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シャングリラ


はいこれお返し、と何気なく渡された小箱にはしっかりとリボンが掛かっていて、開ける前から中身を教えているようなものだった。この前のいきさつから察しはついたし、クライドの思考は呆れるほど単純だが、真っ直ぐだ。


「全く、どこをほっつき歩いてるのかと思えば…」
「なに、寂しかった?」

思わずぼやくと途端に目を輝かせてこちらに近付いてくるものだから、寄るなと手を突き出した。やんわりと手首を掴まれ、次の瞬間、背中にはシーツの感触。…全くこの犬は、"待て"というものを知らないらしい。

「ほんとはリングと迷ったんだけどな」

自分に跨ったまま、今しがた自分に贈ったはずの小箱から中身を取り出すクライドを黙って見つめる。シルバーチェーンのブレスレットで、中心にひとつ、小さな月のチャームがついている。様々な思考が頭をよぎったが、素直に悪くないと思ったのでそのまま口を噤むことにした。そんなことを気にした風もなく、先程から掴まれたままだった手首にそれを着け終えたクライドが満足そうに笑う。


「…お前のことだから、リングだろうと思ったのに」
「もうちょっと待つことにした」

その時はお揃いで、なんて言いながら、彼が覆いかぶさるのと共にキスが降る。ベッドが少しだけ沈んだ。抵抗する気は起きなかったが、ほぼ反射的にクライドの肩を押す。元から力なんて入れていなかったせいで呆気なく剥がされ、シーツに縫い止められた。色の違う瞳には情欲が孕んでいるのが窺えて、わざとらしく溜息をつき、目を閉じた。




シャングリラ
(君と一緒に)



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in eclipse


"忙しい"なんてチープな言葉に全ての責任を押し付けて、目前にある問題から逃げ続けていたのは、他の誰でもなく自分だった。
最初はただの趣味でベースを始めたのに、才能がある、センスがあるなどと周りからは誉めそやされた。練習すればするほど技術は向上し、ライブハウスに入り浸る毎日。そんな中、当時は各々バラバラのバンドに所属していた今のメンバーと出会った。新しいバンドを組み、練習を重ね、たくさんの危機を乗り越えてルナは揺るぎないものへと進化した。
その一方で犠牲になったのは紛れもなく恋人で、次第に会う時間も、連絡も細々としたものになっていった。彼も彼で忙しい様子だったし、少しだけ意地もあったのかもしれない。気付いた頃には自然消滅という言葉がぴったりな状況に陥っていて、既に手遅れだった。笑って済まされるような問題では無いことも、重々承知していた。

いつだったか、彼をファリオンで見かけたことがあった。反射的に伸ばしかけた手は、隣で明るく笑う人物を見つけた途端に動かなくなり、一方でどこか冷静な自分が居て、ああ、もう元には戻れないんだ、と痛感した。手放したのは自分だ。



「……行くな、ロイズ!」
「っ、!」
「いってー!!」
「急に飛び起きるからだろう…!」

目の前には涙目でこちらを睨むロイズが居て、彼の額はほんの少し赤くなっていた。意識が覚醒すると共にじんじんと痺れるような痛みが額いっぱいに広がる。どうやらうなされているのを心配した彼が顔を覗き込んだのと同時に飛び起きてしまったらしい。
じわりと鼻の奥が熱くなる。細い身体を力いっぱい抱きしめると小言が飛んだが、幸いにも振りほどかれることは無かったので無視をした。諦めたような溜息と共に背に腕が回されて、それに酷く安堵する。

「……どんな夢を見ていたのか知らないけど、俺はここに居る」
「……うん」
「お前らしくない…。明日は雪でも降るのか?」
「…ひっでぇな」

きっと彼には全て分かっているんだろう。それでも何も知らないフリをしてくれる。思わず頬にキスをすると、また躾のなってない犬だと苦笑しながら言われたが、それでも構わなかった。





in eclipse
(欠けた心を君で満たして)



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day after day


ほぼ毎日と言って良い程のバイトのシフトを入れているせいと、元からの面倒臭がりな性格も相まって、彼女の夕食はスーパーで買ってきたものかインスタント食品、酷いときには食べないことも多かった。一人で食べるご飯は美味しくない。テレビを付けても、音楽を聴いても、寂しさは拭えなかった。
せめてもの救いは幼馴染で、彼の作る料理はとても美味しいし、すばやく作ってしまう割には凝っている。そんな彼が夕食のメニューを考えているとつい、軽いノリで声を掛けてしまうのだ。


「今日はハンバーグにした。お前チーズ好きだよな?」
「…うん…!」

目を輝かせたミスティアが凝視しているのは俗にいうチーズインハンバーグというやつで、備え付けの彩りなどはレストラン顔負けだった。はしゃぐ彼女を余所に、マリアは淡々とグラスに水を注ぐ。

「いただきます」

二人で手を合わせてから食べる。切り分けて中からとろりとチーズが溢れるたびにはしゃぐミスティアに、ついにマリアも笑った。ご飯は静かに食べろ、などと言いながらも、緩やかな時間が流れていく。



「ごちそうさまでした。ほんと、マリアの作るご飯好き」
「お前はご飯目当てか」
「バレたかー」
「殴るぞ」
「うそだってば」

帰り道、コンビニに用事があるというマリアに送ってもらいながら、他愛もない会話を繰り返していた。不意に押し黙ったミスティアに不思議そうな視線を向けるも、何も言わない。

「ほんとに、マリアの作るご飯、好きだよ」
「うん」
「……毎日行ってもいいの?」
「はあ?」
「こないだの」
「…ああ、」

合点がいったようにマリアは頷いた。いつもはうるさいくせに、変なところで気を遣うのはこの幼馴染の悪いところだと思う。

「よくなかったら言わない」
「…うん」
「元気ないお前、気持ち悪いよ」
「ひどい」

ようやく笑った彼女につられるように笑う頃には、アパートに到着していた。ありがとね、と手を振って扉を開けようとする彼女の腕を引っ張って、止める。

「明日のメニューは決まってるから無理だけど、明後日の分からお前も考えろよ」
「…うん、考えておく」

驚いた瞳が泣きそうに歪んだのは見ないふりをした。また明日な、と後ろ手にひらりと振る。返事はなかったけれど、それは重要なことではない。少しだけ笑いながら、マリアも元来た道を戻っていった。


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不可欠な辻褄


今までアルバイトをしていた雑貨店の閉店が決まり、どうしたものかと思案しながらファリオンを歩いていたときだった。アパートからそう遠くない場所にあるカフェ&バーで求人していると友人から聞き、少し悩んだ末に教えてもらった番号へ電話を掛ける。…どこかで聞いたことがしなくもない声だったが、そんなことは日常茶飯事だし、明確な答えも浮かばなかったのでスルーした。無事に面接の日時が決まり、意気込んで店に向かった。のだが。


「…………」
「あれ、君、この前の」
「…お兄さん、店長さんなんですか…」
「うん、実はね」

からりと楽しげな笑い声を漏らす目の前の人物を見ながら思わず立ちつくす。そこに居たのは紛れもなく以前に丘で出会った人物であり、今から面接する店の店長だった。突然のことにどうしていいか分からずにいると、彼は座ってよ、と目の前の椅子を指し示す。

「…改めてはじめまして、店長のユーロ・ルアレイノです」
「……はじめまして、クレア・リクフェスティと申します」

困り果てているのが表情に出ていたのか、彼は噴き出して笑った後、それを謝罪した。
そのあと数点質問されただけで面接は終わり、溢れるような疲れを感じながら、最初に出されてから一度も付けていなかった紅茶を飲む。すっかり冷たくなって風味も味も落ちるはずのそれは変わらず美味しくて、驚いて思わず彼を見上げた。やわらかい表情を浮かべた彼は「見直した?」と冗談を言っている。なんだか不思議な気持ちだった。



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レイニーデイ



「雨降るって予報だっただろ。見てないのか」
「見てねーよ、朝はアニメの時間だ」
「…バカだな」
「ひっでぇー」

眼下に座るロイズの、風呂上がりで濡れた銀髪をタオルで些か乱暴に拭きながら、いつもの会話にクライドは笑う。結局、相合い傘という小さな期待は呆気なく打ち砕かれ、二本の傘を並べて帰宅した。すっかり冷え切った体を風呂で温めた後は、スーパーで買った酒とつまみで晩酌をする予定だった。酔わせるつもりで持ちかけたのだが存外に乗ってきたので、踏み切れずに今に至る。

「なんだかんだで結構泊まるよね」
「お前がうるさいからだろう」
「…でも好きなんだろ」
「…うるさいバカ」

照れ隠し、と笑いながら冷たい髪に指を滑らせると、自分のシャンプーと同じ匂いが漂う。今更ながら、そんなことで不覚にも心臓が跳ねた。

「めんどいならさ、もう一緒に住もうぜ」

抗議のために振り向いたロイズの顎を掬うと、視線が絡む。迷うように揺れた瞳を見つめて、そのままキスをした。



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