前回の続きを載せてみる。
うーん、以外と此の連載楽しいかも(^∀^)ノ
『メシア、君に捧ぐ02』
執務室に笑い声が木霊する。何時もは底の見えない微笑を湛えている彼、楸瑛の笑い声だ。其れ聞きながら紬はひっそりと思う。――藍将軍は中々に笑い上戸なのですね。
「でてけ」
「くっ、いや、すみません。あまりにも微笑ましい夢でつい」
「悪夢だ」
「ははははは!」
何でも紬の主、劉輝は夢を見たそうだ。劉輝が恋い慕う少女であるところの秀麗が、其の家人であり昔流罪にされた劉輝と父を同じくした兄、清苑――静蘭と結婚をする夢。
何時もと同じ様に執務室の天井裏に潜んでいた紬は、主上付きの二人に夢の内容を語る劉輝を見ながら申し訳ないと思いつつも笑いそうになった。まあ、必至に堪えたのだが。
そして其れと同時に空虚感が胸を占めた。痛いと、感じたのだ。何処にも怪我なんてしていないのに。どうしてだろうと紬は首を傾げた。
「因みに、一番最近に送ったものは?」
「藁人形だ」
どうやら話は発展したらしく、劉輝からの秀麗への贈り物の話へと変わっていた。
――それにしても主上は普通の感覚で贈り物として藁人形は不適切だと気付かないのでしょうか?
仮令其れが霄太師に騙されての事だったとしても、藁人形はないだろう、藁人形は。そもそも劉輝は以前に彼岸花すら贈っていた。彼岸花――墓場に沢山咲いている花である。
劉輝に『普通』を求めるのは間違っているのだろうか?紬は暫し主の行く末を心配した。
「劉戰にも何が良いか聞いたのだが、『主上が御自分で考えて贈ったのならば、仮令何であろうと紅貴妃様――紅秀麗様は喜んでくださると思いますよ』と言われてしまって答えてくれなかったのだ……」
「? 主上、『劉戰』とは?」
「ああ、紫鬼の事だ」
「しき……主上専属だという影の『紫鬼』ですか?」
「そうだ。紫鬼は黒狼と同じで渾名(こんめい)みたいなもので、本名を劉戰と言う」
紫鬼(しき)。紫の鬼。紫――王家の鬼。王にのみ仕えることを許した孤高の鬼。紫鬼は王――紫劉輝にのみ其の膝を折る。
そして其の紫鬼の名を、枷劉戰(か りゅうせん)と言う。
そう即ち、枷劉戰とは繋影紬(かえい つむぎ)の事である。紬の彩雲国仕様の名として先王が与えたのが『劉戰』という名だったのだ。
名から解るように、男としての字である。
「……って主上、そんな事言ってもいいんですか?『彼』は影なんでしょう?」
楸瑛の言からも解るが、楸瑛は(勿論絳攸も)紬の事を男だと思っている(劉輝は紬が女だと知っているし本名である『紬』という名も知っている)。そう思われるように紬は故意に男装をしているのだが、『あの』楸瑛にまで自分が女と見抜かれないとなると何だか物悲しさを覚えてしまう。
(まあ実質たった数秒の邂逅だったのですけれど)
茶太保の思惑により攫われた秀麗を取り戻しに行く時。劉輝は楸瑛の同行を足手纏いになるからと拒否した。けれども尚食い下がる楸瑛に、劉輝は自分には既に護衛が居ると言ったのだ。其の時に数秒だけ紬は紫鬼として楸瑛と絳攸の前に姿を現したのである。勿論顔が見えないように外套を被り、更に狐の面を着けて。
「いいのだ。楸瑛達には劉戰の事を知っておいてもらいたかった」
「……紫鬼は黒狼ように先王の時代から存在するのですか?」
やや沈黙した後、口を開いたのは絳攸だった。
「いや、劉戰は父上には仕えていなかったと言っていた。だから『紫鬼』は劉戰が一代目だ。絳攸も楸瑛も紫鬼の名を聞いたのはあの時が初めてだっただろう?」
「そうですね。紫鬼なんて者が居ることすら知りませんでしたよ」
全く、私が居る意味はあるんだか。ねぇ絳攸?
楸瑛は此処ぞとばかりに溜息を吐いた。
正に其の通りである。王の、劉輝専属の影が居るというのに、劉輝付きの武官である楸瑛は必要なのだろうか。
「ふん、良かったじゃないか。主上付きは体のいい左遷だと貴様も言っていただろう?」
「うっ!絳攸も楸瑛も酷いのだ……」
「あはは、あの頃は主上に散々逃げられてましたからね、そう思うのは当然でしょう?」
「うぐっ……!だ、だが楸瑛は必要だ!」
「はいはい、そう言っていただけると光栄ですね」
「む、なんだか投げ遣りなのだ。絳攸、楸瑛が余を虐める!」
さっと絳攸に期待の眼差しを向けた劉輝を絳攸は鰾膠(にべ)もなく斬り捨てた。
「おだまんなさい。其れより書翰は終わったんですか?」
ぴしゃりと言われて劉輝はしおしおと項垂れる。
どちらが臣下なのか甚だ疑問だし、敬われてるのか?と、首を傾げそうにもなるが、其れでも楽しそうな己の主の姿を見て、紬は眼を眇めて嬉しそうに――幸せそうに笑った。
もう独りではありませんね、主上。
主上の傍には李侍郎が、藍将軍が、此静蘭様が、紅秀麗様が、紅邵可様が居る。もう独りで泣く事もなくなる。
――それでも私は、未だ主上の傍に居ても良いですか?
紬はふいに泣きたくなった。
…………長い(汗)