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モノクロ23

7月に入ったが、新聞部は変わらずのんびりと活動していた。
いつも通り部室の換気を済ませると、白石は、大学受験の参考書を取り出した。
今日は特に活動らしい活動がないだろうと予想して、自習でもするか、と考えていた。

と、スパーン!と勢い良く部室の扉が開き、何事かと目をやると、仁王立ちした木村明里がいた。
『黒田君、います!?』
かなり焦っている様子だ。
『まだ来てないけど…何かあった?』
ただ事ではない雰囲気に、白石が尋ねると、
『ちょっと耳に挟んだ情報で、確かではないんですけど…会長選、誰が当選するかで賭けてる生徒がいるらしいんです。それで、自分達が利を得る為に何かしでかすんじゃないかって…。』
白石は目を見開いた。
校内で賭博…?
『それは、まずいな。』
『ですよね…。とりあえず黒幕が誰か分からないので、私と黒田君で潜入捜査してみようかと思うんです。』

そうこうしていると、部室の扉が開き、黒田が入ってきた。
『お疲れ様ですー…って、どうしたんですか?』
不穏な空気を感じ取ったのか、少し後ろずさった黒田を、木村が
『話は後!とりあえず来て!!』
と引っ張った。
『えぇ?ちょ…!』
頭にクエスチョンマークを浮かべた黒田と木村はあっという間に姿が見えなくなった。

面倒な事になったな…。
白石は携帯を取り出し、久しぶりにある人物の連絡先を表示した。
副会長、米沢瑞樹。
米沢なら、何か知っているだろうか。
しかし、知っていたとして、あの男がわざわざ情報を教えてくれるだろうか。
メリットがなければ動かない男だ。
受験、卒業を控えた今、面倒事は避けたい筈。
逆にもし、米沢が何も知らなければ、少なからず自分が情報を漏洩させてしまう事になる。
情報が不確かな今、下手に動くのは危険か…そう思い、白石は携帯をしまった。

黒田と木村はそのまま帰って来なかった。
黒田から『すみません!そのまま直帰します』とメールが届き、白石は一人で部室を出た。


『久しぶりだね。』

校舎を出た所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
『米沢…。』
ニコニコと爽やかな笑顔の好青年が近づいてきた。
『最近、連絡くれなくて寂しかったよ。』
全く表情を変えず、米沢が言った。
『面白い冗談だな。』
目を合わせず、白石は返した。
米沢とは1ヶ月近く会っていなかった。
向こうから誘いが来たことは何度かあったが、全て断っていた。
黒田の事を好きだと自覚しているからか、どうしても誰かと関係を結びたいと思えなかった。

『久しぶりに寄って行かない?』
笑顔のまま米沢が尋ねた。
『…悪い。そういう気分じゃないんだ。』
下を俯いて、白石は米沢の横を通り過ぎようとした。

『…亜紀さ、俺に聞きたい事あるんじゃない?』
白石にしか聞こえないような声で、米沢が言った。
『…!?』
バッ!と思わず米沢の方を向いた。
米沢は相変わらずニコニコと人の好い顔で笑っている。

『ま、気分が乗らないなら仕方ないね。気が向いたら連絡ちょうだい。』
米沢は右手を軽く上げ、じゃ、と言って去って行った。

白石は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

モノクロ22

それから、夕飯も是非食べていってほしい、という黒田と母親の申し出に、有り難く甘えることとなった。
黒田の母は、どうやら料理があまり得意ではないようで、夕飯は黒田が作るらしい。
夕飯作りのため黒田が席を立ち、部屋に黒田の母親と白石の二人きりになった。
何を話したら良いか分からず、気まずい空気が流れる。

『…ねぇ、白石君。』
ふと、黒田の母親がこちらを見て口を開いた。
『肇の事、どう思ってる?』
ジッと真剣な目でこちらを見る母親。
え、どうって…?
一瞬自分の心の中を見透かされたような気がしてヒヤリとしたが、よく考えれば「友人関係として」の前提で聞かれているのだろうな、と理解した。
『…仲良くさせてもらってます。部活以外でも色々と助けてもらって、感謝しています。』
白石は言葉を選んで、話した。
まさか自分が黒田に恋愛感情を抱いているなどと話したら、母親は卒倒してしまうだろう。
これで、差し障りないよな…?
背中に冷たい汗をかきながら、平静を取り繕った。
母親は『なるほどね。』と呟いた。

『…肇、貴方のご迷惑になってないかしら?あの子あぁ見えて寂しがりだから、もし負担になるようなら、ハッキリ本人に言ってくれて構わないからね。』
母親はニッコリ笑って話した。
『そんな、負担なんて、あり得ないです。』
白石が必死にそう言うと、黒田の母親は嬉しそうに『ありがとう。』と呟いた。

『…あの子ね、貴方との事すっごく楽しそうに話すの。今までにないくらい。
余程、貴方の事好きなんだと思うわ。』
『…!』
黒田の母親は笑顔でそう言った。

黒田の好きは、自分の好きとは、違う。
嬉しいと苦しいが入り混じったような複雑な気持ちで白石は少し笑った。
『貴方の負担にならない範囲で、良かったら肇と仲良くしてあげてね。』
そう呟く母親の言葉に、白石は会釈を返した。

そうこうしている内に『晩ご飯出来ましたよ〜!』と黒田がひょっこり顔を出した。
ダイニングに行くと、料理がテーブルに並べられていた。
シチュー、グリーンサラダ、唐揚げ、ガーリックトースト。
席に着き、3人で『頂きます。』と手を合わせて、料理を口に運ぶ。
『美味しーい!肇ちゃん、天才〜!』
母親が黒田を褒めると、黒田は少し照れたように『まぁ、母さんのクッキーよりはね。』とボソッと呟いた。
『何ですって?』と笑顔で黒田の頬を抓る母親と『痛っ!ちょ、やめてよ!』と対抗する黒田。
そのやり取りが可笑しくて、白石はまた笑った。

夕飯後、『泊まって行ったら?』という母親に丁重にお断りを入れて、白石は帰ることになった。
『また、いつでもいらっしゃいね。』
『近々、またご飯作りに行きますから!』
玄関で黒田親子が見送ってくれた。
白石はペコリ、と会釈して家を後にした。


自分の家に着き、暗い部屋に電気をつける。
早々に風呂にして、ベッドに潜り込んだ。
…温かい、家だったな。
今日の事を振り返る。
黒田の母親の言葉や、楽しそうな二人の様子が走馬灯のように駆け巡った。
…あの二人を悲しませるようなことは、したくないな。
そう思いながら、白石は眠りについた。

モノクロ21

次の週末、黒田の家へ行く事になった。

黒田の母親が、どうしても白石に会いたい、と言っているという。
黒田が母親に一体どんな説明をしたのか分からないが、自分がそこまで興味の対象になるとは思えないのだが。
しかし、黒田には色々と世話になっているし、挨拶の一つもした方が良いだろうと、白石も会うことを了承した。
黒田の母親は、看護師として不定休の仕事に就いているので、都合が付きにくいかも知れない、と思っていたら偶々週末と母親の休日が重なったらしい。
それで、急ではあるが、この週末に訪問する事になった、という流れだった。

流石に手ブラはどうかと思い、近所のケーキ屋で焼き菓子をいくつか買い、渡されていた住所を頼りに歩いて来てみると、黒田の家は白石の家から徒歩10分程度の距離にあるアパートだった。
そういえば、家近いって前に言ってたけど、本当に近かったんだな…。
呼び鈴を押すと『はーい!』と女性の声がして、ガチャリとドアが開いた。

『いらっしゃい!貴方が白石君?初めまして、肇の母です。』
会釈する女性はフワフワしたセミロングくらいの髪を後ろで束ねた、小柄で可愛らしい女性だった。
高校生の息子がいるとはとても思えない。

『初めまして、白石です。息子さんにはいつもお世話になっています。』
白石がペコリと頭を下げて挨拶すると、ジーッと見定めるようにこちらを見てきた。
『あの…何か…?』
さすがに居た堪れなくなって、声を掛けると、
『あら、ごめんなさいね。聞いてたよりイケメンだったものだから。つい見惚れちゃったわ。』
ホホホ、と口に手を当てて笑っている。
『はぁ…。』と、つられて白石もぎこちなく笑った。
『あっ、先輩いらっしゃいませ!母さん、早速絡まないでよ!』
奥から黒田が顔を出した。
『あら、カッコイイ子にカッコイイって言って何がいけないのよ?』
心外、という風に母親が言うと、
『先輩固まってるじゃん!ささ、とりあえず中どうぞ!』
『あ、あぁ…。』
黒田に促されて靴を脱ごうとした時、持ってきた手土産の事を思い出した。
『あ、これ良かったらどうぞ。』
と黒田の母に渡すと、
『まぁ、ご丁寧にありがとう。カッコイイ上に気遣いも出来るなんて、学校ではさぞかしモテるでしょうね〜!』
黒田の母がニコニコとお菓子を受け取ると、『もー、やめてよ母さん!』と黒田が苦言を呈した。
『とりあえず俺の部屋行きましょう!』と黒田は白石の手を引いて歩き出した。
後ろから母親が『ずるーい!』と言っているのに蓋をするように、部屋のドアをバタン!と閉めた。
『ほんとすみません…。うちの母親、面食いで…。』
全く…とブツブツ文句を言う黒田が可笑しくて、プッ、と笑った。
『そういや、お前も面食いだよな。木村…』
そこまで話すと『わぁああ!!』と遮るように黒田が叫んだ。顔が真っ赤になっている。
『何だよ、煩いな。』
白石が言うと、
『ここではその話、禁句です!!』
黒田はシーッ!と人差し指を口元に当てている。
『何だ、木村の事話してないの?てっきり…』
『わぁあああ!!』
慌てる黒田が可笑しくて、クスクス笑っていると、黒田がうな垂れながら話した。
『母親に話したら、絶対「家に連れて来い!紹介しろ!」とか煩いに決まってます。そんで万が一連れて来でもしたら、何言われるか…。』
考えるのも恐ろしい、とでも言うように黒田は首を振った。

『…お母さんと、仲良いんだな。』
白石はポツリと呟いた。黒田はうーん、と首を傾けた。
『普通じゃないですかね?そういえば先輩の家族って?』
黒田が問う。
『俺んとこは3人兄弟で、上から兄姉俺で、俺は一番下。』
『えっ、先輩末っ子なんですか!』
言われてみればお兄ちゃんぽくなかったもんなー、と黒田が失礼な事を言ってくるので、
『お母さーん!木村って…』
と大きめの声でドアの向こうに向かって言うと『ギャー!やめてください!!』と黒田が叫んだ。
ゲラゲラ笑いながら、白石は家族の事を思い出した。
もう1年近くは会っていない。

父は厳格な人で、母は大和撫子を体現したような人。
兄とは10、姉とは7つ離れている為、兄姉とはほとんど一緒に遊んだ記憶がない。
学校に上がってからは、優秀な兄と姉に追いつく為に必死に勉強した。
けれど、どんなに頑張っても、両親の、自分への関心は薄い気がしていた。
家族で食事を囲んでも、会話らしい会話もあまりなかった。

『…先輩、大丈夫ですか?』
ふと気がつくと黒田が心配そうに顔を覗き込んでいた。どうやら、いつのまにか考え込んでいたらしい。
『あぁ、悪い。大丈夫。』
白石が言うと、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。

『お茶とお菓子いかが?』
黒田の母がお盆を持って部屋に入ってきた。
白石は慌てて正座して、『すみません、ありがとうございます。』と会釈した。
『いえいえ、気にしないで。こちらこそ急にお呼びたてして申し訳なかったわね。』
テーブルの上に紅茶と美味しそうなクッキーを並べていく。
『どうぞ〜。』と黒田の母が言うので、『じゃあ、お言葉に甘えて…。』とクッキーを口に運ぶ。
噛んだ瞬間『ガリッ!!』と脳に響く音がした。
『!?』
白石は一瞬動きを止めた。
な、何だ…?気のせいか?
恐る恐るクッキーを咀嚼すると『ガリッ、ジャリッ』という衝撃と一緒に、強烈な塩味が襲って来た。
何だ、これは。
食卓塩1本分でも入れたかのような塩辛さを、無理やりゴクリ、と飲み込んだ。
あまりの塩辛さに、一気にお茶を飲み干す。
黒田の母が『どう?特製クッキーなんだけど。』と楽しそうに話す隣で、黒田が『辛っ!!母さん、これ何入れたの!?』と叫んだ。
『え?テーブルの上に置いてあったやつ。ピンクで可愛いかったからいっぱい入れちゃった!』
ニコニコする母に、黒田は
『母さん、それ、岩塩だから!!!』
と叫び、ガッカリとうな垂れた。
『あら、お菓子に使っちゃいけないやつだったの?』
『いや、入れすぎだよ!!』

まるで漫才のような二人のやり取りが可笑しくて、白石は思わずプッ、と吹き出した。
ゲラゲラと笑う白石に、二人はポカンとした表情をした。
『あっ、すみません、二人のやり取りが面白かって、つい…。』
口元を押さえながら、謝るも、また笑いが込み上げてきて、涙目になりながら笑った。

『もー、母さんがやらかすから笑われちゃったじゃん!』
黒田が母に抗議すると
『何言ってんの、普段のアンタもどっこいどっこいよ。』
と母が返す。
そのやり取りがまた可笑しくて、白石は更に笑った。







モノクロ20

それから、雑談をしている内に21時を過ぎ、
『そろそろ帰らなくて良いのか?』
と黒田に声を掛けた。
『あ、ヤバイほんとだ。そろそろ失礼しますね。』
腕時計を見ながら黒田が呟く。

『…先輩と話してると、あっという間ですよね、いつも。』
ちょっと寂しそうに黒田が言った。
『俺、一人っ子なんで、もし兄弟いたらこんな感じなのかなぁ、って。あーでも、先輩ってお兄ちゃんって感じじゃないですよね、かといって弟っていうのも変だけど。』
笑いながら、黒田は続けた。
『おい、微妙に失礼じゃないか?』
白石が反論すると、『すみませーん!』と笑いながら返してきた。反省している様子はない。

『小さい頃親が離婚しちゃって、母親の実家は県外で遠いし、ほとんど親戚とは会う機会無いんですよね。俺が高校に入ってからは、母親も夜勤のある仕事始めたんで、1年の時は夜は一人でいる事多くて。料理は昔からやってたけど、自信作が出来ても食べてくれる相手がいないとやり甲斐が感じられないというか…。』
カリカリと頭を掻きながら、黒田は話した。
『だから、こうやって誰かの為にご飯を作れて、美味しいって食べてくれる人がいる事が、凄く楽しいんです。あ、良かったら今度うち来てくれませんか?母親にも紹介したいし。』
黒田は更に続けた。
『最近、先輩と夜ご飯食べてるって話したら、母親が良かったね、って言うんですよ。何で?って聞いたら、アンタの顔に楽しいって書いてある、とか言ってゲラゲラ笑うんですよ!アンタは昔っから顔に出まくる、とか言って!』
黒田と母親のやり取りが容易に想像できて、白石はプッ、と笑った。
『あ!先輩まで笑うんですか!』
『いや、笑ってない。』
『絶対笑いました!どーせ俺は感情コントロール下手ですよ。』
不貞腐れた顔をして俯いた黒田が可愛くて、思わずヨシヨシと頭を撫でてやった。
黒田がビックリした顔でこちらを見る。
『…子ども扱いですか?』
『いや、弟扱いだな。』
『…さっき、お兄ちゃんぽくないって言ったの根に持ってますね?』
『俺はそんなに子どもじゃない。』
ゴソゴソとポケットを漁って、飴玉を取り出す。
『お兄ちゃんから弟へプレゼントだ。これ食べて機嫌直せよ。』
渡しながらクスクスと笑っていると、『絶対根に持ってるじゃないですか!』と反撃してきた。
可笑しくて、ゲラゲラ笑った。
プリプリしていた黒田も、段々つられて笑い出して、二人して大笑いした。


黒田が白石の家を後にしたのは、結局22時を過ぎていた。

モノクロ19

翌日の放課後、白石は部室の扉の前で立ち尽くしていた。

昨日の夜、あれから色々考えた。
黒田とは同じ部活だし、今までの関係性から考えても、急に白石が態度を変えると不自然になる。
極力自然体、意識しないように心がける事。
どの道自分はもう少しで引退なのだ。
それまで何とか気持ちを悟られずに、不審感を与えずに過ごす事に徹しよう。
すー、はー、と深呼吸をしていたら、『あっ、先輩!』と後ろから声を掛けられた。

『昨日どうしたんですか?一緒にご飯食べるつもりだったのに!』
振り返ると、少し膨れ面をした黒田がいた。
白石は突然声を掛けられた事に内心動揺しながら、平静を装った。
『いや、悪い、なんか急に腹下しちゃってさ。』
昨日期限切れた牛乳飲んだからなー、と適当な嘘を吐いた。
『えっ!大丈夫ですか?乳製品は気をつけなきゃ駄目ですよ!』
黒田は本気で心配そうな顔をしている。
『もうお腹は平気なんですか?熱は?食欲はあります?』
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
『大丈夫だよ、寝たら治ったから。』
白石が慌てて答えると、黒田の眼鏡がキラリと光った気がした。
『今日、お腹に優しいもの作りに行きますから。』
ピシリとそう言った黒田に、白石は慌てて手を振る。
『いや、もうほんと平気なんだって!食欲もあるし、熱も全く無いから!』
何とかお断りしようとそう言うと、
『いや絶対行きます。もう決定事項ですから。』
そう言って、黒田はスタスタと部室に入って行ってしまった。
『あっ、ちょっと…!』
引き止めようと手を伸ばしたが、目の前でピシャリ!と扉が閉められてしまった。
白石はガックリとうな垂れた。
しまった…、黒田の母親気質を舐めていた。
もっと別の嘘にすれば良かった…。
浅はかな考えを後悔しても、遅かった。


部活が終わり、帰り道、またいつものように黒田と一緒に校舎を出た。
が、何となく空気が重い。
何かマズイ事言ったか?と思い、恐る恐る声を掛けても『別に何でもないです。』と素っ気ない言葉が返って来た。
チクリ、と胸が痛む。
こんな風に黒田に接されたのは初めてで、どうしていいか分からず、白石はそのまま何も言えなかった。

スーパーでも無言で黙々と買い物を済ませ、白石の家へ到着した。
部屋に入ると、黒田は『出来たら呼ぶんで、それまで休んでてください。』と素っ気なく言った。
自分が嘘を吐いたせい、という良心の呵責で、白石は慌てて
『いや、俺も何か手伝うよ。』
そう言うと、台所へ向かおうとした。
と、黒田は突然ガシリと白石の手を掴み、そのままズンズンと歩き始めた。
『ちょ、ちょっと!』
白石は半ば引き摺られるようにして、そのままソファに座らせられた。
『…ここで待っててください。出来たら持って来ますから。』
そう言うと、黒田は台所へ消えた。
白石はその場でポカンとするしかなかった。

しばらくして、黒田はお盆に料理を載せて現れた。
今日のメニューは、卵粥、ほうれん草のお浸し、焼き鮭。
頂きます、と手を合わせて、白石は卵粥を口に運んだ。
薄味だけど、出汁の効いた、優しい味。
『……美味しい。』
白石が呟くと、黒田はハーッと溜息を吐いて俯いた。

…黒田に、嫌われた?
ズキリ、と胸が痛む。
白石は意を決して口を開いた。
『…なぁ、俺やっぱ何かした?昨日の事は本当に悪かった。謝る…』
そこまで言うと、黒田は『違うんです。』と遮った。
『……ガキっぽい態度取ってすみません。ちょっとショックで。』
顔を上げて、黒田がじっとこちらを見た。

『…昨日体調悪かったのに何で教えてくれなかったんだ、って。何か俺、調子に乗ってたみたいで、頼ってくれなかったのがショックだったんです。でも口に出して言えなくて、頭の中で色々考えてたら、無言になっちゃって…。』
本当にすみませんでした、と黒田は深々と頭を下げた。
白石は慌てて黒田の頭を上げさせる。

『お前の気持ちは凄く嬉しいし、さっきまでの事も気にしないから。寧ろ俺こそ本当に悪かったよ。』
白石がそう言うと、黒田は眉を下げて少し嬉しそうに笑った。

『先輩にとったら迷惑かもしれないんですけど、俺、どうしても先輩の事ほっとけないんです。』
俺心配性かもですね、と黒田は困ったように笑った。

自分は最低だ。
嘘で、黒田をこんなにも心配させてしまった。
それなのに、黒田の言葉が嬉しくて堪らなかった。

色々な感情がごちゃ混ぜになって、白石は泣きそうだった。




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