スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

交わす言葉、蝉時雨


 容赦なく照りつける夏の日差し。
 雨みたいに降り注ぐ蝉しぐれ。

 蜃気楼に視界がゆらゆらと揺れている。額の汗を拭って、手にした花束を持ち直す。
 こんな日にスーツを着ているのは自分くらいだろう。手桶に水をくんで、苦笑する。刺すような熱を真っ黒な布地が吸収して、気温以上に暑さを感じる。揺れる視界は蜃気楼のせいだけではないかもしれない。
 お盆前と言うこともあって、すれ違う人の数は少ない。すれ違った数人はみなTシャツやタンクトップと言った夏の装いで、不思議な様子でこちらを見ていたように思う。
 せめて上着くらい脱いでも良かったのだろうが。命日くらいきちんとした格好で顔を合わせたい、という自分なりの礼儀だった。それを通すためならば、こんな暑さくらいどうという事はない。

 じりりりり、蝉の声がより強くなる。
 どこかからただよう線香の香りが鼻孔をくすぐった。この香りを嗅ぐと、夏がやってきたのだなと実感する。


 三年前の今日。父親が死んだ。
 自殺だった。
 俺は何をすることも出来なかった。それどころか、その理由が俺自身であるのではないかとさえ思う。俺の存在は、きっと父親を苦しめた。俺が居なければ、息子が『彼』一人であったのならば、こんな風に自ら命を絶つという選択は選ばなかったのではないか、そう思う。
 後悔したとて、罪悪感にかられたところで、父は戻らないし、誰が許されるわけでもない。そもそも、この自分勝手な贖罪には何の意味もないのかもしれない。
 
 ちゃぷん。手桶の水が大きく揺れた。急に足を止めたせいだろう。僅かに零れた水が、右足を冷たく濡らす。
 通路の途中で制止した俺は、目の前から歩いてくる一人の人物にじっと目を凝らした。
 蜃気楼の中ゆらりと揺れる、金色の髪。まるで外国人のそれかと見紛うほど、綺麗なゴールデンブロンドだった。短く切りそろえられた髪が湿気を含んだ生ぬるい風に揺れる。鼠色の並ぶ空間の中であまりに目を引くその色に、俺は顔をしかめた。

 ――ああ、嫌な奴に会うものだ。

 墓参りを終えたのであろう、その男は手ぶらのままこちらへと歩いてくる。あろうことか、彼もまた上下かっちりとしたスーツに身を包んでいて、墓地のど真ん中で季節外れの装いをした男が二人対面する形になる。
 眉根を寄せたままの俺に少しだけ視線を向けて、しかしそれ以上の事はせず。赤の他人であるといった風に通り過ぎようとする。
 事実、彼と自分は赤の他人であるのだが。

「珍しいな。あんたみたいなお方でも、墓参りする心はあるのか」

 吐き捨てるように、口を開いたのは俺の方だった。無関心を装おうとした男の方も、その言葉に足を止める。

「死んだ親の命日に墓参りをして何が悪いというのだ」

 それだけ言うと、何事もなかったかのように彼はまた歩き始める。
 蝉の声がやけにうるさく感じられた。
 
「……それも、そうだな」

 呟いて、俺もまた目的の場所へ進み始めた。


 父の墓には先客が来ていたようだった。
 半分まで灰になった線香が、細い煙を上へ上へとのばしている。真新しい花が、黄色やピンク、白と言った鮮やかな色で無機質な墓石を飾りたてていた。自分が持ってきた花が霞んでしまうのではと思ったが、そっと花差しにさしてやると鮮やかさが少し和らぎ、調和が生まれたような気がする。
 墓石に水をかけて冷やしてやってから、ライターで線香に火を付ける。先にあった線香をものを落とさないように置いてやると、二つの煙が合わさって一本の線のように上っていく。

 どこまでも流れていくこの煙は、いつか空の父へと届くのだろうか。そんなことを考えながら、青い青い空を見上げた。
続きを読む

美大生と幽霊の話

いつか書きたいなと思ってる話の冒頭を勢い任せで書いてみた。
勢い任せ故に誤字脱字修正とかしてないので、細かいミスとか気にしてません。気が向いたら修正します。

どんな話とかはそのうち語るかもしれないし、語らないかもしれない。
幽霊の話とありますが、この文には幽霊でてこないです。

追記から〜

続きを読む

みかんの兄さん

あとついでに1年前のいい兄さんの日SS(書きかけ)も上げてしまいましょう。
いつか完成させたいなとおもったまま一年が経ったので取り敢えず供養。

途中まで書いて気に入らなくて書き直したりしたので、無駄に2パターン書いてます。取り敢えずはじめに書いてた方を。

幼少期はわりと友好的な黒ひげ兄弟と、彼らの母上様の存在もちらり。
やっぱりイリシルコンビは落ち着きます。

こちらも追記から。ほんとうに半端で終わりますゆえご注意。
続きを読む

出遅れ双子の日


完全な出遅れですが、去る11月25日は良い双子の日だったということで。
徒歩組双子のSSですよー。

本編9話の後日談的なノリで見ていただければ。
どことなく不安定で、けど強い想いで結ばれてる。そんな双子が理想ですねってことで、追記から始まります。いつものごとく自己満足クオリティ。

勢いだけで書いたSSはいつも同じような調子になってる気がするので、そろそろパンチを効かせなくてはダメな気がします笑


続きを読む

プリンセスの悲劇



『ーーそれから、お姫様と王子様はいつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。』



 おとぎ話はいつもこうです。
 どんな困難があっても、さいごのさいごにはお姫様は王子様と結ばれて、幸せになってのハッピーエンド。
 意地悪なおばあさんも、こわいこわい魔法使いも、すてきな隣国の女の子も、その一言にはかないません。
 さいごのさいごには、かならず、お姫様が王子様との幸せを手にするのですから。


 ーーでも、物語は残酷です。本当のお姫様になれるのは、王子様の隣にいられるのは、たった一人なのですから。



 誰だって夢を見るのです。
 それは王子様と結ばれるお姫様の夢。

 誰だってお姫様になりえます。
 ぼろぼろの服を着たいじめられっこだって、ままははに嫌われた白い肌の女の子だって、地上を夢見る人魚だって、花のつぼみに抱かれるような少女だって、みんなお姫様になることができるのです。

 王子様に恋をした女の子は、魔法の力で、時には自分自身の力で、残酷な運命を切り開いて、さいごには幸せになるのでした。めでたくめでたく、いつまでも終わることのない幸せを、大好きな人の隣で手にすることができるのです。


 それはとってもすてきなこと。
 誰もが夢みるおとぎ話。


 そう、それは、わたくしも同じです。

 絵本を閉じて。わたくしは夢見るのです。わたくしにも、きっと王子様がいるのだと。

 いつまでも終わらない幸せを過ごせる、たった一人の王子様。

 そんな王子様と結ばれる幸せなお姫さまを、私は夢みていたのです。

 そしてその王子様が貴方であることを、わたくしは夢みているのです。



 広い世界で巡り会って、わたくしは貴方に惹かれています。貴方を夢みて恋い焦がれています。
 これがおとぎ話であれば、困難の先にきっと、わたくしは貴方と共に幸せに暮らすことが出来るのでしょう。めでたしめでたしなハッピーエンドを迎えることが出来るのでしょう。


 お姫さまは、最後には必ず幸せになれるのです。


 ーーですが、それは本当でしょうか?

 本当に、王子様を夢みたお姫さまは、いつか王子様と結ばれるのでしょうか。

 きっと、王子様と結ばれたお姫様だけが王子様を夢見たわけではないのでしょう。

 物語の主役になれなかったお姫様だって、きっと王子様を夢見て、焦がれたことでしょう。

 王子様に選ばれるのは、いつだって物語のお姫様。
 
 では、物語の主役になれなかったお姫様は、選ばれなかったお姫様は、いったいどうなってしまうのでしょう。


 物語は残酷です。

 たった一人のお姫様の幸せの裏に、どれだけのお姫様の涙があるのでしょう。
 それをすこしも語らずに。めでたしめでたしで幕を閉じる。
 永遠の幸せの影で、多くのお姫様が忘れ去られてしまうのです。



 12時の鐘が鳴ったら、魔法は溶けてしまいます。それでも貴方は、たくさんの想いに見向きもせずに、あのこの元へいってしまうのでしょう。

 もしもガラスの靴を落としたのがわたくしだったならば。貴方はそれを拾い上げて、わたくしをみつけてくださるのでしょうか。


 きっとわたくしは、物語の主人公ではないのでしょう。

 ガラスの靴を手に。貴方はいつか、お姫様を迎えに行くのでしょう。

 そしてそれは、きっとわたくしではないのでしょう。


 選ばれなかったお姫様。忘れ去られてしまうだけのお姫様。王子様との幸せを夢見て、けれどそれは叶わない。叶わないのでしょう。


 わかっています。
 だけど、それでも。


 わたくしは信じるのです。

 貴方は、わたくしの王子様なのだと。


 お姫様が泡になって消えた後に、貴方のお姫様になれるのです。


続きを読む
前の記事へ 次の記事へ