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バースディ

おめでとう、と。むりやりに頬を緩めている風を装って口にした。
そんな拗ねた顔で。いくらなんでもあからさますぎる態度を質してみれば、色が決まらなかったと口を尖らせた。

その日を記憶しているだけでサプライズなのに、プレゼントが決められなかったからなんて、どうして君はこうも、
素っ気なさを全面に出した贈り物を受け取った時の体中を駆け上がるような感覚がまだ残っている。あの感覚の他になにがほしいというの。

「いろがきまらなかったんだ」
うまいイメージカラーが浮かばないから自分の欲しいものを買った。すると渡すのが惜しくなった。プレゼントは彼の[足]に繋がっている

「ケータイ見せろ」
「無難な色だよ」
「つまんねぇの」
「そう言われても」
「俺なら…」

狙い目のアクセサリーやハイカットのスニーカー、食べたいケーキ、ピザ、深夜の歌声

自分の欲しいものならいくらでもあるのに云々、プランを描き出す彼はその一部や全てをくれるから、彼の理想に相槌を打ちながら今日を分け合う。

last smile


くだらない思考が頭を過ぎった
どのみち望めないのだから自分には関係の無い話。自分には。このひとには、




 灰に変わって、触れた端から崩れて仕舞いそうだったから傍らに座り込んでその首筋へ顔を寄せた。消えないことを確認したかった。
 それなのに重みを掛けないように回す腕は、半分と少し進んだところで易く彼の双肩を収めてしまう
 棒のような腕、足。背骨の梯には開けなかった羽根の名残がくっきりと張り出している。痩せぎすの体。ぼくのはんぶんしかないね。骨張るばかりの華奢な体は迸る破壊衝動に振り切れて壊れるんじゃないかと気が気でなかった。かれは中身の激情に耐えられるような逞しさもない、しなやかなだけの四肢を閉じた。ただの入れ物みたいだ。既に壊れている。
 昏い睛で、呼吸を殺してうなだれた肩へ体を寄せ合って。明日の話なんかしたこと無いね、荒廃した言葉以外口にしないね、骨の浮いた腰や耳の形、報われない会話より噛み合うようなキスをしたり、布団を取り合ったり
沈む箱舟の中で溺れながら喘いでいた。
 もう一度だけ触れたら、そう願うのは僕の願望だけで、どうにもしようがないから。現実から抜けられない代わりに、なんだって叶えたいのに


 何が欲しいの



 距離感を埋めて、届かないケロイドの残骸を目前に欠けた肩を抱いた。
窓辺では白む光を嫌った夜のこどもが融解し、煤けたアルミサッシと不精に積もる埃が日に染まってきらきらと光っている。
換気をしないと、どうでもいい事が頭を掠め、ぐるりと部屋を見回した。なんてことはない、住み慣れた空間だった。
頬の鈍く醒めるような痛みの有無。背中越しに伝わる氷の躯。
あるはずのないものだと理解していても、都合の良い夢は脳を欺いてくれる。しかし夢は現実に優ることはない。何一つ当て嵌まらなかった。

上体を起こすのとほぼ同時に、微妙な感覚を手の下に捉えた。
「ごめん、潰した」
脇腹に体重を掛けられた島さんは起きぬけのくもる声で二三言単語を発し、苦悶の表情からゆっくりと視点を合わす。もう一度ごめんね、と謝れば肘から腕を引かれ、ベッドの中へ引き戻された。
「居るの忘れてたな……」
「寝ぼけてたから」
「ああ、だから」
腕に収まった髪をくしゃくしゃに撫でた島さんは一人頷いて重く瞼を下ろした。
「なにが」
「何が欲しい、って」

寝言にしては正確な発音をしていたと指摘され、霧散しつつあった断片を取り戻す。

「甲斐性とかあったらいいよね」
「そういう系なんだ、抽象スキル系の」
「あなたは」
「お前が欲しい」
「いくらでもどうぞ」

取り込まれた胸板から見上げる島さんの、精悍とは程遠いふやけた寝起き顔に少し笑いが出て、それを目敏く見付けた双眸は意地悪く光る。




なんだってあげる、すきなだけ利用したら突き落として。コンクリートの向こうから子守唄が流れている。病んだ白い腕へ溢れた注射痕に苛まれる夜辺はもういない。此処はまるで、−−−
一度亡くしたこの身の代わりに犠牲となった誰かの抜け殻で埋め尽くされた虚無の穴。その怜悧な睛で射抜かれた傷口から大事ななにかが毀れてしまった。
朝の光が流れ込むベランダから振り返る痩身が長く伸びて、伸びっぱなしの前髪の、涙嚢に落ちる睫毛の繊細さに遮られ、踝の出た足元へ滑り落ちた。儚い存在はいつの間にか消えてしまうから切ない。
楽園へ行けなくても良いと口を付いて仕舞った直後、濡れた輪郭に走る苦いものを含んだ頬の削げ方が風が吹けば崩れて仕舞いそうに脆い陰影をしていた。そんな顔するんだ、と思った。
、知りもせずに




「忘れたらいいよね、ぜんぶ」

さよなら、   。いいたかったことを忘れて、思い出したがっても出て来るのは白い息だけ。どうせ他愛のない彼との(あなたとの)追想。だからいいんです。
吉凶を分け合ったり腕の中で探り合い、いつか結ばれたくても、無いものは望めない。溶け合いたかった過去が消えない、顔形ばかり薄れては夢で逢えても何処へもいけない。


果てなく続くような安寧に溺れ、傍らにある体温に只委ねて
ぼくは何がほしかったんだっけ。




さよなら獣を称えたきみよ


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朝の光が弾けて視界が赤く染まった。
呆気なさに鼻白んだ俺の背中に爪痕を感じて寝返りを打った。冷たい朝の、折れかけの羽根を閉じた天使がうずくまっている。




………

夢をみていた。自分じゃない夢だ。
あなたの上がった睫毛を見るときゅんとするよ。
胸が疼く。と告げれば彼の抱く[頭の弱い]印象が多少は払拭されたかもしれない。そう気付いた時には既によく回る口は女子学生のような擬音をはいた後で、確かめたその人は聞いているのかどうか定められない顔で黒い壁を横目に捕らえているだけだった。

「すべておわったらデートしよう」
戯れでもなく真正面から見据えられると、柔らかな表情はなく、快感と無垢を一緒くたにしてしまう子供のような瞳をしたその人の。いつかのしとやかな獣の気配がそこにあった。吹き出しそうになったコーヒーを嚥下した後から苦みや焦げた香が鼻へ抜けた。
「それから帰ってキスをしよう」
「順序が逆じゃないですか」
「今更、こだわることかな」
泣き出しそうな苦笑いを口に乗せ、宮城さん、と独り言のように呟いた。





馬鹿な俺でもすぐわかる。あんたが好きなのは俺じゃない。
愛するものを諦めたりしないだろ。
「愛しながら絶望するのは止めろ」
最前列の観客達は初を望んだ。あの躯に相応しい数だけ、愛した。薄い色のライトに照らされ、笑いながら、実は寂しくて仕方ないと言わんばかりの目をしていた。壊れ物にでもなって仕舞ったようで、捕まえた手の甲を頬に当て、夢中で口付けた。顳みから頬を、輪郭を確かめるように包み、どうしよう愛したい、彼を庇う薄い膜に爪を立て、中身をぶちまけながら俺の弟が好きだろうと言って彼を抱きたい衝動に駆られた。腕を回した背中はあの夜見たそれの予想より薄かった。




細い足首に嵌めたウッドアンクレットは青刺だった。
赤茶けた髪を乱雑に乾かす飛沫でバスルームからリビングまでの間に道が出来ていた。濡れた為か二ヶ月前に当てたパーマで髪がうねっている。指先で摘み上げてくるくると絡めるとうねりあっさりと渦を巻いた。
「似合ってる」
「どうも」
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サイレンス


あ の感覚が 恋しく て
彼に触れたが叶わなかった


冬は越せないだろう。
先の事を考えた時点で、それは避けられない必然性を持っているような気になる。
少なくとも彼は頓着していない様子だ。
無関心、疲労感。
日常だった。
抱きしめたくなる孤独な日常だった。
時計の針は四十五度に折れ曲がり、柔らかく畳まれた彼の腕のようだった。

 どうしてどこへもいけないの
黒ずんだ眦へ触れて、細かな睫毛の感触を指の背に察した時、擦り切れた獣は生身の人間に変換される。
意識の所在も掴めない虚ろな瞼の内側に入り込むことばかりを考えていた。
彼の中にどれだけの居場所があるのか、同一相似色素を持っているのか、肩に埋める吐息の意味、『指輪を棄てろ』、楽園、僕の名前を知っているのか、


ただ、此処は不易なばかりで、
居心地の良さが救いだった。
もうすぐ秋になる。

実のところかれの顔はほとんど覚えていない。
小さな顔に入る切れ長の目。深く入った眉間。耳から頬へかけての隆起。削げたような薄い肉付きの。冷たい体。ケロイドが。今思い出したんだ。体中に走る膏肓。
あのまま心臓を刔られていたらもっとかれを覚えていられたかもしれない。楽園で。かれの、ね。
僕らはそれを常に思い過ごしていたから。時計を意識するのと同じ、忘れている様で、体に染み付いている。そういう習性なんだ。その時が来ればどんな用事も手を離し、いかなくちゃならない。そして
連れて行ってくれる筈だった、かれに見えた入口に連れ添う予定だった、のにね。
届かなかった、あるいは
  そんなのわからなくていい。かれをこれいじょうゆがめたくない
くちにだしてももうどうにもならないんだからね。このはなしは、やめよう。

机の上列ぶ煙草の巻き絵、指輪、輸入物のキャンディ、硝子の破片、カップを埋めるアイボリーの液体はもう煙りを立てていない。陶器は彼の手に近い色をしていた。
 お前は冷たくないからわからない

彼の告白のような独白は、薄れた彼の容姿と、楽園を得られなかったことを述べている。不自然な句読点や起伏の乏しい声色で紡がれる言葉には物事の繋がりが表されておらず、点がちりばめられるだけで線を成していない為、かれと楽園の繋がりが解せなかった。
突き詰めた質問をしようかと思ったがこれは会話ではなく、彼の一方的な考えを割ってまで聞いておきたいこととは何か、と考えると開きかけた口が重くなった。
手持ち無沙汰に指を結ぶ。この、二者の必要性が不明な状態ながら、少しでも彼の意図を解ければ、と思う。
煙草をくわえた。黒い葉の芳しい香が立ち込めて、喉に合わないと感じていた主流煙に慣れてしまったことをぼんやりと弱みだと思った。

「こんなの、本当はどうでもいい。彼は何も好んでなくて、此処にある物だって数日も持っちゃいない。だけど僕はこれくらいしか彼の、彼を覚えてなくて」

「もういいよ」

緩やかに上がる頬は彼の讃える笑みと似ても似つかぬほど強張っている。自覚の有無など関係なしに、これ以上話させてはいけないと感じる位、無理な微笑みは歪んで儚く揺らいでいた。
彼が被っていたい皮は、慎ましく、モラトリアムに縁取られた安穏なのかも知れない。実際には痛々しく、羽根を無くした肩甲骨を両手で抱くことの叶わない無力感を抱えた空の眸に光を取り込みたがっているをそれをいつも歯痒く引き剥がして雨の夜に頬を打ったあの泣き顔を作っても無理矢理にお前は楽園へ行けないと囁いて、自分を守ることも満足に出来ない両手で彼を抱きしめたいと(熱い涙の、濡れた首筋が震えながら名を呼ぶ、しまさん。違うんだろ)

「何言ってもどうせ意味はないんだろ」

かれの名残を捜さなくったって誰と寝ても口を塞いでも彼がかれを忘れる日は来ない。肩の歯型と同じかそれ以上の深さへ入り込んでいるかれを忘れるだけの感情も具象も、この世界にはないのだろうから
膝の上で硬直する手の中を気付かないように頬を包むのをあの目が捉える。何も知らない生まれたての黒い眸に吸い込まれているのが今更どうしようもない気がして笑った。泣きそうなまま笑い返しては貰えなかった。


ソファに埋もれて映画を見た夜勤明けの日曜日が途方も無く掛け離れてた所で瞬いている。フィルムの結末を知っていた彼は残り5分を教えてくれなかった。視界一杯に広がった彼で舌を満たされ吹き飛んでいたシナリオを手繰り寄せてもタイトルが思い出せないまま、もうあの手の映画は見ないと決めた。
バスルームへ引きこもった彼の部屋の中心に居ると、波風を立てない生活に爪を立て我無斜罹に掻き毟りたくなる。それは嫌悪等ではなくて愛しさの余り起こる破壊衝動の類だ。家具から備え付けの窓まで、須らくが慎ましく介在するこの空間を愛している。それより遥かに彼を必要としている。取り替えが利くでしょうと揶揄するでもなく返した冷淡な横顔は切り取ったような三日月より青白く遠かった。
サイズの合わない銀の指輪を重いと言った笑顔が贋物だったとしても、滑り落ちた幸福が且ては存在したのだと(取り替えが利く安い茶番では笑えない)
バスルームの彼が出てくる気配は無い。カップの底に張り付いた泡を舐め、フローリングに転がった。天井が白いだけで冷たさは感じなかった。

もし仮にバスルームが噎せ返る錆の臭いに満たされていても、それはどうしようもなくどうにもならないのだと。かれがこの世界を忌んだように、彼もまたこの世界の住人となるのを望んでいない。人間が周りを固めたところで、彼が尊重するのは多くの知人よりも心筋の半分を刺し貫いたかれ一人の方が、遥かに
何処かへ帰属する事を望まない彼らには、それこそ[楽園]しかない。かれは楽園へ行ったと彼は言う。
露な背中から首だけを巡らしこちらを向いた薄い微笑み。あれが微笑みだったのか今でははっきりしない、彼の常套とする柔らかな表情を一枚の映像として焼き付ける美しさがあった。余さず走る斑の痣が鯉の鱗を思わせる満身創痍の体を被写した青写真のフィルムは皸割れたレンズの傷が署名宜しく入っている。
彼のうつくしい瞬間をかれは知っている。

「今が一番いいと思う。平穏で、幸福で、何時から空いていたのかも分からない慢性の空白が塞がるの、が分かる。あなたの手は大きくて、額を合わせ擦り減る言葉に頼らずとも、生きていける、漠然とそう感じた。打てば響くような互換性が良くてただでさえ盲目な僕には刺激的な   だった。刺激が強すぎた。ベランダから振り向くあなたの眩しさに目をやられた僕は簡単に投げ出して仕舞いたくなる薄弱な意志の持ち主ですから、そうなると既に全うでない。こんなに充たされて相互性の欠落を味わう事なく過ごしているのが酷く不相応且つ滑稽な気がするんです。無いはずのものが突然そこら中へ蔓延していたら戸惑うでしょう。確信していい、一番の恋なのに何処かずれている。欲しかったのはそれなのか、何にせよまともでない僕の願望は達せられても仕方ない。ただ僕はあなたと居られるこの瞬間に終わりたいと、そればかりを願っています。」
願っています。達せられても仕方がない。彼の願望の何処までがまともだったのだろう。
か細い音を上げたアルミサッシと共に雨の匂いが広がった。親と逸れた猫のような目をした彼が磨りガラスにへたり込んでいるのが見えた。白い肩を右手へ預け、その傷で彼は死ぬのだろうと思った。朝日に憂鬱が照らされる。編み目から零れた光りの粒が無くした穴を埋め、一肌の温もりで浸透するのを、一息に心地良いとは言えない葛藤、消毒液のように沁る痺れた感覚。
それは0330こんな日なのではないか。
瞼の奥で多くの光りが弾ける。応答しない彼の唇に触れた。見た目宜しく冷たかった。