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意思あるしもべ


「俺のこと軽く見てるでしょ」

春の風が目に染みる頃。少年が突然泣きそうに眉を下げた
まさかの花粉症かといやな考えを膨らませていた宮城は、強張った顔つきでこちらを見つめる成実を見返し、何の気なくそんな事ないよと否定してみた

「適当に返事してるんじゃないですか」
「だって成実ちゃんが熱視線送るから」

関係ないですよ、駄々をこねる子供の様に手振りを交えて非難する成実は、こういう時の自分がどれだけ女々しいことか気付いていない。年頃の男子らしからぬその姿に思わず吹き出してしまった。そうするとまた更に機嫌を損ねるのは目に見えて、重ねて笑いに歯止めがきかない。

何笑ってるんすか。いや、ほんと小動物だね。わけ分かんないっす……てぇか宮城さん泣くほど笑わないでくれません?マジへこみますよ。これ違うよほらあれ……

きらきらの目を独占してる。覗き上げるみたいに下から向けられた目がかわいくて思わず頭をくしゃくしゃにしたくなる。そんでヘッドロックついでにさりげなくデコチューしてやる。そしたらきっとこの青春を絵に描いたような少年は理解出来ずにパニクるのだ。けたけた笑いながらお別れして悶々とさせるのも悪くないな

なんて馬鹿な考えをくしゃみが吹き飛ばした
揺れる肩を叩いて成実がぼやく

「……もうちょっと緊張感持ってくださいよ。鼻かみながらとか白けます」
「仕方ないよ。今ね、花粉症じゃないかって悩んでんの」
「煙草のせいじゃないですか。オレなんか二、三年先にかかるって宣告されましたよ……もういっす。宮城さんなんか知りません」

煙草はしばらく吸ってないとか言える雰囲気でなく、成実は生意気にもため息をついて背を向けた。早足で歩く成実に宮城への尊重の念はまるで無い
以前は子分体質が染み込んだ低姿勢で礼儀を弁え、呼べば駆け寄る犬のような性質に心和まされたりしていただけに、最近の態度はよく目立つ。このところの成実の粗暴は可愛いげがないと思う

「うわっ何するんすか!」

後ろから引っ張って懐へ閉じ込める。ばたつかせる足に踏まれないよう意識しながらヘッドロック。もがく成実の金髪を撫で回す
トドメの一撃と首を上向かせるとそこで止まった
なんとも形容し難い切な顔で見つめられ、ぎゅっと心臓が締め上がった

「……成実ちゃん」
「なんすか」
「ヤだった?」

砂埃の舞う音だけやけに耳に着く。この俺がこんなガキにたじろぐ?まさかシャレにならんわ
無理な態勢のまま無言を保つ成実が瞼を下ろす。もはや拘束力を持たない腕を擦り抜け一歩二歩下がる
べつに嫌なわけじゃないです。……そう?ただ、


「……近すぎると、焦りますから」










「……かわいいこと言うじゃないか成実ちゃん」
「宮城さんなんてね、花粉にまみれて苦しめばいいんですよ」
「苦しめって酷くない?」
「受動喫煙の天罰です」

だからね、成実ちゃん。煙草は吸ってないんだよ
title-雨花

紫陽花の季節に死んだひと

教え子に好意を抱かれる。密やかに艶めくそんなことに興味はなく、そんなものは夢見がちな子供の恋へ対する憧れだと、少しほほえましく思う
無縁のものだった。教え子は幼く、私はそれらの親かそれ以上の年齢に達している。
歳の離れた教え子にそんな感情は芽生え得る筈も無い。
そういった相手がいなかったのは幸いなことでもあった。同じ職へ就いたかつての友人は教え子との密事が知れて住み処を追われ、相手の娘は糾弾に耐えられずに消息を絶った。
事件宜しく伝わった話を残念だと言うに留まったものの、畏怖を抱いたのは頭を過ぎった己の見方の方だ
[彼らの何がいけないのか]

なんのてらいもない彼の接吻を愛情表現の行き過ぎだとあしらえればこんな気持ちを引きずることはない







きっときみをだめにしてしまう。そうしてお互い傷付け合い、傷み合うようなこと、私はしたくないんだ
大きなな隔たりの内と外に別れているのだからね、私たちは


稚拙な説得はなんと芝居がかったものかと呆れが過ぎた。それで諦めてくれるならいくら滑稽でも喜んで続けよう
そう腹を決めていた


だったら殺して下さい。
先生の手で。


そうすれば先生はぼくを忘れられなくなる。
今のままでは時に流れて霞んでしまう。先生の中にさえ居場所がなくなるなんて耐えられません
いつも胸に残って、いつか恋しくなるんじゃないかって。そうしたらぼくは愛し合えたかもしれない予感をひいて、もちろんそのころぼくの命はなくなっているけれど。それでも愛し合えた可能性があるのだと思えるならいいんです。どうかぼくを置いていかないで。


一枚も二枚も上手をいかれた。
否、彼にそんな打算じみた思考は感じられず、むしろそれはより純粋な侠気で私の心の臓を刔った
一言一句違うことなく真直ぐに向かう彼の情念は私の薄い皮の下へ鋭く刻み込まれる
あどけなさ残る表情を悲壮に染める彼へが欲する言葉はこれでないと分かりながら彼は続ける。私はそれを真摯に受け入れなくてはならない


せんせい。
本当は今応じて欲しい。ぼくは


孤独に震える髪へ触れる。滑らかに梳き下ろした先へ伝うのを彼が離した。
初めての反抗に胸が痛くなった
爪先から頭まで彼を一貫する筋はきっと誰かの言葉一つ、態度一つで変わりはしないのだろう

 煮え切らない情けは結局何も救えずに、きみを傷付けてしまうね
きみの望むものを深いところで私は感じているよ。わかってもらえないかも知れないけれど、

あやす時の手つきで背中を撫でる。肩に乗せた頭が深く俯いている。悲しくないようにと、安心させたくて抱き寄せているはずの自分が、目頭を熱くさせているのは何故だろう
ぼんやりと肩の向こうを見ていた彼は潤む目を閉ざした。
微笑んではいない。表情は無く、唯、訴えかけるものは無くともその顔は"安らか"だった




先生、もしも先生が今の奥方様と出会う以前なら、ぼくを好きになってくれましたか

そういうものじゃないんだ。時間が気持ちを左右する訳じゃない。どうしてそうなのか、理由を探してみてもはっきりと自覚することが出来ない
だからきみに理解を得られるように上手な説明はできない、なんて口上でも言い分にはならない
そんなものか、愛は
どうしたらいいのか解らなかった。返答に困る私を見て彼は笑う。答えはなく、寂しそうに笑う






困らせてごめんなさい
明け方の薄明かりの中、足を止めた彼は顔を見せない程度に振り向いて告げた
それから遠くの垣根に隠れるまでの間、言葉を探しながら見送って
しとりと濡れた肩に触れては不甲斐なさを噛み締めた

正しいのは君の方だった。
傷付いても辛くても本心には逆らえない。嘘をついて共に過ごすなら、さながら針の筵に座り続ける生き地獄のような日々に違いない。
最後に見せた安らかな顔を思い出す度私は酷く後悔する
肩に乗せたしとやかな重み、あのぬくもりはかえらない、と

あの日確かに亡くなった。
彼を殺せなかった私は彼の言葉に息絶えた

この先あと幾年が巡るか知れないが、きっと忘れた振りを続けていくだろう





Title - 雨花

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