『あぁ、疲れた…。』

誰もいない部屋に電気を付け、一人呟く。
あれから部活が始まると、また木村と黒田は出かけて行き、そのまま部活が終わるまで帰って来なかった。
選挙についての取材が忙しくなった頃から、そんな日がずっと続いている。

そして、日課になりつつあった黒田との夕飯も、無くなってしまっていた。
白石はといえば、いつものスーパーで惣菜を買い、それを晩ご飯にする毎日。
黒田が来るようになる前と同じような食生活を送っていた。

今日も同じように買い物を済ませ、アパートに着き、部屋に入る。
部屋のソファに腰を下ろし、白石は溜息を吐いた。

今まで平気だった筈なのに。
黒田が居ることが当たり前になってしまっていたのか、誰もいない部屋と冷たい弁当がどうしようもなく寂しかった。

…黒田は、木村と上手くいっているのだろうか。
毎日二人で過ごしている訳だし、きっと距離は近づいただろう。
黒田は意外に頼り甲斐があるし、木村だってそんな一面を知ったら、もしかしたら黒田の事を好きになるかもしれない。

そこまで考えた所で目の奥がツンと痛くなり、自嘲気味に笑う。
…黒田が木村を好きな事は、最初から分かっていた事じゃないか。
元々、自分が黒田とどうこうなりたいなんて望んでない。
それなのに、何で……。

考えていると、ブブブブ…と携帯のバイブ音が聞こえた。
慌てて画面を見ると、黒田からの着信だった。


『…もしもし?』
一体何の用だろう、と考えながら通話ボタンを押した。
『あっ、お疲れ様です。今、家ですか?』
聞こえる黒田の声、部活では少し話はしていたけど、ちゃんと会話するのは何だか久しぶりな気がする。

『家にいるけど、何かあったか?』
『良かった。今からそっち行っても良いですか?』
『はっ?え??』
突然の申し出に白石が混乱していると、じゃ今から行きますから!と言い切られ、電話が切れた。
ツーツーツー、と通話終了を告げる音が流れる。
なんなんだ、一体。

呆けていると、ピンポン、とインターホンが鳴った。
ガチャリ、とドアを開けると黒田が立っていた。

『…先輩、今ちゃんとドアスコープで確認してから出ました?ダメですよ、無防備に開けちゃ!』

相変わらずの黒田節に胸がキュッ、と締め付けられる。
『…相変わらず、母親みたいな奴だな。』
赤くなった顔を見られたくなくて、フイと顔を背ける。
やばい、どうしたらいい。
動悸が止まらない。

お邪魔します、と言いながら黒田が部屋に入ると、早速スーパーの弁当を発見された。
黒田は深い溜息をつく。

『やっぱり…。ずっと心配だったんですよ、先輩の食生活。
また、時間見つけて作りに来ますから。』

どこか楽しそうに笑う黒田に胸が締め付けられる。
またここに来てくれるようになる?
一緒に料理を作ったり、買い物したりできる?
嬉しい。
嬉しいけど、でも…。
部室で、木村を見つめていた黒田の横顔が頭を過る。


『…俺より、木村に作ってあげた方が良いんじゃないか?』

意を決して口に出した。
黒田は驚いたように『え?』と目を見開いた。

どうか声の震えに黒田が気が付いていませんようにと願いながら、続ける。

『…心配かけて、ごめん。でも、これからは俺一人で大丈夫だから。』
そう言って、精一杯の笑顔を作った。

これ以上、一緒には居られない。
一緒に居たら居た分だけ、きっともっと黒田を好きになってしまうから。
それが怖くて仕方なかった。

黒田は『そうですよね…。』とポツリと呟いた。

『…俺、頼まれた訳でもないのに、迷惑でしたよね。すみません。』
困ったように笑う黒田に、違うそうじゃない、と言いたかったけど、上手く言葉が出てこなかった。


『先輩、もしかして好きな人出来ました?』
『はっ!?』

突然、流れをぶち切る質問に、白石は思い切り動揺した。
『…やっぱりいるんですよね?』
『いや、あの、えっと…。』

自分がこんなに嘘の下手な人間だとは思わなかった。
あわあわとあからさまに慌てる白石を見た黒田は、肯定と取ったようだった。

『…大事な人が出来たら教えて下さいって言ったのに。俺はそんなに信用できないですか?』
『いや、そういう訳じゃ…。』
『じゃあ、誰が好きなんですか?』

黒田は、白石の肩を掴み、真剣な眼差しで白石の顔を見つめた。
その視線が痛くて、顔に熱が集まる。
心臓がうるさい。

『…言えない。』
まさか、目の前にいるお前が好きなんだ、なんて言えない。絶対言えない。
白石は逃げるように顔を背けた。

黒田は小さく『…そうですか。』と呟いた。

『突然押しかけてすみませんでした。俺、そろそろ帰りますね。』
黒田がスッ、と立ち上がった。

『先輩、幸せになってくださいね。』
そう言って少し寂しそうに笑った黒田は、そのまま帰っていった。
バタン、と閉まるドアの音が、とても遠く聞こえた。