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燈s器用バレンタイン(堂郁)

「手作りチョコぉ?」
柴崎は鏡越しに化粧水を頬に叩きながら言う。
「ど、どんなの作って良いか分かんないんだけど!」
2月13日、バレンタインの前日のこと。笠原郁は人生初の手作りチョコに挑もうとしていた。
「ブナンに生チョコとかトリュフでいんじゃないの?簡単だし…って言うか図書館にレシピ本置いてあるじゃない!」
それがそうもいかないから柴崎を頼っているのだ!郁はもどかしさに身悶えした。
「そんなことしたら誰かに見られるっつうの!そゆときに限って小牧教官とか絶対見てるのよ!」
「あ〜良い笑い話にされるわねぇ」
柴崎はニヤニヤ笑いながら乳液を塗り込む。
郁はこの通り!と頭の上で両手を合わせた。その姿に振り向き、柴崎はやれやれと言ったように郁の肩に手を置くと、
「まぁ、私も上司に義理チョコ買いに行かなきゃだし。材料の買い出し、付き合ってあげても良いわよ。あんたも他の人に義理チョコ買ったら?」
「うん!!そうするっ!!ありがとー柴崎ーっ!!」
それから支度を整えると、二人で買い物に出掛けた。


「しかし最近は凄いのねぇ。簡単にチョコ作れちゃうんだもん」
柴崎はしみじみ言う。手作りはしたい、がしかし寮生活のせいで部屋にキッチンなどない。
致し方ないのでチョコレートを砕くおもちゃと、溶かす機械を買ってきたのだ。
「これで一応手作り出来るよね!柴崎も!」
郁はエプロンを着て張り切った様子で材料を広げ始める。
「はぁ!?あたしは作んないわよ!あんた1人でやんなさい!それにこれから更に用事があるから忙しいの。」
柴崎は携帯片手でドアノブに手をかけ、郁の返事など聞く間もなくさっさと出掛けてしまった。…一体どんな用事だろう…。気にはなったが、これで郁は柴崎の力を借りることは叶わなくなった。果たして自力で、初めてで、独学の浅〜い知識で一体作れるのか不安がよぎったが、
「要するに、溶かして型に入れて固めればいい話でしょっ!」
とりあえず単純に考え、作業に取り掛かった。
それから柴崎が夜中に帰ってきた頃に、焦げた臭いと部屋中にチョコレートが飛び散っていたのは言うまでもない。
ただ、どうにか形にはした。
味見はする分が残っていなかったので、ぶっつけ本番になってしまった。

バレンタイン当日。郁は堂上のいないところで小牧や手塚、玄田隊長などの人にお世話になってます、と箱入りのチョコレートを配って回った。
(堂上教官のチョコ…いつ渡そう〜!!)
他の人に渡した物と明らかに違ったラッピング。形もハート型とあからさまだ。
暫く探し回って物陰から堂上を見つけ、一人きりにならないだろうかと様子を窺うが、隣には小牧がいたり、人の多い場所にいたりする。
そうこうしている内に仕事が回ってきたり奔走して悪戯に時間だけが過ぎていった。
(どうしよう〜!!今日中に渡せないかも〜!!)
郁は常に気が気ではなかった。

「小牧、今日は笠原の様子が変じゃないか?」
「あぁ…そうだねぇ」
何だか知ったような口調で小牧は言う。
「なんだ、知ってるのか?」
「う〜ん…強いて言うなら…」
堂上は今日笠原とすれ違いで仕事が進んでいるせいか、挨拶以外一言も口を利いていない。
何かあるなら理由が知りたかった。
「もったいつけるなよ」
考え込む小牧の制服の左ポケットから青い箱らしき物が落ちかかっている。
「ん?」
カツンー…
「あっ!」
しまったと言う顔をした小牧は、慌てて拾い上げるが時すでに遅く。
その箱にはご丁寧に
『小牧教官へ』
『笠原より』
とマジックで書かれていた。堂上はそれを見て今日が何の日かを思い出し、同時にその箱の中身と自分には渡されていない現状が一気に理解できた。
「あいつ…さては浮かれてるから仕事も上の空なのか!?」
「えっそう受け取るんだ?」
小牧は思案顔だ。堂上のフォローを考えているのだろう。
「小牧、お前何て答えた!?」
「はい?」
「笠原に…こ、告白か何かされたんだろ!」
堂上の表情は最早殺意に満ちている。返答次第によってはーと言う顔だ。
それを見て小牧は短く息を吐いて、
「呆れたな。こんなの義理チョコでしょ」
掴みかかりそうになっている堂上を牽制しながらゆっくり話す。
「堂上らしくもない…。直接聞きに行きなよ。俺が何で怒られるの」
正論だ。堂上はその言葉でふと我に還ると、すまないと言って少し俯いた。そこで小牧とは一旦別れ、仕事の終わる時間を見計らい笠原の元へ向かった。

「えっ!もうこんな時間!?」
1人ですっとんきょうな声を上げたが、その場に残っている者も郁以外には居なかった。
仕事が漸く片付く頃にはとっぷりと陽が暮れていた。
…堂上はもう帰ってしまっているかも知れない。
「結局…渡せなかったなぁ…」
そう一人ごちると両目から涙が溢れた。引き出しの中には不格好な赤い包装紙の箱。
恥ずかしくて、どの道会えた所で渡せなかったかもしれない。私のバカ、柴崎に協力させときながら。意気地無し。
「〜っ…堂上教官…!」
涙と一緒に、ごく自然に飛び出した言葉だった。自分でも少し驚いていた。ーその時。

「…アホか貴様」

聞き慣れた台詞に涙が引いた。ゆっくり振り返ると、部屋の入り口で仏頂面の堂上がいた。
「まだ残ってたのか…」
一歩一歩こちらに近付いてくる。郁の手には渡すチョコレート。何なの。このタイミング。これって神様がくれたラストチャンスだよね…。もう、どうにでもなれ!!
「っ教官!!」
勢い良く立ち上がり、食べてくださいとチョコを渡す…はずだった。

バゴンッ!!!!

「痛っっ!…か…笠原ァ!!」
確かな手応え。証拠に堂上の怒鳴り声。
そう、堂上の頭上から丁度頭に向かってそれを降り下ろしていた。チョコレートがバキッと音を立てて割れたのを感じた。
「あっああぁぁぁ!割れたぁ!?」
郁の両手には半分ずつハートの片割れが。
「貴様〜っ!バレンタインだからと言って浮かれて仕事に身が入っていなかっただろう!」
「なっ!?そんなことないです!!私はただー…!」
割れたチョコレートに視線を落とすと、もう食べてもらえないのだと思った。
「ただ、教官にチョコ…いつ渡せるか考えてただけですもん…」
「…くだらんな」
なにおう!?郁はそう堂上に食い付こうと思ったが、右手を強く掴まれてその言葉どこかへ飛んでいった。
堂上はそのまま割れたチョコレートを郁の手を引き寄せるようにしてかじった。
呆気に取られた郁は口をぱくぱくさせてうろたえている。堂上は郁の手からチョコレートだけを受けとると、
「もう片方も寄越せ…俺にくれるんだろ?酷い貰い方したが」
「…最後のは余計です」
「うまいよ」
ドキッと言う音が聞こえてしまっていないか心配したが、そんなことよりもどんどん紅くなる顔を教官に見られないようにするので精一杯だった。
堂上はそれから何も言わずに郁の手を引いて、
「教官…?どこ行くんですか?」
「夜道の散歩だ。少し付き合え」
え〜という郁の声には応じない。
我ながら無茶苦茶なことを言ってしまった。こっちこそ、こんな赤い顔見られたら終わりだ。

郁は前をすたすた歩く堂上の耳が真っ赤なことに気付くと、ことさら鼓動が早まった。
繋いだ手の温もりが、いつまでも熱を持って引かなくて二人は互いに知れずに困った。

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