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13:二条が醜男になったこと

二条の話を聞いてから、武はなるべく二条と一緒にいるようにした

本当は目立ちたくないが、万一二条が治療費と慰謝料を請求されたたら、正当防衛の証人になることを寒川達に示すためだ


「気で打撃を跳ね返せるとは」

下校時、歩きながら武は小さな声で二条に言う

「なかなか出来ることじゃないよね

君、天才?」

「そうかもしれない」

二条は悪びれずに答える

武術をやっていても、長年死ぬ気で打ち込まなければ、相手のパンチを気で跳ね返すことは不可能だ

二条が、わずか高校二年の若輩の身でここまでになれたのは、彼が不世出の天才だからであろう


「まあ、僕も毎回跳ね返せるわけじゃないよ

時々はまともに食らって痛い思いするよ」

「そうか」

武はひどく感心する

武にはとても無理だ



「それにもう腹が立って仕方ないし」

いくら練習になるとはいえ、ああいうクズ共の悪想念を受け続けるのは胸糞が悪い


最近自分の顔が汚くなったのはあいつ等のせいだ、とまでは口には出さない

顔が悪くなったのは、そういう人間達を相手にしている自分の責任だからだ



貴子は前から二条に盛んに色目を使っていたが、最近は二条が美男なのか醜男なのか微妙になって来たので近寄らない

二条としては、有り難いやら寂しいやら複雑な心境である


気を貯めておくには、セックスは禁物だ

セックスなどしたら、気が漏れてしまうからだ

マスターベーションもしないように頑張っているのに、女と交わって、気を無駄に排出するなんてもったいない


しかし女に見向きもされなくなると、やはり悲しい

その辺り、武は徹底しているから羨ましいと思う

武は今は美しい

二条に好かれたいので、武は二条と二人でいる時は、自分に出来得る限りの精一杯の美しさと感じ良さを顔に表現している

普段は、特徴のない捕らえどころのない顔を演出している

長年の鏡の前での訓練の成果である




「北谷をやったのは、君の弟か」

「うん、いつまでも調子に乗らせてるなって怒って来たんだよ」

一歳下の弟の文彦(ふみひこ)は、二条と違って直情径行である

兄の行動を見兼ねて、下校後に兄の学校に来た



北谷は文彦に金的を入れられて、股間が何倍にも腫れ上がり、うなって寝ていた

一週間経ち、ようやく腫れが引いて来た


北谷はやっと動けるようになったので、寒川に電話する

「二条にそっくりな奴にやられたよ」

「何だと?」

寒川は耳を疑う


あの日、六人で二条を恐喝するつもりだった

しかし、いつの間にか北谷一人がいなくなっていた

北谷が倒れていたと聞いたのは、翌日だった


「南と西田も学校休んでるって?」

「ああ、そいつにやられたのかな?」

「かもしれないな」

「二条にそっくりだって?」

「ドッペルゲンガーかな?」

「それはないだろ」

12:人相が落ちて醜男になった

二条は鏡の前で溜め息をつく

最近の自分は何て不細工なんだと、悲しくなる

「まったく何て見苦しいブ男だい」




今日は級友に、「この世の物と思えないほど綺麗な顔」と言われた

皮肉か?と疑う

皮肉でないなら、感覚が斜め上なのか?


確かに、自分でも非常に美しいと思って、見とれる時もないわけでもない


しかし、最近の自分は美しさの片鱗もないどころか、醜悪な顔としか言い様がない




夜に、近所の寺院に武術の稽古に行った

だいたい週二回のペースで通っている


教える師匠は、日によって違う

今夜の師匠は、現見(げんけん)という20代半ばの有髪の僧侶見習いである

素晴らしい美青年だが、顔や声の優しさと裏腹に、やたらに厳しいところがある

打ち合いでは、物凄く接近させる

「接近して打ち合わなきゃ強くなれないからね」

と、にこやかに笑って言う

「離れて打ち合ったって駄目よ

それじゃ実践で役に立たないよ」



目茶苦茶に打ち合ったおかげで、かなり強くなれたと思う

無駄に痛い目にあって来たわけではない、と納得出来る




「二条君」

稽古が終わった後、現見が呼んだ

「この頃、何か異なことでもある?」


「え?何ででしょうか?」

「ちょっと君、人相が落ちてるねぇ」


ああ、やっぱり…



「何か良からぬこと考えてない?」

「分かりますか?」

「まあねぇ、それが何だかは分からないけどねぇ」



顔が汚くなったのは、寒川と手下達を、これからジワジワ追い詰めようと目論んでいるせいか

何故か自分の場合、悪い想念は、ダイレクトに顔に出るんだな、と嫌でも思い知らされる



二条は、寒川と手下達に級友の広沢が苛め(生徒間暴力である)られていたのを助けたら、今度は矛先が自分に向けられたことを話した

それでヘナチョコなふりをして、彼等に好き勝手に打たせていた

何故なら、この寺院の道場で、強い人間達と打ち合うよりよほど楽に武術の稽古ができるからである

彼等は、気というものを分かっていないので、パンチに気が入っていない

簡単に跳ね返せる

意識体が肉体と同じ動作を取っているから、自分の何処を狙っているかも察知できるので、丁度格好な練習になる

二条がおとなしく殴られていた理由は、ここにあった

反撃を始めたのは、寒川達が金を要求するようになったからだ




「ジワジワと追い詰めるのは良くないねぇ」

と現見が言った

「悪人はいずれ報いを受けるけど

でも悪人を裁くのは、君じゃないから」


二条も、何となく理解できる

「どうしたら良いでしょうか?」

「ジワジワ追い詰めるんじゃなくて、早くきちんと話をつけなさい」

「話して分かる相手でしょうか?」

「ぶちのめすのは、話が決裂してからよ」

こともなげに現見は笑う

11 肉体と意識体

北谷、南、西田と、日を置かずして一人ずつ学校を休んで行く

何か奇妙だ、と寒川と東山、横田は気付き始めた

北谷が誰かと喧嘩したらしいことは噂に聞いたが、相手が誰か分からないそうだ

休んでいる三人に電話をしたが、携帯の電源は切れている

家の電話は聞いていなかったから、かけようもない



一体誰なのだろう?

同一人物にやられたのか?

それとも、三人が叩きのめされたことには、何の脈絡もないのだろうか?

単に偶然が重なっただけなのか?



自分達に恨みを持っている奴はいるか?

二条と、以前に二条が自分達の苛めから助けた広沢か


いや、あの二人はヘナチョコだから、自分達に盾つくことなど到底不可能なはずだ

苛めはなるべく見られないようにしているが、もちろん気付いてる奴等もいる

その他にも、自分達の態度がデカいのを不快に思っている連中もいるだろう


微かな恐怖を感じつつ、しかし内心の恐れは表に出さず、寒川は二人の手下と教室の角で話す



武はいつも通り何も知らない風を装いながら、角にいる三人を観察していた

会話の内容は聞こえないが、三人が不安に駆られ出したのは充分に見て取れる



二条は、次の授業に備えて予習をするふりをしていた

次は横田の番だ、と二条は計画を立てている


一番腕力の強い東山は最後にする

東山の目の前で、東山が恐れている寒川を叩きのめすのだ

腕力と凶暴さしか無い東山は、その時に己の弱さを思い知るだろう

倒されるボスを助けようともせず、臆病風に吹かれて逃げ出す様が、目に浮かぶようだ



奴等は、いい加減な気持ちで武術を習っている

軽い練習しかしてないから次にどう動くかなど、こちらは手に取るように分かる


肉体と意識体の分離も出来ていない


だが、こちらが少しずつ強さを示して行ったら

奴等は肉体は戦闘態勢を構えつつも、奴等の意識体は臆病な本音のままに動く

意識体は逃げの準備に入り、徐々に肉体から後退して行くだろう




逃ぐるとも
逃しはせじな
○○○○の
玉の光の
あらんかぎりは

10:美貌と般若

山野武の顔から、普段の無表情が消えた

その顔が、次第に美しさを増して来て、二条は自分の目を疑う

魅惑的だ、と思った


こんな魅力に、何故今まで気付かなかったのだろう?



「君、何でここに居るの?」

二条は聞いた

生徒用の便所は、はるか向こうではないか


「君が西田に呼ばれたから、危ないと思って後をつけて来たんだ」

山野が眉をひそめて答えた


こんな顔もするのか、と二条は思った

「何で危ないと?」

「西田は君を殴ろうとしてたでしょ、だから」

「へえ、知ってたんだ?」


それで、あの無表情か

これはとんだ狐か?





「随分強いんじゃない」

武は床に倒れている西田を見た

何で今までやられてたんだ?



二条は西田の側に行き、その胸を蹴り上げた


何と、慣れているではないか、と武は目を見張る

これは、とんだ狐か?



呻き声を出す西田に、二条は冷徹な口調で言った

「起きて帰れ」



西田は苦痛に歪んだ顔で二条と武を見上げる


武は表情を変えた

美しく若々しかった顔が、般若のそれに変貌する


忍者は、顔を覚えられないために短時間のうちに表情を変えて行く、と歴史小説で読んだ

以来、これに魅せられて、鏡の前でずっと練習して来たのだ




よろよろとふらつきながら立ち去る西田を見届けて、武は般若の表情を消す


二条の驚きに気付いて、武はしまったと思う

ああ、二条に見られてしまった



まあ良い、二条は悪い奴ではない

この強さで、おとなしく苛めの標的になっていたことは不思議でたまらないが

武は、南がうづくまっていたことを知らない



考える


別の方法は

寒川とその手下達が、帰宅時に一人一人になったところを待ち伏せる

後を付けて、家が何処か予め調べておくと成功率が高くなるだろう

つまり、一人ずつ片付けて行くやり方だ

この方法が、一番確実で安全である

その場合も、真っ先に始末すべきは、寒川





放課後、寒川の手下、西田糸砂猛(ししゃも)が二条を呼び出した


教師用の男子便所に連れて行く

ここは生徒用と違い、人が来ることはほとんどない

ムシャクシャした時は、二条を殴るのが最大のストレス解消になる

二条はやり返して来ない

無抵抗な者なら、幾らやりたい放題やっても、自分は無事でいられる


もっとも、二条とて常に無抵抗というわけではない

たまには殴り返して来ようとする

だが如何にも喧嘩慣れしていないふにゃふにゃな拳で、赤子の手を捻るように簡単に避けられる

これほど楽しいことがあるだろうか?

弱い奴ばかり相手にしていれば、自分は強いのだと簡単に自負できる


これが卑怯者の取る手段だということを、幸か不幸か西田は自覚していない



この時、珍しく二条は笑っていた

「何笑ってんだよ?ああ?」

小物独特のチンピラ口調で西田が聞く


二条は笑うだけで返事をしない


「この野郎!」

青筋を立てた西田は、いつものように二条の脇腹に蹴りを入れた

つもりだった



だが、蹴りは入らなかった

避けられた、と気付いた時には、顎と鼻に激痛が来た

向う脛にも、また

さらに金的を入れられて悶絶する




二条は、今まで見せたことのない冷ややかな笑みを浮かべて言った

「お前達の下衆な遊びは、これで終りだ」




まずは、雑魚から片付けて行くのが僕のやり方

北谷、南、と弱い順からやっていった

今日はたまたま西田が、飛んで火に入る夏の虫



寒川と東山、そして横田は、そろそろ気付き初めていることだろう

自分達が、誰かに狙われていることに





二条は、口を開かぬまま言った



かへらずば
はなちてみせん
ふる○○○
この生弓(いくゆみ)に
いく矢つがひて





便所の戸を開け、周囲に人が居ないか確かめようとして、二条は驚いた

転校生の山野武が、すぐ側に居たからだ



「へえ」

と、山野武は言った
普段は無表情な顔に、驚きが微かに表れていた



まるで特徴のない顔だと思っていたが、今見る山野は、少し美しかった






寒川氷雨(ひさめ)は、級友の貴子と二人で公園にいた

貴子が自分に気があることは、前から知っていた

熱烈な目で自分を見て来るからだ

貴子は気が多いらしく、二条にも愁波を送っているのを見ている


遊ぶには丁度良い女だと寒川は思う


晩春の夕べは、陽の沈みが遅い

これでは、何もできないではないか


一方の貴子も、一刻も早く寒川に触りたくて仕方ない

貴子は舐めるような目で、寒川を見た