人間の誰しもが自分の体内にモンスターを潜ませている。
そいつの姿はファンタジックなものでもなく、あるいは鬼の形相のいかにも恐ろしいものでもなく、きっと産まれてから今まで毎日見てきたモノ。
そう、そいつは自分とそっくりな顔をしているのだと僕は知った。

僕の中にもう1人の知らない僕がいる。
その存在に気が付いたのは思春期を過ぎて、少し大人に近付いた頃だった。
例えばある日、彼女が僕の部屋に来て違う男の話をし始めた時。
どこかいつもと違うその表情に胸がザワつき始めた。
彼女は僕のしかめた顔を見て「嫉妬?」と茶化す。普段の僕ならもっとクールにかわせただろう。
だけど、話が別だった。
どんどん胸の奥がチリチリと焦げた音を出す。
…やめろ。堪えろ。
必死に押さえ込もうとするが、彼女の話が止まらない。
…バカ、それを言ったらもう俺たちはお終いだ。今日でサヨナラだ。
「ねぇ、聞いてる?」
それが引き金だった。
まるで本当に撃鉄を下ろした時のガチャリと言う音が響いたようだった。
「聞くわけねーだろ、そんな話」
…違う、僕はそんな乱暴な口調で話さない。(いつも優しく穏やかにをモットーにしてるんだから。)
「え?」
「で、結局なんなんだよ、そいつとは。まさか俺をキープにしてそいつと付き合ってんじゃねぇだろうな」
…ホラ、彼女カツアゲされてるみたいな顔してる。違うって、やめろ。
「ち…違うよ…あたしはただ…ちょっと試したかったっていうか…」
今にも泣き出しそうな彼女。今までそんな顔はさせたことなかった。
優しく彼女の言うことにはいつも笑顔で受け答えしてきた僕だが、何という女々しさだろう。これは嫉妬だ。
今粗暴な言葉を吐いているのは僕自身も知らなかった僕。
だけど余りに普段と言葉遣いが違くて、彼女の怯え方もひとしおだ。
「俺を試す?はっ、バカにすんな…」
…代われ、もういい。
泣きながら彼女はこう言った。
「だって森本くん…いつも優しいばっかりだし、他の子にも優しいし…ほんとにあたしのこと好きなのかちょっと気にかかって…」
僕は震える彼女をそっと抱き寄せた。
触れるとビクッと肩を強張らせたが、僕が口調を戻すとみるみる内に力が抜けて、遂にはしゃがみ込んでしまった。
安心したのか大声をあげて泣きじゃくる彼女。
僕は落ち着くまで彼女の頭を撫で続ける。
抱きしめながら、僕は内面の僕と話を続けた。
…ちょっと暴れすぎだよお前。
ーんだよ、スッキリしただろ。
…まあね。
ーどのみちいずれこうなったさ。
…そうかなぁ。
ーそうだよ、お前いい顔し過ぎ。なんでも言い合える仲になった方が楽に決まってる。
…へぇ。
ーんだよ…。
…お前たまには良いこと言うじゃん。
ーは?
でも僕たち付き合ってまだ日が浅いから、その意見を今後の目標にでもするよ。
ーおい茶化してんのか?
…素直に受け取れよ。
「あの…ごめんね」
彼女は目を真っ赤にしたまま謝った。
「僕こそ恐がらせてごめん。もう2度と泣かせないと約束するよ」
「ううん、いいの」
やんわりと笑う彼女に僕は少し驚いた。
「やっぱり本音で言ってくれた方が安心するから」
「ほんと?」
「ウン…あとね、あたし実はさっきみたいな森本くんにもちょっとドキッとしちゃったかな…」
ーおい、なんだこの女面白いな。
面白いじゃない。お前のせいで彼女変な方向に目覚めちゃったじゃないか。
「…そう?」
僕は少し引き気味に笑った。
けどそこまで悪い気もしなかった。
どちらの感情も僕自身なのだけど、きっと粗野で口の悪いもう1人の方が本心なのだから。
だからそんな本音の方を好きになってくれた彼女に僕は驚かされている。
「彼女が君で良かった。」
「え?」
素直に顔を赤らめる君にそっと近付く。
ーお、珍しいじゃねーか。お前からしたこと無いだろ?
「…ウルサイ」
ボソッと内面の自分を制止する。
「森本く…」
彼女は驚きながらも逃げたりはしなかったし、寧ろ僕の背中に手を回してしがみつくようにしていた。

帰り際に僕は「嫉妬しちゃったんだ。ごめんね。」と再度謝ると、彼女は「嬉しい」と笑った。
それから僕は度々彼女とケンカをするときには、あんなに粗暴な言葉遣いはしないように、でも本心を全て言うようにしている。
これは僕が本当に目指してた彼氏と彼女の関係なのかもしれないと思った。