白い部屋に、けたたましいサイレンが響いた。
緊急事態発生、と無機質な声が繰り返す。
部屋の中には少年少女が5人。
これほどのサイレンが響く中、彼らは微動だにしなかった。
彼らは忙しなく走り回る研究員たちを見つめていた。
あるものは虫でも見るような冷めた瞳で。
あるものは煮えたぎるような憎しみの瞳で。
しかし研究員たちは彼らの視線には気づかない。
気になど止めていないのだ。
どうせ死ぬ運命のモルモットを見ている暇があるのなら、すぐにサイレンの原因を探らなくてはいけないのだから。
やがて、少年たちを見張る数人を残して研究員たちは消えていった。
彼らは未だに気付いていない。
―この白い部屋に、4人しか居ないことに。
「…ちょろいもんだぜ」
赤い目が笑い、こちらに見向きもしない研究員に中指を立てた。
そう、研究員には部屋には5人いるように見えているのだ。
赤い目の彼によって、そう見せられていた。
「…しかし大胆な計画だよなぁ、単純だけど」
「単純って言うな!素晴らしい作戦だろ!な?」
赤い目の少年の呟きに対して、灰色の髪の少年が食って掛かるが、茶色の髪の少女にうるさいとたしなめられる。
事が起こったのは、そのときだった。
彼らのいる白い部屋の前で、何かが倒れる音と小さな悲鳴が聞こえた。
やがて、堅く閉ざされていた扉が開く。
そこにたっていたのは、今この部屋にいなかったもうひとり。
手には小さな手提げ袋をぶら下げ、口から刃物の柄とおぼしきものが覗いている。
反対の手には見張りを倒すために使ったのであろう、注射器が握られている。
「お待たせしました」
その言葉が、彼らの脱出劇の火蓋を切って落とした。
サイレンは、まだ鳴り響いていた。
小鳥が怪我をしていた。
淡いブルーのグラデーションに、疎らに散った赤黒い飛沫。
猫にでも追いかけられたのだろう、弱々しく翼を動かしていた。
僕は小鳥を家に持ち帰った。
傷の消毒をして、包帯を巻いた。
篭のなかに寝床を用意してやった。
何度も何度も包帯を代えた。
やがて篭のなかを飛び回るようになった小鳥を、時々外にだして遊ぶ。
小鳥は空を眺めていた。
何度も何度も窓硝子にぶつかった。
僕は小鳥の片翼を鋏で切った。
淡いブルーの羽が舞った。
小鳥が啼いた。
これでもう硝子にぶつかって痛い思いをしないですむ。
僕はよかったね、と小鳥に呼びかけ、篭のなかに戻してあげた。
すると今度は篭からでて床に転がっていた。
片翼をばたばたと動かしてもがいていた。
また羽が舞った。
僕は小鳥の足をへし折った。
小鳥が啼いた。
これでもう床に落ちることはない。
そうだ、もうひとつ。
僕は小鳥を篭のなかにいれ、入り口に南京錠を付けた。
これでもう怖い目に会わなくてすむ。
僕はよかったね、と小鳥に呼びかけた。
小鳥は弱々しく啼いて、それっきりだった。
錆びた街には烏が一羽歩いている。
萎んだ風船をくわえ、金槌を足で抱えている。
金槌は誰かの落とし物だ。
これを持ち主に届けるのが烏の仕事。
スクランブル交差点では死神が憂鬱そうに往来を転がり続けている。
歩道橋は眼鏡を亡くした蜻蛉が飛び回っている。
路地裏では黒猫が月に恋をし、「届かない」と呪いを吐く。
烏が通りかかると「お前さんは月と近くて羨ましいね」と緑色の目で烏を見た。
「そんなことはないさ。お月さんだって地べたを這いずってんだから」烏は言う。
「おいらにゃ毎日仲良く鬼ごっこしてるようにしか見えないよ」
「それは君の気のせいさ」
「気のせいだと言えるくらい一緒にいるんだろうに」
烏は腹が立って言った。
「そんなに自分が嫌ならば諦めればいい」
「諦めがつけば誰も呪いやしないよ」
そう言って猫は緑色の目を大きく見開き、その場にあった錆びた釘を飲み込んだ。
烏はそれを見て、金槌を猫の傍らに置いて飛び立った。
後ろから金槌の音が響くのはきっと気のせいだろう。
気づけば風船は少し膨らんでいた。