水樹(みずき)は急に具合が悪くなった。
目眩がして来て間もなく、吐き気も加わって来た。
目眩も吐き気も、会社に入って、新しい環境に慣れる間のストレスで起きた「身体化現象」だ。
分かっている。
実際に身体が悪くなった分けではないことを。
目眩も吐き気も強くなってくる。
これではとても仕事が手につかない。
家に帰って横になりたい。
しかし、こんな苦しい状態で駅まで歩けるのか?
第一、まだ入社したてなのに「早退させて欲しい」と言うのは、あまりにもバツが悪い。
それに「使えない奴だ」と思われるだろう。
ああ実際、俺は使えない奴だと思う。
それでも何とかサラリーマンとしてやって行かなければ。
「大丈夫か?真っ青だよ」
係長が声をかけてくれた。
助かったと水樹は安堵した。
自分からは非常に言いづらいが、上司から聞いてくれるなら言える。
水樹はそれで何とか駅まで歩いた。
昼間だから電車は空いていて、座ることが出来た。
やっとのことで家に帰り、ベッドに倒れこんだ。
参ったなと思う。
多分、明日も起き上がれないだろう。
入社したてで、もう早退、病欠か。
2日休んで、会社に行った。
帰りの道で、中年の黒服の男に声をかけられた。
「お兄さん、イケメンですね。
うちで働きませんか?」
聞くと、ホストのスカウトだった。
ホストは無理だろうと水樹は思った。
無口で人見知りだから、到底勤まるとは思えない。
しかし、アルコールを飲めば、結構喋れる時もあるのは分かっている。
どうせ今の会社でも、うだつが上がらないだろうし、思い切ってホストになってみるか。
お金を稼げれば、大学の学費を貯めることも出来そうだ。
「二十歳過ぎてるよね?」黒服の男は、愛想の良い笑顔で聞いた。
この人は感じが良いなと、水樹は思った。
こういう人となら、勤まるかもしれない。
「ええ、二十歳です。」
「それは良い。週1日でも良いから、働いてよ。
その前に体験入店して、合うかどうかも試せるよ」
その時早速、体験入店してみることにした。
駅前の繁華街のビルの二階にある店は、なかなか広くて豪華だった。
ホストとおぼしき若い男が十数人見える。
客と見える女も十人近く。
「そのスーツのままで良いよ」
と黒服の男が言った。
ホストたちはそれぞれ派手な服を着ているが、水樹は体験入店だから、普通の背広ネクタイがお客には新鮮に映ると言う。