「彼」はいつも辛そうな顔をしていた。
夢を語るときは特に。
「彼」に私の姿が見えていないことは知っている。
だからこそ、私は常に「彼」の側にいた。
「彼」を取り巻く人間たちは、自分の夢を語りたがる。
彼らのまわりにはたくさんのブーゲンビリアの花が見えた。
「彼」のまわりでは一輪たりとも見たことはない。
それが私にとって当たり前の風景だった。

なにもない沙漠の上。

給水塔。

コウノトリ。

泣き止まない赤ん坊。

これが、「彼」の中に見出だしたすべてであり、私にとって最も美しい景色だった。
夢は秘めるものであり、語る物ではない。
そんな考えをもつ私には、夢を語る者たちの象徴とも言えるブーゲンビリアの花は忌むべきものだった。

あるとき、その景色に変化が見られた。
給水塔の上に、ブーゲンビリアの花が咲いた。
数は少ないけれど、確かにそれは根を張っていた。
それからというもの、「彼」は少しだけど、確実に夢を語る機会を増やしていた。
そのたびに、ブーゲンビリアの花は増えていく。
私の大事な景色が、壊れていく。

君をこんな風にしてしまったのは、なあに?

わかりきった質問。
私は笑った。

「君の悪い夢を、私が全部食べてあげる」

君をこんなに変えてしまったのは、悪い夢のせい。
私がそれを全部、全部食べてあげるから。
そうすれば、君は元通り。
美しい私の沙漠も帰ってくる。

私はブーゲンビリアの花を一株ずつ、丁寧に抜いていく。
引っこ抜かれた花は、やがて花の造形を失い、得体の知れない塊になった。
鮮やかだった色は、見る影もなく黒ずんでいく。
それを私は小さく千切って口に放り込む。
正直、とても美味しくない。
でも、君のためになら。
私は無心に塊を貪り続けた。
ようやく最後の一つを呑み込んでしまうと、そこにいたコウノトリが赤ん坊をくわえて何処かに消えてしまった。

私は「彼」の姿を探す。
「彼」はぼんやりとコウノトリが去っていった方向を見ていた。
その体から、私の大嫌いな花が生えている。
ああ、まだ残ってたの。
私は「彼」の体から最後の一株を引っこ抜いた。
あまりに根が深かったためか、破裂したようにたくさんの根が飛び出した。
「彼」の体に、ぽっかりと大きな穴があいた。
それだけ深くに根付いていたのだろう。
もうブーゲンビリアはひとつもない。
けれど「彼」は時々、輪郭を失うようになってしまった。
私が食らい尽くした、あの塊のような。
これも全部、悪い夢のせい。
あなたがよい夢を見られるように、子守唄を歌うから。
どうか側にいておくれ。

おやすみなさい。




よいゆめを。








沙上の夢喰い少女
Song by ハチ