二条は寒川に電話して、自分達は被害届けを出さない旨を伝える
「でも、そっちが出したいなら出して構わないぜ」
あくまで逃げではないことを示した
「親父に言っとく」
と、寒川は悔しそうに言って電話を切った
二条の入浴中、二条の携帯が鳴った
弟の文彦が電話を見る
文彦は高校に上がったばかりなので、未だ携帯を持っていず、兄が使わない時に借りている
画面には、「寒川」と名前が出ていた
「二条、うちに来い」
野卑な声がした
ああ、こういう奴か、と文彦は思う
「何の用だ?」
文彦は兄のふりをして話す
兄弟の場合、特に携帯では声がよく似るので、寒川は弟と話していることに気付かない
「怖じ気付いたんじゃないなら来いよ
話つけようぜ」
ここに至って文彦の怒りは頂点に達した
「よし、今すぐ行ってやる」
「何?今だ?」
寒川は驚いたようだった
「約束は明日だぞ」
「悠長なこと言ってられるか貴様
お前の親父、今いるよな」
「いねぇよ」
「いないなら帰らせろ、これから行くから」
「よし、いいぜ、今から来い、クビ洗って来るんだな」
寒川は、脅しのために笑ってみせた
兄に告げて、もし止められたら嫌なので、文彦は黙って家を出た
父は山伏修行で不在、母はリビングでクラシックを聞いていたから、文彦が台所の包丁を取るのを見られることはなかった
包丁を、背中に忍ばせる
晩春の夜の空気は、肌に暖かかった
三日月の
月かと見れば
○○の虫
この虫殺せ
十五夜の月