薄笑いを浮かべた少年の表情からは、冗談か本気か分からない。
摂政は、永年不在の皇帝に代わり国を統べる、民の代表であり、同時に神である。矛盾しているが。ラリサは、いや、国民全てがそう思っている。そういうことになっている。
軽口一つで、翌日、静かに消されても文句は言えない。
「あいつが怖いわけだ」
少年はくっくと声を立てて笑った。
「そんなこと……」
否定したのは、とりあえず口にしただけではなく、怖いというのとは少し違うとラリサは思ったからだ。
摂政自身は、まず怒りを露わにすることはない。
元々、彼のことを軽口の種などにする気持ちは起きない。それがこの国の普通のはずだ。
若かった頃は、軍神として、今は政治の世界で国を守っているのが彼だ。文書一つに対しても真面目なのを、ラリサは近くで見ているから分かる。
「ふうん。……崇拝しているの?」
時折ちらちらと本に目を戻しながら、少年は言葉だけを投げる。大袈裟で嫌な言い方だが、しかし的確なのかもしれなかった。
再興され、摂政が位に就く前のこの国には、「元帥」と呼ばれる指導者がいた。頂点に君臨し、圧倒的な求心力で国を動かした。
しかし、その地位や力を悪用する者があり、国は倒れた。その反省から、人間崇拝をしないことに決まった。いや、元々「元帥」がいた頃から、人間崇拝は否定されていたのだ。だからそれは再確認である。
「個人として尊敬させていただいています」
幾分構えたその答えが、また少年の揶揄を誘ったようだ。
「尊敬ねぇ。どんなところが尊敬の対象なの?」
「うーんと、……全部、全てです」
思いはあるが、なかなか言葉にならない。とりあえず答えたが、少年が試すようにこちらを見ている。全てというのも嘘ではないが、ラリサは言い直した。
「どんなことにも一生懸命で、理想を現実にしようと頑張っているところ……です」
背筋を伸ばしてはきはきと。
「随分と幼稚だね。摂政でなくても皆そういう風に生きているんじゃないの?」
ところが少年はつまらなそうに打ち砕いた。
「う……そうかも、しれないですけど」
言葉に詰まる。まるで採用面接ではないか、とラリサは少し前を思い出した。どちらかといえば思い出したくない記憶だ。
よく考えれば発言しているのは年端もいかない少年なのに、それを忘れてかしこまってしまった。愉快ではないと腹を立てても良いところだ。
「でも、……閣下のことを悪く言わないでください。清廉潔白で、やましいことなんか絶対しない方なんですから。ホントに、一生懸命で真面目な方なんですよ」
「だから、アリちゃんをいじめないで、ってか」
半ばむきになって言い返すラリサを、けらけらと少年は笑う。
「お見事な洗脳っぷりだな。いいねぇ、熱心なファンがついて。地下で研究されているとかいうマインドコントロール、こんな簡単ならすぐ実用化できるじゃん」
まるで読んでいる本がとても面白い漫画でもあるかのように。少なくともそうではなさそうなのだが。
「君は、あの男を理想の体現だとでも思っているのかな」
少年はラリサを見て、笑いながらではなく、改まって問いかけてきた。
「もちろん。当たり前じゃないですか」
彼女はむくれた。
摂政は、自分を変えてくれた。彼女はそう思っている。
「そっか。でもね、理想じゃ腹は膨れないから。それで言うまでもなく、あいつも人間だからね」