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モノクロ6

米沢の家から出た瞬間、むわっとした梅雨の空気に包まれた。
実家から離れた高校を選んでしまった為、白石は学校の近くのアパートを借りている。
にも関わらずセックスをするのは、いつも米沢の家だった。
いくら何でもそれはまずいんじゃないのかと思ったが、家族が家にいない時間が多いので気兼ねするなという米沢の言葉に結局まんまと甘えている。
そして米沢の言葉通り、いつ訪ねても米沢の家族と顔を合わせる事はなかった。

白石から米沢を誘ったのは今日が初めての事だった。
黒田と別れたあと、『今日会える?』とだけ打ったメールを米沢に送った。
送信して1分も経たない内に『いいよ』とだけ書かれたメールが返ってきた。
亜紀から連絡寄越すなんて珍しいね、と言って笑った米沢を思い出す。
確かに、こんな風に誰かに会いたくなるなんて自分らしくない。
黒田の話を聞いて、昔の事を思い出して…少しセンチメンタルにでもなっていたのだろうか。
今更感傷に浸ったところで前進も後退もしないというのに。

しばらく歩いた頃、蒸し暑さも手伝って喉が渇いて来た
米沢の家から白石のアパートまでは歩いて30分程度の距離だが、まだしばらくかかる。
自動販売機でもないかとキョロキョロしていると、少し行った先にコンビニがあるのが見えた。
ちょうど良かったと思い、白石は足早にそのコンビニに向かった。
ドアを開けた瞬間、冷房の効いた空気で汗が引いていくのが分かる。
店員の『いらっしゃいませ』と言う声を横切ると、見覚えのある後ろ姿がスイーツコーナーに座り込んでいるのが目に入った。
横からそっと覗き込むと、右手にティラミス、左手にチーズケーキを持っている。
『おい、黒田』
声をかけると、その男は座ったままパッとこちらを向いた。
『あれっ、先輩、何してるんですか?』
『それはこっちの台詞だ。言っとくけど、デカイ図体した男がケーキと睨み合ってる図って結構怖いぞ』
『いやぁ、甘いものに目がなくて』
黒田は恥ずかしそうに笑った。
『先輩、もしかして今帰りですか?制服ですけど』
『あー…まあな、ちょっと寄るとこあって』
そうなんですか、と黒田は呟いた。
一瞬沈黙が流れた所で、今日帰り際に気まずい雰囲気になった事を思い出した。
どう切り出そうかと考えている時に、黒田が口を開いた。
『あの、こんな遅い時間に何なんですけど、良かったら少し話せませんか?』
今日の事を気にしてか、いつになく他人行儀だ。
正直早く帰りたい気持ちはあったが、八つ当たりのような事をしてしまった申し訳なさと、気まずさを後々まで残したくないという気持ちが勝っていた。
そうだ、謝るならば早い方が良い。
『…いいけど』
白石は答えた。

モノクロ5

『何かあったの?』
同級生で隣のクラスの男、米沢瑞樹は煙草の煙をフゥと吐きながら言った。
この男は情事の後、いつも煙草を吸う。煙草嫌いの白石には良い迷惑だった。
『別に』
白石は、煙を手で払う仕草をしながら言った。
米沢はへぇ、と呟きニッコリと目を細めた。
『亜紀から会いたいなんて連絡寄越すの珍しいからさ。ちょっと心配したんだよ』
好青年を絵に描いたような男はそう言って微笑んだ。
白石は呆れたように、ハァと溜息をついた。
『お前が心配なのは俺が面倒臭いこと言わないかどうかだろ?お前は、お前に惚れた奴はポイだもんな』
『人聞きが悪いな、もう関わらないでねって言ってるだけじゃないか』
米沢はそう言って煙草の煙を吐いた。
それがポイ捨て以外の何だというのだろうか。
好きにさせるだけさせておいて、いざその通りになった途端興味を失う。それはこの男の病気のようなものなのかもしれない。
米沢の横顔をじっと眺めてみる。相変わらず綺麗な顔だ。
視線に気付いた米沢が『何?』と言ってこちらを向く。
『いや、お前って最低だなって思ってさ』
半分冗談、半分本気でそう言うと、米沢はハハッと笑った。
『そうかもね』

この男と関係を持った者は男女問わず、皆口を揃えて言う。
『セックスの最中いつも彼は優しい』と。
確かにそれは、白石も感じている事だった。
慈しむように触れ、好きだよと言って、極上の笑顔でキスをくれる。
その媚薬のような優しさに皆、陥落していった。
しかし、それで全ておしまい。
あっけなく引導を渡される。

この男の好きという言葉が嘘のようには白石には思えなかった。
彼の中には確かに相手に対する愛情はあるように思えた。
だが、それは決して恋人に使うような意味でなく、遊びの対象、セックスの対象としてでしかない。
だからこそこの男は質が悪かった。

『お前さ、今まで好きになった奴いないだろ?』
白石は米沢に問い掛けた。
米沢は一瞬目を見開いたが、また笑った。
『いるよ』
『やっぱりな……って、え!?』
驚く白石に米沢はクスクスと笑った。
『面白いな、亜紀は』
『え、いやあまりにも驚いて…。どんな奴なの?』
米沢はそうだなぁ、と呟いた。
『馬鹿で、口が悪くて、学校サボって無茶ばっかしてる奴かな』
何だそれは。ちょっと思い浮かべてみたがチンピラのような輩しか浮かばなかった。
難しい顔をしていたのか、米沢がまたプッと吹き出した。
『たぶん亜紀が今思ってる感じで合ってるよ。ほんと馬鹿ばっかりやってる奴だから』
『…何で好きになったんだ?』
米沢は難しい質問だなぁと呟いた。
『ま、馬鹿な子ほど可愛いってやつかな』
そう言ってまた米沢は目を細めた。
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