米沢の家から出た瞬間、むわっとした梅雨の空気に包まれた。
実家から離れた高校を選んでしまった為、白石は学校の近くのアパートを借りている。
にも関わらずセックスをするのは、いつも米沢の家だった。
いくら何でもそれはまずいんじゃないのかと思ったが、家族が家にいない時間が多いので気兼ねするなという米沢の言葉に結局まんまと甘えている。
そして米沢の言葉通り、いつ訪ねても米沢の家族と顔を合わせる事はなかった。
白石から米沢を誘ったのは今日が初めての事だった。
黒田と別れたあと、『今日会える?』とだけ打ったメールを米沢に送った。
送信して1分も経たない内に『いいよ』とだけ書かれたメールが返ってきた。
亜紀から連絡寄越すなんて珍しいね、と言って笑った米沢を思い出す。
確かに、こんな風に誰かに会いたくなるなんて自分らしくない。
黒田の話を聞いて、昔の事を思い出して…少しセンチメンタルにでもなっていたのだろうか。
今更感傷に浸ったところで前進も後退もしないというのに。
しばらく歩いた頃、蒸し暑さも手伝って喉が渇いて来た
米沢の家から白石のアパートまでは歩いて30分程度の距離だが、まだしばらくかかる。
自動販売機でもないかとキョロキョロしていると、少し行った先にコンビニがあるのが見えた。
ちょうど良かったと思い、白石は足早にそのコンビニに向かった。
ドアを開けた瞬間、冷房の効いた空気で汗が引いていくのが分かる。
店員の『いらっしゃいませ』と言う声を横切ると、見覚えのある後ろ姿がスイーツコーナーに座り込んでいるのが目に入った。
横からそっと覗き込むと、右手にティラミス、左手にチーズケーキを持っている。
『おい、黒田』
声をかけると、その男は座ったままパッとこちらを向いた。
『あれっ、先輩、何してるんですか?』
『それはこっちの台詞だ。言っとくけど、デカイ図体した男がケーキと睨み合ってる図って結構怖いぞ』
『いやぁ、甘いものに目がなくて』
黒田は恥ずかしそうに笑った。
『先輩、もしかして今帰りですか?制服ですけど』
『あー…まあな、ちょっと寄るとこあって』
そうなんですか、と黒田は呟いた。
一瞬沈黙が流れた所で、今日帰り際に気まずい雰囲気になった事を思い出した。
どう切り出そうかと考えている時に、黒田が口を開いた。
『あの、こんな遅い時間に何なんですけど、良かったら少し話せませんか?』
今日の事を気にしてか、いつになく他人行儀だ。
正直早く帰りたい気持ちはあったが、八つ当たりのような事をしてしまった申し訳なさと、気まずさを後々まで残したくないという気持ちが勝っていた。
そうだ、謝るならば早い方が良い。
『…いいけど』
白石は答えた。