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七夕ネタ 清光現パロ

ざわつくターミナル駅の構内で、二人はふと足を止めた。

改札を出た少し脇の広く開けたスペースに、色とりどりに飾り付けられた背の高い竹がある。隣には鉛筆の用意された細長い机もあった。

「書いていかないか?」
「そうですね、折角ですし」

もうすぐ七夕。二人はどちらからともなく机に歩み寄って、備え付けられた薄い短冊と鉛筆を手にとった。
わざわざ自宅に笹を飾ったりはしないけれど、こうやって気軽に参加する分には、七夕は楽しいイベントだ。並んでサラサラと鉛筆を動かす。

「結んでやろうか?」

竹の下の方の葉は、もう短冊でいっぱいだ。隙間を探してもたもた枝をかき分けている光秀に、さっさと自分の短冊を結び終わった清正が声をかける。

「ええ、お願いします」

微笑みながら手渡された短冊を、清正は腕を伸ばして上部の葉に結んだ。その拍子に、綺麗に並んだ細い文字で「世界が平和になりますように」と書いてあるのが見えて、思わず吹き出す。

「お前…何かもっとこう、個人的な願いはなかったのか?」

笑われた光秀はきょとんと首を傾げた。何がおかしいのか分からないという風に。

「おかしいでしょうか、咄嗟にはそれしか思い付かなくて。清正は何を書いたんですか?」

「俺は、お前とずっと一緒に居たいって書いた」

照れもせず即答である。それを聞いて今度は光秀が笑った。

「自分こそ、もっと個人的なお願いはないのですか。受験とか」

高3の7月ともなれば、専らの関心はそれであろうと思えた。
だが。

「そういうのは、自分で頑張るからいいんだ」
「…」

言い切った清正の笑顔が眩しくて、光秀は目を細めた。

清正には、光秀の感情の方が難敵に思えたようだ。自分の努力が直接反映される範囲の事柄よりも、ずっと。

「頑張らなくても、私は一緒に居ますよ」
「そうか。この竹ご利益あるな、早速願いが叶った」

見つめ合う二人を柔らかい空気が包む。

そのうち、がやがや賑やかな小学生の一団がやってきた。短冊を書きたいらしく、遠慮なく机を占領し出す。

「もう、行きましょうか」
「ああ」

見つからないようにこっそり手をつないで、二人は七夕飾りを離れた。

「結婚」コタ光6

結局、新居はうまい具合に空いていた同じマンションの最上階、2LDKと今よりやや広い間取りの部屋に決めた。

いちいち新しい場所を探す時間もないし、今の所が通勤にも便利、という理由からだ。

引越業者を頼むこともせずに二人でせっせと荷物を運び続けて、ようやく後は荷ほどきを残すまでになったのは、結婚式前日の深夜。

「さすがに疲れましたね。もう寝ましょうか、明日は色々忙しいですから」

段ボールだらけの部屋で、荷運びのせいで固くなった体をうーんと伸ばしながら光秀は提案した。

とにかくもう疲れ果てていて、このまま眠って後は明日一日やり過ごせばそれでどうにかなる、と、半ば開き直っていた。

「いや、もう今日だな。では書くか」

まだ掛けていない壁時計にちらりと目をやって、小太郎はどこからかがさがさと一枚の紙を取り出した。

時計は深夜12時を回って、もう日付は変わっていた。

白い紙に真っ直ぐな線が細かい枠を作っている、その用紙。
その紙が何であるかを悟り、光秀の頬は微かに赤らんだ。

小太郎がどんな顔で役所からそれを貰ってきたのだろうかなどと考えて、照れくさくなってしまう。

まとめて記念日にしようと、結婚式の日に二人で書こうと決めていた、婚姻届だ。

書くと決めてはいたものの、顔を付き合わせて婚姻届に向かい合うというのは、やはり気恥ずかしい。

「筆記用具が要りますね。持ってきましょうか」

「いい。ある」

そそくさと後ろを向こうとした光秀に、小太郎がどこからか取り出して見せたのは、見覚えのあるシャープペンだった。

「…こういう用紙には、ボールペンを使うものですよ」

「構うな。どうせ出しはしないのだ」

それは確かにその通りで、それ以上は反論せずに光秀はぺたんと床に腰を下ろした。
部屋の隅に寄せたテーブルの上はごちゃごちゃと運び込んだ物たちで溢れているので、床で書くしかない。
荷物にまみれた部屋にはまだ敷物もなくフローリングの冷たさが足に伝わってくる。
more..!

「役割」清光6(就光)

目覚めてすぐ、見慣れない真っ白な天井が目に入った瞬間、光秀は何とも言えない不安感に襲われた。
自分がどこにいるのか、どうしてこんな所にいるのか、分からなかった。

けれどすぐに思い出した。

不思議な成り行きで、親切な大学教授の家に間借りすることになったのだと。

「おはようございます…」

そっとベッドを降り、小さく声をかけながらリビングに入っていっても、まだ部屋はカーテンも開けられず薄暗いままだ。元就はまだ自室で、おそらく眠っているらしい。

それっきり光秀は黙って、そっとその深い藍色のカーテンを開け、手早く朝の掃除を始めた。

勝手に人の家をいじるのはよくないとも思ったが、室内の惨状を見ると、どうしてもじっとしていられなかったのだ。

新築を買ったという2LDKのマンションは、家具や建物自体は綺麗でぴかぴかしていたが、使われ方がひどかった。
室内は教授室と大差なく、どこもかしこも本や紙が散らばっている。合間には脱ぎ捨てられくしゃくしゃになったスーツやネクタイ。足の踏み場もない、という形容がぴったりと当てはまる様相だ。
元就は家で食事はしないらしく、食べ物のごみがないので散らかったなりにも清潔感はあったが、家具の隙間や壁際には隠しようもなく埃がたまっている。

完璧な人のように思っていたけれど家事能力はないんだな、等と微笑ましく感じながら、光秀は本を積み並べ、衣類はまとめてクリーニングに出せるように簡単に畳んでいった。

「おはよう、ごめん、そんな事しなくて良かったのに」

あちこち探してようやく見つけ出した、使われた気配のない掃除機を光秀がかけ始めて数分後に、音で目覚めたらしい元就が眠そうな声で起きてきた。

「勝手にすみません。どうしても、気になったので」

「そう、私はどうも整理整頓が苦手でね。…うわあ、このカーペット、久しぶりに見たなあ」

寝起きの部屋着姿で、散らかった物を片付けた下から現れたオレンジ色のカーペットに感動している元就を見ながら、光秀はこらえきれずぷっと吹き出してしまった。

癖毛の人に寝癖がつくととんでもなくおかしなことになる、というのを初めて目で見て知った。

「あっ」

笑われて気づいた元就は、ぐしゃぐしゃに乱れた自分の頭に手をやって顔を赤くしている。

「ひどいな、これじゃ威厳も何もないね。シャワー浴びてくるよ」

そそくさとバスルームに向かおうとする背に、光秀はまだくすくす笑いながら声をかけた。

「先生、コーヒーはありますか? キッチンを見たのですが、食品が何もなくて」

「流しの上の棚にあるよ! 紅茶はその脇。何でも勝手に使っていいから、支度ができたら一緒に出て、どこかで朝ご飯を食べよう」

澱みなくはっきりと述べて、元就はバスルームのドアを閉めた。
more..!

「逃げ」清光5(就光)

二人がかりでも、荒れきった元就の教授室を片付けるにはだいぶ時間がかかってしまっていた。

『失恋』したての光秀にとっては、そうやって気を紛らしていられる方が有難かったのだけれど。

「あ、もう夜だね」

厚い遮光カーテンをちらりとめくり、外がすっかり暗くなっているのを確認した元就は残念そうな声を上げた。

「遅くまで失礼しました。それでは私はそろそろ」

すぐさま律儀に頭を下げて部屋を出ようとする光秀を、元就は当然のように引き止める。

「待って、私も今日はもう帰るよ。夕食付き合ってくれない?」

「…はい」

一瞬だけ迷って、光秀はすぐに頷いた。

今、一人になるのが怖かった。部屋にはまだ清正の物があって、それを見て自分がどんな気持ちになってしまうか想像が出来て、帰るのをなるべく引き延ばしたかった。

「良かった。何食べたい?」

そんな事を聞かれても、食欲は全くない。
答えられないでいる光秀に、元就はおっとり笑いかける。

「じゃあ、私の行きたい所でいいかな。あんまり流行りの店は知らないけど」

「…はい。何でも、お任せします」

そんな風にさりげなく優しく気遣ってくれる相手に全てを委ねられるというのは、とても楽だった。




連れ立って構内を出ると、昼とは打って変わって空気が冷え込んでおり、冷たい夜風が肌に沁みる。

「寒いですね、先生、」

大丈夫ですかと聞く前に、もう元就は軽く右手を挙げてタクシーを止めていた。

「寒いから車で行こう。電車より楽だし」

大学から駅まではほんの10分程度の道のりで、まだ電車もそう混雑する時間帯ではないのに。

「…はい」

言われるがままに快適な温度の車内に座って、光秀はぼうっと車窓から夜景を見ていた。

正門前の大通りは都心に続いている、多車線の広い道だ。

そこを流れる車のヘッドランプ、テールランプ。

大学のあるオフィス街から繁華街に近づくにつれ街の明かりも鮮やかな色合いに変わっていく。

煩雑な光の流れを眺めながら、清正とはいつも寒い寒いと言い合って、風から逃げるように二人で駅まで走っていたことを思い出していた。
more..!

「嘘つき」親光

低血圧の元親は、覚醒するために毎朝熱いシャワーを浴びる。

光秀はまだベッドでシーツにくるまったまま、バスルームから微かに聞こえる水音に耳を澄ませていた。

寝起きの悪い恋人とは違って、頭はすっきりしている。今日の日付を確認し、ささやかな悪戯を考える余裕すらあった。

シャワーの音が止めば、じきに元親は白い大きなバスタオルで濡れ髪を拭いながら寝室に戻ってくるだろう。

忍び笑いを隠すようにシーツに顔を伏せ、光秀はそれを待った。

カチャリとドアノブの回る音、ひたひたと近づく足音。すとんとベッドに加わる重みと共に、まだ少し眠たげな様子の低い声が響く。

「おはよう。…起きたか?」

思い付いた悪戯を実行するのは、早い方がいい。

しなやかな長い指にするすると髪を撫でられながら、光秀はわざと顔を背けたままで唐突に切り出した。

「やめて下さい。私、他に好きな人が出来たんです」

当然、返ってくるのは沈黙だ。

「…」

5秒、10秒、胸を高鳴らせながら待つ。

そのうちに、光秀の耳にひやりと冷たい言葉が飛び込んできた。

「そうか。実は俺も、もうお前には飽きたんだ」

まるで醒めてしまったような台詞に不安を感じたのは一瞬。

振り返り脅える視線で見上げると、元親の瞳の奥は笑っている。

それでも、言葉だけは冷たいものが続いた。

「俺はお前を愛していないし、抱きたいとも思わない。この先ずっと側にいると誓うつもりなど微塵もない」

何を言い繕おうとも、その目に、声に、溢れんばかりの愛情が込められている。

だから光秀は安心して拗ねた振りをすることが出来た。

「ひどい。そんなことを言うなんて、意地悪ですね」

「初めに言い出したのはお前だろう?」

含み笑い、そしてまだ湿った熱い体が重ねられる。

悪戯の成功に満足して、光秀は元親の腕の中で瞳を閉じた。

恋人同士の悪戯は、すぐに見抜かれてやり返されてじゃれ合って、互いの気持ちを確認し合うためにある。

そんな、4月1日。

キスの合間に二人笑って、声を揃えて囁いた。

「「嘘つき」」
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