(あー…なんか、頭ぼんやりするかも)
「なんか、寝る前に飲むか?」
「ん…大丈夫です」
枕に頭を沈めながら隆也が答える。
「元希さん…」
「なに?」
「本当に、お世話様でした」
元希から返事が返ってこないので、隆也は顔を動かしてベッドの横にいる元希を見る。
すると、不思議なくらい優しく笑っている彼の顔があった。
「な、なんですか?」
思わず尋ねる。
しかし元希はいっそう微笑ましそうに見下ろしてこう言った。
「こんなしおらしい隆也を見られるなんて、すげえ楽しい」
「はあ…!?」
体力のせいか、隆也の「はあ?」にはさほど力がない。
「オレだって、ちゃんと世話になったときは感謝くらいします」
「いやいや、お前だってちゃんとそーゆーところあるのはわかってたけどさ。オレに対してだけはきつかったろ、ずっと」
「え…?」
元希が思い出に浸るようにしゃべる。
「なにしてやってもオレにはつっかかってくるし。物を渡したりもらったりするときも、お前、パッと取るじゃん。差し入れのジュースとか、プリントとか。ほかの先輩から物もらうときは、ちゃんと受け取るのにさ」
そんな細かいこと覚えていない。
隆也は自分の記憶を探ってみた。
「あ!」
「なに?」
「だって、アンタこそ、鞄とか道具とか荷物をオレに預けるとき、ドカッて投げつけるように渡してただろうが! あれ、本当に腹立たしかったんですよ! だからオレも負けないようにしようと思ったんです」
隆也の眉間に急に深いしわが寄る。
あんま、いい記憶スイッチ押さなかったな、と元希は後悔した。
「しかも、アンタこそ、一番辛くあたってたの、オレじゃないですか。それこそ、オレ、他の後輩がうらやましかったんですよ。だって、もう少し優しくしてもらってたもん。オレばっか…」
「あー、悪かった、悪かったよ。……荷物のこと? 最初の頃? あん時、オレ、お前になめられたくなかったから、最初にやりすぎちったんだよ」
「荷物、ドカって渡して、『ついてこい』だけですよ? 全部荷物持たせて、自分は先を歩いて。まあ、野球部ってそういうところありますよ。でも、アンタ、他の後輩にはもう少し優しくしてた」
「わかったよ、なんかやたらそこ気にしてっけど…オレ、そうだったっけ?」
「仲良かった」
「ああ、そう……。話しやすかったんじゃねえの。お前よりは」
ギリッと隆也の目がすさむ。
「ほらよ、具合悪いんだから、あんま興奮するなよ。謝るから。ホントはあんときから、ちょっとワリかったと思ってだんだよ」
その言葉で、隆也の表情が少し緩んだ。
それでもまだ、疑わしそうな色は残している。
「なにを、どう思ってたんですか」
「ああ? え? いや、どうって。なんだろう。……だから、お前にばっかきつくあたってんのは、自覚あったから、ワリーなーとは思ってたんだけど。ほら、お前の方も、オレを見ると睨んでくるから。特に最後のほうさ。オレ、お前のことどうしていいかわかんなくって。そういうときってやっば、話しやすいヤツの方にいくだろ。お前だって、オレのこと避けてたんだし。ただ…」
元希は一度、言いよどんだが、あらためて口を開いた。
「友達としてはうまくやれなかったけど、あのチームの中で一番好きだったのはお前だけどな」
自分の顔に熱が集まってくるのを隆也は感じた。
元希はまだ気づかない。
「お前の、あの試合に勝とうとする力は一番だった。オレ…そんなお前にこたえられないで、お前のことまともに見れないこともあったし。お前のこと、監督よりよっぽど怖いと思ってたよ。オレの力量見透かされそうで嫌だったんだ。だから、高校入っても練習、さすがにしんどいと思うときに限ってお前のこと思い出すんだよ。ここで、手え抜くかどうか、隆也が見てるみたいでさ。そんでいつも最後までやっちまうの」
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どうしよう。予想外に元希さんがしゃべってる。しゃべりすぎ?
とにかく出社してきます(毎日、毎日;)