7月に入ったが、新聞部は変わらずのんびりと活動していた。
いつも通り部室の換気を済ませると、白石は、大学受験の参考書を取り出した。
今日は特に活動らしい活動がないだろうと予想して、自習でもするか、と考えていた。

と、スパーン!と勢い良く部室の扉が開き、何事かと目をやると、仁王立ちした木村明里がいた。
『黒田君、います!?』
かなり焦っている様子だ。
『まだ来てないけど…何かあった?』
ただ事ではない雰囲気に、白石が尋ねると、
『ちょっと耳に挟んだ情報で、確かではないんですけど…会長選、誰が当選するかで賭けてる生徒がいるらしいんです。それで、自分達が利を得る為に何かしでかすんじゃないかって…。』
白石は目を見開いた。
校内で賭博…?
『それは、まずいな。』
『ですよね…。とりあえず黒幕が誰か分からないので、私と黒田君で潜入捜査してみようかと思うんです。』

そうこうしていると、部室の扉が開き、黒田が入ってきた。
『お疲れ様ですー…って、どうしたんですか?』
不穏な空気を感じ取ったのか、少し後ろずさった黒田を、木村が
『話は後!とりあえず来て!!』
と引っ張った。
『えぇ?ちょ…!』
頭にクエスチョンマークを浮かべた黒田と木村はあっという間に姿が見えなくなった。

面倒な事になったな…。
白石は携帯を取り出し、久しぶりにある人物の連絡先を表示した。
副会長、米沢瑞樹。
米沢なら、何か知っているだろうか。
しかし、知っていたとして、あの男がわざわざ情報を教えてくれるだろうか。
メリットがなければ動かない男だ。
受験、卒業を控えた今、面倒事は避けたい筈。
逆にもし、米沢が何も知らなければ、少なからず自分が情報を漏洩させてしまう事になる。
情報が不確かな今、下手に動くのは危険か…そう思い、白石は携帯をしまった。

黒田と木村はそのまま帰って来なかった。
黒田から『すみません!そのまま直帰します』とメールが届き、白石は一人で部室を出た。


『久しぶりだね。』

校舎を出た所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
『米沢…。』
ニコニコと爽やかな笑顔の好青年が近づいてきた。
『最近、連絡くれなくて寂しかったよ。』
全く表情を変えず、米沢が言った。
『面白い冗談だな。』
目を合わせず、白石は返した。
米沢とは1ヶ月近く会っていなかった。
向こうから誘いが来たことは何度かあったが、全て断っていた。
黒田の事を好きだと自覚しているからか、どうしても誰かと関係を結びたいと思えなかった。

『久しぶりに寄って行かない?』
笑顔のまま米沢が尋ねた。
『…悪い。そういう気分じゃないんだ。』
下を俯いて、白石は米沢の横を通り過ぎようとした。

『…亜紀さ、俺に聞きたい事あるんじゃない?』
白石にしか聞こえないような声で、米沢が言った。
『…!?』
バッ!と思わず米沢の方を向いた。
米沢は相変わらずニコニコと人の好い顔で笑っている。

『ま、気分が乗らないなら仕方ないね。気が向いたら連絡ちょうだい。』
米沢は右手を軽く上げ、じゃ、と言って去って行った。

白石は、しばらくその場に立ち尽くしていた。