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譫言



レポートと睨み合いをしているロイズに出掛けてくると一言告げると、彼は視線を寄越さずに片手を挙げて返答した。それに苦笑すると、鍵を掛けて家を出る。あの調子だときっと今日中は終わらないだろうから、ローザでコーヒーでも買っていこう。そんなことを考えながら大通りを歩いていると、よく見慣れた後姿が、恋人と思わしき彼と並んで歩いているのを見つけた。声を掛けようかとも思ったのだが、邪魔をしてしまっては悪い。そそくさとその場を立ち去ろうとしていた、まさにその時。

「あ、クライドくん」

透き通るような声が聞こえてびくりと肩が震えた。「またね、フランケンくん」と続いた声に、そちらを見やる。ぱたぱたとこちらに走り寄る銀髪は紛れもなくルカで、その後ろで何とも言えない表情をしているのは彼女の恋人、フランケンさんだった。どうしたものかと考えあぐねていたとき、小さな悲鳴を漏らして華奢な身体がバランスを崩す。慌てて駆け寄り、抱き留めた。何が起きたか分かっていないような瞳で、ルカが腕の中からこちらを見上げる。

「あぶねー、転んだら痛いよ、石畳だし」
「ごめんなさい……ありがとう、クライドくん」
「気にすんなって。それより、今日バイトじゃなかった?」
「これから」
「そうなんだ。デートの邪魔してごめんな」

そこまで会話して、いつまでもルカを抱きしめていたことに気付いて手を離す。ごめんなーと苦笑しながら頭を撫でると、彼女はふてくされたような顔で一歩身を引いた。が。

「あ」
「ん?」
「もういかなきゃ。…ばいばい、クライドくん」
「おー、がんばれよー」

ひらひらと手を振ると、彼女も笑って手を振り返してくれる。少し他の店を回ってからローザに行こうか、そんなことを考えていると、不意に声が掛かった。

「はじめましてクライドくん。良かったら、お茶でもどうかな」
「フランケンさん、ですよね?俺も話してみたいと思ってたんですよ!」
「本当?それは良かった」

つい興奮気味でまくし立ててしまう。バンドメンバー以外に音楽の話が出来る友人は数少ない。何を聞こう、どんなことを話そうとわくわくしながら、彼と連れ立ってローザへ向かったのだった。






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しつけ不足

 

「お前が、いつ、どこで、誰と何をしようが、俺には関係ない」
「言葉と行動が合ってない」

感情に任せて彼を壁へ押し付けると、そのまま首筋に噛み付いた。悲鳴ともつかない声がロイズの口から漏れる。躾のなってない犬だと言わんばかりに、首から下がるチェーンが下へ引っ張られた。
痛みで僅かに潤んだ瞳で見上げられても、クライドの視線は揺るがないまま、自分よりほんの少し低い彼を見下ろした。彼が抗議の言葉を口にするよりも早く塞いでしまう。不意打ちのキスはいつもよりも激しく、まるで呼吸さえ奪おうとしているかのようで、ロイズは為す術もなくされるままになっていた。

数秒の後。やっと唇が離れた。と同時に思い切り呼吸した。やりすぎだバカ、と言葉にしなくても視線が物語っている。責めるような視線に悪びれる様子も気にする風もなく、クライドはもう一度、今度は軽いキスを落とした。

 

「…なんなんだよバカ。少しは嫉妬しろよバカ」

「……バカにバカとは言われたくない」

「俺もだけど、ロイズも相当バカだからね」

「な、」

 

視界がぶれる。ベッドへ投げ出されたのだとロイズが認識する頃には、至極楽しそうな笑顔のクライドが上に居て、脱出することは到底不可能だと思われた。




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オレンジタルトの誘惑



急に呼び出したのにも関わらず、約束の時間より少し早くルカはやって来た。夏らしいワンピースが非常に可愛い。彼女もまた嬉しそうにこちらへ寄ってくるものだから、今すぐ撫で回したくなる衝動を必死に堪えた。

「クライドくん、お待たせ」
「来てくれてありがとなー、大丈夫だった?」
「へいき」
「そうかそうか」

たった今衝動を堪えたばかりだったのに、気付けば彼女の頭をぽんぽんと撫でていた。
いつも通っているファリオンの楽器屋に行く用事が出来、軽い気持ちで彼女に声を掛けたのが始まりで、現在に至る訳だ。



「あっついなー、ルカ平気?疲れてない?」
「…うん…、」
「あ、あのカフェでも入ろーぜ。あちー」

いつもに増して日差しが強く、地面の照り返しが余計に熱を煽る。彼女を呼び出した『用事』は物の数分で終わってしまった。何でもないと頷く彼女の横顔が心なしか青白く見えて、大通り沿いにあるカフェ・ミルフィオーレへと彼女を誘う。実は何度か来たことがあるのだが、ルカは別のカフェで働いている訳だし、と躊躇していた。

「一番奥でいい?」
「うん」

確認を取ってから、彼女を奥へ、自分は手前の椅子に腰かける。少ししか歩いていないのに、暑さのせいで余計に疲労が増したようだった。やけに背が高い店長がミントウォーターを運んで来る。ケーキセットふたつ、と簡単に注文すると、ものすごく興味津々といった感じで彼、ジェラルドが声を重ねてきた。

「クライドくんの彼女?それとも恋人?」
「同じじゃん」
「いいなあ青春。素敵だね」
「話聞こうよジェラルドさん」

そんなやりとりを見てちいさくルカが笑うと、満足したようにジェラルドも笑う。可愛い彼女だね、と三度目のゴリ押しを聞き、しびれを切らせたクライドが「妹みたいな子だよ」と釘を刺した。
クライドもルカもケーキとアイスティーのセットを頼んだはずなのに、ルカの分は小さなケーキがもう一つサービスされていて、安易で笑ってしまった。




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明けない夜



絶体絶命という言葉をこれほどまでに強く認識したことは無い。せっかく雇ってくれたローザも、場合によっては辞めざるを得ないかもしれない。店長にしてしまったことは、それほど重大だと、クレア自身痛感していた。あの後の記憶はあまりに薄く、起きたら私服のままベッドに居た。瞼が重い。起きたくはないと、身体中が悲鳴を上げているようにすら思えた。

「はぁ………、どうしよう…」

ごろりと仰向けになって、目を擦る。開けっ放しのカーテンから見た空は未だに薄暗かった。幸いにも枕の横には投げ飛ばしたと思わしき携帯電話が転がっていて、何の考えもなしに手に取り、電話を掛ける。





「ひっさしぶりだなー、クレアんち来るの」
「ああ、そうだっけ?」
「んー、引っ越しの手伝い以来?」
「え、まじで。そんなに?」

不揃いのマグにティーバッグを垂らし、熱湯を注ぐ。すぐにアールグレイの良い香りが漂う。熱い紅茶に冷たいミルクを垂らして、テーブルへ運んだ。…ポットで紅茶を入れたら嫌でも違和感に気付いてしまう。無意識のうちに溜息をつくと、珍しく真面目な顔をしたクライドがこちらを見た。

「どうした?」
「う、ん。なんだよ直球だな」
「ごめんごめん、でも俺は無理だよ、遠回しに聞くのとか」
「だよね、クライドだもんね」
「ちょっとどういう意味」

小さいときからの相変わらずのやりとりに、思わず笑ってしまう。クライドがにんまりと笑うのを見て笑わせてくれたのだと気付くが、あえて知らないフリをした。マグが空になる頃にはクライドまでもがどんよりとした空気を漂わせていて、何だか逆に心配になる。


「とりあえず……忘れちゃえパーティーでも開く?」
「何言ってんの?っていうかフォローくらいしろよ」
「えー…あー……」
「……だよなぁ」
「……うん」

二十歳を過ぎた良い大人ふたりがソファで縮こまる様は、端から見ても異常だ。しかし、どうやっても打開策を見つけることはできなかった。

「…僕、まだ、好きだと思う。これからも」
「うん」
「あー…なんか、初めてかも?失恋ってやつ」
「え、今さりげなく自慢した?」
「うん」

笑う。笑ったはずだったのに、笑えていなかった。ひとすじ流れた後は、止まることなく涙が零れた。ずっと我慢していたせいかもしれない。泣いてはいけないと自分に言い聞かせていた。
背中を撫でる手は大きいのに、受け止めてくれる体温は温かいのに、求めるものと違っていて余計に悲しかった。




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今でもあなたが



非常に、ぎくしゃくしている。主に自分が、だが。額へのキスやその他諸々の出来事で、自分が店長を一方的に避けているのは周りの目から見ても明らかだった。しかし彼のことだ、気付いているが何も言ってこないに違いない。どうしてこうなってしまったのだろう。


バイト終わり、久しぶりにユーロの家で夕食をご馳走になることになった。キッチンで遅めの夕食作りに取り掛かる彼の横で手伝いをしているうちに、何だか心臓を鷲掴みにされたような気持ちになって、視界がぶれる。彼に支えられていることに気付いて酷く動揺した。慌てて離れようとするが、そんなクレアの行動を先読みしたかのようなユーロの行動に阻まれて、後ずさることも、逃げるように腕を引くことも叶わなかった。

クレアの表情が泣きそうに歪められているのを見て、思わずといった風に抱き締めた。びくりと一瞬震えたが、すぐに縋るように背に腕が回される。あやすように背中を撫でると、ごめんなさい、と小さな謝罪が零れた。その声が震えていることに気付く。



「…最近、すいませんでした。…一方的に」
「気にしてないよ。気付いてたけどね」
「そうだろうとは思ってました」

少しの間の後、幾らか落ち着いたクレアがぽつぽつと話し始めた。おどけるような返事に少しだけ笑い声が漏れる。それを聞いて安心したが、腕を緩めることはしなかった。相変わらず一定のリズムで背を撫で続けていると、安堵したのか、少しだけ体重が掛かる。

「…店長に嫌われたらどうしようって、最近そればっかり考えてました」
「嫌わないよ、そんなことで」

明るく笑いながら軽い気持ちで返したが、はたとその言葉の真意を考えて数秒停止してしまった。どういうつもりでクレアが言ったのか、そんなことを頭の隅で考えていると、追い打ちをかけるようにクレアが言う。

「僕、店長のこと好きなので。本当に良かった」


背に回された腕への解釈に、これほど困ったことは無かった。



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