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21

駅を降り、兄が書いたメモを見ながら文彦は寒川の家に行った


高い塀に囲まれた、庭の広い、古い和風の家だった

門のチャイムを押すと、見るからに人相の悪い男達が数人出て来た

玄関には、さらに十数人の男達がいた


寒川は得意気な表情で文彦を迎える

「上がれ」と、顎で玄関の隣室を示す

和室の上座に、初老の男が座っていた

その後ろには、大きな龍の彫り物が飾られている


「今、倅は外出中だ」

と、男は凄味のある目で文彦を睨む

「まあ座れ」

顎で示され、文彦は男のすぐ前に座った

20人ほどの男達が入って来て、文彦を囲むように座る


「何だお前、こんな暑いのにそんなもの着て」

文彦の、包丁を忍ばせたダウンジャケットを指して言う

「ふん」と不敵に笑って文彦は答えない


「孫が世話になったそうだな」

「こっちはそれ以上に世話になりましたよ」


「お前、二条か?」

祖父の隣りに胡座をかいた寒川が、訝しげに文彦を見る

例の二条にそっくりな奴というのは、こいつか?


「二条和也の弟だ、兄貴が風呂に入ってたから、代わりに来たのさ」

「弟か!何で弟が来るんだ?」

寒川は文彦の顔をまじまじと見つめる


「痺れ切らして来たんだよ

手っ取り早く話つけようぜ」


「いい度胸だな小僧」

と、寒川の祖父が文彦に脅しの微笑を投げる

「お前の兄貴は、何でうちの孫に怪我させてくれたんだ?

返答次第じゃ、生きて帰さないぞ」


文彦のダウンジャケットの下は、冷汗が出ている

文彦も、幾分かは死ぬ覚悟で来た


文彦は言った

「僕を殺すなら殺せ

でも僕が死ぬ時は、必ず祖父さんを地獄に連れて行くつもりだ

祖父さんを殺すか、それともここにいる子分を二、三人殺すか、どっちにしろ殺すから、その覚悟でやってくれ」

文彦の目が、冷たい鋼のような光を放つ

一瞬にして文彦の全身に殺気が漂よった


こいつはただ者ではない、と寒川の祖父は感じた

「了解だ

まずは、孫を殴った理由を聞かせてもらおう」


文彦は、兄から聞いた話をした


話が進むうちに、寒川の祖父の顔が険しくなって来た

恐喝の話をしかけた所で、寒川の祖父はいきなり隣りに座っていた孫を殴りつけた


「このろくでなしめ!」

と、怒鳴りつける

猛烈な勢いで、寒川の顔にパンチが炸裂する


寒川は畳に倒れて悶絶した



「申し訳なかった」

と、寒川の祖父は文彦に頭を下げた





○○○来て
身を妨ぐる
悪念(のろひ)をば
今打ち返す
元のあるじに



※※※



この短編は、これで終りです

最後まで読んで下さってありがとうございました


こういう悪い奴等は、やはり書いてて良い気分はしなかったです

寒川達悪党に対して、バッドエンドにするかハッピーエンドにするか、途中で随分迷いました

が、寒川達にも良い終り方に出来たので、私としては満足しました


結局、女の子はほとんど登場させることができませんでした

女の子を書きたい気持ちも少しはあったのですが、今回はどうも難しかったです


武、二条、文彦の三人は、私の好きなキャラクターなので、そのうちまた登場させるかもしれません

20

二条は寒川に電話して、自分達は被害届けを出さない旨を伝える

「でも、そっちが出したいなら出して構わないぜ」

あくまで逃げではないことを示した

「親父に言っとく」

と、寒川は悔しそうに言って電話を切った




二条の入浴中、二条の携帯が鳴った

弟の文彦が電話を見る

文彦は高校に上がったばかりなので、未だ携帯を持っていず、兄が使わない時に借りている

画面には、「寒川」と名前が出ていた


「二条、うちに来い」

野卑な声がした


ああ、こういう奴か、と文彦は思う


「何の用だ?」

文彦は兄のふりをして話す

兄弟の場合、特に携帯では声がよく似るので、寒川は弟と話していることに気付かない


「怖じ気付いたんじゃないなら来いよ

話つけようぜ」



ここに至って文彦の怒りは頂点に達した

「よし、今すぐ行ってやる」

「何?今だ?」

寒川は驚いたようだった

「約束は明日だぞ」

「悠長なこと言ってられるか貴様

お前の親父、今いるよな」

「いねぇよ」

「いないなら帰らせろ、これから行くから」


「よし、いいぜ、今から来い、クビ洗って来るんだな」

寒川は、脅しのために笑ってみせた



兄に告げて、もし止められたら嫌なので、文彦は黙って家を出た

父は山伏修行で不在、母はリビングでクラシックを聞いていたから、文彦が台所の包丁を取るのを見られることはなかった

包丁を、背中に忍ばせる

晩春の夜の空気は、肌に暖かかった




三日月の
月かと見れば
○○の虫
この虫殺せ
十五夜の月

19

通話中の二条の携帯に、武から着信が入った

「また電話します」

と二条は寒川の父親に言って、武と話す


「何?」

「未だ警察に言ってない?」

「うん」

「良かった、警察に言わないで大丈夫だよ」

「何で分かる?」

「勘だけど、寒川達は僕達に何もできないよ」

「勘?」


勘なんか信じられるのか?

疑うものの、二条の祖父は神社の宮司である

宮司の三男である二条の父親は、神道系の山伏だ

(山伏には、仏教をメインとしている者、神道をメインにしている者、半々の者など色々いる)

二条の父は会社経営をしながら時々休みを取り、旅行鞄に山伏装束を入れて山に修行に行く


二条が武のように、時々修験や、両部神道(神道を取り入れた密教)の呪歌を唱えるのは、この父の影響である



「なるべくなら、警察の厄介にはなりたくないよね」

二条は言った

「だよね、いくら未成年だってね

下手したら退学になるかもしれないし

まあ、それはないだろうけどさ」


武は二条に、幽体離脱したかもしれないことを話した

「本当に出来たかどうか分からないけど、寒川の家は怨霊がいっぱいって感じがしたんだ

悪いことばっかりして来たから、相当恨み買ってると思うんだよね」

「ああ、生きてる人間達の恨みの念が、寒川達とは無関係の死霊を沢山呼び込んだのかもしれないね」

二条にも、そういう現象は何となく想像がつく

「僕も出来ることなら警察沙汰にしたくないよ」

「だろ?だから言わないで」

「分かった」

18:氏神

武の視界に、神棚が見えて来た

両端に供えられた榊の葉に、毛虫が沢山ついている


「ふうん」

と、武は心の中で言った

「ヤクザのくせに神棚なんかあるんだ

悪いことばっかりしてて、何が信仰だよ」


そう言えば、漫画で見たことがある

外出するヤクザの夫の肩に、女房が火打ち石をカチカチカチと打つ場面を


形だけつけてて、どうなるものでもあるまいに

さんざん悪いことしてても、験を担いでれば良いと軽く考えてるのか?



神棚を見ていた武の背中が、急に震えた

急激に寒気がして来たのだ


不気味な雰囲気が立ち込め始める

名状しがたい恐怖に捕われて来た




「身体に帰ろう」と、武は思う

しかし、なかなか上手くいかなかった



自分は今、実際に幽体離脱しているのだろうか?

それとも、しているつもりだけなのだろうか?

分からない

今までに何度か幽体離脱の練習をしたが、こんなに鮮明に見えたことはなかった

今見えているものも、自分の単なる空想、あるいは幻覚かもしれないのだ



だが、怖い

何だか分からないが、非常に気持ちが悪い

ああ、怖い




不気味な気配の中から、一人の少年が姿を現した


とても美しいその顔は、同時に恐ろしくもあった


武は何故か、その少年が神霊だと直感した

しかも単なる神霊ではない

自分の住む地域の氏神だと感得した



「去れ!」

と、氏神は一言、武に言った



武の意識は、机に俯す肉体に戻っていた




走り人
その行く先は
真の闇
あとに戻れよ
○○○○○○○

17 生き霊

武は、自分の意識を寒川の方に飛ばすようにした

寒川の家が何処にあるか分からないが、とにかく寒川の家を念頭に置く

そして、寒川の父親を想像する

寒川の父親のすぐ側に行くことを想像する



武の想像の身体は、手に長槍を持っていた

その長槍で、想像上の寒川の父親の背中を力いっぱい貫き通す

何十回も繰り返す




寒川の父親は二条に言った

「ちょっと待って下さい

警察沙汰にしたら、貴方も困るんじゃないですか?」

「こういう状態になった以上は仕方ないです」

「退学になるかもしれませんよ、良いんですか?」

「構いません」

「警察は抜きにしましょうよ」

「今すぐ警察に知らせておかないと、僕達の身が危ないですから」

「そんなに俺達が信用できないんですか?」

「ええ、信用してません

僕達は明日そちらに呼び出されてるわけですから」


二条は日頃穏やかな分、戦闘体勢に入ると止まる所を知らない


ろくでもないガキを育てやがって

と、心の中で、普段は使わない乱暴な言葉遣いになる

てめぇ等に何されるか分かったもんじゃねぇのに、この後に及んで呑気にしてられるか




寒川は、電話で話す父親を不安な面持ちで見ていた

警察で余罪を追求されたら、幾つも出て来るからである



見ていて、「アッー!」と驚いた


父親の側に人の顔のような物が、うっすらと浮かんでいる


まさか!

幽霊か?!



目を凝らすと、山野武の顔のように見えた

恐ろしい悪鬼の形相である



武自身は気付いていないが、武は普段から結構目付きが鋭い

本人は努めて無表情にしているつもりだが、実は時々内心の激しさが隠しようもなく目に表われるのだ



山野か?と寒川が思った時に、顔は消えた
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