スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

オレンジタルトの誘惑



急に呼び出したのにも関わらず、約束の時間より少し早くルカはやって来た。夏らしいワンピースが非常に可愛い。彼女もまた嬉しそうにこちらへ寄ってくるものだから、今すぐ撫で回したくなる衝動を必死に堪えた。

「クライドくん、お待たせ」
「来てくれてありがとなー、大丈夫だった?」
「へいき」
「そうかそうか」

たった今衝動を堪えたばかりだったのに、気付けば彼女の頭をぽんぽんと撫でていた。
いつも通っているファリオンの楽器屋に行く用事が出来、軽い気持ちで彼女に声を掛けたのが始まりで、現在に至る訳だ。



「あっついなー、ルカ平気?疲れてない?」
「…うん…、」
「あ、あのカフェでも入ろーぜ。あちー」

いつもに増して日差しが強く、地面の照り返しが余計に熱を煽る。彼女を呼び出した『用事』は物の数分で終わってしまった。何でもないと頷く彼女の横顔が心なしか青白く見えて、大通り沿いにあるカフェ・ミルフィオーレへと彼女を誘う。実は何度か来たことがあるのだが、ルカは別のカフェで働いている訳だし、と躊躇していた。

「一番奥でいい?」
「うん」

確認を取ってから、彼女を奥へ、自分は手前の椅子に腰かける。少ししか歩いていないのに、暑さのせいで余計に疲労が増したようだった。やけに背が高い店長がミントウォーターを運んで来る。ケーキセットふたつ、と簡単に注文すると、ものすごく興味津々といった感じで彼、ジェラルドが声を重ねてきた。

「クライドくんの彼女?それとも恋人?」
「同じじゃん」
「いいなあ青春。素敵だね」
「話聞こうよジェラルドさん」

そんなやりとりを見てちいさくルカが笑うと、満足したようにジェラルドも笑う。可愛い彼女だね、と三度目のゴリ押しを聞き、しびれを切らせたクライドが「妹みたいな子だよ」と釘を刺した。
クライドもルカもケーキとアイスティーのセットを頼んだはずなのに、ルカの分は小さなケーキがもう一つサービスされていて、安易で笑ってしまった。




more...!

明けない夜



絶体絶命という言葉をこれほどまでに強く認識したことは無い。せっかく雇ってくれたローザも、場合によっては辞めざるを得ないかもしれない。店長にしてしまったことは、それほど重大だと、クレア自身痛感していた。あの後の記憶はあまりに薄く、起きたら私服のままベッドに居た。瞼が重い。起きたくはないと、身体中が悲鳴を上げているようにすら思えた。

「はぁ………、どうしよう…」

ごろりと仰向けになって、目を擦る。開けっ放しのカーテンから見た空は未だに薄暗かった。幸いにも枕の横には投げ飛ばしたと思わしき携帯電話が転がっていて、何の考えもなしに手に取り、電話を掛ける。





「ひっさしぶりだなー、クレアんち来るの」
「ああ、そうだっけ?」
「んー、引っ越しの手伝い以来?」
「え、まじで。そんなに?」

不揃いのマグにティーバッグを垂らし、熱湯を注ぐ。すぐにアールグレイの良い香りが漂う。熱い紅茶に冷たいミルクを垂らして、テーブルへ運んだ。…ポットで紅茶を入れたら嫌でも違和感に気付いてしまう。無意識のうちに溜息をつくと、珍しく真面目な顔をしたクライドがこちらを見た。

「どうした?」
「う、ん。なんだよ直球だな」
「ごめんごめん、でも俺は無理だよ、遠回しに聞くのとか」
「だよね、クライドだもんね」
「ちょっとどういう意味」

小さいときからの相変わらずのやりとりに、思わず笑ってしまう。クライドがにんまりと笑うのを見て笑わせてくれたのだと気付くが、あえて知らないフリをした。マグが空になる頃にはクライドまでもがどんよりとした空気を漂わせていて、何だか逆に心配になる。


「とりあえず……忘れちゃえパーティーでも開く?」
「何言ってんの?っていうかフォローくらいしろよ」
「えー…あー……」
「……だよなぁ」
「……うん」

二十歳を過ぎた良い大人ふたりがソファで縮こまる様は、端から見ても異常だ。しかし、どうやっても打開策を見つけることはできなかった。

「…僕、まだ、好きだと思う。これからも」
「うん」
「あー…なんか、初めてかも?失恋ってやつ」
「え、今さりげなく自慢した?」
「うん」

笑う。笑ったはずだったのに、笑えていなかった。ひとすじ流れた後は、止まることなく涙が零れた。ずっと我慢していたせいかもしれない。泣いてはいけないと自分に言い聞かせていた。
背中を撫でる手は大きいのに、受け止めてくれる体温は温かいのに、求めるものと違っていて余計に悲しかった。




more...!

今でもあなたが



非常に、ぎくしゃくしている。主に自分が、だが。額へのキスやその他諸々の出来事で、自分が店長を一方的に避けているのは周りの目から見ても明らかだった。しかし彼のことだ、気付いているが何も言ってこないに違いない。どうしてこうなってしまったのだろう。


バイト終わり、久しぶりにユーロの家で夕食をご馳走になることになった。キッチンで遅めの夕食作りに取り掛かる彼の横で手伝いをしているうちに、何だか心臓を鷲掴みにされたような気持ちになって、視界がぶれる。彼に支えられていることに気付いて酷く動揺した。慌てて離れようとするが、そんなクレアの行動を先読みしたかのようなユーロの行動に阻まれて、後ずさることも、逃げるように腕を引くことも叶わなかった。

クレアの表情が泣きそうに歪められているのを見て、思わずといった風に抱き締めた。びくりと一瞬震えたが、すぐに縋るように背に腕が回される。あやすように背中を撫でると、ごめんなさい、と小さな謝罪が零れた。その声が震えていることに気付く。



「…最近、すいませんでした。…一方的に」
「気にしてないよ。気付いてたけどね」
「そうだろうとは思ってました」

少しの間の後、幾らか落ち着いたクレアがぽつぽつと話し始めた。おどけるような返事に少しだけ笑い声が漏れる。それを聞いて安心したが、腕を緩めることはしなかった。相変わらず一定のリズムで背を撫で続けていると、安堵したのか、少しだけ体重が掛かる。

「…店長に嫌われたらどうしようって、最近そればっかり考えてました」
「嫌わないよ、そんなことで」

明るく笑いながら軽い気持ちで返したが、はたとその言葉の真意を考えて数秒停止してしまった。どういうつもりでクレアが言ったのか、そんなことを頭の隅で考えていると、追い打ちをかけるようにクレアが言う。

「僕、店長のこと好きなので。本当に良かった」


背に回された腕への解釈に、これほど困ったことは無かった。



more...!

シャングリラ


はいこれお返し、と何気なく渡された小箱にはしっかりとリボンが掛かっていて、開ける前から中身を教えているようなものだった。この前のいきさつから察しはついたし、クライドの思考は呆れるほど単純だが、真っ直ぐだ。


「全く、どこをほっつき歩いてるのかと思えば…」
「なに、寂しかった?」

思わずぼやくと途端に目を輝かせてこちらに近付いてくるものだから、寄るなと手を突き出した。やんわりと手首を掴まれ、次の瞬間、背中にはシーツの感触。…全くこの犬は、"待て"というものを知らないらしい。

「ほんとはリングと迷ったんだけどな」

自分に跨ったまま、今しがた自分に贈ったはずの小箱から中身を取り出すクライドを黙って見つめる。シルバーチェーンのブレスレットで、中心にひとつ、小さな月のチャームがついている。様々な思考が頭をよぎったが、素直に悪くないと思ったのでそのまま口を噤むことにした。そんなことを気にした風もなく、先程から掴まれたままだった手首にそれを着け終えたクライドが満足そうに笑う。


「…お前のことだから、リングだろうと思ったのに」
「もうちょっと待つことにした」

その時はお揃いで、なんて言いながら、彼が覆いかぶさるのと共にキスが降る。ベッドが少しだけ沈んだ。抵抗する気は起きなかったが、ほぼ反射的にクライドの肩を押す。元から力なんて入れていなかったせいで呆気なく剥がされ、シーツに縫い止められた。色の違う瞳には情欲が孕んでいるのが窺えて、わざとらしく溜息をつき、目を閉じた。




シャングリラ
(君と一緒に)



more...!

in eclipse


"忙しい"なんてチープな言葉に全ての責任を押し付けて、目前にある問題から逃げ続けていたのは、他の誰でもなく自分だった。
最初はただの趣味でベースを始めたのに、才能がある、センスがあるなどと周りからは誉めそやされた。練習すればするほど技術は向上し、ライブハウスに入り浸る毎日。そんな中、当時は各々バラバラのバンドに所属していた今のメンバーと出会った。新しいバンドを組み、練習を重ね、たくさんの危機を乗り越えてルナは揺るぎないものへと進化した。
その一方で犠牲になったのは紛れもなく恋人で、次第に会う時間も、連絡も細々としたものになっていった。彼も彼で忙しい様子だったし、少しだけ意地もあったのかもしれない。気付いた頃には自然消滅という言葉がぴったりな状況に陥っていて、既に手遅れだった。笑って済まされるような問題では無いことも、重々承知していた。

いつだったか、彼をファリオンで見かけたことがあった。反射的に伸ばしかけた手は、隣で明るく笑う人物を見つけた途端に動かなくなり、一方でどこか冷静な自分が居て、ああ、もう元には戻れないんだ、と痛感した。手放したのは自分だ。



「……行くな、ロイズ!」
「っ、!」
「いってー!!」
「急に飛び起きるからだろう…!」

目の前には涙目でこちらを睨むロイズが居て、彼の額はほんの少し赤くなっていた。意識が覚醒すると共にじんじんと痺れるような痛みが額いっぱいに広がる。どうやらうなされているのを心配した彼が顔を覗き込んだのと同時に飛び起きてしまったらしい。
じわりと鼻の奥が熱くなる。細い身体を力いっぱい抱きしめると小言が飛んだが、幸いにも振りほどかれることは無かったので無視をした。諦めたような溜息と共に背に腕が回されて、それに酷く安堵する。

「……どんな夢を見ていたのか知らないけど、俺はここに居る」
「……うん」
「お前らしくない…。明日は雪でも降るのか?」
「…ひっでぇな」

きっと彼には全て分かっているんだろう。それでも何も知らないフリをしてくれる。思わず頬にキスをすると、また躾のなってない犬だと苦笑しながら言われたが、それでも構わなかった。





in eclipse
(欠けた心を君で満たして)



more...!