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沈黙の歌を、夜に響かせることができるなら…
Venusの筆跡を前話し合ってた気がするので、そんな話を。
君を失い、僕は立ち尽くした。当たり前と言えば当たり前であって、今さらそれを否定する要素なんてどこにもない。そもそも理由なんて分かりきっているのに、目を瞑ることすらできないのに、どうして何もなかったかのようにふるまうことができるのか。
11日に拍手いただきました。ありがとうございました!
早朝、普段設定していたアラームよりも先に、携帯の着信音が鳴り響いた。眠りの中に沈んでいた葵の意識は、その音で一瞬にして浮上してくる。葵は、アラームが鳴ったのかと勘違いして、それを停止するために起き抜けに携帯を開くが、そこにはアラームの知らせなどなく、代わりに新着メールが数件届いていた。普段からすれば珍しい件数を目にして不思議に思いながら中身を開いてみたら開いてみたで、『誕生日おめでとう』と文章内に書かれたものばかり。一瞬なんのことだかわからず、ディスプレイの日付を覗けば、今日は11月11日―葵の誕生日だった。
「……すっかり忘れてた」
寝起きというのもあって、葵は今日が自身の誕生日だということに気づかなかったらしい。頭を軽く掻きながら、携帯を閉じる。届いたメールへの礼は、覚醒した状態で文章を読み込んだあとで返すことにして、今はとりあえず隣で眠っていた人を起こそうと決めたが、なぜか同時にドアの開く音が聞こえてくる。そちらに目を向ければ、今から起こそうと思っていたはずの千晴がドアから現れた。彼は、葵の顔を見た途端驚いたように、お、おはよう、などと挨拶してみる。
「…おはよう…?…そんなところで何してるの?」
「えっ、あ、あの…うん」
珍しく早いんだな、と声をかけるつもりが、千晴がドアを閉めたきりそこから動こうとしないので、思わず質問した。それでも質問に答えず、何かを隠すような仕草でしどろもどろになっている千晴を見て、首を傾げる。当人は言葉を選んでいるのか、口をもごもごさせていて、数分経つか経たないかで、ようやく口を開いた。
「あっ、あの、誕生日、おめでとう。それで…誕生日プレゼント、これ、あげる」
紡ぎだした言葉は祝福なのに、やけにはっきりしない言動と、空いた距離感に葵は違和感を覚えた。そうして、急ぎ足で千晴が葵に近づいたかと思うと、すっと何かを差し出してきた。差し出されたものはバラだった。一輪だけだから、端から見れば寂しいが…重要なのは、そこではなかった。
千晴の手元にあるそれは、赤でも、白でも、黄でも、桃でもない、青いバラだ。真っ青なバラだった。突然現れた幻想的な色合いに、思わず葵は言葉を失う。葵の顔を見て、ようやく千晴はいつもの顔を取り戻した。どうやら、葵の反応をずっと窺っていたらしい。
「びっくりした?ちょっと知り合いに用意してもらったんだけど、本物なんだってさ。葵にぴったりだし、確か花好きだったはずだし、青いバラならいいだろうって思って」
千晴はそう言うが、青いバラはこの世には存在しない植物だ。現実にはありえない植物だと思っていたから、今だって仮にそれがどこかにあると言われても不思議でしかたがないのに、ましてや自分の目の前にあって、さらに手元に渡りかけているという状況に、思考が追いついていかない。しかし、一方で冷静に千晴が強調した『青いバラ』の意味を探る。
「……」
しばし考えて、葵は、ひとつの花言葉にたどり着いた。
「…どうかな?」
呆然としている葵に声をかけると、葵は弾けたように千晴の顔を見た。最初は放心したような顔だったが、じわじわと広がっていくように、やわらかい笑みへと変化していく。
「……ありがとう、嬉しいよ」
千晴の手ごと、そっと青いバラを握ると、花弁がわずかに震える。もうこの際、現実でも幻想でも、どちらでもよかった。真意を知れば、それだけで嬉しかったから。
このバラと同じ色のあなたに、奇跡の祝福を。
(空虚の続きです)
涙が一筋頬を伝うと、不意に何かが近づいてきた。暗闇の中だから、はっきりと顔は判別できないが―
「…千晴、どうした?」
そこから聞こえてくる声は、一番聞きたいと願っていたものだった。声をかけても、気づいてもらえないかもしれないと思っていたはずの葵が、目の前に立っている。千晴は突然のことに、えっ、と声をあげたが、なんと切り出してみたらいいか分からなくて、しばし言葉を探す。
「…泣いてる?」
その間に、葵は千晴の頬に軽く触れて、そう訊ねた。葵は、涙腺が退化しているんじゃないかと思えるくらい涙など見せない上、たまに涙を流していても、それに気づかないくらい自分の感情には鈍感なのだが、他人、特に千晴の涙に対して妙に敏感だった。今も恐らく、すぐに泣いていたことに気づいたのだろう。慌てて千晴は涙を拭って、なんでもない、と言ってみせる。
「怖い夢でも見たの?」
「…いや、怖い夢は、見てない、けど。あ、葵こそ、なんで寝てないんだよ。いつも俺よりも寝るのは早いのに、ガラじゃない」
葵の言葉を一蹴して、ようやく、本来の目的を口にする。今は、心配されたくて起きだしたわけではなく、葵が気になったから今ここに立っているのだ。千晴は自分を奮い立てて、葵の言葉をしばし待つ。幸いなことに、先ほど感じていた不安は今のやりとりでほとんど消え去ってしまったから、ある程度冷静にはなれた。
「……考え事してて、眠れなかったから」
「なんか、さっきから、葵らしくないな」
葵の返答に対して出てきた言葉は、本当に素直な感想だった。彼は普段から就寝できなくても床についていることは少なくない。おかげで、千晴は葵が寝不足でも否とだまされることが多いし、気づいても理由など教えてくれなかったから、こうも普段と違う行動をするのは、本当に彼らしくない。だんだん葵に対する不安が増長していくのを感じた。
「…ところで、何弾いてたんだ?」
「……適当に弾いてた。手持ち無沙汰だったから」
どうやら、ベースを弾いていたのは、ひとりきりの世界に浸りたかったわけでもないらしい。これで、千晴の、自身に対する不安はすべて消え去った。あとは―
「…葵、たまには眠れなかったら、俺に相談してよ。ひとりで抱え込むよりも、分け合った方がいいんだからさ」
あとは、葵が無事に眠れるならば、すべてが丸く収まる。
性 別 | 女性 |
誕生日 | 7月22日 |
血液型 | A型 |