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19

通話中の二条の携帯に、武から着信が入った

「また電話します」

と二条は寒川の父親に言って、武と話す


「何?」

「未だ警察に言ってない?」

「うん」

「良かった、警察に言わないで大丈夫だよ」

「何で分かる?」

「勘だけど、寒川達は僕達に何もできないよ」

「勘?」


勘なんか信じられるのか?

疑うものの、二条の祖父は神社の宮司である

宮司の三男である二条の父親は、神道系の山伏だ

(山伏には、仏教をメインとしている者、神道をメインにしている者、半々の者など色々いる)

二条の父は会社経営をしながら時々休みを取り、旅行鞄に山伏装束を入れて山に修行に行く


二条が武のように、時々修験や、両部神道(神道を取り入れた密教)の呪歌を唱えるのは、この父の影響である



「なるべくなら、警察の厄介にはなりたくないよね」

二条は言った

「だよね、いくら未成年だってね

下手したら退学になるかもしれないし

まあ、それはないだろうけどさ」


武は二条に、幽体離脱したかもしれないことを話した

「本当に出来たかどうか分からないけど、寒川の家は怨霊がいっぱいって感じがしたんだ

悪いことばっかりして来たから、相当恨み買ってると思うんだよね」

「ああ、生きてる人間達の恨みの念が、寒川達とは無関係の死霊を沢山呼び込んだのかもしれないね」

二条にも、そういう現象は何となく想像がつく

「僕も出来ることなら警察沙汰にしたくないよ」

「だろ?だから言わないで」

「分かった」

18:氏神

武の視界に、神棚が見えて来た

両端に供えられた榊の葉に、毛虫が沢山ついている


「ふうん」

と、武は心の中で言った

「ヤクザのくせに神棚なんかあるんだ

悪いことばっかりしてて、何が信仰だよ」


そう言えば、漫画で見たことがある

外出するヤクザの夫の肩に、女房が火打ち石をカチカチカチと打つ場面を


形だけつけてて、どうなるものでもあるまいに

さんざん悪いことしてても、験を担いでれば良いと軽く考えてるのか?



神棚を見ていた武の背中が、急に震えた

急激に寒気がして来たのだ


不気味な雰囲気が立ち込め始める

名状しがたい恐怖に捕われて来た




「身体に帰ろう」と、武は思う

しかし、なかなか上手くいかなかった



自分は今、実際に幽体離脱しているのだろうか?

それとも、しているつもりだけなのだろうか?

分からない

今までに何度か幽体離脱の練習をしたが、こんなに鮮明に見えたことはなかった

今見えているものも、自分の単なる空想、あるいは幻覚かもしれないのだ



だが、怖い

何だか分からないが、非常に気持ちが悪い

ああ、怖い




不気味な気配の中から、一人の少年が姿を現した


とても美しいその顔は、同時に恐ろしくもあった


武は何故か、その少年が神霊だと直感した

しかも単なる神霊ではない

自分の住む地域の氏神だと感得した



「去れ!」

と、氏神は一言、武に言った



武の意識は、机に俯す肉体に戻っていた




走り人
その行く先は
真の闇
あとに戻れよ
○○○○○○○

17 生き霊

武は、自分の意識を寒川の方に飛ばすようにした

寒川の家が何処にあるか分からないが、とにかく寒川の家を念頭に置く

そして、寒川の父親を想像する

寒川の父親のすぐ側に行くことを想像する



武の想像の身体は、手に長槍を持っていた

その長槍で、想像上の寒川の父親の背中を力いっぱい貫き通す

何十回も繰り返す




寒川の父親は二条に言った

「ちょっと待って下さい

警察沙汰にしたら、貴方も困るんじゃないですか?」

「こういう状態になった以上は仕方ないです」

「退学になるかもしれませんよ、良いんですか?」

「構いません」

「警察は抜きにしましょうよ」

「今すぐ警察に知らせておかないと、僕達の身が危ないですから」

「そんなに俺達が信用できないんですか?」

「ええ、信用してません

僕達は明日そちらに呼び出されてるわけですから」


二条は日頃穏やかな分、戦闘体勢に入ると止まる所を知らない


ろくでもないガキを育てやがって

と、心の中で、普段は使わない乱暴な言葉遣いになる

てめぇ等に何されるか分かったもんじゃねぇのに、この後に及んで呑気にしてられるか




寒川は、電話で話す父親を不安な面持ちで見ていた

警察で余罪を追求されたら、幾つも出て来るからである



見ていて、「アッー!」と驚いた


父親の側に人の顔のような物が、うっすらと浮かんでいる


まさか!

幽霊か?!



目を凝らすと、山野武の顔のように見えた

恐ろしい悪鬼の形相である



武自身は気付いていないが、武は普段から結構目付きが鋭い

本人は努めて無表情にしているつもりだが、実は時々内心の激しさが隠しようもなく目に表われるのだ



山野か?と寒川が思った時に、顔は消えた

16

二条は道場から帰る道すがら考えた

親には言いたくない

自分は武術という武器を振り回した形になるからだ

それは寒川達も同じで、ましてこの弾きがねになったのは暴行と恐喝をした寒川達だ

だが、それなら何故、恐喝に発展するまでおとなしく殴らせていたのか?と親に詰問されてしまうだろうからだ

寒川達を頭に乗らせたのは、二条の無抵抗だったと言っても過言ではないと、責められるだろう

また、無抵抗の故に、級友の武をも、弟の文彦をも巻き添えにしてしまった



道で武に報告した後、二条は寒川に電話した

寒川は暴力団の父親が後についているので、怪我していても居丈高である

「今さら怖くなって泣き入れるつもりか?」


「いや」

と、二条は答えた

「お前の親父さんが、僕や山野とどんな話し合いをしたいのか知らないけど」

「怖じ気付いてやがる」

寒川はせせら笑う

「てめぇも山野も、なるべく早く引越しと転校した方が良いぞ

グズグズしてる暇はないぞ、俺達が家を調べて乗り込むからな

家族全員半殺しにされたくなかったら、尻尾巻いて逃げくされ」

寒川は勝ち誇って笑った


腹は立つが、二条は努めて冷静に告げた

「お前と東山、横田、西田、南、北谷の六人を、暴力と恐喝、脅迫で警察に被害届けを出すつもりだ」

「何?」

寒川には意外だったらしい

声の調子が変わる

「それなら俺達も、傷害で被害届け出すぞ」


「出せよ」

「何だと?」

「僕達もお前達も、同じく警察に逮捕されようじゃないか

双方とも逮捕されて、取り調べを受けるんだ

お互い様だな

先にやって来たのは、お前達だ、それを忘れてないよな?」

「傷害事件にしたのはてめぇ等だぞ」

「その前に暴行されてたのは、僕と広沢なんだけどな

ここまで来たからには、もう最後まで徹底的にやろうぜ」


寒川は黙り込んだ

しばらくして言った

「親父に代わるよ」

急に口調が子供っぽくなる


少しして電話に出たのは、ふてぶてしい声の中年男だった


「うちの倅が、あんたに大分世話になったそうだな」

男にしては甲高い声に、ヒステリックな性格がにじみ出ていた

やはりろくなオヤジではないな、と声を聞いて二条は思う

暴力団の中でも完全に小物の部類だ、と

しかし、小物の方が物の道理が分からないだけに、ある面恐ろしい
「僕の方も大分お世話になりました」

二条の胸に怒りが込み上げて来る

子供を持つ資格もない屑め

こいつとこいつの倅のために、今まで何人が泣かされて来たのだろう?



「今すぐ、お宅の息子さんに暴行と恐喝をされたと言って、警察に被害届けを出します

そちらも傷害の被害届けを出して下さい

どっちがより悪かったか、警察に全部調べてもらいましょう」


電話の向こうに沈黙があった





一方、武はこの日は勉強もせず風呂にも入らず、ただずっと机に俯していた

自分は二条を助けたのだから、親に知られても褒められこそすれ、叱られることはない

だが、相手はならず者達である

警察の目を掻い潜って、自分達に何をして来るか分からない

呪いをかけていても、自分は行者ではなく素人である

慣れない禁厭(きんえん・まじない)をするよりは、手っ取り早く念力を使った方が良いかもしれないと思った


机に俯す武の肉体から、霊体が抜け出る様を強くイメージする

つまり生き霊である




生き霊と
言ふも我らは
しら○○○
放つ時には
程なかりけり



紅(くれない)に
染めてそのやに
隠すとも
色ある花は
隠されもせじ

15 呪詛の失敗

武術指導が終り、夜の勤行と作務を終えて自由時間になると、妙恵はいそいそと本堂に向かった


生まれて初めて呪詛をするのだ

頑張らなくては

何法でやろうかな?

ありふれたスタンダードでするか、それともマニアックに捻りを利かせるか



廊下を歩いている妙恵を見て、師の僧は異なものを感じた

声をかけようかと一瞬思ったが、本人に任せることにした

妙恵もそこまでバカでもあるまい




廊下を歩いていて、妙恵はつるりと滑りそうになった

危うく転んで、後頭部を打つところだった


「ああ、危ない危ない」

心の中で呟く



本堂に着いた時には、何法で呪詛をするか決っていた

呪詛用の三角壇と密教法具を取り出す



三角壇の前に座ろうとした時に、密教法具のひとつを三角壇の上に落としてしまった

鈍い音が、広い無人の本堂に響く


「あれ?」

妙恵は奇妙なものを感じた

法具を拾おうとした手が三角壇に当たる

「痛っ!」


さすがの妙恵も、ここに至って気付いた



ああ、この呪詛は駄目か…

呪詛用の本尊の像
(妙恵がどの仏尊を選んだかは、作者(私)には分かりません)
を見ると、その顔は別の方向を向いているように見えた


「わかりました、やめます」

妙恵は頭を下げる

理由は何なのか理解できないが、この呪詛は成功しないことが分かったのだ
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