次の日の放課後、部室のドアを開けるとまだ誰も来ていないようだった。
ムッ、とした熱気に、独特な本の匂いが混じって、何ともいえない篭った空気が立ち込めている。
白石は、いつも通り空気を換気する為、窓に手をかけた。

ふと窓越しに外を見ると、校舎の裏庭に二人の人影が見えた。
新聞部の部室は校舎の2階に位置していて、丁度、表からは見えにくい裏庭を見渡す事が出来る。
見ると、人影は米沢と生徒会長の白田の二人だった。
生徒会長は、慌てた様子で米沢に何かを訴えている。
何か、揉めてる…?
と、その瞬間、米沢が生徒会長を引き寄せ、抱き締めた。

『な……!?』
あまりの光景に、思わず窓から身を乗り出す。
あの男、まさか生徒会長にまで手を出していたのか?
白石が混乱していると、生徒会長は米沢を押し、腕から逃れて走り去ってしまった。
米沢は追いかける訳でもなく、ただ生徒会長の後ろ姿を眺めていた。

なんだ?修羅場か…?
目の前で繰り広げられた衝撃的な光景に、白石は窓から身を乗り出したまま固まってしまった。

『…先輩。』
後ろから声を掛けられ、振り返ると黒田が立っていた。
いつからいたんだろう。
全然気が付かなかった。

『おー、お疲れ。早かったな。』
白石が声を掛けると、黒田は目線を下に落として、小さく『…お疲れ様です。』と呟いた。
いつもより、元気が無いように見える。

何か声をかけよう、と白石が口を開いた瞬間、
『お疲れ〜っ!!』
ガラリ!と大きな音を立てて、勢いよく野戸が入ってきた。

『ちょ、見てこれ!凄くない!?』
キラキラした表情の野戸が首に掛かったストラップに付いた物を自慢気に掲げる。

『一眼レフ…?』
白石が呟くと、『そう!』と野戸は嬉しそうに頷いた。

『隣の家に住んでる幼馴染から拝借したんだよね〜!これで、合宿写真はバッチリだぜ!』
記者さながらにカメラを構えるポーズを取る。

『お前…新聞には適当なカメラ使う癖に。』
白石が溜め息をつくと、野戸はチッチッチッと人差し指を振った。
『新聞なんて、どうせそんな大きい写真載らないじゃん。学校の備品の奴で充分だよ。』

野戸は手の平をヒラヒラさせながら、カメラを構える。
『試し撮りするから!さっ、二人、寄って寄って!』

黒田と顔を見合わせて、仕方がない、とばかりにお互い一歩ずつ近寄る。
『遠い!もっと近寄って!』
野戸が言うので、もう一歩。
互いの距離は30センチくらいだ。

ふと、野戸がカメラを構えるのを止め、つかつかとこちらに歩いてきた。
無言で、黒田と白石の肩を両手でそれぞれ押す。
男二人がピッタリとくっつく形になった。

『ちょ、ここまで近くなくても…。』
『何か、よそよそしいんだよお前ら。はい、自然に笑ってー!』

白石の訴えを聞き入れる事なく、野戸はカメラを構える。
パシャリ。
シャッターが切られる音と一緒に野戸がカメラを下ろし、うーん…と呟く。

『なんっか、ぎこちないんだよなぁ…。』
『試し撮りなんだから、何でも良いだろ!』

まだ不服そうな野戸を無視して、白石は机に向かった。
…思えば、黒田とあんなに距離を縮めたのは久しぶりだ。
そういえば前、料理をしていた時に後ろから包み込まれたような体制になった事があったような…。

唐突に湧き出した恥ずかしい記憶に、勝手にカァアアと熱が集まる。
な、何を思い出してるんだ!!
思わず、頭を抱える。
黒田がこっちを見ているような気がしたけど、居たたまれなくなって、黒田を直視出来なかった。
忘れよう。作業に没頭しよう。
雑念を振り払うように、無理やり書類に目を向け始めた時、部室のドアがガラリ、と開いた。

『お疲れ様ですー…って野戸部長!何ですか、それ?』
野戸のカメラを指差して、木村が声をあげた。

『良いだろう!合宿用に調達した!』
『どんだけ合宿に気合入れてるんですか!』
『俺はいつでも本気だ。』
『万年遅刻魔の人が!?』

アハハハ、と可笑しそうに笑う木村は楽しそうで、こんな表情をする事もあるんだな…と思った。
ふと、黒田に目をやると、静かに木村の方を見ていた。
その目が少し悲しそうに見えて、ズキリ、と胸が痛む。

やっぱり、木村の事、好きなんだよな。
分かりきっている事なのに、今更傷付いてどうする。
色々な感情を飲み込んで、目の前の書類に目を落とした。