(銀琴)
それは何も特別なことなどない、ある普通の日のことだった。
その日は突然雨が降ってきて、コトネは旅の途中、しかも町と町との丁度中間にいたから、葉の生い茂る大木の陰で雨宿りをしていた。
雨に打たれた葉からぱらぱらと、滴がお気に入りの帽子に灰色のしみを作るが、大粒の雨にひっきりなしに打たれるよりましだ。
風邪をひいてはいけないからと、ポケモン達をボールに入れて、ぼんやり空を見上げる。
雨の止む気配はない。
その時だった。
ばしゃばしゃとぬかるんだ道を走る足音が聞こえ、そちらを振り向くと、そこには見慣れた赤色があった。
コトネに気付いていないのか、それとも気づいているのか。
まっすぐにコトネのいる木へやってきた。
どうやら気付いていなかったらしい。
ぐっしょりと濡れたジャケットを脱いで絞り、長い前髪をかき上げたその手がぴたりと動きを止め、銀色の目が見開かれて、コトネはそれを知った。
「お前…」
「シルバー君…」
名前を呼ぶと、シルバーは機嫌悪そうにそっぽを向いた。
出会った時からシルバーのコトネに対する態度はこうだから、コトネはさして気にしない。
だけど、どうしてか。
もしかしたら雨のせいでセンチメンタルな気分になっているのかもしれない。
今日はそれがとても寂しいような気がした。
*
「ねえ、シルバー君」
どれだけ時間がたっただろう。
会話することもなく、ただ雨が止むのをまつ。
互いを見ることはない。
それは、知り合い同士では不自然なことではないかとコトネは思った。
だから声をかけた。
シルバーはこちらを見ない。
「どうして、わたしにいつもバトルを挑むの?」
「……………………別に」
長い沈黙の後、シルバーは素っ気なく答えた。
だが、コトネにはそれがシルバーの困惑した気持ちをまとって発せられたように感じられた。
そのポーカーフェイスからはなにも感じとることができないのに。
「この間、」
今度はシルバーが口火を切った。
「お前にまた負けたな。……お前は、見るからに弱そうな奴なのに」
俺のポケモンが弱いせいか、それとも……。
シルバーは自嘲するように言った。
それとも、の後は雨にかき消された。
その姿は、とても寂しそうに、コトネには見えた。
主観的になっているのだろうか。
もしかしたらコトネの思い込みかもしれない。
けれど、今はその思い込みをコトネは信じた。
ゆっくりと息を吸って、吐く。
そうして口を開いた。
「ねえ、シルバー君。私のおじいちゃんと、おばあちゃん、何をしてるか知ってる?」
「知るか」
「あのね、育てやをしてるの」
シルバーは相づちさえ打たない。
だがコトネは構わず続けた。
「ポケモンの赤ちゃんってね、とっても可愛いんだよ。ちいちゃくって、暖かくて…」
シルバーは少しだけうつむいた。
「俺に説教するつもりか。ポケモンを大切にしろと」
重たいものを吐き出すような声だった。
「違うよ」
コトネはそれに短く返す。
「あのね、人もポケモンも、おんなじなんだよ。きっと、誰かがいるから生きてる。私も、この子達も」
そこで一旦言葉を切って、コトネはそっとボールを撫でた。
それからまっすぐにシルバーを見つめて、もう一度言葉を紡いだ。
「もちろん、あなたも。シルバー君」
それを聞くと、シルバーは目を見開き、そして耐えきれないとでもいうように、片手を高く掲げた。
しかし拳を握ったその手は数秒後、力なく下ろされる。
殴られるかもしれない、そう思っていたコトネは、目をぱちぱちとしばたたいた。
「何も知らないくせに」
シルバーが苦々しく、しかしどこかあきれたような声で言った。
コトネは無意識にその下ろされた拳に手を添えた。
握られた手は、もともと力が入っていなかったのか、すんなりほどけてコトネの両手に包まれた。
その時不意に、コトネの中にある考えが浮かんだ。
それはとても素敵な事に思えて、コトネは笑顔を浮かべる。
「シルバー君、私、大人になったらシルバー君と育てやをやりたい」
その突飛な考えは、シルバーにも驚きだったようだ。
しかし、ほんのり染まった頬はコトネの想像していた反応とは違う。
「な…何を…!」
「え、私、何か変な事……あ!」
その理由に思いいたって、コトネは耳まで赤く染め上げた。
「違うからね!そういう意味じゃないからね!」
「……しるか!」
シルバーは突然すっくと立ち上がり、駆け出した。
止める暇もないその行動に、コトネは一瞬唖然としたが、すぐに自分の言った言葉に羞恥が募った。
あんなこと、まるで自分とシルバーがけ、結婚するようではないか!
しゃがんだまま頬に手を当てる。
頭に浮かんだ一生添い遂げるという意味の言葉に困惑こそすれ、嫌だという気持ちがわいてこないのが不思議だ。
それどころか。
(そうなったら、いいなって、今、わたし…)
実はシルバーも同じことを思っていたのは、コトネの知るところではない。
駆ける少年も、座り込む少女も、いつの間にか晴れた空にはまだ、気づかない。
想像した未来が現実になるのは、そう遠くない話のようだ。
――――――――
衝動的に銀琴!
まだ旅の途中、デレる前のシルバーでお送りしました。
無意識の事を自覚して恥ずかしがる二人は可愛いです。
コトネちゃんの精神年齢が高いのは…気づいたらそうなってました。
子供っぽいしゃべり方とのアンバランスさが気に入ったので結果オーライ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。