が寝てるんだよ…」
口にするが、その問いかけに答えてくれるものは、今この場にはいない。今まで遭遇しなかった状況だ。まずは他のメンバーにメールでも入れておこうと、凍夜が携帯電話を取り出すと、すでに一通のメールが入っていた。差出人は、バンドのギタリストだった。送られてきた理由をうっすらと理解して、それを開く。
『23:00まで俺らが個人練するからそこで待機。青を起こさないように』
それが全文だった。そして、凍夜はこれですべてを悟った。恐らく、あのふたりは何かしらの理由で、青をスタジオから追い出すために凍夜を利用したのだろう。その理由も、さしずめ青の不調―いいところ寝不足―辺りか。あいつらもよくやるよなあ、と凍夜は感心する。しかし、青がそれに甘んじているところを見ると、思ったよりも限界が近かったのかもしれなかった。
改めて、青を眺めてみる。そろそろ深夜に差し掛かることもあって、わずかに照明が落とされた空間では、黒い革張りのソファも、いつもの黒い服で身を包む青も同化しそうだが、凍夜の視界では意外と青の姿はきちんと認識できた。しかし、この位置だと彼の背中しか見えない。
「……」
凍夜は音を立てないようにソファから降りると、降りたとき以上に細心の注意を払って、青の寝ているソファに浅く腰掛ける。青が背もたれに寄って横になっているおかげで、凍夜が落ちるか落ちないかの瀬戸際で座らなくても済んだものの、覗き込もうかと思った顔は、背もたれでうまい具合に見えなくなっていた。
(…青らしい寝方だな)
最終的に、凍夜はソファの裏に回ることにした。どうしても寝顔が見たかったらしい。ようやく顔の見える位置までやってきて、ふと、いくら頼み込んでも青が髪を触らせてくれなかったことを思い出した。今なら、拒否された分を取り戻せるくらい髪の毛を触ることは造作もないだろう。しかし、もしも髪の毛が頬に当たれば当然起きるに違いない。諦めて、ソファの真上からまじまじと顔を見る。あまり照明が入らないこともあって、横顔はわずかに暗かったが、それでも目的は達成できた。本当に整った顔をしているなとか、思いのほか青の髪は真っ青でもないんだな、とか取り留めのないことが思い浮かぶ。
凍夜は、携帯電話をもう一度開いて、時間を確認した。今は、22時をようやく回ったばかり。青が起きるのが先か、この携帯電話が鳴るか、後ろのドアが開くのが先か。できることなら後者、いや、いっそどちらも来なければいいのに、と思いながら、残っている約1時間をどう消費するか、その答えは出しあぐねていた。
性 別 | 女性 |
誕生日 | 7月22日 |
血液型 | A型 |