2013-1-22 12:33
大桐+真
大吾が残念
苦労性な兄さん
桐生さんの懐の深さは
日本一
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「なぁ、真島さん。手錠と縄…どっちの方が良いんですかね?」
「……は?」
会長室まで書類を届けに来た真島吾朗は、開口一番に投げられた言葉へ疑問符で答えた。
今は六代目である堂島大吾以外の人間は全員出払っている。なら質問してきたのは間違いなく彼なのだが、内容がいかんせん突飛過ぎた。手錠と縄が何だって?
「大吾ちゃん、わし耳が遠くなったみたいや。手錠とか聞こえたんやけど本当は何て言うたん?」
「合ってますよ叔父貴、耳は正常です。安心して下さい」
「喜びと不安が入り混じったこの気持ちお前にも味わってもらいたいわ…」額に手を当て眉間にしわを寄せる。「…あー、で、何や?」
「手錠と縄とどっちが良いて?そう聞いたんか」
「はい」
躊躇いなく肯定する大吾の表情は真剣だ。仕事の出来る男の顔と言えるが、今彼が口にしている問題は確実にプライベートなものだろう。
たまに仕事を片付けて真面目に届けたりするとこれだ。勘弁してくれと胸中でうめく真島はしかし、頼れる幹部として大吾の話しを聞いてやる事にした。
会長椅子に座る彼と書類置き場になっているテーブルを挟んで向かい合う。僅かなスペースに腰を下ろすとこれから始まるであろう不毛な会話を予想して煙草に火をつけた。
自由な振る舞いに大吾は眉を寄せたが付き合わせている自覚はあるようで、手を組み合わせテーブルに両肘つくと詳しい話しを始める。
「縛るのにですね、手錠と縄とどちらが良いか悩んでまして。手錠の方が簡単で外れてしまう危険性はないのですが、金属だと手首を酷く傷つけてしまうじゃないですか。それは嫌なんです」
「…ほう」
「縄は手間がかかり外れる可能性もあるのですが、しっかり縛る分手錠より傷はつかないと思うんです。まぁ強く暴れたりすれば擦れて赤くなったりするんでしょうけど」
「…ほう」
「真島さんはどちらを好んで使ってますか?」
「…せやなぁ」
と言いつつ、真島は深く紫煙を吐き出した。どこから突っ込めば良いのかそれすら解らない。大吾はいつの間に自身すら及ばない大人の階段を上ってしまったのだろうと遠い目をしたが、手近な場所にあった灰皿を引き寄せ灰を落とすと会話を続けた。
「あんな、大吾。色々聞きたい事があるんやけど…何でその話題をわしに振ったん?」
問われると、大吾は瞳を瞬かせて当たり前のように言い切った。
「何でって、真島の叔父貴はアブノーマルが服を着ているような人じゃないですか。この手の話しはお得意でしょう?」
「お前が六代目やなかったら根性焼きしとったわ」
彼の自分に対する認識が今、はっきり解った。真島は事務所に帰りしだい南を殴ってやろうと決めて煙草を咥えた。
「ほんなら、その手錠やら縄やらは誰に使う気なんや」
「桐生さんですよもちろん」
真島は煙草を灰皿に押し付け肩を震わせた。「もちろんの意味を辞書で調べとうなったわ…っ」
「なんっで桐生ちゃんなんや!おいどういう事や大吾」
「え…。俺と桐生さんが付き合ってる事、真島さん知ってますよね?」
「知っとるわ、認めてはおらんけどな」
「だから桐生さんなんです。セックスの時に趣向を凝らそうと思いまして、手錠か縄を使おうと。拘束プレイってスタンダードですから」
「アブノーマルの中のスタンダードやって気づいてくれ頼むから…!」
見た目がまともな奴ほど性癖は危ないと、昔に聞いた嶋野の台詞を思い出し真島は天井を仰いだ。親父は正しかったのだ、その証拠がここにいる。
どこから考えの軌道修正に取り組むべきか悩む真島だが、そんな苦悩になどまるで気づかない大吾はやや身を乗り出して狂犬を見上げた。
「真島さん、手錠と縄。どっちですか?」
「どっちも却下やドアホ!わしの桐生ちゃんになんちゅう事する気なんや!手錠やなんて…っ体位とか催淫剤とかで我慢せぇや!」
「そちらも済ませたから拘束なんです」
「六代目ほんま恐ろしい奴や…あの父にしてこの息子ありやな…っ」
駄目だもうついていけない。両肩を抱いて身を震わせた真島はテーブルを下りて帰ろうとしたが、タイミング良く現れた男がいた。
「大吾、元風間組の事で話しが…」
「桐生ちゃああああん!!」
「え、兄さん?」
何度となく名前の出た、ある意味で話題の中心人物。桐生一馬は会長室に真島がいるとは露とも思っていなかったらしく、目を白黒させて抱き着いてくる半泣きの兄貴分を受け止めた。
恋人である大吾の前だが成人する前からの付き合いである真島を無情に突き放す事など、彼に出来るはずもない。怯える男の背中を撫でて小首を傾げた。
「どうしたんだ?何かあったのか」
「桐生ちゃん、今からでも遅くないで。大吾の変態なんぞ捨ててわしのところにおいで。全力で可愛がったる!」
「変態って…。大吾、何を言ったんだ?」
訝る桐生に聞かれるも大吾は頬杖をつきながらさらりと手錠の話しをした。
「縛るには手錠と縄、どっちが良いのか意見を聞いただけですよ。変態だなんて心外です」
「自覚のないとこが変態なんや!」素早く噛み付き真島は憐れみを湛えた表情で桐生の頬を撫でた。「可哀相になぁ桐生ちゃん、こんな男に捕まってしもて…」
「嫌なら嫌て言うんやで?今なら兄さんがおるんや、言いたい事はビシッと言ってやるんや!」
「言いたい事」
呟き、桐生は大吾を見つめた。しばらく無言で視線だけ重ねると少しだけ顔をしかめ、
「…ネクタイじゃ駄目か?」
と、発言する。
真島が膝から崩れ落ちたのは言うまでもないだろう。
そして大吾が嬉々として食いついたのも説明不用の事実だ。
「ネクタイか。良いですね!長さがあって縛りやすそうですし、傷もつきにくそうだ。さすが桐生さん!」
「喜ぶのは良いが、あんまり兄さんに変な事を言うなよ?見た目は派手でも中身は繊細なんだからな」
「はぁ…解りました」
頭上で交わされる言葉に訂正を入れる気力もわかない。うなだれる真島の側に片膝を桐生は心配そうに顔を覗き込んだ。
「悪いな真島の兄さん、大吾が迷惑をかけて」
「いや、もう…桐生ちゃんの懐の深さに涙出てきたわ…」
「…?」
不思議がる弟分の頭を撫でた真島は、桐生でないと大吾を受け入れる事は出来ないだろうという意味で二人の仲を認めた。
この日の真島組事務所では、組長による問答無用のタイマン勝負が行われ多くの舎弟がぼろ雑巾にされたらしい
END