今回はおはなしでございます。
苦手な方はそのままバック!
時空を超えてまたいつか
あの日を誇れるように
*薄紅の幸福*
長い髪を風の吹くままに任せて、少女は目を閉じた。日差しはもう春の訪れを告げている。少しひんやりとした風は、さしずめ冬の終わりを示すかのようだ。
この国に多く植えられている木々が、淡く色づいた花弁を風に揺らしている。時折舞行くその美しさに、いつだって心奪われてしまう。
――そう、今だって。
春に咲くこの花は、地上から持ち込んだものだという。地上は素晴らしいだけの場所ではないが、この花は純粋に素晴らしい。“桜”と呼ばれるこの木を、象徴とする国もあると聞く。それだけ、この木は皆から美しいと思われているのだと思うと、自分のことでもないのに嬉しくなった。
そんな自分を嫌いじゃない。
微笑んで、少女は淡い桜の花を見ながら唄を紡ぐ。閉じていた瞳を開けば、サファイアの瞳に薄紅が映る。
美しいその景色の中、唄を紡ぐ声は高く、透明で、繊細に。まさに天使のようだと思わせるその声の主の背中には、純白の羽が。
白き国
そこに住まう少女の歌声は遠く響く。
歌を受けた花は、喜びを表すかのように美しく花を揺らす。
この美しき日を
いつまでも忘れないように
いつになっても誇れるように
そうなるように、私は力を尽くすんだ。
(少女の髪は美しき金糸)
(天使の長として生きることを決めた)
創作小説「禁忌」を春風味で。
2009-4-10 13:12
今回はカトレアにぴったりな人のお話。
創作小説「禁忌」より、魔族のザリウス視点でお送りします。
青々と茂っていた木々の葉が、少しずつ色を変え始めている。そんな些細な、けれども大切な秋の訪れを感じて、ザリウスは瞳を細めた。
暑く照りつける日差しも、今ではもう穏やかだ。そう感じる余裕があることが、少なくとも今は平穏だと教えてくれる。戦争などしていたなら、こう感じる時間など有りはしないのだろう。――普通なら、だが。
「……隠れてないで、出てきたらどうだ?そこでは、この紅葉も満足に見えないと思うが」
がさ、と茂みが音を立てる。そろりと顔を出したのは、幼い少女だった。あどけなさを残した顔は、あと何年かすれば十分に男を惑わせることができるだろう。それほどに、美しい顔立ちをした少女だった。
「……いつから、知っていたの?」
こっそりと茂みに潜んでいたのは、その美しい景色を壊したくないから。赤く色づく葉を眺める、その紅の瞳があまりにも美しくて。風に踊る紫の髪が、あまりにも綺麗で。
背景に溶け込む男の、邪魔をしたくなかった。なのに、知られていたなんて。
「初めからだ。……いつまで経っても、出てくる気配がなかったからな」
微笑みを見せる綺麗な男を、桃色の瞳で少女は見つめた。このひとは、きっと偉い人なんだ、と心のどこかで直感する。
「…きれい」
「そうだろう」
美しい。
そうとしか言えない少女は、ひっそりと思う。
こんな風に、優しい人の側で働けたら。美しいこの人の、役に立てたら。
そして少女は、彼と再開を果たすことになる。美しく成長した姿で。
彼は変わらず微笑んで、彼女を魅了した。
カトレアの花言葉→「魔力」「成熟した魅力」「魅了」
「ザリウス、またこんなところに」
「見つかったか」
「当たり前だろう。さっさと戻れ。……まだ、秋の訪れには遠い」
「分かってるさ。……待ち遠しいな、フェーラ」
(ザリウスとフェーラの出会い)
(全てを魅了する男はまるで)
2008-8-23 07:15
剣をこの手に握ったのは、いつだったか。物心がつく頃には、柄を握ることに慣れてしまっていた気すらする。
ずしりと手のひらにかかる重さに、ルイはそっと瞳を伏せた。
魔族に襲われた回数なんて覚えていない。なぜ、どうしてと問う間もない魔族の攻撃に、幾度となく傷を追ってきた。
そしてそれに対抗するには強くならなければいけないのだと、幼心に悟ったのかもしれない。
「ルイおねえちゃん!」
明るい声に名を呼ばれたのは、そんなことを考えているときだった。
深く意識に潜っていたルイの思考が、その幼さゆえに高い声に反応し、浮上する。振り返れば、そこには7才ほどの子供が笑顔を咲かせていた。
きらきらと輝く笑顔には、何ひとつ曇りなどない。曇っていてはならない。
足元に走り寄って来たアイラの柔らかな髪を、くしゃりと撫でる。ふわりとウェーブがかった肩までの短い髪が、くるくるとまとまりをなくした。
それに講義するどころか、楽しそうに目を細める少女に、つきんと痛む胸を抑えた。
(少女の汚れなき瞳を、このまま守り抜くための強さを、誰か私に与えて下さい)
子供たちの希望に満ちた未来を、明るく照らし続けるための強さが欲しい。
もう、私のように、誰にも武器を持たせたくない。
子供たちの小さな手は、何かを壊すためではなく、創るためのものだから。
+ + +
キャラのページに名前しか出ていなかったアイラ登場。しかし一言しか話してないという(爆)
アイラは小さい女の子なんですよという話。
2008-6-5 23:03
――どうして。
幾度となく繰り返してきた言葉。ただひたすらに、自分の中を占める存在を想った。
どれだけ想っても、もう伝えることなどできはしないのに。
月明かりが差し込む深い森で、少女は一人泣いていた。止まらぬ涙は、枯れることを知らない。声もなく、闇に紛れ、小さな肩を震わせていた。
長い桃色の髪が、俯く少女の顔を隠す。髪の隙間から見える瞳は濃い灰色。澄んだそれから、きらりと輝く雫石がぽたりと落ちた。
何が間違っていたのだろうか。ただ、愛し合った、それだけだというのに。お互いがお互いを求め合った、ただそれだけだというのに。
「何故…私を置いていった…?」
月は何も答えない。ただ、その光を闇に捧げるのみ。
月を見上げ、涙を拭った少女は、閉じた瞼の裏に愛しい人の姿を映す。まだ目の前にいるかのような、鮮明なその姿に、胸がずきりと痛んだ。
「ザシア…。お前を、私も…」
神魔族と魔族。相容れない立場での、揺るぎない純粋な恋だった。そしてそれは、本当に僅かな時間だった。
それでも、この胸の痛みが、彼への想いを証明している。彼との過去があったのだと、証明している。
だからこそ。
だからこそ、この胸は痛むのだ。
痛む胸を押さえ、少女は月を恨めしげに睨みつけた。
「もう、誰も失わない」
自分の弱さを痛感した。強さを求めて来たはずなのに、失ってから気付くだなんて、なんて未熟なんだろう。
全てを守る、全てを捨てる強さが、私は欲しいのかもしれない。
少女は森の奥へと歩を進める。
月明かりは、干渉できなかった。
* * *
いずれ出てくるだろう、「禁忌」の話、
2008-6-2 05:34