黒田と白石はそれぞれレジで会計を済ませると、コンビニを出た
『あっちに公園があるんで、そこで良いですか?』
黒田が指差しながら言った。
別にどこでもかまわなかったので、『あ、うん』とだけ答える
案内されるままに行くと、少し歩いた先に小さな公園があった。
この付近は良く通っているはずなのに、こんな公園があったとは知らなかった。
『お前、この辺詳しいな。家この近くなのか?』
白石は尋ねた。
『あ、はい。もうほんとすぐそこですよ。あれ?先輩の家ってどこでしたっけ?確かすごい遠いんじゃ…』
『実家はな。今は学校の近くで一人暮らし』
黒田はいいなぁ〜!と呟く。
『一人暮らしって最高ですよね。実家だと毎日親にうるさく言われたりしてほんと嫌になりますよ』
『いや、実際結構めんどくさいぞ。確かに自由だけど、何もかも自分でやらないといけないしな』
そう言うと黒田は、確かにそうですよねと納得したように呟いた。
『そういや先輩って、ご飯とかどうしてるんですか?』
黒田は尋ねた。
正直それは聞かれたくない質問だった。
料理の苦手な白石は昼は学食かパン、夜はスーパーの惣菜で済ます事が多かった。
『まぁ…適当かな…』
お茶を濁すように答えると、あー!絶対自炊してないでしょ!と言われ、本当にその通りだったので何も言えなくなった。
『駄目ですよ、ちゃんとした物食べないと。先輩細いし、パン食べる所しか見たことないし、前から気になってたんですよね』
黒田はハァと溜息をついた。
頼りないと思っていた後輩にそんな心配をされていたとは。
黒田は自分が思っているより、ずっとしっかりしているのかもしれない。
感心していると、黒田がハッとした表情になって『すみません…』と頭を下げた。
白石は意味が分からず、思わず『えっ?』と聞き返した。
『俺、いつも余計な事言っちゃうんですよね…。今日の放課後もそれで先輩に嫌な思いさせちゃったし、ほんとすみません』
黒田は深々と頭を下げる。
自分がお節介な事を言ってしまったと思ったらしい。
白石は慌てて言った。
『いや、お前が心配してくれてるのはすごく分かるし、素直に嬉しいよ。今日の事も、あれは俺が悪かったから。俺の方こそごめん』
白石が頭を下げると黒田は驚いたように、こちらを見た。
『…前好きだった奴、中学の同級生だったんだけど、そいつに恋人が出来てさ』
白石はぽつりと呟いた。
『そんな覚悟出来てるつもりだったけど、いざその時になると無理だった。結局、そいつといるのが辛くて無理やり進路変えてこんな遠い高校に通ってるわけ』
中学3年生の夏、白石は両親に土下座して進路を変えた。
親は突然の事に驚いていたが、白石が志望したのが県内でも三本の指に入る進学校だったため、あまり反対はされなかった。
『…告白はしなかったんですか?』
黒田は恐る恐る尋ねた。
『出来なかった。向こうはこっちの事、友達としか思ってなかったしな。軽蔑されるのが怖かった』
黒田は怒った顔をして、白石の肩を掴んだ。
『軽蔑なんて有り得ないですよ!どうしてそんな風に思うんですか?先輩は頭も良くて、しっかりしてて、男前で…何で先輩の事を軽蔑したりするんですか!?』
必死な表情の黒田を見ていたら、可笑しくなって思わずプッ、と笑ってしまった。
黒田は『何で笑うんですかー!』とプリプリ怒っている。
他人の事でこんな風に怒ったり悲しんだりできる黒田を本当に良い奴だと思った。
自分もこんな風に真っ直ぐなら良かったと心から思った。
公園の薄暗い光が、今まで何重にも鍵をかけていた心を、少しずつ開いていく気がした。
『…実はさ』
そこまで話すと、白石は口を止めた。
本当の自分を知ったら、黒田はどう思うだろうか。
あれ程知られるのが怖いと思っていたのに、ふとそう思った。
黒田には本当の事を言ってみたい、どんな顔をするか見てみたい。
白石は一呼吸置いて、口を開いた。
『俺、ゲイなんだ』